ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
診察室の中央で、赤黒い採取陣と白い再構築の光がぶつかり合っていた。
俺の足元から引き抜かれようとしていた夢の糸は、途中で形を変え、中核装置へ逆流する青白い解析線になっていく。丑寅幽玄が俺を素材として切り分けようとしたことで、逆に俺の中に眠っていたオルデルムの反応が、妹再生計画そのものを読み返し始めていた。
モニターには、警告表示が何度も重なる。
オルデルム適合波形、検出。再構築領域、逆解析開始。採取対象、自己再定義反応。中核装置、干渉危険度上昇。
「今だ、万津! 中核装置がてめぇをバラす前に、逆に中身を読まれてビビってやがる!」
入間の声が響いた。マシーナリーの解析アームは中核装置に食い込み、銀色の光で偽装コードを削り取っている。彼女の手はまだ震えていたが、端末を見る目は逃げていなかった。
「万津君、私達が意識を繋ぎ止めるわ。あなたは、あなた自身の夢を手放さないで」
東条のリカバリーの光が、俺の意識を細く支えていた。白いノイズに沈みかけるたび、彼女の声が俺の輪郭を引き戻してくれる。
「素材化コードは私が止める。全部は無理でも、あんたが一歩動く場所くらいは作れる」
春川はバリアを一点に絞り、俺へ伸びる赤黒い接続線を何度も弾き返していた。防壁の表面には細い亀裂が増えている。それでも春川は、俺の前に立つ位置を譲らなかった。
「三人とも、十分だ。ここから先は、俺が丑寅に向き合う」
俺がそう言った時、カプセルの中で妹再生体が小さく震えた。
彼女は妹本人ではない。入間が暴いた通り、記憶も感情も人格も継ぎ接ぎで、丑寅が救えなかった相手そのものではない。
それでも、声があった。
消されそうになっても、まだ残っている声があった。
「……こわい……きえたく、ない……」
東条がその声へ静かに頷いた。
「聞こえているわ。その声は、ここにある」
「怖いなら消してやる。消えたくないなら、消えない身体を作ってやる!」
ロードファイブの装甲の奥から、丑寅の声が荒く響いた。救いたいという願いが、もう相手の声を聞く余裕を奪っている。あいつは救おうとしているのではなく、怖いと言われた自分を許せなくて、その声を消そうとしている。
「違う。今必要なのは、その声を作り替えることじゃない」
「逃げたいって言える声を閉じ込めたら、それは守ったことにならない」
春川の言葉に、入間も続けた。
「しかも中身は継ぎ接ぎだ。完成したところで、そいつはお前の欲しい返事をする人形に近づくだけだぞ」
ロードファイブの背部アームが震え、赤黒い電撃が診察室の壁を走った。
俺は、採取陣の中心でデュアルメアカプセムを掴んだ。指先に触れた瞬間、カプセムの中央が熱を持ち、赤黒い夢の糸とは違う、澄んだ青白い光が広がっていく。
「丑寅、お前が救いたかったことは否定しない。けど、声を消して完成させるなら、俺はその完成を壊す」
「壊すな。やっと、ここまで来たんだ。あと少しで、あいつを戻せるんだよ」
「戻すんじゃない。お前は、お前が許される形に作り替えようとしてるだけだ」
俺はデュアルメアカプセムを回転させた。採取陣の赤黒い線が俺の身体を縛ろうとしたが、カプセムから広がった解析光がその線を一本ずつ読み解き、違う構造へ塗り替えていく。
『オルデルム!』
ドライバーの音声が診察室に響いた。
赤黒い採取陣の中で、俺はカプセムをゼッツドライバーへ装填する。
『メツァメロ……メツァメロ……』
待機音が鳴るたび、白い床に青い幾何学模様が走った。中核装置、妹再生体、ロードファイブ、患者データ、採取陣、そのすべてが細い解析線で結ばれていく。俺は右手をドライバーへ添え、丑寅を見据えた。
「変身」
『アナトマイズ! ライダー! ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ・オルデルム!』
青白い解析光が俺の身体を包み、銀と黒を基調にした装甲が形成される。複眼には冷たい青の光が灯り、胸部から円環状のアナトマイズストラクチャーが展開した。赤黒い夢の糸は俺を縛る鎖ではなく、解析対象へ変わっていく。
ゼッツ オルデルムとなった俺は、診察室全体へ腕を伸ばした。
「アナトマイズ開始。丑寅幽玄、お前の修復領域を読み解く」
青白い線が診察室を走り、妹再生計画の中核装置を包み込む。
モニター表示が、赤から白へ切り替わっていった。
改変領域、解析開始。妹再生体、本人復元率不安定。外部人格補填、多数検出。恐怖反応、削除対象から保護対象へ再分類。
「見ろ、削除対象が書き換わってる。恐怖反応が、不具合じゃなくて保護対象に変わった!」
入間が叫んだ。東条は妹再生体の方を見つめたまま、静かに言う。
「それが、その子の声を残すということなのね」
犬神は白い記録板を浮かべ、珍しく深く目を細めていた。
「興味深い。裁定ではなく、対象の意味そのものを再構築している」
「勝手に分類するな! その恐怖が残ったら、あいつはまた苦しむんだよ!」
ロードファイブが突進してきた。ショックの電撃、ジャンクの重装甲、パニックのノイズが一体となり、診察室を赤黒く塗り潰そうとする。
「苦しみを消すことと、苦しみを一人で抱えさせないことは違う」
俺はオルデルムの腕を振り、アナトマイズストラクチャーの円環を展開した。赤黒い電撃は円環に触れた瞬間、構造を解析され、細かい光の粒になってほどけていく。
「俺は何度でも直す。壊れたなら組み直す。怖いなら消す。痛いなら取る。それで救えるなら、何度だってやる!」
「そのたびに、妹だったものから遠ざかっていくんだ」
「黙れ! 救えなかったお前に何が分かる!」
「分からない。だから聞くんだ。お前が聞かなかった声を、俺達は聞く」
ロードファイブの拳が迫る。
春川のバリアが俺の前に差し込まれ、拳の軌道を一瞬だけずらした。その隙に入間のマシーナリーが中核装置へ最後の解析信号を叩き込み、東条のリカバリーが妹再生体の声を掴むように光を伸ばす。
「中核装置の偽装コード、剥がしたぞ! もう『妹本人』なんて表示で誤魔化せねぇ!」
モニターが更新された。
表示修正。妹本人、復元不可。現存対象、妹再生体。恐怖反応、保持。
「あなたは、怖いと言っていいの。誰かの望む笑顔にならなくてもいいわ」
「……こわい……でも……きこえる……」
妹再生体の声が、診察室に残った。
春川はロードファイブへ向き直り、防壁を張りながら言った。
「丑寅、これ以上その子に繋ぐな。守りたいなら、まず手を離しなよ」
「手を離したら、また失うだろうが!」
「握り潰すくらいなら、離した方が守れる時もある」
ロードファイブの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
その一瞬で十分だった。
俺はアナトマイズストラクチャーの解析を完了させた。診察室の床に広がっていた赤黒い採取陣は、今では青白い再構築線へ置き換わっている。妹再生計画は、もう妹を作り直す装置としては機能しない。ここは、丑寅が消そうとした声を、消さずに残す場所へ変わり始めていた。
「丑寅、お前が妹を救いたかったことは本物だ」
「だったら、止めるな!」
「本物の願いでも、相手の声を消したら救いじゃない」
「俺は、あいつが怖がる顔をもう見たくねぇんだよ!」
「見ろ。怖がっているその子を見ろ。見ないまま直そうとするな」
カプセルの中で、妹再生体がもう一度呟いた。
「……こわい……」
「それが、今ここに残った声だ」
ロードファイブは叫びながら、背部アームとジャンク装甲をすべて展開した。赤黒い採取陣の残骸がロードファイブの周囲に集まり、巨大な手術器具のような影を作る。
「俺は、救うんだああああっ!」
俺はデュアルメアカプセムの必殺操作を行った。
ドライバーが高く鳴り、アナトマイズストラクチャーの円環が右足へ集中する。青白い解析光が何層にも重なり、オルデルムの脚部に再構築の力が宿った。
『オルデルム・エンダー! ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ!』
ロードファイブが赤黒い光をまとって突っ込んでくる。
俺は真正面から跳び上がった。蹴りの軌道に、青白い円環がいくつも展開される。ロードファイブの重装甲、背部アーム、中核装置の接続線、採取陣の残骸、そのすべてが一瞬で解析対象として浮かび上がった。
「救いの形を、お前一人で決めるな!」
オルデルム・エンダーが、ロードファイブの胸部へ直撃した。
衝撃は装甲を砕くだけではなかった。蹴りから広がった青白い光は、ロードファイブと中核装置を結ぶ接続、妹再生体へ伸びる強制接続、俺の夢を切り分けようとした採取陣を、一本ずつ読み解いて分解していく。
モニターが白い表示へ変わる。
採取陣、分解。強制接続、解除。恐怖削除命令、無効化。妹再生計画、再構築。診察室定義、変更。
ロードファイブのジャンク装甲が砕け、手術用アームが床へ落ちていった。中核装置は赤黒い光を失い、代わりに白い記録光を灯す。妹再生体へ伸びていた接続線は、切断ではなく、ほどけるように解けていく。
「やめろ……消えるな……また、俺は……」
丑寅の声が装甲の奥から漏れた。
俺は蹴り抜いた姿勢から着地し、崩れかけるロードファイブへ向かって言った。
「消すんじゃない。戻すんだ。お前が聞かなかった場所へ」
青白い光が診察室全体を包んだ。
中核装置は、妹を再生する装置ではなくなっていく。記録映像は消えず、妹再生体の声も削除されない。ただし、そこに都合のいい完成はなかった。兄を呼んで笑う妹は戻らない。痛みも恐怖もなかったことにはならない。
ロードファイブの装甲が砕け、丑寅幽玄は床に膝をついた。
診察室のモニターに、静かな文字が映る。
妹再生計画、停止。恐怖反応、保持。記録保存、完了。再生処理、不可。向き合い処理、未完了。
「戻せなかった……結局、俺はまた救えなかったのか」
丑寅は、空になった手を見つめていた。
その声からは、さっきまでの豪快さが消えていた。ただ、間に合わなかった兄の声だけが残っていた。
「違う。今度は、聞こえてる」
俺が言うと、カプセルの中の妹再生体が小さく動いた。
「……こわい……でも……きこえた……」
東条が静かに頷いた。
「その声は、消されずに残ったわ」
入間はマシーナリーの装甲を解除しかけながら、疲れた声で言った。
「少なくとも、てめぇの都合で継ぎ足される人形にはならずに済んだ」
春川は丑寅から目を逸らさず、短く告げた。
「守るなら、まずその声から逃げないことだね」
丑寅は答えなかった。
ただ、妹再生体の方へ手を伸ばしかけて、途中で止めた。その手は、触れたいのに触れられない距離で震えていた。春川の言った「逃げられる距離」が、今ようやく丑寅の前に残されたのだと思った。
犬神が白い記録板を開き、淡々と記録を更新した。
「丑寅幽玄。妹再生計画は停止。対象への強制再構築は不可。記録を更新します」
「俺に、どうしろって言うんだ。痛みも恐怖も残したまま、あいつを覚えていろってのか」
丑寅の声は、怒りではなく困惑に近かった。
痛みを取ること、恐怖を消すこと、足りないものを補うこと。それだけを救いだと信じてきた男にとって、何も消さずに覚えていることは、罰のように見えるのかもしれない。
「そうだ。作り直さずに、消さずに、覚えていろ」
「それは、救いじゃねぇだろ」
「すぐには救いに見えないかもしれない。でも、声を消して作り直すよりは、そこからしか始まらない」
丑寅は、長い間黙っていた。
そして、ようやく絞り出すように呟いた。
「……お前は、本当に面倒なやつだな」
犬神が、どこか満足そうに記録板へ目を落とした。
「万津君は裁定不能ですから。扱いが難しいのは、記録済みです」
その言葉に、入間が小さく笑い、東条が静かに息を吐き、春川が呆れたように肩を下げた。
俺はオルデルムの変身を解除し、白く変わった診察室を見回した。
妹は戻らなかった。
妹再生体も、丑寅の望む答えを返す存在にはならなかった。
それでも、「こわい」という声は消されずに残った。
その声を聞くところからしか、丑寅幽玄は始められないのだと思った。
中核装置が停止する直前、入間が端末の奥に残った別のコードを見つけた。
「……おい、ちょっと待て。この装置、丑寅一人の設計じゃねぇぞ」
「どういうことだ」
俺が尋ねると、入間は画面を睨みながら舌打ちした。
「保健省の修復コードの奥に、別系統の科学省コードが混ざってる。もっと冷たい頭で、最初から人格補填の効率だけ見て組んだやつがいる」
犬神の表情が、少しだけ険しくなった。
「科学省最高幹部、伊音テコ君の関与を示す記録かもしれませんね」
白い診察室の奥で、停止したはずの装置に一瞬だけ青白い別の文字列が走った。
丑寅の終わったはずの計画の奥に、まだ別の幹部の影が残っている。
俺は、その文字列を見つめながら拳を握った。
終焉でも、完成でも、解脱でもない第三の道を探す戦いは、まだ終わっていなかった。