ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
透明な扉を越えた瞬間、俺達は研究所ではなく、誰かが仕組んだ舞台の中央に立たされた。
第三階層は、劇場と実験室を無理やり重ね合わせたような場所だった。透明な箱が宙に浮かび、透明な幕が空気の層みたいに揺れ、透明な階段がどこにも繋がらないまま幾つも交差している。照明だけはやけに白く、俺達の影は床に落ちず、代わりに観測用の文字列が足元を追いかけていた。
第三階層、接続完了。変身反応誘導、開始。ワンダー適合候補、夢野秘密子。トランスフォーム適合候補、茶柱転子。
「ここは研究所というより、劇場みたいだな。しかも、裏方まで全部透明にされている」
俺が呟くと、夢野は透明な箱を見上げ、杖を肩に乗せたまま小さく鼻を鳴らした。
「んあー、透明な箱に透明な幕とは、手品師泣かせであり、魔法使い向きでもあるのう」
「夢野さんが少し楽しそうなのは安心しましたが、転子としては全く安心できません!」
茶柱は夢野の斜め前に立ち、足元から天井までを目だけで測るように見回していた。見えないものを見ようとしているのではなく、いつ来るか分からない力に身体を合わせようとしている。その姿勢だけで、ここがただの通路ではなく、いつでも牙を剥く舞台だと分かる。
キーボの頭部ランプが細かく明滅した。
「観測装置の密度が上がっています。ここは、夢野さんと茶柱さんの反応を引き出すための空間です」
透明な天井から、テコの声が降ってきた。
「適合反応の観測には、対象の選択圧が必要です。危機がなければ、変身反応は十分に顕在化しません」
「危機を作っておいて、観測なんて言うな」
「名称の違いに意味はありません。反応が記録できれば十分です」
その言葉が終わるより早く、透明な箱が俺達を囲んだ。箱は目の前にあるのに輪郭が掴みにくく、触れようとした時だけ冷たい面として現れる。透明な幕が通路を遮り、床は水面みたいに沈む角度を変え、不可視の機械腕が夢野と茶柱を別々の方向へ押し流そうとした。
「んあー、観測者気取りが舞台監督まで兼任するとは、忙しいやつじゃな」
「夢野さん、そこは皮肉を言っている場合ではありません。見えない腕がまた来ます!」
茶柱が夢野を背中側へ引こうとした瞬間、二人の間に透明な壁が滑り込んだ。触れた茶柱の指先が弾かれ、夢野の足元だけが別の箱へ沈むように移動していく。
「夢野!」
俺は駆け出そうとしたが、透明な壁が腹の前に現れ、息を詰まらせるほど硬く俺を押し戻した。キーボが壁を叩き、反射音で構造を読もうとする。しかし、壁は音が返る前に位置を変え、こちらの焦りを白い床へ書き込むように観測表示を増やしていった。
ワンダーカプセム、接続開始。トランスフォームカプセム、接続開始。疑似ライダー反応、誘導。
夢野の前に、不思議な色の光をまとったカプセムが浮かぶ。茶柱の前には、形を変え続ける歯車のような光が現れた。二つの光は透明な舞台に似合わないほど鮮やかで、まるで誰かが塗り忘れた世界へ、強引に色を流し込んだみたいだった。
「ウチにこれを使えというのか。んあー、このまま透明な箱詰めにされるのは面倒じゃな」
夢野は震える指先を袖の中へ隠すようにして、それでもカプセムから目を逸らさなかった。
「夢野さん、転子も使います。守るだけでなく、ここから出る道を作るために」
茶柱はカプセムを掴む前に、一度だけ夢野を見た。透明な壁越しで表情は歪んで見えたが、夢野は杖の先で壁を軽く叩き、小さく頷いた。
「夢野、茶柱。お前達なら、この舞台をこっちのものにできる」
「僕も解析で支援します。お二人の位置情報は、できる限り共有します」
キーボの声に合わせて、俺は透明な壁へ手を置いた。冷たい面の向こうで、夢野がワンダーカプセムを掴む。
「見えぬ舞台なら、魔法使いの出番じゃ。面倒じゃが、少しだけ本気を出してやる」
『グッドモーニングライダー!ワンダー!』
音声が響くと、透明な箱の内側へ星屑のような光が舞った。紫と金の装甲が夢野の身体を包み、肩や腰には舞台衣装のような装甲布がふわりと揺れる。星形の複眼が灯り、腕には小さな杖型デバイスが形成された。透明だった箱の内側に魔法陣のような光が描かれ、ただの檻だった空間が、一瞬で奇術の箱庭へ変わる。
「んあー、透明な箱には見えぬ出口があるものじゃ。見えぬなら、ウチが出口をあることにしてやる」
続いて、茶柱がトランスフォームカプセムを握り込む。彼女の足元へ矢印のような光が走り、見えない機械腕の力の向きが青い線として浮かんだ。
「転子は夢野さんを守るだけではありません。皆さんが進む道も、この手で作ります!」
『グッドモーニングライダー!トランスフォーム!』
青と橙を基調にした柔術着風の装甲が、茶柱の身体に重なった。腕部と脚部には回転関節のような装甲リングが光り、胸部には力の向きを変える矢印のラインが浮かぶ。彼女が半歩踏み込むだけで、透明な床に見えない力の流れが浮き上がり、さっきまでただの罠だった舞台装置が、彼女の間合いへ引き込まれていく。
「見えない力でも、触れた瞬間に流れは読めます。押してくるなら、押してきた方向ごと変えます!」
夢野が杖型デバイスを振ると、透明な幕が紫の光を帯びた。テコの観測カメラが見ている角度だけが僅かにずれ、夢野の姿が三つに分かれたように見える。機械腕が一番はっきり見える影へ突っ込むと、そこには空の箱しかなく、透明な壁へ自分から突き刺さった。
「見えぬ幕よ、今からウチの魔法の幕になるのじゃ」
「夢野さんの魔法で迷ったなら、次は転子が投げます!」
茶柱が踏み込み、誤誘導された機械腕の押す力を横へ流した。腕は自分の勢いを失わないまま、別の透明な壁へ叩き込まれる。すると、壁は砕ける代わりに階段状の足場へ形を変え、俺達の前に新しい道が浮かんだ。
「すごいな。夢野が舞台の見え方を変えて、茶柱が舞台装置の使い方を変えてる」
俺が言うと、ワンダーの夢野が透明な階段の上でふふんと胸を張った。
「んあー、やっとウチの偉大さが分かったか。もっと早く気づいてもよかったのじゃぞ」
「夢野さんは元から偉大です! 万津さん、そこの理解は遅すぎます!」
「そこは今、責められるところなのかよ」
軽口が弾んだ瞬間、白い空間の冷たさが少しだけほどけた。けれど、テコはその揺らぎすら取りこぼさない。透明なモニターが次々と立ち上がり、二人の変身データを並べていく。
ワンダー反応、記録完了。透明舞台装置への認識改変、確認。トランスフォーム反応、記録完了。外力変換および役割変換、確認。制御モデル、生成開始。
「記録可能なものは、制御可能です。夢野秘密子、茶柱転子、変身反応の分類を完了しました」
「んあー、記録した程度で魔法を分かった気になるとは、修行が足りんのう」
「転子達の動きは、数字の通りにはいきません!」
「反論も記録済みです。再現性のない主張は、観測価値が低い」
テコの声は、相変わらず白いガラスの向こうから聞こえてくるようだった。触れれば冷たいが、傷一つつかない。そんな声だ。
その時、キーボが急に黙った。
彼は二人の戦闘を見ているはずなのに、視線だけが透明な観測ログの奥へ向いている。頭部ランプの明滅が乱れ、右手の指が小さく開閉した。
「万津君、おかしいです。テコさんの観測ログには、友情反応の項目だけが存在しません」
「友情反応だけがないって、どういうことだ」
「夢野さんが茶柱さんを信じたことも、茶柱さんが夢野さんの言葉で動いたことも、万津君が二人を信じて背中を押したことも、すべて別々の反応として分解されています」
透明なモニターには、音声補助、保護衝動、錯覚誘導、身体反応、役割変換という単語が並んでいる。そこに、二人が互いへ向けた視線も、壁越しに頷いた間も、茶柱が夢野の言葉だけで動いた一瞬も記録されていない。
「見落としてるんじゃなくて、見ないようにしてるのか」
「はい。友情を知らないのではなく、観測から除外している可能性があります」
テコの声が割り込んだ。
「不要な変数です。協力効率や行動補正として処理すれば十分です」
「十分ではありません。友情を効率の副産物として扱う限り、あなたは今の連携を理解できません」
キーボの声は、いつもの丁寧さを保っていた。
けれど、言葉の端が硬かった。透明な研究所の冷たい光を受けて、彼の白い装甲が薄く青く見える。その姿が、ただの機械として分類されることを拒むように、まっすぐテコの声へ向いていた。
「夢野秘密子の指示音声により、茶柱転子の身体反応が補正された。そこに友情という変数を追加する必要はありません」
「必要があります。茶柱さんは、夢野さんの言葉だから迷わず動けたのです」
「同じ言葉でも、誰が言うかで届き方は変わる。お前の分類は、そこを透明にしてる」
俺が言うと、夢野が杖をくるりと回した。
「んあー、転子はウチの魔法を信じておるからのう」
「当然です! 夢野さんの魔法を疑う理由など、転子にはありません!」
茶柱は声を張り上げたが、夢野は少しだけ顔を逸らした。複眼の奥の表情は見えない。けれど、杖を握る手がさっきよりも少しだけ低い位置に下がっていて、その仕草が何よりも雄弁だった。
「信頼という表現は、再現性に欠けます」
「だからこそ、お前が支配しきれないものなんだ」
俺の言葉の後、透明な舞台が短く軋んだ。
テコは返事をしない。代わりに、透明な研究所の奥でオレンジ色の線が走った。人型の輪郭が、一瞬だけ浮かび上がる。ノクスナイトのような気配があるのに、黒い装甲のほとんどは見えず、オレンジの線だけが空間へ縫い込まれていた。
ワンダー反応、制御モデル生成。トランスフォーム反応、制御モデル生成。友情反応、不要変数として除外。クリアシステム、起動準備完了。ナイトインヴォーカー、接続。
「次段階へ移行します。記録可能な変身反応は制御可能です。記録不要な変数は、透明化します」
「友情を透明化しても、無かったことにはできません」
キーボが言い返すと、夢野が透明な幕の上に杖を置いた。
「んあー、透明なものほど、舞台ではよく目立つものじゃ」
「次に何を出しても、転子達は脚本通りには動きません!」
茶柱は階段状の足場の上で構え直した。夢野はその横に立ち、透明な幕を自分のマントみたいに揺らしている。二人の装甲は、テコの白い舞台の中で小さな色として残っていた。記録されても、分類されても、そこにいることまでは消えない色だった。
「テコ、次はお前自身が舞台に出る番だ」
俺がそう告げると、透明な研究所の奥でオレンジの線がもう一度光った。
姿のほとんどは見えない。けれど、その見えなさが、今までで一番はっきりと敵の形をしていた。
ワンダーとトランスフォームが道を開いた。
キーボは、テコが見ようとしない空白に指をかけた。
俺は透明な舞台の奥へ向かい、まだ名前のつかない嫌な予感を拳の中で握りしめた。
次に幕が上がる時、そこに立つのは観測者ではない。
透明なまま逃げていた、伊音テコ自身のはずだった。