ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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科学省コード Part4

 透明な研究所の奥で、オレンジ色の線だけが人の形を描いていた。

 

 輪郭はそこにあるのに、身体が見えない。顔も、腕も、装甲も、影さえない。ただ、空中に縫いつけられた細い線だけが、誰かが立っていることを証明している。透明な床は白い光を反射し、俺達の足元には影の代わりに観測ログが流れていた。

 

 クリアシステム、起動準備完了。ナイトインヴォーカー、接続。記録済み変身反応、制御モデル生成済み。友情反応、不要変数として除外。

 

 その表示を見た瞬間、キーボの指がわずかに止まった。

 金属の関節が音もなく固まり、彼の視線だけが「不要変数」という文字を追っている。テコは人の心を無視しているのではない。心という文字を、最初から透明な箱の外へ弾き出している。

 

「出てこい、テコ。声だけで人を分類していた時間は終わりだ」

 

 俺が透明な人影へ声を投げると、オレンジ色の線が少しだけ傾いた。

 

「分類は距離を必要としません。ですが、制御検証には近接観測が有効です」

 

「んあー、観測だの検証だの、舞台に出る言い訳が長いやつじゃ」

 

 ワンダーへ変身した夢野が、杖型デバイスを肩に乗せながら言った。装甲布が透明な空気の中で揺れ、紫と金の光が白い研究所に小さな色を落としている。

 

「夢野さんを見下ろす観測者など、転子が床へ叩き落とします!」

 

 トランスフォームの茶柱は、装甲リングを光らせながら一歩前へ出た。

 彼女の足元には力の流れを示す矢印が浮かぶ。けれど、透明な研究所はそれすら読まれているみたいに、床の角度を静かに変えていた。

 

 オレンジ色の輪郭が腕を上げる。

 見えない手が、見えない装置を掲げた。その縁だけが淡い光を反射し、ナイトインヴォーカーの形を一瞬だけ浮かび上がらせる。

 

「ノクスナイトシステム、科学省コードで再定義。可視装甲、不要。観測優位、確保」

 

『ナイトインヴォーク!』

 

 透明な床の下で、黒い影が水のように広がった。

 影はノクスのものに似ているのに、色がない。そこにあるはずの暗ささえ削り取られ、オレンジの線だけが影の骨格をなぞっていく。

 

『クリア!』

 

 研究所の壁が一斉に透け、奥の奥にある観測カメラまで見えた。けれど、見えすぎるせいで何も掴めない。情報が多すぎる空間で、必要なものだけが消されている。

 

『ノクスナイト・クリア!』

 

 テコの姿は、確かにノクスナイトだった。

 ただし、黒い装甲はほとんど透明で、角度によって内部フレームの縁が硝子細工のように浮かぶだけだった。胸部のコアだけが淡いオレンジで脈打ち、その光が透明な床、壁、幕、階段へ細い神経みたいに伸びていく。

 

「これがノクスナイト・クリアです。姿が見えないのではありません。見る必要のない情報を削除しているだけです」

 

「お前にとって都合の悪いものは、何でも透明にするんだな」

 

 俺の言葉に、テコは答えなかった。

 代わりに、透明な幕が夢野の前で音もなく揺れた。

 

「見えぬ幕よ、もう一度ウチの魔法の幕になるのじゃ」

 

 夢野が杖を振る。紫の光が幕の端を染め、観測カメラの角度をずらそうとした。さっきはその一振りで、機械腕が空の箱へ誘導された。けれど今度は、幕の光が白い補正線に縫い留められる。

 

 ワンダー反応、制御モデル適用。観測角度、固定。錯覚誘導、補正。

 

「同じ演目は二度通用しません。観測角度を固定すれば、錯覚はただの表示誤差です」

 

「んあー、ウチの魔法を表示誤差呼ばわりとは、客の態度が悪すぎる」

 

 夢野は軽く言ったが、杖の先がわずかに下がった。

 透明な幕に映っていた星屑の光が、白い格子に塗り潰されていく。舞台から色を剥がされるみたいな光景だった。

 

「夢野、無理に同じ手を使うな。あいつは前の動きを読んでる」

 

「分かっておる。分かっておるが、魔法をメモ帳扱いされると、さすがのウチも少し面倒では済まんのじゃ」

 

 その間に、茶柱が透明な機械腕へ踏み込んだ。

 

「押してくる力なら、横へ流します!」

 

 茶柱の装甲リングが回り、力の矢印が横へ倒れる。

 けれど、機械腕の出力方向が触れる直前で変わった。横へ流すはずだった力は突然下向きに落ち、茶柱の足元の透明な床を沈ませる。

 

 トランスフォーム反応、制御モデル適用。外力方向、直前変更。変換先、封鎖。

 

「くっ……読んだ力の流れが、触れる寸前で変わりました!」

 

「外力変換は、入力方向が安定している場合に有効です。ならば入力を固定しなければいい」

 

 テコの声は、ガラス板の向こうから手術の手順を読み上げるみたいだった。

 茶柱は膝をつきかけたが、すぐに床へ掌をついた。透明な面に橙のリング光が広がり、沈んだ床の角度をかろうじて止める。

 

「茶柱さん、右後方から追加の機械腕です!」

 

 キーボが叫ぶ。

 しかし、キーボの声が届くより早く、オレンジの線が横切った。

 

 俺の肩に見えない衝撃が掠め、装甲もないのに骨の奥へ冷たい痺れが走った。少し遅れて、空中にノクスナイト・クリアの腕の輪郭が浮かぶ。攻撃が終わってから、ようやく見える。

 

 透明な床から壁が伸び、夢野と茶柱の退路を塞ぐ。キーボが音響反射で位置を読もうと壁を叩いたが、反射音が返る前に透明装置の位置が入れ替わった。

 

「視覚、聴覚、接触反応。全て記録済みです。あなた達の認識経路は、透明な舞台で分解できます」

 

「全部見えてるつもりで、友情だけ見ないのはずいぶん都合がいいな」

 

「不要な変数を削除するのは、解析の基本です」

 

 ノクスナイト・クリアの姿が消えた。

 オレンジの線すら薄くなり、研究所の白い光の中へ溶ける。俺は胸の奥で、心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。どこから来るか分からない攻撃を待つ時間は、雨雲の下で雷を数える時に似ている。音が鳴る前に空気が張り詰め、肌だけが先に痛む。

 

「転子、見えぬ幕は破るより、めくる方が早いぞ」

 

 夢野の声が、透明な空間を斜めに切った。

 茶柱は振り向かなかった。けれど、彼女の足元のリングが、夢野の声に合わせて半回転する。

 

「了解しました、夢野さん。なら転子が、舞台ごとめくります!」

 

 夢野はワンダーの杖で幕を攻撃しなかった。

 透明な幕の端だけを紫の光でそっと浮かせる。まるで、隠し扉の取っ手に指をかけるような動きだった。茶柱がそこへ踏み込み、破壊ではなく反転へ力を変える。

 

 透明な幕が裏返った。

 

 その一瞬、白い空間にオレンジの輪郭が露出した。

 ノクスナイト・クリアの肩、腕、胸部コアが、薄い水彩の線みたいに浮かび上がる。

 

「見えた。今の動きは、テコの制御モデルに入ってない!」

 

「新規行動パターンを確認。記録を更新します」

 

 テコの返答は早かった。

 けれど、そのほんの数秒があれば十分だった。

 

「今の露出で、透明化処理の一部へアクセスできます。万津君、数秒だけ時間をください」

 

 キーボは透明な観測ログへ手を伸ばしていた。

 指先から伸びる細い解析光が、白いコードの隙間へ入り込む。

 

「分かった。キーボ、無茶はするなよ」

 

「無茶ではありません。友達のために必要な行動です」

 

 キーボの言葉が、静かに落ちた。

 その言い方はいつも通り丁寧なのに、透明な研究所の冷たい空気へ小さな金属音を立てて突き刺さった。

 

 ノクスナイト・クリアの輪郭が再び薄れていく。

 俺は見えない敵の前へ立った。夢野が透明な幕をずらし、茶柱が機械腕の向きを少しでも逸らす。どれも一瞬しか保たない綱渡りだったが、キーボの背中だけは見失わないようにした。

 

 モニターに、隠されていたログが浮かぶ。

 

 観測ログ、保護領域。友情反応、透明化済み。教祖関連記録、透明化済み。処理方式、一致。

 

「……見つけました。友情反応の透明化処理と、教祖関連記録の透明化処理が同じです」

 

 その言葉の直後、透明な空間が水面みたいに揺れた。

 白い壁の奥から、いくつかの文字が泡のように浮かぶ。

 

 対象、教祖。友人関係、秘匿。最後まで味方。不要感情として透明化。解析精度低下、回避。

 

「最後まで味方……テコ、お前は教祖と何だったんだ」

 

 俺が問いかけると、ノクスナイト・クリアの胸部コアが一瞬だけ強く光った。

 けれど、返ってきた声に揺れはない。揺れていないように、硬く整えられていた。

 

「不要な記録です。現在の観測に関係ありません」

 

「関係があります。あなたは友情を知らないのではなく、友情を見えない場所へ隠しています」

 

「訂正します。隠しているのではありません。透明化しているだけです」

 

「それを隠してるって言うんだよ」

 

 俺が言うと、研究所の天井から落ちる白い光が少しだけ暗くなった。

 透明すぎる場所で、ほんの一瞬だけ何かの影ができた気がした。

 

 次の瞬間、モニターが赤ではなく、ほとんど色のない警告に切り替わる。

 

 クリアシステム、出力上昇。可視情報、最小化。友情反応、排除対象へ移行。観測妨害個体、キーボ。

 

 オレンジの線が完全に薄れた。

 何も見えない。音もない。床の振動さえ消える。

 

「キーボ。あなたの解析は不要変数へ接近しすぎています」

 

「不要かどうかは、あなた一人が決めることではありません」

 

 キーボが答えた瞬間、透明な打撃が彼へ向かった。

 目では追えない。けれど、胸の奥で何かが弾けるように分かった。俺は床を蹴り、キーボの前へ飛び込む。

 

 衝撃が腹に入った。

 息が潰れ、視界の端に白い火花が散る。透明な攻撃は見えないのに、痛みだけは形を持っていた。俺が膝をつく前に、夢野の紫の幕が視線をずらし、茶柱が透明な壁を反転させて追撃を逸らした。

 

「キーボを狙うなら、俺を越えていけ」

 

 声は少しかすれていたが、言えた。

 キーボが背後で息を呑むように黙る。機械である彼に息はないのかもしれない。それでも、その沈黙は確かに俺の背中へ触れていた。

 

「友情反応による損傷選択を確認。やはり非効率です」

 

「効率で前に出たわけじゃない」

 

 俺は腹を押さえながら立ち上がった。

 透明な床に、俺の靴底だけが白く映っている。傷も痛みも、この舞台では観測データにされるのだろう。それでも、キーボの前に立った事実だけは、テコの分類で薄めさせたくなかった。

 

 夢野が幕の端を握り、茶柱が俺達の横へ滑り込む。

 

「んあー、嫌な採点表じゃ。こんなもの、魔法の舞台には不要じゃ」

 

「仲間を点数表みたいに並べるな!」

 

 キーボは一歩だけ前に出ようとした。

 俺は腕を横に出し、それを止める。彼は俺の腕を見て、少しだけ指を握った。

 

「テコさん。友情を透明化しても、あなたの中から消えたわけではありません」

 

 透明な舞台の中心に、ノクスナイト・クリアの声だけが落ちる。

 

「ワンダー反応、制御可能。トランスフォーム反応、制御可能。夢構造異常、要解析。キーボ、不要変数への接近により優先排除」

 

 透明な壁が四方からせり出し、俺とキーボを中心に舞台が狭まっていく。

 夢野の幕も、茶柱の変換も、今度は届く前に角度を変えられてしまう。白い光が薄くなり、オレンジの線すら見えない場所で、テコの声だけが針みたいに残った。

 

「次は、友情という不要変数を排除します」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はキーボの方を見た。

 透明な壁越しに、彼の白い装甲がぼんやり光っている。俺達の間には見えない線が何本も走っているのだろう。観測線、拘束線、排除対象を示す線。テコなら、それら全部に名前をつけられるのかもしれない。

 

 けれど、俺が今見ているものには、たぶん別の名前がある。

 透明な舞台に押し込められながら、キーボは真っ直ぐ立っていた。俺の前でも、俺の後ろでもなく、隣へ来ようとしていた。

 

 その一歩を、テコは非効率と呼ぶ。

 なら、次はその非効率ごと、透明な舞台へ叩き込んでやる。

 

 俺の手の中で、まだ使っていないカプセムの反応が微かに脈打った。

 インパクトゼロイダー。

 名前だけを知っていた力が、キーボの光に呼応するように、透明な壁の中で小さく震え始めていた。

 

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