ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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科学省コード Part5

 透明な壁が、四方から音もなく迫ってきた。

 

 壁そのものは見えない。けれど、近づいてくるたびに空気が薄くなり、声が遠くなり、足元の白い光が細く切り分けられていく。まるで研究所全体が、俺とキーボの間にあるものを一つずつ剥がし、最後には互いの名前だけを残そうとしているみたいだった。

 

 モニターの文字が、透明な壁の奥で冷たく並ぶ。

 

 友情反応、排除対象。対象、万津、キーボ。相互干渉、遮断開始。視覚、聴覚、通信、振動、順次制限。

 

「キーボ、聞こえるか!」

 

 俺の声は、途中で削られた。喉から出た言葉が、透明な壁に触れた瞬間、細い糸みたいに裂けていく。向こう側でキーボの白い輪郭が揺れたが、表情までは見えない。

 

「万津君、音声通信が不安定です。透明壁が多層化しています」

 

 キーボの返事も、途中で途切れた。

 それでも、最後に残った「しています」の硬い響きだけが、壁の隙間を擦るように届いた。

 

 外側では、ワンダーの夢野が杖を振り、透明な幕をずらそうとしていた。紫の光が薄い布のように舞うが、壁の重なりがそれを何層にも反射して、届く前に色を失わせる。

 

「んあー、あの壁、ただの透明な箱ではないぞ。声まで薄くしておる」

 

 トランスフォームの茶柱が、見えない機械腕の力を掴んで横へ流す。だが、その力は途中で向きを変え、彼女の足元へ戻ってきた。茶柱は膝を沈めながら踏みとどまり、夢野の前から一歩も退かない。

 

「万津さんとキーボさんを分けるなど、卑怯にもほどがあります!」

 

 透明な舞台の中心で、ノクスナイト・クリアの声が落ちた。

 姿は見えない。オレンジ色の線すら消えかかっている。ただ、声だけが白い床を這うように届く。

 

「友情反応は相互干渉によって維持されます。干渉を遮断すれば、反応は自然停止します」

 

「キーボを切り離して、それで消したつもりになるのか」

 

「接続がなければ、反応は継続しません」

 

「お前、本当に何でも線で繋がってると思ってるんだな」

 

 俺が壁に拳を叩きつけると、手応えだけが鈍く返ってきた。音は吸われ、振動も途中で止まる。テコの舞台は、俺達が届けようとするものだけを選んで薄めていた。

 

 透明な拘束線が、キーボの腕と脚へ絡みついた。

 白い装甲の表面に細い光が走り、キーボの頭部ランプが何度か明滅する。彼は膝をつかない。腕を引かれても、足を縫い止められても、まっすぐこちらを向いていた。

 

 観測妨害個体、キーボ。友情反応保持個体。解析機能、制限。不要変数への接近、遮断。

 

「僕の解析機能を遮断しても、あなたの透明化処理が消えるわけではありません」

 

「解析を止めるためではありません。あなたの言葉が、他の対象へ影響するためです」

 

「つまり、キーボの言葉が怖いんだな」

 

「不正確です。言葉による行動補正が、観測精度を低下させます」

 

「それを怖がってるって言うんだよ」

 

 返答の代わりに、透明な壁がさらに厚くなった。

 キーボの声が、もうほとんど聞こえない。白い装甲の輪郭だけが、水槽の向こうに沈んだ星みたいにぼやけていた。

 

 夢野が杖を壁へ向ける。紫の光は、壁の継ぎ目を探すように細く伸びた。

 

「転子、あの壁は破ると厚くなる。なら、揺らして継ぎ目を出すのじゃ」

 

「了解しました! 継ぎ目があるなら、転子が力の流れをそこへ集めます!」

 

 茶柱は透明な機械腕を避けず、あえて受け止めた。腕が押してくる力を、彼女は正面から流さない。足元のリングを半回転させ、見えない力を夢野が示した一点へ集める。透明な壁に、髪の毛ほど細い紫の線が浮いた。

 

「んあー、今じゃ。壁にも幕にも、めくれる端はあるものじゃ」

 

「万津さん、キーボさん! 今なら声くらいは通せます!」

 

 その瞬間、キーボが自分の胸部装甲を拳で叩いた。

 

 金属音が、一度、透明な壁の中を走った。

 次の音は途中で削られた。三度目の音はもっと小さくなった。それでも、音が消えた後に残る震えだけが、細い波紋となって俺の手元へ届いた。

 

「万津君、聞こえていますか!」

 

「音は途切れてる。でも、振動は届いてる!」

 

 キーボはもう一度、胸を叩いた。

 白い装甲に小さな傷が走る。拳を下ろすたび、彼の腕に絡む拘束線が強く締まる。それでも、キーボは叩くのをやめなかった。

 

「非効率な通信手段です。成功率は低い」

 

「成功率ではありません。届かせたい相手がいるから、届く方法を探しているんです!」

 

 キーボの声は壁に削られながらも、最後の一語だけをこちらへ投げてきた。

 探している。

 その響きが、俺の掌に残った振動と重なる。

 

「友情は、協力効率を上げるための情動プロトコルです。個体が損傷を選ぶ理由にはなりません」

 

 テコの声は、透明な刃物みたいだった。言葉の先端だけが鋭く、そこに温度はない。

 キーボは少しだけ俯いた。胸部装甲に置かれた拳が止まる。透明な壁の奥で、白い指が一度だけ開き、それから強く握られた。

 

「違います!」

 

 叫びは、壁にぶつかって割れた。

 それでもキーボは、もう一度胸を叩いた。今度は金属音が長く伸び、透明な壁の中で白銀の波紋になった。

 

「友情は不要変数ではありません! 僕が友達の隣に立つために選んだ、僕自身の答えです!」

 

 その言葉は、きれいな音ではなかった。

 壁に削られ、通信に割られ、振動に混ざって、形を崩しながら届いた。けれど、壊れかけた音だからこそ、そこにキーボの拳の跡が残っていた。

 

「聞こえてるぞ、キーボ。その答え、俺にも届いてる」

 

 キーボは顔を上げた。

 透明な壁の奥で、彼の目元の光が強くなる。

 

「万津君、僕はあなたの装備ではありません。あなたの隣で戦う友達です!」

 

「ああ。だから俺も、お前を武器として使わない。一緒に戦うために、この力を使う」

 

 俺の手の中で、カプセムが脈打った。

 インパクトゼロイダーカプセム。今まで眠っていたそのカプセムが、キーボの声に応じるように白銀の光を放つ。透明な壁の中で、赤黒い観測光とは違う波紋が広がっていった。

 

 未登録カプセム反応。インパクトゼロイダー反応、検出。キーボ、ゼロイダーリンク候補。万津、ゼッツドライバー接続。

 

「未登録合体反応。対象間の同期原因、友情反応……不可。不要変数は演算対象外です」

 

「演算から外したなら、読めなくて当然だ」

 

 俺はカプセムを握り直した。

 キーボの方を見る。透明な壁越しに、彼は小さく頷いた。

 

「万津君、僕のシステムを開きます。あなたの夢構造との同期を許可します」

 

「許可じゃない。頼む、キーボ。一緒に来てくれ」

 

 キーボは一瞬だけ黙った。

 白い胸部装甲の傷が、透明な光を受けて細く光っている。彼はその傷へ触れず、俺の方へ手を伸ばした。

 

「はい。僕は、僕の意思であなたと共に戦います」

 

 俺はインパクトゼロイダーカプセムをゼッツドライバーへ構えた。

 

「インパクトゼロイダーカプセム……いくぞ、キーボ!」

 

「ゼロイダーリンク、開始します!」

 

 カプセムを装填する。

 

『インパクトゼロイダー!』

 

 白銀の衝撃波が、透明な床を走った。

 キーボの身体から装甲の一部が光となって分離し、透明な壁をすり抜けるように俺へ向かってくる。俺の周囲でゼッツの装甲が展開し、そこへキーボ由来の白銀装甲が重なっていった。

 

『ゼロ・リンク! ゼロ・リンク!』

 

 胸部にゼロイダーコアが形成される。

 腕部と脚部には衝撃蓄積ユニットが装着され、背部にはキーボの補助演算ユニットが翼のように広がった。視界の中に、俺の感覚とは別の解析線が重なる。けれど、それは俺を上書きするものではなかった。隣から同じ景色を見ている光だった。

 

『グッドモーニングライダー!ゼッツ!インパクトゼロイダー!』

 

 白銀と青の光が複眼に灯る。

 俺の声とキーボの声が、同じ装甲の内側で重なった。

 

「インパクトゼロイダー、起動」

 

 透明な壁が、初めて音を立てた。

 俺は右拳を握り、透明な床へ叩き込む。

 

「まずは、見えない舞台の輪郭を出す!」

 

 拳が床に触れた瞬間、白銀の衝撃波が円形に広がった。

 透明だった壁にヒビのような光が走り、空中に隠れていた機械腕が骨格だけを晒す。観測カメラは白い点となって浮かび、階段、幕、拘束線、床の継ぎ目が波紋に合わせて次々と形を現した。

 

「んあー、透明な裏方が丸見えじゃ。これはなかなか派手な魔法じゃな」

 

 夢野の声が弾んだ。

 茶柱が、見えた機械腕へ飛び込む。

 

「今なら見えます! 見えるなら、転子が投げられます!」

 

 茶柱は透明だった腕を掴み、トランスフォームの力で流れを変える。腕は自分の勢いで壁へ叩き込まれ、夢野がワンダーの幕で観測角度をずらした。二人の動きが、さっきまで届かなかった場所へ届き始める。

 

「透明舞台装置の輪郭が露出。原因は衝撃波……だけではない。同期反応が透明化処理へ干渉している」

 

 ノクスナイト・クリアの声が、初めて少しだけ途切れた。

 俺達の内部で、キーボの解析音声が響く。

 

「右上方、透明化反応。二秒後に打撃が来ます」

 

「分かった。こっちから合わせる!」

 

 俺は右拳を振り抜いた。

 見えない打撃と正面からぶつかる。衝撃が互いの間で弾け、白銀の波紋が空中へ広がった。ノクスナイト・クリアの腕の輪郭が、一瞬だけ露出する。オレンジの線と白銀の衝撃波が重なり、透明な敵に骨が生えたように見えた。

 

「友情を消したければ、まずこの衝撃を止めてみろ!」

 

「友情反応を出力因子として使用している。非合理です」

 

「非合理でも、僕達はここに届きました」

 

 キーボの声が、俺の中から響く。

 俺はもう一歩踏み込んだ。拳を床へ、壁へ、空間へ叩き込むたび、透明な舞台に白銀の波紋が走る。完全には見えない。ノクスナイト・クリア本体は、まだ姿を隠しきっている。けれど、さっきまで何もなかった場所に、今はヒビがある。

 

 透明舞台装置、損傷。クリアシステム、補正開始。友情反応、排除失敗。教祖関連記録、再浮上。

 

 研究所の奥で、また文字が浮かんだ。

 

 最後まで味方。友達。透明化不可。

 

 テコの声が、ほんの一拍だけ止まった。

 白い空間の中で、その沈黙だけが色を持って見えた。

 

「記録の再浮上を確認。不要変数が、透明化処理を阻害している」

 

「不要じゃないから、戻ってくるんだろ」

 

「あなたが透明にしたものは、消えたわけではありません」

 

 キーボの声に合わせて、ゼロイダーコアが光る。

 胸の奥で、俺の鼓動とは違うリズムが鳴っていた。機械の音なのに、不思議と冷たくない。透明な研究所の白い光の中で、俺達だけが音を持っているみたいだった。

 

「次段階へ移行します。不要変数の根源を特定します」

 

 ノクスナイト・クリアの輪郭が、再び透明の奥へ沈んでいく。

 けれど、もう完全には消えない。衝撃波が走った場所には細いヒビが残り、白銀の波紋が舞台の継ぎ目を照らしている。

 

 俺は拳を握った。

 キーボの解析線が、俺の視界の端で静かに瞬く。

 

「行こう、キーボ。あいつが透明にしたものを、次はもっと深く揺らす」

 

「はい、万津君。僕達の衝撃は、まだ届きます」

 

 透明な舞台の奥で、教祖関連コードが微かに明滅した。

 テコが隠したはずの言葉は、ヒビの向こうで、まだ消えずに揺れていた。

 

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