ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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科学省コード Part6

透明な舞台に走ったヒビの奥で、白い文字が水底の泡みたいに浮かんでは消えていた。

 

 インパクトゼロイダーの拳が残した衝撃は、研究所の床や壁だけでなく、テコが隠していた記録の底まで揺らしていた。白銀の波紋が透明な空間を広がるたび、観測ログの裏側に押し込められていた言葉が、濡れた紙片のように光を返す。

 

 教祖関連記録、再浮上。友情反応、排除失敗。再透明化処理、開始。

 

「また浮かんできた。テコ、お前が消したがってる場所だな」

 

 俺の声は、インパクトゼロイダーの装甲の内側でキーボの解析音と重なった。胸部のゼロイダーコアが淡く脈打ち、俺の視界には白銀の線が何本も走っている。透明な壁の継ぎ目、舞台装置の神経、そして消えかけた記録の輪郭が、細い雨筋のように見えていた。

 

「不要記録です。現在の戦闘には関係ありません」

 

 ノクスナイト・クリアの声は、どこから聞こえているのか分からない。オレンジの線もほとんど見えず、白い研究所の奥で、声だけが冷たい刃の形を保っている。

 

「関係がない記録なら、ここまで強く隠す必要はありません」

 

 キーボの声が、俺の内側から静かに返した。

 その声に合わせて、視界の右端に新しい表示が開く。

 

 ゼロイダー・リンク、同期率上昇。透明化処理、脆弱部位検出。教祖関連記録、断片座標特定。

 

「万津君、右前方の透明壁に処理の薄い場所があります。そこへ衝撃を集中してください」

 

「分かった。見えないなら、揺らして見つける」

 

 俺は右拳を握り、透明な床へ叩き込んだ。

 衝撃は床を砕くためではなく、壁の奥へ届くように細く絞った。白銀の波紋が透明な層を何枚も抜け、隠されていた文字列を水面の反射のように浮かび上がらせる。

 

 対象、教祖。友人関係、秘匿。最後まで味方。不要感情として透明化。解析精度低下、回避。

 

 その断片が現れた瞬間、テコは記録を消すのではなく、逆に戦場へばらまいた。

 白い文字が空中に散り、視界を埋め尽くす。俺の複眼に、何重にも重なった言葉が降ってきた。まるでガラス片の雪だ。ひとつひとつは軽いのに、触れると皮膚の下まで切り込んでくる。

 

「記録断片を視覚ノイズとして再利用します。不要記録にも利用価値はあります」

 

「んあー、自分の記録まで道具にするとは、舞台裏を荒らしすぎじゃ」

 

 ワンダーの夢野が、紫の幕を広げる。散らばる文字を幕の上に受け止めるようにして、消えかけた断片を舞台中央へ集めていく。いつもの眠そうな声なのに、杖の動きには迷いがなかった。

 

「そんな使い方をするものではありません!」

 

 トランスフォームの茶柱が透明な消去線へ踏み込んだ。

 彼女は見えない力を掴み、腕の装甲リングを回転させる。消すために流れていた力が、方向を変えられて白銀の粒子を舞い上げた。文字は散る代わりに、舞台の中央で少しだけ濃くなる。

 

「散らばった台詞は、舞台の中央に集めるものじゃ。消される前に、観客へ向けてやる」

 

「消す力なら、浮かせる力に変えます。転子が、その流れを変えてみせます!」

 

「二人とも、助かる。キーボ、こっちは道ができたぞ」

 

「はい。今なら、記録断片の奥へ問いを届けられます」

 

 キーボの声が、ゼロイダーコアから研究所の奥へ伸びていく。

 俺は拳を構えたまま、テコの見えない輪郭へ向かった。

 

「テコさん。あなたにとって教祖は、ただの観測対象だったのですか」

 

「現在の戦闘に関係ありません」

 

「では、なぜ教祖関連記録だけ、友情反応と同じ透明化処理なのですか」

 

「偶然一致した処理方式です」

 

「偶然で、そんなに焦って消そうとするかよ」

 

 俺が言うと、白い研究所の奥でオレンジの線が一瞬だけ乱れた。

 ほんの細い揺らぎだった。けれど、完全に透明だった敵の輪郭が、その一拍だけ人の形へ戻りかけた。

 

 俺は右腕を引いた。胸部のゼロイダーコアから、白銀の光が拳へ流れ込む。キーボの解析線が、透明化処理の継ぎ目へ重なった。

 

 インパクト・リベール、起動。透明化処理へ衝撃干渉。不可視記録、輪郭露出。

 

「キーボ、衝撃を記録の奥まで通す。座標を合わせてくれ」

 

「了解です。衝撃波の到達点を、透明化処理の継ぎ目へ合わせます」

 

「殴り壊すんじゃない。揺らして、形を出す」

 

「はい。今回の衝撃は、接触のために使います」

 

 拳が透明な壁へ触れた。

 ぶつけたというより、扉を叩くみたいに打ち込む。白銀の波紋が壁の奥へ何重にも広がり、隠された映像が滲むように現れた。

 

 白い食卓が見えた。

 何もない空間に長いテーブルがあり、左右には空席が並んでいる。椅子の背には、終天教団の幹部達の識別コードが淡く刻まれていた。向こう側には教祖らしき影があり、こちら側には、まだ輪郭の薄い少年のような影が立っている。

 

 建国前記録。対象、教祖。対象、伊音テコ。友人関係、秘匿。最後まで味方。

 

 映像の中で、白い食卓の向こうから誰かの手が伸びた。

 細い指先が、もう一方の手へ届こうとしている。けれど、触れる寸前で透明化処理が走り、指先だけが白いノイズへ崩れていく。

 

 俺は息を詰めた。

 その手は、戦うための拳ではなかった。命令する手でも、観測する手でもない。触れるかどうか迷いながら、それでも届かせようとした手だった。

 

「手を伸ばすことが非効率でも、伸ばさなければ届かないものがあります」

 

 キーボの声が、装甲の内側で静かに響いた。

 俺は右手を開き、記録の中で消えかけた手へ向けた。

 

「テコ、お前が透明にした手を、俺達がもう一度見つける」

 

「接触を拒否します。不要記録へ干渉しないでください」

 

 テコの声が、白い空間を強く震わせた。

 透明な壁が何枚もせり上がり、記録と俺達の間を塞ごうとする。ノクスナイト・クリアの攻撃が混ざり、見えない刃がこちらへ飛ぶ。

 

「万津君、左側から透明化した機械腕が来ます」

 

「任せろ。今は手を引かない」

 

 俺は右手を伸ばしたまま、左腕の衝撃蓄積ユニットで機械腕を受けた。白銀の波紋が弾け、不可視の輪郭が浮かぶ。夢野が紫の幕で視界をずらし、茶柱がその腕の力を反転させ、俺の伸ばした手の道から押し退けた。

 

「んあー、主役が手を伸ばしておる時に邪魔をするな。裏方は裏へ下がるのじゃ」

 

「ここは転子達が支えます。万津さんとキーボさんは、そのまま進んでください!」

 

「助かる、二人とも。キーボ、続けるぞ」

 

「はい。フレンドシップ・インパクト、部分起動します」

 

 能力表示が視界に開いた。

 衝撃波、接触補助へ変換。透明記録、干渉可能域へ移行。

 

 インパクトゼロイダーの右手が透明な壁へ触れると、壁に手形のような白銀の光が浮かんだ。

 その手形から波紋が広がり、記録の中で崩れかけていた指先をなぞる。白いノイズだったものが、もう一度、手の形へ戻りかける。

 

「殴るだけがインパクトじゃない。届かない場所へ、手を伸ばすための衝撃だってある」

 

「万津君、もう少しです。記録の指先が、こちらの衝撃に反応しています」

 

 俺達の手と、記録の中の手が重なりかけた。

 触れれば、その先に何があるのか分かる気がした。テコが透明にしたものの形。教祖が残した言葉。誰かが誰かの味方でいようとした、その瞬間の温度。

 

 けれど、触れる直前で、研究所全体が白く塗り潰された。

 

 クリアシステム、最大出力。不要記録、再透明化。接触拒否。友情反応、解析精度低下要因。

 

「友情など、残っていても解析精度を下げるだけです」

 

 テコの声が響いた。

 今までのように真っ直ぐな声ではなかった。最後の一音だけ、薄いガラスに傷が入るみたいに掠れた。オレンジの線が乱れ、胸部コアが一拍だけ不規則に明滅する。

 

 キーボはその揺らぎを見逃さなかった。

 

「今、あなたは記録ではなく、自分の声を守ろうとしました」

 

「テコ、お前が本当に消したいのは、記録じゃないんだろ」

 

 返事はない。

 白い光が強くなり、食卓の映像はまた透明の奥へ沈んでいく。伸ばしかけた手も、空席も、教祖の影も、幼いテコの輪郭も、次々と白いノイズへ戻される。

 

 だが、全部は消えなかった。

 

 もし君が、教団全体を敵に回しても。

 僕だけは。

 最後まで味方に――

 

 その断片だけが、舞台の中央に残った。

 まるで消し忘れた字幕みたいに、白い空間の中で震えている。

 

「んあー、消し損ねたのう。台詞の一番大事なところほど、舞台に残るものじゃ」

 

 夢野が杖を下ろした。

 茶柱は文字を見上げたまま、握った拳をゆっくり開く。

 

「最後まで味方に、ですか。そんな言葉を不要などとは言わせません」

 

 ノクスナイト・クリアのオレンジの線が、遠くで揺れた。

 姿はまだ見えない。けれど、今の揺れは舞台装置の誤作動には見えなかった。

 

「次段階へ移行します。不要変数の完全排除を実行します」

 

 テコの声は、また平坦な形へ戻ろうとしていた。

 けれど、さっき入った傷は、白いガラスの奥に残っている。俺にはそう見えた。

 

「違う。次は、俺達がその言葉の続きを聞きに行く」

 

「はい。手が届かなかったなら、もう一度伸ばします」

 

 キーボの声が、俺の中で重なる。

 インパクトゼロイダーの右手には、まだ白銀の手形が残っていた。届かなかった手の痕が、透明な壁の表面で淡く光っている。

 

 俺はその手を握り直した。

 拳ではなく、もう一度開くために。

 

 透明な研究所の奥で、ノクスナイト・クリアの線が大きく揺れる。

 テコは次に、完全排除を選ぶ。俺達は次に、その手を伸ばす。

 

 ヒビの向こうで、消え損ねた言葉がまだ震えていた。

 最後まで味方に――その続きへ届くまで、俺達の衝撃は止まらない。

 

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