ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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科学省コード Part7

 白い光が、透明な研究所を塗り潰していった。

 

 さっきまで見えていたヒビも、白銀の手形も、夢野が広げた紫の幕も、茶柱の装甲リングが描いた力の流れも、白い絵の具を流し込まれたみたいに薄れていく。床と壁の境目が消え、天井と空間の違いも分からなくなり、俺達は何もない場所へ立たされているように見えた。

 

 不要変数、完全排除。友情反応、消去対象。教祖関連記録、消去対象。夢構造干渉、遮断。ゼロイダーリンク、分断開始。

 

 モニターの文字だけが、白い光の奥で冷たく残っている。

 インパクトゼロイダーの胸部で、ゼロイダーコアが小さく脈打った。キーボの解析線が視界の端で細く震え、俺の感覚と彼の演算が重なっている場所だけ、まだ世界の輪郭を保っていた。

 

「不要変数の完全排除を実行します。友情反応、教祖関連記録、同時消去」

 

 ノクスナイト・クリアの声は、真っ白な壁の向こうから聞こえた。

 オレンジの線さえほとんど見えないのに、その声だけは白い床へ刺さるように残る。

 

「白く塗ったところで、そこに何もなかったことにはならない」

 

「万津君、ゼロイダーリンクが圧迫されています。ですが、まだ切れていません」

 

「なら十分だ。切れてないなら、もう一度伸ばせる」

 

 俺は右手を開いた。

 前回、記録の奥へ届きかけた手には、まだ白銀の波紋が残っている。拳を握れば戦える。けれど、今の手は殴るためだけにあるわけじゃない。届かない場所へ、もう一度触れるための形をしていた。

 

 白い光の中で、文字が崩れ始める。

 

 もし君が。教団全体を敵に。僕だけは。最後まで。

 

 途切れた言葉が、砂のように消えようとしていた。

 そこへ、夢野が杖を突き出した。

 

「んあー、消えかけの台詞ほど、舞台では中央へ出すものじゃ」

 

 ワンダーの紫の幕が、白い空間へ広がる。

 消えかけていた文字が幕へ映り、薄い字幕のように舞台中央へ浮かび上がった。夢野の装甲布は白い光に削られているのに、杖の先だけは小さな星みたいに揺れている。

 

「ワンダー反応、消去対象へ追加」

 

「ウチの魔法を消すなら、まず最後まで観てからにするのじゃ」

 

 茶柱がその幕の前へ飛び込んだ。

 完全排除の白い線が、夢野ごと記録を消そうと迫る。茶柱はトランスフォームの装甲リングを高速で回転させ、白い線の流れを正面から受けた。

 

「消す力なら、今度は浮かび上がらせる力へ変えます!」

 

 白い線が、茶柱の腕の周りで折れ曲がった。

 消えるはずだった文字が白銀の粒子になって舞い上がり、俺達の前に細い道を作る。茶柱の足元が沈み、透明な床が軋んでも、彼女は夢野の幕を背中で守ったまま動かなかった。

 

「夢野さん、まだ幕は保てますか!」

 

「んあー、転子がそんな顔で聞くなら、保てぬとは言えんじゃろう」

 

「では保ってください! 転子がこの白い線を全部曲げます!」

 

「無茶を堂々と言うでない。まあ、今は嫌いではないがのう」

 

 二人の声が、白い光の中で小さく弾んだ。

 それは勝てると決まった声ではない。足元が崩れながら、それでも互いの位置を確かめるための声だった。

 

「夢野さんと茶柱さんが、記録断片への接触路を作っています」

 

「二人が作った数秒、無駄にしない」

 

 俺は右手を前へ伸ばした。

 指先に白銀の光が集まり、透明な壁へ触れる。冷たい感触が掌を押し返そうとするが、ゼロイダーコアから流れた衝撃波が手形のように広がり、記録の奥へ細い波紋を送った。

 

 フレンドシップ・インパクト、再起動。衝撃波、接触補助へ変換。教祖関連記録、干渉可能域へ移行。

 

「今度こそ届かせる。隠した手にも、消えかけた言葉にも」

 

「手を伸ばします。万津君、衝撃波を指先へ集中してください」

 

 白い食卓が、もう一度現れた。

 

 長いテーブル。左右の空席。背に刻まれた識別コード。

 向こう側には教祖の影が座り、こちら側には幼いテコの影が立っている。映像は短く、ところどころが白いノイズに削られていたが、二人の間に伸びかけた手だけは、今度ははっきり見えた。

 

 幼いテコの声が、ノイズの奥で小さく震える。

 

「もし君が、教団全体を敵に回しても」

 

 白い食卓の上で、幼い影が指を伸ばす。

 教祖の影は、すぐに握り返さない。ただ、逃げないでそこにいる。空席ばかりの食卓で、二人の間だけが白い光を少しだけ濃くしていた。

 

「僕だけは」

 

 ノクスナイト・クリアの透明な輪郭が、白い空間の奥で揺れる。

 テコが消そうとしているのは、過去の文字だけではない。今も胸の奥で鳴ってしまう声を、観測ログの外へ押し出そうとしている。

 

「最後まで味方になる」

 

 言葉が完成した瞬間、ノクスナイト・クリアの右手だけが可視化された。

 

 硝子みたいな輪郭が、白い光の中に浮かぶ。オレンジの線だけだったはずの手に、指の形が戻っている。テコはすぐにその手を握り潰すように閉じたが、指先に走った白銀の波紋は消えなかった。

 

「見えたな。お前が透明にしたかった手だ」

 

「可視情報の異常です。即時修正します」

 

「いいえ。あなたが初めて、自分の手を見ただけです」

 

「訂正します。不要な可視化です」

 

 テコの声は、平坦な形へ戻ろうとしていた。

 けれど、右手はまだ消えない。握った指先が、ほんの少しだけ開きかけ、また閉じる。その動きが、何度も透明化処理を上書きしようとするモニター表示より、ずっと多くのものを語っていた。

 

「完全排除を再実行します。可視化された不要記録を、全て透明化します」

 

 研究所全体が、透明な刃と壁へ変わった。

 ノクスナイト・クリアは、舞台装置を全て自分の装甲へ接続し、白い空間のあちこちから透明な分身を立ち上げる。オレンジの線が幾つも走り、どれが本体か分からない。

 

「んあー、幕引きの時間を勝手に決めるでない」

 

 夢野が紫の幕を何枚も重ね、分身の観測角度をずらす。

 偽物のオレンジ線が幕の裏へ滑り込み、白い空間の端でほどけた。

 

「最後の一撃まで、転子達が道を塞がせません!」

 

 茶柱が透明な壁へ飛び乗り、トランスフォームの力で壁そのものを跳ね上げる。

 白い線が折れ、インパクトゼロイダーの前に胸部コアへ続く細い道が開いた。

 

「キーボ、行けるか」

 

「はい。こちらの同期は安定しています。万津君、必殺技を使いましょう」

 

 俺はゼッツドライバーへ手を伸ばした。

 レバーに触れると、キーボの解析線が胸部コアから右脚まで流れ、透明化処理の支点を探し始める。

 

 まず一度、レバーを押し込む。

 ゼロイダーコアが白銀に発光し、今まで見えなかった透明な舞台装置の全輪郭が白いヒビとして浮かび上がった。

 

 二度目を押し込む。

 両拳へ衝撃波が集まり、拳の周囲で小さな円形の波紋が幾重にも重なった。透明な壁、透明な刃、透明な分身の位置が、白銀の火花で一瞬ずつ暴かれる。

 

 三度目を押し込む。

 衝撃は右脚へ移動し、脚部ユニットが白銀に輝いた。キーボの演算ラインが螺旋状に巻きつき、ノクスナイト・クリアの胸部コアへ一本の道を描く。

 

『インパクトゼロイダー・バニッシュ!』

『ゼロ! ゼッツ! ゼロイダー!』

 

「中核座標、固定。透明化処理の支点は、ノクスナイト・クリアの胸部コアです」

 

「分かった。消すんじゃない。見えるように撃ち抜く」

 

 ノクスナイト・クリアは透明な分身を増やした。

 オレンジの線が十、二十と白い空間を走り、胸部コアの位置を偽装する。透明な壁が何枚も重なり、こちらの蹴りを逸らそうと角度を変え続けた。

 

「攻撃軌道、予測済み。透明分身、展開。中核座標、偽装」

 

「偽物の幕なら、ウチが舞台裏へ追いやってやる」

 

 夢野の紫の幕が広がり、偽の分身だけを観客席のない暗がりへ押し流した。

 そこへ茶柱が踏み込み、跳ね上げた透明壁をさらに反転させる。

 

「本命の道は、転子がこじ開けます!」

 

 白銀の道が開く。

 その先で、ノクスナイト・クリアの右手が胸部コアを覆おうとする。可視化された指先が、最後の瞬間まで自分を隠そうとしていた。

 

「透明にしたものを、消えたことにはさせない!」

 

 俺達は跳んだ。

 透明な舞台のヒビを足場にして、白銀の衝撃波を右脚へ収束させる。複眼の奥で、キーボの解析線と俺の視界がぴたりと重なった。見える場所だけを蹴るのではなく、テコが見ないようにしていた場所へ向かっていく。

 

 ライダーキックが、胸部コアへ触れた。

 

 その瞬間、白銀の衝撃波が研究所全体へ広がった。

 ただ砕くのではなく、透明にされたものの輪郭を一斉に浮かび上がらせる波だった。透明な壁、透明な幕、透明な拘束線、透明化された観測ログ、教祖関連記録、幼いテコが伸ばした手。全部が一度に白い光の中へ露出する。

 

「友情反応が、透明化処理を上回る……ありえない」

 

「ありえないのではありません。あなたが演算から外していただけです」

 

「だから、届いたんだ」

 

 ノクスナイト・クリアの透明装甲が砕けた。

 オレンジの線がほどけ、白い粒子になって舞い上がる。胸部コアに刻まれたヒビから、食卓の記録が最後に一度だけ浮かび、幼いテコの手が、教祖の影へ届く寸前の形で止まった。

 

 白い光が収まると、研究所は消えていた。

 

 残っていたのは、長い白い食卓だけだった。

 椅子の背には幹部達の識別コードが淡く残り、教祖の影はもう見えない。片側に、テコが立っている。ノクスナイト・クリアの装甲は解け、右手だけにまだ白銀の波紋が残っていた。

 

「……記録は、完全には消去されませんでした」

 

 テコは自分の右手を見下ろしたまま言った。

 その手を握ろうとして、途中でやめる。指先が食卓の縁へ触れ、白い天板に小さな波紋が広がった。

 

「消せなかったんじゃない。残ってたんだ」

 

「あなたが透明にしても、その言葉はここにありました」

 

 テコはしばらく黙っていた。

 白い食卓の空席だけが、何も言わずに並んでいる。透明な研究所より静かな場所なのに、ここにはさっきより多くの気配があった。

 

「解釈は任意です。ですが、伝言として残すなら……あの人が教団全体を敵に回しても、僕だけは最後まで味方でいるつもりでした」

 

 それだけ言うと、テコは右手を食卓から離した。

 視線は俺達へ向いているのに、どこか少し奥の席を見ているようにも見えた。

 

「僕は、あなた達の味方になったわけではありません。ただ、透明化できない記録が存在した。それだけです」

 

「それだけでも、今は十分だ」

 

 夢野が杖を肩に乗せ、白い食卓の端を眺めた。

 

「んあー、素直ではないやつじゃ。まあ、科学者とは面倒なものじゃな」

 

「最後まで味方でいたいと言えるなら、それは不要などではありません!」

 

 茶柱の声が、白い空間に真っ直ぐ響いた。

 テコは茶柱を見て、すぐには返事をしなかった。代わりに、右手の指先を一度だけ開き、そこに残った白銀の波紋を見た。

 

「テコさん。次にその手を見る時、あなた自身が透明にしないことを願います」

 

「願望は観測対象外です」

 

 そこでテコは言葉を切った。

 白い食卓の上に、短い沈黙が落ちる。彼はそれを拾うように、ほんの少しだけ声を低くした。

 

「……ですが、記録には残しておきます」

 

 食卓が薄れていく。

 椅子も、天板も、白い空間も、今度は乱暴に消されるのではなく、幕が下りるみたいに静かに遠ざかった。

 

 最後に残ったモニター表示が、次の領域を告げる。

 

 科学省領域、停止。伊音テコ、観測継続。友情反応、完全消去失敗。次期観測領域、文部省コード接続。黒四館仄、観測痕跡。

 

 黒い文字列が、白い床の上へ滲むように浮かび上がった。

 さっきまでの透明な研究所とは違う、艶のある黒だった。誰かが甘く笑いながら、遠くからこちらの傷口を観察しているような文字だった。

 

「文部省コード……次は黒四館仄か」

 

 俺が呟くと、キーボの声が隣で応じた。

 インパクトゼロイダーの同期は解けかけていたが、その声の位置だけははっきり分かった。

 

「万津君、科学省領域は停止します。ですが、観測痕跡は外部へ接続されています」

 

「終わったと思ったら、次の視線か。ほんと、休ませる気がないな」

 

「んあー、休憩なしはブラックな舞台進行じゃ」

 

「夢野さん、次の領域でも転子が必ずお守りします!」

 

「そこは頼もしいが、転子も少しは自分を守るのじゃぞ」

 

 軽い会話が白い空間に戻ってくる。

 その声を聞きながら、俺は自分の右手を見た。さっき伸ばした手には、まだ白銀の光が薄く残っている。届かなかったものへ伸ばし、届いたものを消させないために使った手だ。

 

 テコの右手も、きっとまだどこかで震えている。

 その震えを、彼が次に透明にするのか、それとも記録に残すのかは分からない。

 

 けれど、ひとつだけ残ったものがある。

 最後まで味方になる。その言葉は、白い食卓と一緒に消えなかった。

 

 黒い文字列が、ゆっくりと扉の形へ変わっていく。

 文部省領域の奥から、誰かの視線が万津という名前を撫でるように近づいてきた。

 

 俺は手を握り直し、夢野と茶柱とキーボの方へ振り返った。

 

「行こう。次は、言葉で仕掛けてくる相手みたいだ」

 

 白い光が完全に消える直前、テコの声がどこか遠くで小さく響いた。

 

「観測は継続します。万津、あなた達が透明化できないものを、どこまで抱えて進むのか」

 

 返事はしなかった。

 ただ、俺は黒い扉へ向かって歩き出した。背中には、仲間の足音が続いている。透明な研究所で何度も消されかけた音が、今は確かに床を叩いていた。

 

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