ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
文部省領域へ戻った時、図書館は劇場に変わっていた。
天井まで伸びていた本棚は半円形の観客席となり、そこに並んだ本の背表紙が、顔のない観客みたいに舞台中央を向いている。ページの隙間から黒いインクが垂れ、床へ落ちるたびに、俺の結末を先回りする文章へ変わった。
王子様は仲間を守る。
王子様は傷ついても立ち上がる。
王子様は破滅を受け入れ、カタストロムとなる。
舞台中央に落ちた赤黒い照明が、俺の影を異様に長く引き伸ばしていた。影の肩には重いマントが揺れ、頭部には曲がった角が生え、俺が呼吸するたびに人間から遠ざかっていく。
「舞台装置を変えたところで、趣味の悪さは変わらないな」
『ありがとうございます。王子様に褒めていただけるなんて、作家として光栄です』
黒四館の声と同時に、黒いページの翼が観客席の上で開いた。
ロードシックス・カタストロムが、赤黒い文章を踏みながら舞台へ降りる。胸部に埋め込まれた模倣コアは、俺の奥にある鼓動を薄い紙へ写したような音を響かせていた。
本物に似ているからこそ、耳障りだった。
俺の胸奥で鳴る音は、もっと不揃いだ。息を呑めば速くなり、仲間の声を聞けば一拍ずれ、間違えた時には喉元までせり上がってくる。黒四館のカタストロムは、綺麗に整えられすぎていた。
『第六幕、王子様の破滅を開始します』
ロードシックス・カタストロムが羽根ペンの刃を振る。
赤黒い恋文が数十枚に分かれ、赤松、アンジー、星へ向かって飛んだ。俺はゼッツドライバーへカプセムを装填し、装甲を展開させながら三人の前へ割り込む。
「変身!」
『グッドモーニングライダー! ゼッツ!』
青緑の光が黒い舞台を裂いた。
ゼッツの両腕で恋文の刃を受け止めると、紙片は砕けずに装甲へ貼りつき、赤黒い文字を焼きつけてくる。
王子様は仲間を庇う。
腕を振って剥がそうとした瞬間、別の文章が胸部へ刻まれた。
王子様は痛みを隠す。
「いちいち行動を文章にするな。実況としても性格が悪すぎるぞ」
『あなたの行動は、すべて私の愛を証明してくださいます』
「俺の行動で勝手に証明問題を解くな!」
拳を振り抜くと、ロードシックス・カタストロムのページ翼が閉じ、衝撃を文章の余白へ逃がした。拳の勢いだけが横へ流され、俺は舞台の床へ肩から転がる。
立ち上がる前に、観客席の本が一斉に開いた。
王子様は倒れる。
仲間達は王子様を救おうとする。
三つの反抗は、記録された通りに失敗する。
「勝手に失敗まで決めないで!」
赤松がサウンド装甲の腕を広げた。
「サウンド・リフレイン!」
青白い旋律が、俺達の名前を呼びながら舞台を走る。ところが、黒四館の模倣コアが赤く脈打つと、旋律の前に黒い五線譜が現れた。
『シナリオ・ブレイク』
音の一つ一つが黒い譜面へ固定され、反転して俺達へ返ってくる。
赤松の音なのに、俺の名前を呼んでいない。王子様、王子様と、同じ役名だけを繰り返す不自然な旋律が、胸奥の鼓動を黒四館の拍子へ揃えようとした。
アンジーが前へ出て、筆型デバイスを振るう。
「アート・オーバーペイントで、黒い楽譜を派手にしてやるのだー!」
白と金の色彩が五線譜へ広がったが、ロードシックス・カタストロムはページ翼を一度だけ羽ばたかせた。アンジーが描いた色は額縁へ吸い込まれ、破滅する王子を彩る挿絵へ書き換えられる。
星がカードを投げる。
「リカバリー・リターン」
淡い緑の光が「破滅予定」の文章へ触れた瞬間、空中から赤い判子が落ちた。
返却済み。
修復済み。
処理完了。
カードは重さを増し、星の足元へ落ちる。
「何も返しちゃいねぇのに、仕事だけ終わった顔をされるのは腹が立つな」
『記録上は終了しています。登場人物の納得は、物語の進行に必要ありません』
「だから、お前の話には人間がいないんだよ」
星の言葉へ返事をするように、黒いページが床から立ち上がった。
記録された三つの技が、それぞれ刃となって襲ってくる。赤松の音波、アンジーの色彩、星の偽記録が、黒四館の文章をまとって俺へ集中した。
三人の技を壊したくなかった。
俺は拳を構えたまま、その場から動けなかった。
「万津君、避けて!」
赤松の声へ身体が反応し、直後に黒板の文章が書き換わる。
王子様は仲間の力を受け入れる。
青白い音が胸部を打ち、色彩の刃が肩を裂き、偽記録が脚部へ巻きつく。俺は片膝をついたが、三人へ拳を向けることだけはしなかった。
「俺達の技を、ずいぶん上手く使うじゃないか」
『皆さんの反抗は美しかったですから、一文字も捨てずに保存しました』
「保存と盗用は別物だよ!」
赤松が鍵盤を弾くように指を構えたところで、その手を止めた。
青白い光が指先へ集まりかけ、何も鳴らさないまま消えていく。
「赤松?」
「もう同じ音は鳴らさない」
彼女は両手を静かに開いた。
その瞬間、舞台から音が消えた。
ページをめくる音も、模倣コアの鼓動も、黒四館の甘い声も途切れる。ゼッツの装甲が擦れる音さえ消え、俺は自分の呼吸だけを身体の内側で聞いた。
吸うたびに震え、吐くたびに少し遅れる。
整っていない、生きている音だった。
赤松の唇が動く。
「今は音を鳴らさない。万津君が、自分の鼓動を聞けるようにする」
サウンド・サイレンスが作った空白へ、アンジーが歩み出た。
彼女は新しい絵を描かなかった。白く光る筆先を、俺の影へそっと当てる。
「描き足すだけがアートじゃないよー。いらない役なら、白く戻せばいいのだー」
筆が動くたび、黒い王子のマントが消えていく。歪んだ角、長い爪、黒四館が描き足した笑みが、白い余白へ戻された。
『絵を消せば、王子様の中身まで失われます』
「違うよー。描いた人の都合を消したら、下にいた本人が見えるだけだよー」
アンジーが最後の黒い線を削ると、影の中から俺自身の輪郭が現れた。
星は床に落ちたカードを拾い、赤い判子を指で擦った。
「治す必要も、返す必要もねぇ。終わったことにされた記録を、まだ終わっていない場所へ戻せばいい」
カードスリットへ通すと、「処理完了」の文字が薄緑の光に包まれ、未処理へ変わった。
「リカバリー・ペンディング」
舞台の奥に浮かんでいた「破滅済み」の赤い印が剥がれ、黒板の下へ落ちる。
「破滅済みなんて記録は返却する。こいつは、まだ終わっちゃいねぇ」
沈黙と余白と未処理。
どれも、黒四館が記録していない使い方だった。
技として完成していないから、文章へ閉じ込められない。黒四館の本には、空白をどう読むべきか書かれていなかった。
俺はゆっくりと立ち上がった。
胸奥では、まだ黒い鼓動が鳴っている。けれど、黒四館の模倣コアと同じ拍子には戻らなかった。早くなり、遅くなり、赤松が作った沈黙の中で自分勝手に揺れている。
『その力は、私があなたへ与えたものです』
音が戻り、ロードシックス・カタストロムの声が舞台へ響いた。
「違う」
『私が罠を作り、私が道を示し、私があなたの破滅を観測しました』
「お前が扉を開けたとしても、その奥で立ち上がったのは俺だ」
俺は自分の影を掴んだ。
指先へ黒い冷たさがまとわりつく。影は逃げようと床へ沈んだが、アンジーの白い余白が逃げ道を塞ぎ、星の未処理記録が結末への道を閉じ、赤松の沈黙が黒四館の拍子を止めている。
「これは、お前が作った王子様じゃない」
影を引き剥がす。
黒い王子の輪郭がゼッツの身体から離れ、紙を裂く音と一緒に宙へ浮いた。俺はその胸部を拳で撃ち抜き、影を赤黒い粒子へ砕く。
粒子は消えなかった。
俺の周囲を回り、皮膚の下へ戻ろうとする。
今までなら拒絶していたかもしれない。黒四館の罠から生まれた力なら、自分のものではないと切り捨てたかもしれない。
けれど、罠に落ちたことも、その中で立ち上がったことも、仲間の名前を呼びながら拳を握ったことも、もう誰かの文章へ返せるものではなかった。
俺は粒子へ手を伸ばした。
「利用された過去まで、お前に渡す気はない」
黒い粒子を握り込む。
「この力は、俺が選び直す」
ロードシックス・カタストロムが羽根ペンの刃を構えた。
『カタストロム・エンドロール』
観客席の本が一斉に開き、最終ページが舞台を包み込む。
王子様は破滅した。
物語は完成した。
万津という名前は役目を終えた。
文章が閉じようとした瞬間、星が未処理のカードをページの間へ挟み、アンジーが白い余白を綴じ目へ走らせ、赤松が沈黙の終わりを告げる一音を鳴らした。
乾いた一音が、舞台を縦に裂く。
「書かれた結末と、俺が選ぶ終わりは同じじゃない!」
俺はページを突き破り、ロードシックス・カタストロムへ踏み込んだ。
羽根ペンの刃が頬を掠める。赤黒い文字鎖が右腕へ巻きつく。俺は鎖ごと拳を振り抜き、模倣コアの中央へ叩き込んだ。
衝撃が、劇場を揺らす。
模倣コアへ白い亀裂が走り、中から薄い紙片のような黒い光が漏れた。ロードシックス・カタストロムは数歩後退し、胸元を押さえる。
『私のカタストロムが、王子様に否定される……』
「否定してるんじゃない。違うものを、同じ名前で呼ぶなって言ってるんだ」
俺の拳から、黒い粒子が舞い上がった。
それは模倣コアから漏れた光とは違う。誰かに整えられていない暗黒物質が、不揃いな鼓動へ引かれて俺の手元へ集まってくる。
黒い光の中で、三角形に近いカプセムが形を持ち始めた。
デュアルメアカプセム。
左右に折り畳まれた翼が、眠りから目覚めるように震えている。中央の透明な機構の奥には、黒とオレンジの光が渦を巻いていた。
ロードシックス・カタストロムが、亀裂の入った胸部コアを押さえながら顔を上げる。
『それが……原型のカタストロム』
「原型でも、完成品でもない」
俺はデュアルメアカプセムの両翼を開いた。
「今の俺が選ぶ力だ」
翼を展開したカプセムを、ゼッツドライバーへ装填する。左右の翼が胸部のベルトへ沿うように折れ、黒い機構がドライバーへ噛み合った。
『カタストロム!』
腹の底を震わせる音声が、舞台を揺らす。
『メツァメロ……メツァメロ……』
待機音に合わせ、俺の周囲へ暗黒物質の粒子が噴き出した。粒子は黒い煙ではなく、光を食べながら形を増していく小さな破片だった。
赤松が一歩下がりながら、俺の背中を見つめる。
「今度の音は、ちゃんと万津君の拍子だよ」
「にゃははー、真っ黒だけど、黒四館の絵とはぜんぜん違うねー」
「壊されるなよ。まだ返してもらうものが残ってる」
三人の声が背中へ届く。
俺は中央のオレンジ色のボタンへ指を置いた。
黒四館が作った舞台も、俺を王子様と呼ぶ恋文も、胸の奥に残る破壊衝動も、全部が指先の向こうで待っている。
怖くないとは言えなかった。
それでも、俺の名前を知る声が後ろにある。
「変身!」
オレンジ色のボタンを押し込み、指を離す。
デュアルメアカプセムの中央でファンが高速回転し、闇の中へオレンジ色の人影が浮かび上がった。黄色い光がゼッツドライバーから溢れ、粒子状の暗黒物質が腕、胸、肩、脚へ絡みつく。
『パルバライズ!』
黒い被膜が筋肉の束みたいに膨れ上がり、上半身へ重厚な装甲を作る。
『ライダー!』
太い腕部装甲と脚部装甲が、破壊衝動を押し込めるように噛み合う。
『ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ!』
オレンジ色のラインが全身を走り、複眼の奥で世界の亀裂と崩壊点が一斉に浮かび上がる。
『カタストロム!』
暗黒物質が弾け、黒とオレンジの巨躯が舞台中央へ降り立った。
仮面ライダーゼッツ――カタストロム。