ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
暗黒物質が弾けたあと、舞台の中央には二つの黒い影が立っていた。
俺の全身を覆う装甲は、夜を力任せに固めたような重さを持ちながら、胸から腕、脚へ走るオレンジ色の光だけが、生きている鼓動のように明滅している。複眼の奥では、床の亀裂、本棚を支える綴じ目、空中を漂う文章の繋ぎ目まで、壊れる寸前の場所として浮かび上がっていた。
向かい側では、ロードシックス・カタストロムが赤黒いページの翼を広げている。胸部の模倣コアには、さっき俺が打ち込んだ拳の亀裂が白く残り、そこから漏れる光が、黒四館の整えた鼓動を少しずつ乱していた。
「ようやく、同じ姿になれました」
黒四館の声は、校内放送から響いていた頃よりも近い。
甘さは変わらないのに、薄い紙を何枚も剥がしたあとのような、生身の震えが混じっている。
「これで私達は、同じ破滅を読むことができます」
「同じ力を使っただけで、同じ人間になれるわけじゃない」
「ええ、分かっています。それでも、同じページに立ってくださるだけで十分です」
黒四館が一歩踏み込む。
赤黒い文字が足元で弾け、次の瞬間には羽根ペンの刃が俺の顔面へ迫っていた。俺は上体を沈め、刃の下を潜りながら腹部へ拳を叩き込む。
黒とオレンジの暗黒物質が拳の表面で膨らみ、ロードシックスの装甲へ触れた瞬間、その奥に走る崩壊点を噛み砕いた。
鈍い音が舞台を揺らす。
黒四館は吹き飛ばされず、俺の拳を脇へ抱え込むように受け止め、膝を胸部へ突き上げてきた。装甲越しに衝撃が背中まで突き抜け、俺は腕を引き抜きながら肘を振るう。
肘と羽根ペンの柄がぶつかり、散った火花が空中の文章を焼いた。
王子様。
破滅。
完成。
砕けた文字が灰のように降ってくる。
「ずいぶん乱暴な読書会だな!」
「あなたとなら、破れたページさえ宝物になります!」
「そういう返しが来るから、会話の調子が狂うんだよ!」
黒四館の回し蹴りを腕で受け、足首を掴もうとした瞬間、彼女の動きが赤黒い文章へ変わった。
王子様は右腕で受ける。
次に左足を踏み込み、反撃の拳を放つ。
文字が視界へ走り、俺の動きを先回りする。
ロードシックス・カタストロムは予測された左側へ文字鎖を伸ばし、俺の踏み込みを封じようとした。
俺は左足を出さなかった。
受けた腕をそのまま下へ落とし、体勢を崩したまま肩から突っ込む。俺の肩が黒四館の胸部へ激突し、模倣コアの亀裂が広がった。
「予測と違う……」
「俺を見てたなら知ってるだろ。俺は格好よく戦えるような人間じゃない」
肩で押し込みながら、腰を捻って黒四館を舞台へ叩きつける。
床が割れ、観客席へ変わっていた本棚が崩れ始めた。
白いページと黒い恋文が、雪みたいに舞い上がる。
舞台の外周には、赤松の青白い音、アンジーの色彩、星の淡い緑の光が残っている。三人の姿は崩れる本棚の向こうに見えたが、黒四館が張ったページの壁に阻まれ、こちらへ近づけずにいた。
「万津君、黒四館さんは動きを文章に変えてから先回りしてる!」
赤松の声が、紙の隙間を縫って届く。
「でも、今の万津の動きは、ちょっと格好悪かったから書けなかったみたいだねー!」
「アンジー、応援なのか傷口を増やしてるのか、どっちだ!」
「両方なのだー!」
「気を抜くな。まだ立つぞ」
星の低い声と同時に、崩れた床から赤黒い文字鎖が噴き上がった。
俺は後ろへ跳び、鎖の先端を拳で砕く。
粉々になった文字は消えず、今度は恋文の形に並び直した。
あなたが仲間の声を聞くこと。
あなたが痛みを隠すこと。
あなたが何度でも立ち上がること。
そのすべてを、私は見ていました。
赤黒い文章が刃となって四方から飛んでくる。
「ラブレター・カタストロム」
俺は腕を交差させ、暗黒物質を全身へ巡らせた。
恋文の刃が肩、胸、脚へ突き刺さり、装甲表面を削っていく。黒い破片が舞うたび、その下から新しい暗黒物質が湧き、傷口を塞ぐように装甲を繋ぎ直した。
痛みは消えない。
呼吸をするたび、胸部の傷が内側から擦れる。それでも、崩れた部分を暗黒物質が支え、倒れるまでの時間だけを引き延ばしてくれる。
「痛みまで使って立つのですね」
「そっちが勝手に恋文を刃物にしたんだろ!」
俺は刃を受けながら進んだ。
一歩踏み出すたび、黒いページが足元で潰れ、書かれていた文章が読めない染みに変わる。黒四館は羽根ペンの刃を構え直し、俺の喉元へ突き出した。
刃の先端を、左手で掴む。
掌の装甲が裂け、赤黒い光が指の隙間から漏れた。
「放してください。その手が壊れてしまいます」
「壊れるところまで見たいんじゃなかったのか」
「あなたが私だけを見て壊れるなら、見届けたいと思っていました」
黒四館の声が、そこで一拍止まった。
「けれど、今のあなたは、私を見ながら仲間の声も聞いている。それが、とても……」
羽根ペンの刃が震えた。
黒四館は言葉を続けず、模倣コアの出力を上げた。赤黒い暗黒物質が腕から溢れ、掴んでいた俺の指を弾き飛ばす。
舞台が折り畳まれ、周囲の景色が黒い礼拝堂へ書き換わった。
高い天井。
黒い祭壇。
花びらの代わりに降り続ける、破れた恋文。
祭壇の奥には、一つの文章が浮かんでいる。
二人は破滅によって結ばれた。
赤松達の姿が、ページの外側へ薄れていく。
「プリンセス・オブ・カタストロム」
黒四館が両腕を広げた。
「ここなら、誰も私達の物語を邪魔しません。王子様、最後まで私だけを見てください」
「お前が欲しかったのは、王子様じゃないだろ」
礼拝堂を満たしていた文字が、一瞬だけ止まった。
「何を……」
「お前は俺を見てた。俺が傷つくところも、立ち上がるところも、カタストロムへ近づくところも、全部見てた」
俺は黒四館へ向かって歩く。
彼女はラブレター・カタストロムを放ち、赤黒い刃を俺の胸へ突き刺した。装甲が裂け、足元へ黒い粒子が落ちる。それでも、俺は止まらなかった。
「でも、見ていたからこそ、俺にも見えた」
一歩。
もう一歩。
「お前が欲しかったのは、自分を最後まで見つめ返す誰かだ。物語のヒロインとしてじゃなく、黒四館仄として見てくれる相手だった」
「違います。私は、あなたと破滅を――」
「だったら、どうして俺が壊れるたびに、そんな声を出すんだ」
黒四館の羽根ペンが、胸部装甲へ触れる寸前で止まる。
赤黒い複眼の奥で、光が揺れた。
「万津君!」
礼拝堂の外から、赤松の声が届く。
「黒四館さんの台詞じゃなくて、その奥にある声を聞いて!」
「仄はねー、王子様が欲しいんじゃないよー。自分を見つけてくれる人が欲しいんだよー!」
「受け止めるのと、言いなりになるのは違う。そこを間違えるなよ」
三人の声が、ページの綴じ目を震わせる。
俺は羽根ペンの刃を再び掴み、今度は脇へ押し退けた。
「お前が俺を見ていたことは否定しない。俺の中のカタストロムへ繋がる扉を、お前が開いたことも消さない」
黒四館の複眼から、視線を外さない。
「けど、お前の書いた王子として抱かれる気もない」
「それでも私を見てくださるのですね」
黒四館の声が、微かに笑った。
「ああ……やはり、あなたは素敵です」
「話を聞いて、どうして惚れ直す方向に進むんだよ!」
「私の気持ちを受け止めたうえで、私の望みを拒絶してくださったからです」
「面倒な評価基準だな!」
黒四館は羽根ペンを引き抜き、後ろへ跳んだ。
黒い祭壇が割れ、模倣コアから赤黒い粒子が噴き出す。彼女は残った文部省領域の文章をすべて右脚へ集め始めた。
王子様。
ヒロイン。
告白。
拒絶。
破滅。
完成。
役名と結末が赤黒い帯となり、ロードシックス・カタストロムの右脚へ幾重にも巻きついていく。
「私のすべてを受け止めてくださるなら、最後の一行まで読んでください」
ロードインヴォーカーが高く唸る。
「ロード・カタストロム・フィナーレ」
赤黒いページが竜巻となって黒四館を持ち上げ、礼拝堂の天井を突き破った。
俺はデュアルメアカプセムへ手を伸ばす。
黒四館の思いを否定しない。
彼女が俺を見ていた時間も、歪んだ恋情も、孤独な観測も、なかったことにはしない。
だからこそ、その思いで俺の人生を閉じさせるわけにはいかなかった。
「お前の気持ちは受け止める」
デュアルメアカプセムのボタンを、一度押す。
『カタストロム・クラッシャー!』
暗黒物質が足元から噴き上がり、黒と四色の靄が礼拝堂の床を覆った。
「だから、お前ごとその物語から叩き出す!」
二度目のボタンを押す。
『ゼェッツ!』
地中から巨大な機械音が響き、礼拝堂の床が盛り上がる。
黒い靄の中から、巨大なデュアルメアカプセムがドローンのような姿で浮上した。両端のローターが回転し、青、赤、黄、緑の四色を帯びた霧を巻き上げる。
三度目のボタンを押し込む。
『ゼェッツ!! ゼェーーーッツ!!!』
全身の暗黒物質が限界まで膨張し、俺の装甲は輪郭を失った。
一度、身体が靄になる。
腕も、脚も、胸部装甲も、黒とオレンジの粒子へほどけ、巨大なカプセム両端のローターへ吸い込まれていく。視界さえ暗黒物質へ溶けたはずなのに、黒四館がこちらへ蹴り込んでくる姿だけは、はっきり見えていた。
赤黒いライダーキックが、夜空を裂く彗星のように迫る。
ローターへ吸い込まれた粒子が、巨大なカプセム中央の出力装置へ集まった。
圧縮。
加速。
崩壊点、固定。
次の瞬間、俺の身体は中央の出力装置から撃ち出された。
勢いを増した暗黒物質が全身を再構成し、右脚へ黒とオレンジの光が集中する。四色の靄が螺旋を描き、俺の背後で巨大な尾を引いた。
黒四館の赤黒い蹴りと、俺のカタストロム・クラッシャーが真正面から激突する。
音が消えた。
礼拝堂も、図書館も、黒い学園も、すべてが衝突点へ引き寄せられる。右脚の装甲越しに、黒四館の模倣コアが震えているのが分かった。
「王子様……!」
「万津だ!」
暗黒物質が爆発した。
衝突点から黒、オレンジ、赤黒、四色の粒子が波紋となって広がり、空中を埋め尽くしていた文章を一文字ずつ砕いていく。
王子様が割れる。
ヒロインがほどける。
破滅と完成が黒い粉になって消える。
最後に残ったのは、二つの名前だけだった。
万津。
黒四館仄。
俺は右脚へさらに力を込めた。
黒四館の蹴りを押し返すのではなく、赤黒い力の奥にある模倣コアの崩壊点へ、全出力を一点だけ通す。
亀裂が走った。
模倣コアが砕け、ロードシックス・カタストロムの装甲が赤黒い粒子へほどけていく。黒四館の身体は変身を維持できず、空中へ投げ出された。
俺も必殺技の反動で装甲の一部を散らしながら、落ちていく彼女へ手を伸ばした。
「黒四館!」
腕を掴み、身体を引き寄せる。
俺達は崩れた舞台へ転がり込み、床を何度も滑った。背中へ衝撃が走り、呼吸が一瞬止まる。それでも、抱えた身体だけは床へ叩きつけずに済んだ。
変身が解除され、黒い装甲が粒子になって消えていく。
文部省領域には、破れたページが静かに降っていた。
「生きてるか」
俺が腕の中を覗き込むと、黒四館は目を開けた。
しばらく、何も言わない。
指先が俺の胸元へ伸び、必殺技の反動で残った傷の位置を避けるように、そっと衣服を掴む。
「敗北して、こんなにも満たされるなんて知りませんでした」
「そうか。それなら、とりあえず起きてくれ」
「万津様」
「呼び方が変わったな」
「はい。王子様ではなく、あなた自身を呼ぶべきだと教えていただきましたから」
「そこはちゃんと学習したんだな」
黒四館はゆっくり立ち上がった。
俺が手を離そうとした瞬間、彼女は一歩踏み込み、そのまま俺の胸へ抱きついてきた。
「ちょっと待て!」
黒四館の腕は、装甲が傷ついていた場所へ触れないように位置をずらしている。乱暴に振り払えば、今度こそ彼女を床へ転がすことになる。
「敗北した直後に抱きつく展開、どの本で覚えたんだ!」
「私の心が、今ここで書きました」
「書く前に相手の許可を取れ!」
「万津様、抱きついてもよろしいでしょうか」
「もう抱きついてるだろ!」
黒四館は俺の胸元へ額を寄せたまま、肩を小さく揺らした。
笑っているのか、呼吸を整えているのか、顔は見えない。
「では、次からは許可を求めながら抱きつきます」
「呼び方だけ直して、行動を続行するな!」
「万津君、押し切られてるね」
崩れた本棚の向こうから、赤松が歩いてくる。
サウンドの変身は解除されていたが、指先には青白い音の名残が残っている。
「にゃははー、仄は前よりもっと万津が好きになったみたいだねー」
「戦って負けて惚れ直す流れを、明るく解説しないでくれ!」
「受け止めると言ったのはお前だ。言葉は選んだ方がいい」
星が帽子のつばを押さえながら近づき、俺と黒四館の距離を見て小さく息を吐いた。
「星、助けてくれ」
「その手の貸し出し業務は担当外だ」
「リカバリーの使いどころじゃないのか!」
「本人は回復する気がないように見えるがな」
黒四館の腕が、ほんの少しだけ強くなる。
「万津様、責任を取ってください」
「何の責任だよ!」
「私の物語を壊し、代わりに私自身を見つけた責任です」
黒四館の言葉を聞いた瞬間、返そうとしていた軽口が少しだけ遅れた。
舞台の上には、もう王子様もヒロインもいない。
黒い恋愛小説は破れ、残ったページには俺達の名前だけが薄く浮かんでいる。
俺は黒四館の肩へ手を置いた。
「お前を見つけたのは認める。けど、これからどうするかは、お前が自分で決めろ」
黒四館が顔を上げる。
「俺の物語に入るんじゃない。黒四館仄として歩け」
彼女はしばらく俺の顔を見つめたあと、ゆっくりと目を細めた。
「ああ……ますます好きになりました」
「どうして今の言葉で執着が強くなるんだよ!」
「万津君、たぶん何を言っても逆効果だよ」
「楓の言う通りだねー。万津はもう諦めるといいよー」
「諦めたら黒四館の脚本通りになる気がするから、絶対に嫌だ!」
俺の声が、崩れかけた図書館へ響いた。
その直後、床の下から低い機械音が鳴る。
破れたページが舞い上がり、その下に黒い金属製の封鎖扉が現れた。扉の中央には、警備省の識別コードが赤く点滅している。
文部省領域、物語構造崩壊。
ロードシックス・カタストロム、機能停止。
カタストロム原型、万津へ再帰属。
警備省領域、封鎖解除。
伏蝶まんじ、侵入者排除命令発令。
黒四館は抱きついたまま、表示へ視線を向けた。
「次は警備省ですね。伏蝶まんじは、私のように物語を読んではくださいません」
「分かってるなら、そろそろ離れて説明してくれ」
「このままでも説明できます」
「俺が説明を受けにくいんだよ!」
警備省の扉の向こうから、無数の足音が響く。
観測でも、治療でも、研究でも、物語でもない。
境界を越えた者を、ただ排除するためだけに揃えられた足音だった。
赤松が俺の隣へ立ち、アンジーが床へ残った色を拾い、星が淡い緑のカードを指で挟む。
黒四館だけは、まだ俺から離れない。
「万津様、次の領域でも私をお守りください」
「自分で戦えるだろ、お前!」
「それでも、守っていただけた方が嬉しいです」
「この章で一番厄介なものだけ、何も解決してない気がする!」
俺の声を追いかけるように、警備省の封鎖扉が重く開き始めた。