ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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悪夢 Part1

 警備省の封鎖扉を越えた瞬間、黒四館の腕も、赤松達の声も、背後で閉じる扉の音さえ遠ざかり、俺の身体は底の見えない闇へ引きずり込まれた。

 

 落下しているはずなのに、風は吹いていない。代まれた。

 

 落下しているはずなのに、風わりに耳元を通り過ぎていくのは、侵入者、異教徒、排除対象という冷たい単語ばかりで、それらが警告灯の赤い明滅に合わせ、皮膚の上へ判を押すように何度も浮かんでは消えていく。

 

 やがて靴底が硬い地面へ触れると、目の前には鉄壁の城塞が広がっていた。

 

 無数の監視塔が黒い雲を貫き、防壁の表面には蝶を思わせる紋章が刻まれている。塔の頂上から放たれる赤い光は、地上を舐める巨大な瞳のように往復し、侵入者の影を探して灰色の道路を切り分けていた。

 

 城塞の中央には白い光が浮かんでいる。

 

 夜空に残された月のような光だったが、その周囲には幾重もの鉄格子が浮かび、触れさせないための鎖が空間そのものへ巻きついていた。伏蝶まんじが守り続けているものは、城の奥に隠されているのではなく、この世界の中心へ閉じ込められているらしい。

 

「守るための城というより、誰も近づけないための檻だな」

 

 呟いた声が、防壁にぶつかって薄く返ってくる。

 

 胸の奥では、教祖の残留データがわずかに揺れていた。言葉は聞こえないが、白い光へ意識を向けるたび、心臓の裏側に細い指先が触れるような感覚が走る。

 

 教祖を守りたいという伏蝶の願いが、この深層心理を城塞へ変えたのだろう。けれど、守るために重ねた壁が厚くなりすぎて、守られる側の声まで届かなくなっている。

 

『警告。警備省領域へ異物反応を確認』

 

 監視塔の赤い光が、一斉に俺へ向いた。

 

「到着早々、歓迎の照明が派手すぎるだろ」

 

 道路脇へ飛び込み、崩れた検問所の陰へ身体を滑らせる。直後、灰色の地面を焼くように赤い照射線が走り、警備ドローンが低い駆動音を響かせながら頭上を通過した。

 

 息を殺して様子を窺っていると、背後の暗がりから重い足音が近づいてくる。

 

 拳を構えて振り返った先にいたのは、大きな身体を狭い検問所へ押し込むように立つ獄原ゴン太だった。

 

「ゴン太?」

 

「万津君……やっぱり、万津君もここへ来てたんだね」

 

 ゴン太は俺の姿を確かめると、肩を少しだけ下げた。しかし、その手は強く握られたままで、城塞の奥から響く警告音へ視線を向けるたび、太い指が掌へ食い込んでいく。

 

「巻き込まれたのか?」

 

「うん。でもゴン太、もう教団の人達とは戦いたくないよ。前の事件でも、たくさんの人が傷ついて、ゴン太も上手く助けられなかったから」

 

 語尾が検問所の狭い天井へ当たり、力を失って落ちる。

 

 ゴン太は戦う力を持っている。俺より大きな身体も、壊れかけた扉を素手で支えられる腕もある。それでも、力を持っているから戦えるとは限らないし、力を使うたびに前の傷が消えるわけでもない。

 

「俺も、伏蝶を倒すためだけに来たんじゃない」

 

 ゴン太が顔を上げた。

 

「この城の奥で、あいつは誰かを守ろうとしている。でも、その守り方じゃ、守られている相手の声まで閉じ込めることになる」

 

「じゃあ、万津君は伏蝶さんを説得するの?」

 

「そのつもりだ。だから、力を貸してほしい」

 

 ゴン太の手が、ゆっくりと開いた。

 

「戦うためじゃなくて、話を聞いてもらうために?」

 

「ああ。俺一人だと、話をする前に壁へ潰される可能性が高い」

 

「それは困るよ。万津君が潰れたら、説得できなくなっちゃうから」

 

 ゴン太は一度だけ白い光を見上げ、それから俺の隣へ膝をついた。視線の高さを合わせるような動きが、彼の返事より先に答えを伝えてくる。

 

「ゴン太、戦うのは怖いけど、万津君が話すための道なら守るよ」

 

「助かる。無理に相手を殴る必要はないからな」

 

「うん。できれば、誰も殴らないで済むように頑張るよ」

 

 その直後、検問所の外へ二本の転送光が落ちた。

 

 警備ドローンが即座に向きを変え、俺とゴン太も光の着地点へ視線を向ける。最初の光から現れた人物は、灰色の道路へ降り立ったあと、目を丸くしながら周囲を何度も見回していた。

 

「いやあ、これは想像以上っすね」

 

 天海蘭太郎は、監視塔へ向けられた赤い光も、空に浮かぶ鉄格子も、城塞の奥で動く警備装置も、初めて見る展示物のように眺めている。

 

「天海?」

 

「万津君、久しぶりっす。こういう事件、本当に起きてたんすね」

 

「第一声がそれなのか」

 

「だって俺、今まで一度も巻き込まれてなかったじゃないっすか。話だけ聞いても実感できなかったんすけど、実際に来てみるとすごいっすね」

 

 天海は監視塔から伸びる赤い光を目で追い、足元に刻まれた蝶の紋章へしゃがみ込んだ。警戒していないわけではないのだろうが、口元には隠しきれない笑みが残っている。

 

「楽しそうにする場所じゃないぞ」

 

「分かってるっすよ。でも、初めてなんで少しくらいワクワクしても仕方ないと思いません?」

 

「警備省の深層心理へ初参加する人間の感想としては、かなり余裕があるな」

 

「余裕というより、知らないものを知れるのが好きなんすよ」

 

 赤い照射線がこちらへ動くと、天海はすぐに検問所の影へ入り、光の巡回間隔を指で数え始めた。浮ついているように見えても、目は城塞の規則を逃さず拾っている。

 

「七秒ごとに右へ戻ってるっすね。左の監視塔とは二秒ずれてるんで、間を抜けられそうっす」

 

「初体験のわりに適応が早すぎるだろ」

 

「初めてだからこそ、先入観がないんじゃないっすかね」

 

 二本目の転送光が消え、鎖の擦れる乾いた音が道路へ響いた。

 

 そこに立っていた人物を見て、俺は今度こそ言葉を失った。

 

 長い髪の間から覗く目は静かで、口元には見覚えのある薄い笑みが残っている。けれど両手首には囚人用の拘束具が嵌められ、足元へ伸びた鎖が歩くたびに灰色の地面を引っ掻いていた。

 

「真宮寺……?」

 

「ククク、そんなに驚かれると、わざわざ刑務所から来た甲斐があったように感じてしまうネ」

 

「どうやって来たんだよ」

 

「僕にも分からないヨ。独房の壁へ黒い蝶が止まったと思ったら、次の瞬間にはこの場所へ立っていたんだ」

 

 真宮寺是清は手首の拘束具を持ち上げ、金属の重さを確かめるように鎖を揺らした。監視塔の赤い光が頬を横切っても、彼は避けようとせず、むしろ城塞の紋章や白い光へ興味深そうな視線を向けている。

 

「僕まで呼ばれるとは、伏蝶まんじの深層は実に興味深いネ。禁足地、守護者、閉じ込められた神聖な中心、人間が恐怖と忠誠を建築へ変えたような場所だヨ」

 

「真宮寺、観察に来たなら帰ってもらうぞ」

 

「帰れるなら、僕もそうしているだろうネ」

 

 真宮寺は俺へ視線を戻す。

 

 その瞳に、以前の事件を理由に俺を責める色はなかった。許されたと思うつもりもないし、過去が消えたわけでもない。それでも、真宮寺は拘束された両手を胸の前で重ね、静かに頭を下げた。

 

「君は、僕の中にある醜さを見た。それでも、目を逸らさなかった」

 

「綺麗な意味で見てたわけじゃないぞ」

 

「それでいいんだヨ。理解とは、肯定だけを意味しないからネ」

 

 鎖が風もない空間で小さく鳴る。

 

「今度は僕が、君を見る番だ。君がこの城塞で何を選び、守るという言葉をどう扱うのか、最後まで見届けたい」

 

「協力する理由としては、相変わらず危ないな」

 

「怨みが理由ではないと分かれば、今は十分じゃないかナ?」

 

 俺が答える前に、空の白い光が大きく揺れた。

 

 鉄格子の奥で、人の輪郭が浮かぶ。白い衣をまとった細い影へ、巨大な装甲の幻が重なった。

 

 ドォーン。

 

 教祖が変身する姿が、一瞬だけ空へ映り込む。

 

 胸の中に残る教祖のデータが強く脈打ち、白い影がこちらを見下ろしたように感じた。しかし、呼びかけるより先に鉄格子が閉じ、姿は光の奥へ押し戻される。

 

『最重要警告。深層領域へ異物四名を確認』

 

 城塞中の監視灯が赤く染まった。

 

『対象、万津。対象、獄原ゴン太。対象、天海蘭太郎。対象、真宮寺是清』

 

 天海が両手を軽く上げながら、どこか楽しそうに監視塔を見渡す。

 

「名前まで把握されてるんすね。初参加なのに、いきなり最重要扱いっすか」

 

「楽しそうに言うな。排除対象に登録されるぞ」

 

「もう登録されてるみたいっすよ」

 

『全対象を異教徒として登録。警備省全域へ排除命令を発令』

 

 城塞の奥で、幾つもの門が同時に開く。

 

 重い足音、金属を擦る音、無数の警備ドローンが羽ばたく音が、黒い道路の向こうから押し寄せてくる。赤い光の群れが闇の中へ灯り、こちらへ向かって進み始めた。

 

 ゴン太は俺達の前へ立ち、大きな身体で検問所の入口を塞いだ。

 

「万津君、ゴン太は誰も殴りたくないけど、みんなが話せる場所までは守るよ」

 

 天海は監視塔の巡回へ目を走らせ、逃げ道を指差す。

 

「正面は無理っすね。右の地下通路なら、警備網に二秒だけ隙ができます」

 

 真宮寺は鎖を片手に巻き取り、蝶の紋章へ指先を触れた。

 

「この紋章は侵入者を拒む印ではなく、中心へ近づく資格を選別する印だネ。ならば、選別の規則を利用できるかもしれないヨ」

 

 三人の声を聞きながら、俺は空の白い光を見上げた。

 

 閉じ込められた教祖の影と、その影を守ろうとして城塞になった伏蝶まんじの心が、幾重もの鉄格子を挟んで重なっている。

 

「行こう。伏蝶を倒す前に、あいつが何を守っているのか確かめる」

 

 警備部隊の足音が近づく。

 

 俺達は天海が見つけた二秒の隙へ向かい、赤い監視光の下を一斉に駆け出した。

 

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