ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
天海が見つけた地下通路は、城塞の外観から想像していたよりも狭く、冷たい機械の腹の中へ潜り込んだような圧迫感があった。
頭上では太い配管が絡み合い、赤い警告灯が一定の間隔で瞬いている。光が灯るたびに壁面の蝶の紋章が浮かび、消えるたびに白い人影が俺達の背後へ立つ。振り返っても、そこには天海とゴン太と真宮寺しかいない。それでも影だけは、何度も四人より一人多い数で床を滑っていた。
「こういう場所って、普通は侵入してくる相手へ銃口を向けると思うんすけどね」
先頭を歩いていた天海が、通路の天井へ埋め込まれた警備装置を見上げる。
機銃のような装置は入口へ向いておらず、すべて施設の奥へ銃口を揃えていた。
「全部、俺達に背中を向けてるな」
「そうなんすよ。監視カメラも同じで、外から来る人じゃなくて、奥から出てくる何かを見張ってるっす」
天海はそう言いながら、壁の端に指を滑らせる。埃の積もり方や金属板の継ぎ目まで、初めて来た場所を楽しむように眺めているのに、足取りは監視装置の死角から一度も外れていなかった。
「初体験を満喫してるところ悪いけど、これは観光施設じゃないぞ」
「分かってるっすよ。でも、分からない仕組みが目の前にあると、どうしても見たくなるじゃないっすか」
「その好奇心で警報を鳴らすなよ」
「大丈夫っす。鳴らすなら、たぶん真宮寺君の方が先です」
「僕を危険な儀式へ触れる人間のように扱うのは、少々心外だネ」
真宮寺はそう言いながら、隔壁に刻まれた蝶の紋章へ指先を触れていた。
手首の拘束具から伸びた鎖が床を擦り、乾いた音が通路の奥へ続いていく。
「既に触ってるじゃないか」
「触れなければ、紋様の重なり方は分からないヨ。これは単純な警備標識ではなく、外から来る穢れを拒む印と、内側の神聖な存在を留める印が重ねられている」
真宮寺の指が、蝶の羽をなぞるように動く。
羽の中心には、小さな円と細い縦線が刻まれており、施設奥へ進むほど、その形は教祖の紋章に近づいていた。
「守る印と、閉じ込める印が一緒になってるのか」
「共同体にとって神聖な存在は、時として自由であるより、動かない象徴であることを求められるからネ。守護と拘束は、同じ扉の表と裏になりやすい」
真宮寺の声が、赤い光の中で細く伸びる。
その言葉へ返す前に、後ろを歩いていたゴン太が足を止めた。
「みんな、少し待って」
ゴン太は床へ膝をつき、片方の耳を冷たい金属板へ当てる。
大きな身体を折り畳むように伏せた彼の背中へ、警告灯の赤い線が何度も通り過ぎた。
「下から音がするよ。機械の音とは違う、もっとゆっくりした音」
「巡回部隊か?」
「ううん。足音じゃないよ。生き物の胸みたいに、どくん、どくんって鳴ってる」
ゴン太の言葉と同時に、俺の胸奥に残る教祖のデータが反応した。
普段なら、声になる前の感触が指先のように触れてくる。
けれど今は違った。俺の中にある何かが、施設のさらに奥で鳴る白い鼓動へ引かれ、心臓の裏側で細い糸を張っている。
赤い警告灯が消えた一瞬、壁に映った白い影がこちらを向いた。
「また一人多いっすね」
天海の声から、さっきまでの軽さが少しだけ抜ける。
「あの影、俺達の動きを真似してないっす。ずっと施設の奥を見てる」
白い影は鉄格子の形に分断され、次の赤い明滅で消えた。
俺は影があった壁へ手を当てる。冷たい金属の奥から、かすかな震えが掌へ伝わってきた。
ここは教祖を守るための施設だと、伏蝶まんじは思っているのだろう。
けれど警備装置の銃口は内側へ向き、隔壁は中から押されたように歪み、外へ出ようとする存在のために封鎖が重ねられている。
「守ってるんじゃない。出さないようにしてる」
俺の言葉に、ゴン太が床から顔を上げた。
「中にいる人は、外へ出たいのかな」
「分からない。だから聞きに行く」
「伏蝶さんは、聞かせてくれるかな」
「聞かせる気がなくても、こっちは聞くしかない。守るって言葉で本人の声を塞いでるなら、そのままにできないからな」
ゴン太はすぐには頷かなかった。
床へ置いた手の指先が、下から伝わる鼓動に合わせてわずかに動く。やがて彼は大きな手をゆっくり握り、俺達の進む先へ視線を向けた。
「ゴン太、戦いたくない気持ちは変わらないよ。でも、中にいる人が話したいなら、その声が届くように道を守る」
「それで十分だ。殴るのは最後の最後でいい」
「最後まで殴らなくて済むように、ゴン太は頑張るよ」
「まんじが素直に話を聞いてくれればな」
「それは期待しない方が良さそうっすね」
天海が苦笑し、奥へ続く通路を指した。
通路の先には、内側から大きく歪んだ隔壁があった。
厚い金属板は外へ膨らみ、中央には白い光の筋が走っている。何かが内側から出ようとした痕跡にも、外から誰かが触れようとした跡にも見えた。
真宮寺が隔壁へ近づき、鎖の届く範囲で紋章を覗き込む。
「この先から、紋章の意味が変わっているネ。侵入者の排除ではなく、保護対象の覚醒抑制と書かれている」
「覚醒を止めるための警備施設ってことか」
「あるいは、目覚めた存在が自分で歩き出さないようにするための施設かもしれないヨ」
その言葉を聞いた瞬間、懐の内側が熱を持った。
最初は、カタストロム戦の傷がまだ残っているのかと思った。
けれど熱は胸ではなく、上着の内ポケットから伝わってくる。
俺は立ち止まり、懐へ手を入れた。
「万津君、どうしたの?」
ゴン太の問いに答えず、指へ触れた硬い感触を掴む。
取り出したのは、何も封入されていないはずの空白のカプセムだった。
表面に絵柄はなく、能力表示もない。いつか何かへ変わる可能性だけを残し、道具箱の底で眠っていた透明な器だ。
その内部に、白い粒子が集まっている。
「これ、空だったはずだ」
カプセムを透かして見ると、中心部へ黒い光が細く巻きつき、白い粒子と交互に脈打っていた。
二つの色は混ざらず、ぶつかるたびに小さな火花を散らしながら、まだ名前のない輪郭を作ろうとしている。
表面へ二本の光が浮かんだ。
一本は白く、細く伸びる。
もう一本は黒く、鋭く寄り添う。
その形は、空の白い光へ一瞬だけ重なったドォーンの輪郭にも見えた。中央には教祖の紋章に似た線が現れ、消えかけたあと、今度は俺のゼッツドライバーを思わせる円弧へ変わる。
「すごいっすね、何もなかった場所から絵柄が出てきてる」
天海が顔を近づけてくる。
好奇心を隠さない目が、透明なカプセムの奥を追っている。
「触るなよ」
「そこまで子供扱いしなくても大丈夫っすよ。さすがに未知の変身アイテムを勝手に触ったりしません」
「さっき隔壁の紋章へ触ってた人間がいるから、警戒してるんだ」
「それは僕への発言かナ?」
「他に誰がいるんだよ」
真宮寺は反省した様子もなく、カプセムの周囲へ流れる白と黒の光を見つめた。
「まるで誕生儀礼だネ。空の器に二つの存在が意味を注ぎ、新しい名前を待っている」
「二つの存在……俺の中の教祖と、施設の奥にいる何かか」
「可能性は高いだろうネ。ただし、生まれようとしているものが、どちらか一方の望みだけで形を得るとは限らない」
真宮寺の言葉が終わると、通路の警告灯がすべて消えた。
天井を走っていた機械音も、床下で回っていた歯車の音も、遠くの警備部隊の足音も、一斉に途切れる。
完全な静寂の中で、カプセムが小さく震えた。
どくん。
白い粒子が中心へ寄る。
どくん。
黒い光がその周囲へ輪を作る。
どくん。
三度目の鼓動と同時に、施設最深部の鉄格子が白く発光した。
通路の先で、幾重にも閉じていた隔壁の向こうへ、人の輪郭が一瞬だけ浮かぶ。
細い身体の背後へ、ドォーンの巨大な装甲が重なり、こちらへ手を伸ばそうとした。
その手が鉄格子へ触れる寸前、赤い警告灯が再点灯する。
『保護対象覚醒反応を確認』
機械音声が通路を震わせた。
『覚醒抑制装置、出力上昇。侵入者との共鳴を遮断します』
白い人影が鉄格子の奥へ押し戻され、カプセムの光も弱まっていく。
「今の人、万津君の中にいる教祖さんなの?」
ゴン太が声を落として尋ねる。
「同じように見えた。でも、同じなのかは分からない」
俺の中に残る教祖のデータが、懐へ戻そうとしたカプセムへ細く反応している。
それだけではない。最深部にいる白い存在も、鉄格子越しに空白の器を呼んでいた。
新しいカプセムが生まれようとしている。
その気配は、強い力を手に入れられるという期待より、誰の願いがこの器を満たそうとしているのか分からない怖さを連れてきた。
教祖の残留データなのか、施設に閉じ込められた存在なのか、伏蝶まんじの守りたいという祈りなのか。それとも、全部が絡み合って、まだ存在しない答えを形にしようとしているのか。
「新しい力が生まれるなら、使えば突破できるんじゃないっすか?」
天海の目は輝いていたが、声には慎重さが残っていた。
「完成すればな。でも、何のための力かも分からないまま使う気はない」
「慎重なんすね」
「前に、力の生まれ方を他人に決められかけたからな」
黒四館が作ったカタストロムカプセムの薄い鼓動が、記憶の端で鳴る。
力は形だけを真似ても、本物にはならない。誰が何を望み、誰が選んだかで、その力の名前は変わる。
俺は空白のカプセムを懐へ戻した。
「まず、奥にいる存在と話す。それから、伏蝶が何を怖がってここまで閉じたのか確かめる」
「カプセムが完成する前に?」
「ああ。力が答えを出す前に、本人達の声を聞く」
ゴン太がゆっくり頷き、天海は少し残念そうにしながらも笑った。
「未知のカプセムも気になるっすけど、確かに中身を知らずに起動するのは危ないっすね。じゃあ俺は、最深部までの道を探します」
「僕は紋章の意味を追おう。保護と拘束の境界が分かれば、この施設の本質も見えてくるはずだヨ」
「ゴン太は、みんなが話せるところまで守るよ。警備の人達も、できるだけ傷つけないようにする」
三人の声が、赤い通路へ順番に重なる。
警備灯の向こうでは、最深部の鉄格子が白い光を抱えたまま閉じている。
懐のカプセムはまだ透明で、名前も能力も持っていない。それでも歩くたび、内部の白と黒の粒子が小さく揺れ、俺達の進む方向を確かめるように鳴っていた。
俺は先頭へ立ち、内側へ銃口を向けた警備装置の列を見上げる。
「行こう。新しい力が何になるかは、奥の声を聞いてから決める」
天海が見つけた死角へ踏み込み、ゴン太が背後を守り、真宮寺の鎖が乾いた音を刻む。
赤い警告灯が何度点滅しても、懐の奥では三度鳴った白い鼓動の余韻が、まだ消えずに残っていた。