ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
最深部へ続く隔壁が開いた瞬間、白い光が刃のように通路へ差し込んだ。
薄暗い警備施設を歩き続けてきた目には、その光があまりにも眩しく、救いというより尋問灯に近く見えた。床も壁も天井も白く照らされ、俺達の影だけが濃い黒となって、鉄格子の手前へ長く伸びている。
地下空間の中央には、巨大な檻があった。
幾重にも重なった鉄格子の奥で、白い人影が立っている。顔立ちは光に溶け、輪郭しか見えない。それでも胸の奥に残る教祖のデータが、確かめるように一度だけ脈打った。
懐に入れた空白のカプセムも熱を持つ。
白い粒子と黒い光が、薄い布越しに心臓へ触れてくる。その二つは混ざり合うことなく、まだ名前のない答えを探しながら揺れていた。
「止まれ」
低い声が、広い地下空間の隅々まで届いた。
鉄格子の前に立つ人影が、床へ突き立てていた巨大な武器を持ち上げる。
伏蝶まんじ。
黒い警備服の裾が、換気装置の風を受けて揺れている。両腕で構えた武器は、侵入者を追い払うためというより、背後にある檻へ誰も近づけないための門柱に見えた。
「異教徒どもが、随分と奥まで入り込んだもんだな」
まんじの視線が、天海、ゴン太、真宮寺の順に動き、最後に俺へ突き刺さる。
「特にお前だ、万津。教祖様の残滓を身体の中に抱えながら、何をしにここへ来た」
「奥にいる存在と話をするためだ」
「話だと?」
まんじの武器が床を擦り、白い火花を散らした。
「教祖様を人間の前へ引きずり出して、また都合のいい言葉を言わせるつもりか。希望だの救済だの、聞こえのいい札を首から下げてな」
「そんなつもりはない」
「つもりなんざ聞いてねぇ。人間はいつだって、自分が正しいと思ってるうちに他人を壊す」
まんじの声に合わせ、周囲の壁へ黒い影が映り始めた。
教祖へ縋る群衆。
頭を下げる人々。
差し出される手。
やがて石を投げ、背を向け、倒れた誰かを踏み越えていく足。
記憶なのか、まんじの想像なのかは分からない。ただ、影の一つ一つには、長い時間をかけて擦り込まれた傷の形があった。
「人間は救いを求める。救う者が現れれば崇める。だが、少しでも自分の望みと違えば疑い、試し、利用し、最後には殺す」
白い格子の奥で、人影が一歩前へ出る。
けれど手を伸ばすより先に、天井から白い拘束光が降り、その身体を元の位置へ押し戻した。
まんじの眉がわずかに動く。
巨大な武器を握る指が、音もなく強く締まった。
「教祖様は、一度人間に殺された。それなのに、お前はまた人間の前へ連れ出そうとしている」
「ここへ閉じ込めることが、守ることなのか」
「少なくとも、殺されるよりはましだ」
「本人が外へ出たいと言ってもか」
「その意思が正しい保証はどこにある」
まんじは迷わなかった。
「傷つけられた直後の人間が、自分を傷つけた相手へ戻ろうとしたら止めるだろ。記憶を失い、自分が誰かさえ曖昧なら、なおさら守る側が判断しなきゃならねぇ」
ゴン太が一歩前へ出ようとした。
「伏蝶さん、でも、中にいる人が――」
「動くな!」
まんじの武器が横へ振られ、衝撃だけで床に深い亀裂が走った。
ゴン太は両手を上げたまま、その場で足を止める。
「ゴン太は戦いたくないよ。ただ、あの人が何を言いたいのか聞きたいだけなんだ」
「聞いてどうする。危険でも外へ出たいと言ったら、お前は笑って送り出すのか」
ゴン太の大きな手が、ゆっくり閉じられる。
「笑って送り出したりしないよ。心配なら一緒に行くし、危ない時は守る。でも、何も聞かずに閉じ込めるのは違うと思う」
「綺麗事だ」
「うん。綺麗事かもしれない。でも、ゴン太は、その綺麗事を諦めたくないよ」
まんじは鼻で笑ったが、武器の先端はゴン太から少しだけ外れた。
天海は白い檻と周囲の警備装置を見比べながら、慎重に口を開く。
「この施設、外から入る人を防ぐより、中から出る人を止める構造になってるっすよね」
「それがどうした」
「守るために作ったなら、本人が逃げようとする前提なのが気になっただけっす。伏蝶さん自身も、あの人がここを望んでいないと分かってるんじゃないっすか」
「初めて巻き込まれた若造が、知ったような口を利くな」
「初めてだから、変な常識に慣れてないんすよ」
天海の口元には薄い笑みが残っていた。
けれど、監視塔を見ていた時の高揚は消え、鉄格子の奥にいる人影だけを見ている。
「本人に聞かずに守るのが普通だって言われても、俺にはかなり不自然に見えるっす」
まんじの視線が鋭くなる。
その横で、真宮寺が拘束具の鎖を静かに鳴らした。
「興味深いネ。君は教祖を守っているのではなく、教祖を失った自分がもう一度壊れないように、教祖を固定しているように見えるヨ」
空気が変わった。
白い光が一瞬だけ弱まり、まんじの影が大きく揺れる。
「黙れ、罪人」
「その呼び方は正しいヨ。僕は罪を犯し、今は刑務所にいる。だからこそ、人間の罪を理由に誰かの自由を奪う危うさもよく分かる」
「お前みたいな奴が、人間を語るな」
「ククク、罪のない者だけが罪を語れるなら、この世界は随分と静かになるだろうネ」
真宮寺は両手の拘束具を持ち上げた。
「僕の鎖は、僕が犯したことの結果だ。けれど、檻の奥にいる彼女の鎖は、彼女が犯した罪によるものではない」
まんじの武器が床を抉り、破片が真宮寺の足元へ飛んだ。
それでも真宮寺は目を逸らさなかった。
「守護という儀礼が、いつの間にか所有へ変わってしまったのではないかナ?」
「次にそれ以上喋ったら、その鎖ごと床へ埋める」
「それは困るネ。僕は万津がどんな答えを出すのか、まだ見ていないから」
まんじの視線が、再び俺へ戻ってきた。
「お前も同じか、万津。罪人も、夢見がちな大男も、物見遊山の若造も連れて、人間の自由を語りに来たのか」
「人間が正しいなんて言うつもりはない」
俺は武器へ手を伸ばさず、一歩前へ出た。
白い監視光が靴先を横切り、床に落ちた俺の影を二つに割る。
「人間は誰かを利用する。自分が助かるために、別の誰かへ役割を押しつける。守っているつもりで、相手が選ぶ道を塞ぐこともある」
黒四館に王子様と呼ばれた時間が、頭の隅を通り過ぎる。
仲間を守る行動まで脚本にされ、正しさの形を誰かに決められかけた。俺自身だって、守りたいという言葉で仲間の選択を奪いかけたことがある。
「俺も間違えた。これから先も、たぶん間違える」
「なら、なぜ人間を信じる」
「信じ切ってるわけじゃない」
まんじの眉が動く。
「疑うし、止めるし、間違っていると思えばぶつかる。それでも最初から声を奪うより、話を聞いて間違える方を選びたい」
「間違えた結果、教祖様がまた殺されたらどうする」
その問いだけは、まんじの声が少し低かった。
怒鳴り声ではなく、喉の奥に長く沈んでいた石を吐き出すような響きだった。
「お前が責任を取れるのか。命を戻せるのか。二度と傷つけられないと誓えるのか」
「誓えない」
俺が答えると、ゴン太の肩が小さく揺れた。
天海も口を閉じ、真宮寺の鎖の音だけが残る。
「俺には、誰も傷つかない未来を保証できない。教祖を生き返らせることも、全部の悪意を消すこともできない」
「だったら黙って退け!」
「でも、危険があるからって、本人の人生を代わりに決める権利もない!」
声が地下空間へぶつかり、鉄格子を震わせた。
懐のカプセムが熱を増す。
白と黒の粒子が内部で回転し、表面へ新しい線が浮かび始めた。閉じた鉄格子と、その中央から伸びる開いた手。二つの図柄が重なり、まだ完成しないまま淡く光っている。
「罪があるから閉じ込めるんじゃない。罪があるから、何度でも相手の声を聞くんだ」
「聞けば許されると思ってるのか」
「許されないこともある。聞いたあとで拒絶されることも、殴られることもある。それでも、最初から相手を物みたいに扱うよりはましだ」
白い格子の奥で、人影がまた手を伸ばした。
今度は拘束光に押し戻されながらも、掌が鉄格子へ触れる。
俺も無意識に右手を上げていた。
間には何重もの鉄格子があり、距離も光も阻んでいる。それでも、懐の空白のカプセムが二つの掌を繋ぐように白く発光した。
「教祖様から離れろ!」
まんじが武器を振り上げる。
巨大な刃が俺と鉄格子の間へ落ち、床を深く切り裂いた。衝撃波に押され、俺は数歩後ろへ滑る。
ゴン太が俺の背中を支え、天海は真宮寺の鎖を掴んで破片から引き離した。
「万津君、大丈夫?」
「何とか。でも、話だけで終わる雰囲気じゃなくなったな」
「最初から期待してなかったっすけど、想像以上に硬いっすね」
「守護者の信仰を言葉だけで崩すのは難しいヨ。とりわけ、その信仰が恐怖と結びついている場合はネ」
まんじは武器を横へ構え、白い格子を背に立った。
その姿は教祖を守る騎士というより、扉の前で自分自身を鎖に変えた番人だった。
「人間の罪を知って、それでも人間へ教祖様を返すと言うのか」
「返すんじゃない」
俺は前へ出る。
「教祖自身が、どこへ行くか選べる場所まで連れていく」
「なら、あたしを倒してから行け」
まんじが腰へ手を伸ばした。
黒い装置が展開され、警備省全域の警告灯が一斉に明滅する。天井の監視装置が回転し、無数の赤い照準が俺達へ重なった。
まんじの手に、黒く濁ったカプセムが握られる。
周囲の光を吸い込むような黒い表面に、ゼッツの輪郭を歪めた紋章が浮かんでいた。
「ゼッツダークネス……」
「教祖様へ近づく異教徒は、誰であろうと排除する」
まんじがカプセムを掲げる。
その背後で、白い人影の掌が鉄格子へ押しつけられたまま動かない。
止めようとしているのか。
こちらへ来ようとしているのか。
声はまだ聞こえない。
けれど、懐のカプセムは、まんじの黒い力と鉄格子の奥の白い光、その両方へ反応しながら新しい鼓動を刻んでいた。
白でも黒でもない、二つを繋ごうとする不揃いな音だった。
「万津君、来るよ!」
ゴン太が俺達の前へ立つ。
天海は警備装置の死角へ視線を走らせ、真宮寺は拘束具の鎖を腕へ巻き取った。
俺はゼッツドライバーへ手を伸ばし、まんじから目を離さなかった。
「人間の罪を聞かせたいなら、最後まで聞く」
赤い照準が胸元へ集まる。
「その代わり、お前も教祖の声を最後まで聞け」
警備省の深層世界が、地鳴りと一緒に黒く沈んだ。