ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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悪夢 Part3

 最深部へ続く隔壁が開いた瞬間、白い光が刃のように通路へ差し込んだ。

 

 薄暗い警備施設を歩き続けてきた目には、その光があまりにも眩しく、救いというより尋問灯に近く見えた。床も壁も天井も白く照らされ、俺達の影だけが濃い黒となって、鉄格子の手前へ長く伸びている。

 

 地下空間の中央には、巨大な檻があった。

 

 幾重にも重なった鉄格子の奥で、白い人影が立っている。顔立ちは光に溶け、輪郭しか見えない。それでも胸の奥に残る教祖のデータが、確かめるように一度だけ脈打った。

 

 懐に入れた空白のカプセムも熱を持つ。

 

 白い粒子と黒い光が、薄い布越しに心臓へ触れてくる。その二つは混ざり合うことなく、まだ名前のない答えを探しながら揺れていた。

 

「止まれ」

 

 低い声が、広い地下空間の隅々まで届いた。

 

 鉄格子の前に立つ人影が、床へ突き立てていた巨大な武器を持ち上げる。

 

 伏蝶まんじ。

 

 黒い警備服の裾が、換気装置の風を受けて揺れている。両腕で構えた武器は、侵入者を追い払うためというより、背後にある檻へ誰も近づけないための門柱に見えた。

 

「異教徒どもが、随分と奥まで入り込んだもんだな」

 

 まんじの視線が、天海、ゴン太、真宮寺の順に動き、最後に俺へ突き刺さる。

 

「特にお前だ、万津。教祖様の残滓を身体の中に抱えながら、何をしにここへ来た」

 

「奥にいる存在と話をするためだ」

 

「話だと?」

 

 まんじの武器が床を擦り、白い火花を散らした。

 

「教祖様を人間の前へ引きずり出して、また都合のいい言葉を言わせるつもりか。希望だの救済だの、聞こえのいい札を首から下げてな」

 

「そんなつもりはない」

 

「つもりなんざ聞いてねぇ。人間はいつだって、自分が正しいと思ってるうちに他人を壊す」

 

 まんじの声に合わせ、周囲の壁へ黒い影が映り始めた。

 

 教祖へ縋る群衆。

 頭を下げる人々。

 差し出される手。

 やがて石を投げ、背を向け、倒れた誰かを踏み越えていく足。

 

 記憶なのか、まんじの想像なのかは分からない。ただ、影の一つ一つには、長い時間をかけて擦り込まれた傷の形があった。

 

「人間は救いを求める。救う者が現れれば崇める。だが、少しでも自分の望みと違えば疑い、試し、利用し、最後には殺す」

 

 白い格子の奥で、人影が一歩前へ出る。

 

 けれど手を伸ばすより先に、天井から白い拘束光が降り、その身体を元の位置へ押し戻した。

 

 まんじの眉がわずかに動く。

 

 巨大な武器を握る指が、音もなく強く締まった。

 

「教祖様は、一度人間に殺された。それなのに、お前はまた人間の前へ連れ出そうとしている」

 

「ここへ閉じ込めることが、守ることなのか」

 

「少なくとも、殺されるよりはましだ」

 

「本人が外へ出たいと言ってもか」

 

「その意思が正しい保証はどこにある」

 

 まんじは迷わなかった。

 

「傷つけられた直後の人間が、自分を傷つけた相手へ戻ろうとしたら止めるだろ。記憶を失い、自分が誰かさえ曖昧なら、なおさら守る側が判断しなきゃならねぇ」

 

 ゴン太が一歩前へ出ようとした。

 

「伏蝶さん、でも、中にいる人が――」

 

「動くな!」

 

 まんじの武器が横へ振られ、衝撃だけで床に深い亀裂が走った。

 

 ゴン太は両手を上げたまま、その場で足を止める。

 

「ゴン太は戦いたくないよ。ただ、あの人が何を言いたいのか聞きたいだけなんだ」

 

「聞いてどうする。危険でも外へ出たいと言ったら、お前は笑って送り出すのか」

 

 ゴン太の大きな手が、ゆっくり閉じられる。

 

「笑って送り出したりしないよ。心配なら一緒に行くし、危ない時は守る。でも、何も聞かずに閉じ込めるのは違うと思う」

 

「綺麗事だ」

 

「うん。綺麗事かもしれない。でも、ゴン太は、その綺麗事を諦めたくないよ」

 

 まんじは鼻で笑ったが、武器の先端はゴン太から少しだけ外れた。

 

 天海は白い檻と周囲の警備装置を見比べながら、慎重に口を開く。

 

「この施設、外から入る人を防ぐより、中から出る人を止める構造になってるっすよね」

 

「それがどうした」

 

「守るために作ったなら、本人が逃げようとする前提なのが気になっただけっす。伏蝶さん自身も、あの人がここを望んでいないと分かってるんじゃないっすか」

 

「初めて巻き込まれた若造が、知ったような口を利くな」

 

「初めてだから、変な常識に慣れてないんすよ」

 

 天海の口元には薄い笑みが残っていた。

 

 けれど、監視塔を見ていた時の高揚は消え、鉄格子の奥にいる人影だけを見ている。

 

「本人に聞かずに守るのが普通だって言われても、俺にはかなり不自然に見えるっす」

 

 まんじの視線が鋭くなる。

 

 その横で、真宮寺が拘束具の鎖を静かに鳴らした。

 

「興味深いネ。君は教祖を守っているのではなく、教祖を失った自分がもう一度壊れないように、教祖を固定しているように見えるヨ」

 

 空気が変わった。

 

 白い光が一瞬だけ弱まり、まんじの影が大きく揺れる。

 

「黙れ、罪人」

 

「その呼び方は正しいヨ。僕は罪を犯し、今は刑務所にいる。だからこそ、人間の罪を理由に誰かの自由を奪う危うさもよく分かる」

 

「お前みたいな奴が、人間を語るな」

 

「ククク、罪のない者だけが罪を語れるなら、この世界は随分と静かになるだろうネ」

 

 真宮寺は両手の拘束具を持ち上げた。

 

「僕の鎖は、僕が犯したことの結果だ。けれど、檻の奥にいる彼女の鎖は、彼女が犯した罪によるものではない」

 

 まんじの武器が床を抉り、破片が真宮寺の足元へ飛んだ。

 

 それでも真宮寺は目を逸らさなかった。

 

「守護という儀礼が、いつの間にか所有へ変わってしまったのではないかナ?」

 

「次にそれ以上喋ったら、その鎖ごと床へ埋める」

 

「それは困るネ。僕は万津がどんな答えを出すのか、まだ見ていないから」

 

 まんじの視線が、再び俺へ戻ってきた。

 

「お前も同じか、万津。罪人も、夢見がちな大男も、物見遊山の若造も連れて、人間の自由を語りに来たのか」

 

「人間が正しいなんて言うつもりはない」

 

 俺は武器へ手を伸ばさず、一歩前へ出た。

 

 白い監視光が靴先を横切り、床に落ちた俺の影を二つに割る。

 

「人間は誰かを利用する。自分が助かるために、別の誰かへ役割を押しつける。守っているつもりで、相手が選ぶ道を塞ぐこともある」

 

 黒四館に王子様と呼ばれた時間が、頭の隅を通り過ぎる。

 

 仲間を守る行動まで脚本にされ、正しさの形を誰かに決められかけた。俺自身だって、守りたいという言葉で仲間の選択を奪いかけたことがある。

 

「俺も間違えた。これから先も、たぶん間違える」

 

「なら、なぜ人間を信じる」

 

「信じ切ってるわけじゃない」

 

 まんじの眉が動く。

 

「疑うし、止めるし、間違っていると思えばぶつかる。それでも最初から声を奪うより、話を聞いて間違える方を選びたい」

 

「間違えた結果、教祖様がまた殺されたらどうする」

 

 その問いだけは、まんじの声が少し低かった。

 

 怒鳴り声ではなく、喉の奥に長く沈んでいた石を吐き出すような響きだった。

 

「お前が責任を取れるのか。命を戻せるのか。二度と傷つけられないと誓えるのか」

 

「誓えない」

 

 俺が答えると、ゴン太の肩が小さく揺れた。

 

 天海も口を閉じ、真宮寺の鎖の音だけが残る。

 

「俺には、誰も傷つかない未来を保証できない。教祖を生き返らせることも、全部の悪意を消すこともできない」

 

「だったら黙って退け!」

 

「でも、危険があるからって、本人の人生を代わりに決める権利もない!」

 

 声が地下空間へぶつかり、鉄格子を震わせた。

 

 懐のカプセムが熱を増す。

 

 白と黒の粒子が内部で回転し、表面へ新しい線が浮かび始めた。閉じた鉄格子と、その中央から伸びる開いた手。二つの図柄が重なり、まだ完成しないまま淡く光っている。

 

「罪があるから閉じ込めるんじゃない。罪があるから、何度でも相手の声を聞くんだ」

 

「聞けば許されると思ってるのか」

 

「許されないこともある。聞いたあとで拒絶されることも、殴られることもある。それでも、最初から相手を物みたいに扱うよりはましだ」

 

 白い格子の奥で、人影がまた手を伸ばした。

 

 今度は拘束光に押し戻されながらも、掌が鉄格子へ触れる。

 

 俺も無意識に右手を上げていた。

 

 間には何重もの鉄格子があり、距離も光も阻んでいる。それでも、懐の空白のカプセムが二つの掌を繋ぐように白く発光した。

 

「教祖様から離れろ!」

 

 まんじが武器を振り上げる。

 

 巨大な刃が俺と鉄格子の間へ落ち、床を深く切り裂いた。衝撃波に押され、俺は数歩後ろへ滑る。

 

 ゴン太が俺の背中を支え、天海は真宮寺の鎖を掴んで破片から引き離した。

 

「万津君、大丈夫?」

 

「何とか。でも、話だけで終わる雰囲気じゃなくなったな」

 

「最初から期待してなかったっすけど、想像以上に硬いっすね」

 

「守護者の信仰を言葉だけで崩すのは難しいヨ。とりわけ、その信仰が恐怖と結びついている場合はネ」

 

 まんじは武器を横へ構え、白い格子を背に立った。

 

 その姿は教祖を守る騎士というより、扉の前で自分自身を鎖に変えた番人だった。

 

「人間の罪を知って、それでも人間へ教祖様を返すと言うのか」

 

「返すんじゃない」

 

 俺は前へ出る。

 

「教祖自身が、どこへ行くか選べる場所まで連れていく」

 

「なら、あたしを倒してから行け」

 

 まんじが腰へ手を伸ばした。

 

 黒い装置が展開され、警備省全域の警告灯が一斉に明滅する。天井の監視装置が回転し、無数の赤い照準が俺達へ重なった。

 

 まんじの手に、黒く濁ったカプセムが握られる。

 

 周囲の光を吸い込むような黒い表面に、ゼッツの輪郭を歪めた紋章が浮かんでいた。

 

「ゼッツダークネス……」

 

「教祖様へ近づく異教徒は、誰であろうと排除する」

 

 まんじがカプセムを掲げる。

 

 その背後で、白い人影の掌が鉄格子へ押しつけられたまま動かない。

 

 止めようとしているのか。

 こちらへ来ようとしているのか。

 

 声はまだ聞こえない。

 

 けれど、懐のカプセムは、まんじの黒い力と鉄格子の奥の白い光、その両方へ反応しながら新しい鼓動を刻んでいた。

 

 白でも黒でもない、二つを繋ごうとする不揃いな音だった。

 

「万津君、来るよ!」

 

 ゴン太が俺達の前へ立つ。

 

 天海は警備装置の死角へ視線を走らせ、真宮寺は拘束具の鎖を腕へ巻き取った。

 

 俺はゼッツドライバーへ手を伸ばし、まんじから目を離さなかった。

 

「人間の罪を聞かせたいなら、最後まで聞く」

 

 赤い照準が胸元へ集まる。

 

「その代わり、お前も教祖の声を最後まで聞け」

 

 警備省の深層世界が、地鳴りと一緒に黒く沈んだ。

 

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