ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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悪夢 Part4

 警備省の深層世界が、まんじの足元から黒く沈んでいく。

 

 さっきまで白く輝いていた床へ、墨を流したような染みが広がった。黒は鉄格子の隙間を通り、壁面を這い上がり、天井の警備装置まで飲み込んでいく。

 

 赤い照準だけが闇の中へ残った。

 

 何十、何百という細い光が俺達の胸元へ重なり、呼吸に合わせて揺れている。施設そのものが巨大な銃口へ変わり、引き金へ指を置いているようだった。

 

 まんじは黒く濁ったカプセムを握り締める。

 

「最後に一度だけ言ってやる」

 

 彼女の背後では、白い人影が鉄格子へ掌を押し当てていた。

 

「教祖様から離れろ。今ここで背を向けるなら、施設の外へ放り出すだけで済ませてやる」

 

「ずいぶん親切だな」

 

「二度目はねぇぞ」

 

「じゃあ、最初の一度を断る」

 

 俺が一歩踏み出すと、赤い照準が額へ集まった。

 

「本人の声を聞くまで帰らない」

 

「そうかよ」

 

 まんじの親指が、カプセムの表面を乱暴に押し込む。

 

 黒い器の内部で、赤い蝶の翅が開いた。

 

『ダークネス』

 

 地面へ広がっていた闇が、一斉にまんじの足元へ引き戻される。

 

 黒いドライバーが胸へ現れ、左右から伸びた機構が身体を挟み込むように固定された。まんじはカプセムを装填すると、巨大な武器を片手で持ち上げ、俺へ切っ先を向ける。

 

「変身」

 

 黒いドライバーが低く唸った。

 

『グッドナイト、ライダー』

 

 赤い蝶の群れが床から噴き上がり、まんじの全身へまとわりつく。

 

 一匹ごとに輪郭を失った蝶は、粘つく闇となって腕や脚へ張りつき、厚い装甲を組み上げていった。ゼッツの姿をなぞりながら、胸部はより重く、肩は敵を押し潰すように張り出し、複眼には深紅の亀裂が走っている。

 

『ゼッツダークネス』

 

 最後の蝶が仮面へ吸い込まれた瞬間、地下空間の警告灯がすべて消えた。

 

 暗闇の中へ浮かぶ二つの赤い複眼が、まっすぐ俺を見ている。

 

 前に見た姿と同じはずなのに、足元から伝わってくる圧力は別物だった。床へ立っているだけで、施設の壁や天井が彼女の装甲と繋がり、巨大な一つの身体として呼吸している。

 

「万津君!」

 

 ゴン太が俺の前へ出ようとする。

 

「来るな、ゴン太!」

 

 俺が叫んだ直後、まんじの姿が視界から消えた。

 

 風が遅れて頬を叩く。

 

 巨大な武器の刃が、既に俺の頭上まで振り下ろされていた。

 

 俺はゼッツドライバーを胸へ展開し、懐とは反対側に収めていたカプセムを掴む。

 

 透明な器の奥で、青白い衝撃波が弾けた。

 

「インパクトカプセム!」

 

 カプセムのボタンを押し込み、ドライバーへ装填する。

 

『インパクト!』

 

 刃が迫る。

 

「変身!」

 

『グッドモーニング、ライダー!』

 

 ゼッツドライバーの中央機構が回転し、青白い光が俺の身体を貫いた。

 

 光は胸部で幾つもの層へ分かれ、衝撃を受け止める厚い装甲となって全身へ広がる。両腕には力を一点へ集める円環状の機構が重なり、脚部装甲の内部では圧縮されたエネルギーが脈打っていた。

 

『ゼッツ! フィジカム・インパクト!』

 

 装甲が閉じると同時に、俺は両腕を頭上で交差させた。

 

 まんじの武器が腕部装甲へ激突する。

 

 青白い光が爆発し、足元の床が円形に陥没した。

 

「ぐっ……!」

 

 受け止めた腕から、骨の内側へ太い杭を打ち込まれたような振動が走る。

 

 けれど、フィジカム・インパクトの装甲は衝撃を逃がさない。腕へ伝わった力を青白い波へ変え、胸部から右拳へ送り込んでいく。

 

 俺は刃を外側へ弾き、空いた胸元へ拳を振り抜いた。

 

「返すぞ!」

 

 蓄積された衝撃をまとった拳が、ゼッツダークネスの胸部へ直撃する。

 

 空気が潰れた。

 

 青白い波紋が黒い装甲を中心に広がり、背後の鉄格子まで激しく揺らす。以前のまんじなら、これだけまともに受ければ数歩は下がっていた。

 

 けれど、俺の拳は動かなかった。

 

 押し込めない。

 

「何だ……?」

 

 まんじは胸へ拳を受けたまま、微動だにしていなかった。

 

 赤い蝶の紋章が装甲表面へ浮かび、俺の放った衝撃を黒い波紋へ変えていく。波紋はまんじの背後へ抜け、床、壁、天井へ一瞬で広がった。

 

 地下施設全体が低く唸る。

 

「この場所で、あたしを殴るってことはな」

 

 まんじの左手が、俺の手首を掴んだ。

 

「警備省全部を殴るってことだ」

 

 壁へ逃げていた黒い波紋が、一斉に戻ってくる。

 

 俺が放った衝撃へ、施設の振動が幾重にも重なり、まんじの右腕へ集まった。

 

 まずい。

 

 そう理解した時には、まんじの拳が腹部装甲へめり込んでいた。

 

 鈍い衝突音が、身体の内側から聞こえた。

 

 床が遠ざかる。

 

 俺の身体は真横へ吹き飛び、白い隔壁へ背中から叩きつけられた。金属板が大きくへこみ、肺の空気が喉から押し出される。

 

「万津君!」

 

 ゴン太が駆け寄ろうとするが、その進路へ赤い照準が集まった。

 

 天海がゴン太の腕を掴み、柱の陰へ引き戻す。

 

「待ってください! 監視装置が全部、伏蝶さんの動きと連動してるっす!」

 

「でも、このままじゃ万津君が!」

 

「今出たら、ゴン太君まで撃たれます。あの人は万津君だけを相手にしてるんじゃない。この施設全部を使って戦ってる」

 

 天海は監視装置へ視線を走らせながら、床に伸びる配線を指で追っている。

 

 初めての深層世界へ入った時に浮かべていた笑みは、もう口元に残っていなかった。それでも瞳だけは止まらず、赤い光の周期を一つずつ拾っている。

 

「三秒後、右側の照準が外れます! ゴン太君は、その時だけ万津君の退路を守って!」

 

「分かったよ!」

 

「真宮寺君、左の壁にある紋章は何なんすか!」

 

 呼ばれた真宮寺は、拘束具の鎖を引きずりながら床へ膝をついていた。

 

 彼の指先は、黒い波紋が通った蝶の紋章へ触れている。

 

「伏蝶まんじ自身の力だけではないネ。鉄格子、監視装置、隔壁、抑制機構、そのすべてが彼女を守護者と認識し、受けた攻撃を肩代わりしている」

 

「肩代わりしたあと、力を返してるっすか?」

 

「その通りだヨ。しかも、単純に同じ衝撃を返すのではない。施設に蓄積された過去の攻撃まで重ねているようだネ」

 

「つまり、殴るほど強くなるってことかよ……」

 

 へこんだ隔壁から身体を引き剥がし、床へ降りる。

 

 腹部装甲には黒い拳の跡が残り、青白い光が傷口を塞ぐように明滅していた。呼吸を整えようとするたび、肋骨の奥で細い亀裂が擦れ合う。

 

 まんじは追撃せず、鉄格子の前へ戻っていた。

 

 俺を倒すことより、背後へ誰も通さないことを優先している。その立ち方だけは、さっきから一度も変わらない。

 

「どうした、ゼッツ」

 

 赤い複眼が俺を射抜く。

 

「人間の声を聞かせるんじゃなかったのか。そんな軽い拳で、教祖様の檻を叩くつもりかよ」

 

「軽いかどうか、もう一度確かめてみろ」

 

 俺は両拳を構え、床を蹴った。

 

 フィジカム・インパクトの脚部が衝撃を圧縮し、一歩目の勢いを二歩目へ重ねる。床へ青白い輪が広がり、身体は砲弾のようにまんじへ迫った。

 

 右の拳を顔面へ放つ。

 

 まんじは武器の柄で受けた。

 

 衝撃が溜まる前に左拳を腹部へ叩き込み、肘を胸へ滑らせる。右膝を脇腹へ押し込み、身体を捻って回し蹴りを放った。

 

 一発ごとに青白い光が弾ける。

 

 まんじはすべてを受けていた。

 

 避けようともしない。

 

 胸部、肩、腕へ拳や蹴りが当たるたび、黒い波紋が彼女の装甲から施設へ広がっていく。俺が打ち込んだ衝撃は手応えを残さず、底のない水面へ石を投げ込んだように消えていった。

 

「万津君、打ち続けちゃ駄目だ!」

 

 ゴン太の声が飛ぶ。

 

 分かっている。

 

 それでも止めれば、まんじの巨大な武器が振り下ろされる。俺は攻撃を続け、崩せる箇所を探した。

 

 複眼。

 肩の接合部。

 胸部の蝶の紋章。

 ドライバー周辺。

 

 フィジカムの視界へ浮かぶ箇所を順番に打ち抜いても、衝撃は黒い施設へ逃げていく。

 

「前より手数は増えたな」

 

 まんじが俺の拳を片手で受け止めた。

 

「だが、焦ると踏み込みが浅くなる癖は変わってねぇ」

 

「覚えてたのかよ」

 

「教祖様に近づく奴のことを、忘れるわけがねぇだろ!」

 

 まんじは俺の腕を引き、額を仮面へ叩きつけた。

 

 複眼の奥で火花が散る。

 

 体勢を崩した俺の足元へ、巨大な武器の柄が滑り込む。脚を払われ、身体が宙へ浮いたところへ、まんじの肩が胸部へ激突した。

 

 以前にも受けた技だった。

 

 だから、装甲へ衝撃を溜め、着地と同時に返せると思っていた。

 

 まんじの左足が、床を強く踏む。

 

 施設中の赤い照準が彼女の胸部へ集まり、黒い蝶の紋章が大きく開いた。

 

「前と同じだと思うな!」

 

 肩から伝わってきた力が、途中で跳ね上がった。

 

 一撃目の内側から、二撃目が生まれる。

 

 さらに壁や床から集まった振動が三撃目となり、フィジカムの衝撃吸収機構を容量ごと押し潰した。

 

 胸部装甲に青白い亀裂が走る。

 

「がっ……!」

 

 俺の身体は床へ叩き落とされ、そのまま何度も転がった。

 

 視界の端で、赤い光と白い鉄格子が交互に回る。

 最後に背中が床へ落ちると、天井から降る黒い粒子が雨のように見えた。

 

 一粒ごとに、まんじの声が混じっている。

 

 守れなかった。

 近づけた。

 奪われた。

 もう二度と。

 

 言葉として聞こえたわけではない。

 

 黒い粒子が装甲へ触れるたび、鉄格子の前で武器を握り続けてきた時間が、細い棘となって身体へ刺さった。

 

 まんじが強くなった理由は、訓練でも新しい武器でもない。

 

 この深層世界へ踏み込んだ俺達の存在が、彼女の中に沈んでいたものを起こしている。

 

 教祖へ近づく足音が増えるほど、鉄格子は厚くなる。

 手を伸ばす者が現れるほど、まんじの装甲は重くなる。

 

 守れなかった過去を、今度こそ繰り返さないために。

 

 その願いが、施設の壁や床を血管のように繋ぎ、ゼッツダークネスへ際限なく力を送り込んでいた。

 

「前に戦った時より、何倍も重いな……」

 

 床へ拳をつき、片膝を立てる。

 

 青白い光が拳の周囲へ集まったが、さっきまでの勢いはない。フィジカムの装甲は受けた衝撃を処理し切れず、腕の内側で警告音を鳴らしている。

 

「やっと分かったか」

 

 まんじが巨大な武器を肩へ担ぐ。

 

「前は、まだどこかで考えてた。教祖様の意思を聞くべきだとか、あたしが間違ってるのかもしれねぇとか」

 

 赤い複眼が、背後の白い鉄格子へ一瞬だけ向く。

 

 格子の奥では、白い人影が両手を押し当てている。

 

「だが、お前らがここまで来たせいで、はっきりした」

 

 まんじは視線を俺へ戻した。

 

「人間は止まらねぇ。言葉で拒んでも、壁で塞いでも、自分が正しいって顔で踏み込んでくる」

 

「だから、全部殴って追い返すのか」

 

「必要ならな」

 

 巨大な武器の切っ先が俺へ向く。

 

「教祖様を二度と失わないためなら、あたしは前の自分だって踏み潰す」

 

 懐の空白のカプセムが、小さく震えた。

 

 白い粒子が、鉄格子の奥へ引かれている。

 

 黒い光は、まんじの装甲へ呼ばれるように脈打っている。

 

 二つの力が透明な器の中でぶつかり、まだ形にならない光を散らした。

 

 俺はそれを取り出さなかった。

 

 今ここで必要なのは、新しい力へ逃げることではない。

 前より強くなったまんじの拳を、前と同じ考え方で越えられないと認めることだった。

 

「万津君、もう十分だよ!」

 

 ゴン太が赤い照準の隙間から叫ぶ。

 

「伏蝶さんは、攻撃されるたびに強くなってる! このまま殴り合ったら、どっちかが動けなくなっちゃうよ!」

 

「そうみたいだな」

 

「だったら――」

 

「でも、まだ終われない」

 

 俺は立ち上がる。

 

 膝が一度だけ沈み、床へ青白い亀裂が走った。

 それでも拳を握ると、フィジカムの腕部装甲が残った力をかき集めるように低く駆動する。

 

 天海が監視装置の動きを追いながら、俺へ声を飛ばした。

 

「万津君、伏蝶さんが強くなったのは間違いないっす。でも、施設との接続には一瞬だけ途切れる場所がある!」

 

「どこだ!」

 

「鉄格子の奥にいる人が動く時っす! 伏蝶さんの注意が、俺達じゃなくてあの人へ向く。その瞬間だけ、黒い波紋の戻りが遅れる!」

 

 まんじの肩が、わずかに揺れた。

 

 真宮寺がその変化を見逃さず、鎖を鳴らしながら立ち上がる。

 

「つまり、彼女を強くしているものは守護への忠誠だけではない。檻の奥から拒まれる可能性が、彼女をさらに深い闇へ押し込んでいるのだネ」

 

「黙れ!」

 

 まんじが武器を振るい、黒い衝撃波を放つ。

 

 ゴン太が俺達の前へ飛び出した。

 

 変身も装甲もない身体で、崩れてきた隔壁の破片を両腕へ受け止める。靴底が床を削り、太い腕が震えても、彼は一歩も下がらなかった。

 

「ゴン太は、伏蝶さんを倒したくない!」

 

「なら退け!」

 

「でも、万津君が話すための道は守る!」

 

 ゴン太が破片を横へ投げ捨てる。

 

 天海はその陰を利用して監視装置の死角へ走り、真宮寺も鎖を引きずりながら別の柱へ移動した。

 

 三人とも変身していない。

 

 装甲も必殺技も持たず、それでも俺の拳だけでは届かなかった場所へ、それぞれのやり方で手を伸ばしている。

 

 まんじが前より強いなら、俺も前と同じように一人で立つ必要はない。

 

「まんじ」

 

 俺は構えを変えた。

 

 拳を顔の前へ固めるのではなく、右手を開いて前へ出す。

 

「確かに、お前は前より強くなった」

 

「命乞いなら聞かねぇぞ」

 

「褒めてない。前より重たいものを、全部一人で背負ってるって言ってるんだ」

 

「知ったような口を――」

 

「だから、その重さごと殴り返すやり方じゃ届かない」

 

 フィジカムの腕部へ集めていた衝撃を、一度解除する。

 

 青白い光が拳から抜け、床へ静かに広がった。

 

 まんじの赤い複眼が細くなる。

 

「何のつもりだ」

 

「お前の強さがどこまで増えたのか、もう十分分かった」

 

 俺は胸部装甲の亀裂へ手を当て、浅く息を吸う。

 

「次は、どうしてそこまで強くならなきゃいけなかったのかを確かめる」

 

「まだ口を利くか!」

 

 ゼッツダークネスが床を蹴った。

 

 黒い装甲が赤い照準を引き連れ、一直線に迫ってくる。巨大な武器ではなく、固く握られた拳が俺の胸へ向けられていた。

 

 避ければ、背後の三人へ衝撃が抜ける。

 

 俺は足を止め、両腕を胸の前で交差させた。

 

 まんじの拳が装甲へ激突する。

 

 青白い光が砕け、視界が白く染まった。

 

 それでも倒れずに踏み留まると、ゼッツダークネスの仮面が手を伸ばせるほど近くにあった。

 

「捕まえた」

 

 俺はまんじの腕を両手で掴む。

 

「この……!」

 

「前より強くなった分、前より近くで話を聞かせてもらうぞ!」

 

 まんじが腕を振り払おうとした瞬間、白い鉄格子の奥から強い光が溢れた。

 

 閉じ込められていた人影が、初めて明確に口を開く。

 

 声にはならなかった。

 

 それでも、その唇が形作った言葉だけは見えた。

 

 ――まんじ。

 

 ゼッツダークネスの動きが止まる。

 

 ほんの一瞬だけ、施設中へ広がっていた黒い波紋が途切れた。

 

 懐の空白のカプセムが、今までで最も強く脈打った。

 

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