ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
黒い装甲の拳が、俺の胸元をかすめた。
空気を裂く音だけが遅れて耳へ届く。躱したはずの右肩から、壁まで衝撃が抜けていた。白い隔壁が大きくへこみ、赤い警告灯がチカチカと瞬く。
「どうした、ゼッツ」
まんじが踏み込む。
「避けてばかりじゃ、教祖様には届かねぇぞ」
ゼッツダークネスの腕が、鞭のようにしなる。右、左、そして下段から跳ね上げる三連撃。俺は後退しながら腕部装甲で受け流すが、一発ごとに青白い火花が散った。
フィジカム・インパクトの装甲が、蓄積した衝撃を警告する。
もう限界だ。
それでも足を止めるわけにはいかない。俺が下がれば、背後の三人へ彼女の拳が届く。
「万津君!」
ゴン太の声が、赤い照準の網をくぐって飛んでくる。
天海は監視装置の配線を追いながら、何かを掴みかけては首を振っている。真宮寺は拘束具の鎖を引きずったまま、壁面の蝶の紋章を指でなぞっていた。
三人とも変身していない。
それでも逃げずに、それぞれのやり方で突破口を探している。
「よそ見とはいい度胸だ」
まんじの膝が、俺の腹部へ突き刺さる。
息が詰まった。
青白い装甲の隙間から、黒い衝撃が内側へ染み込んでくる。肋骨の奥で、細かい亀裂が擦れ合う感触があった。
俺は二歩下がり、片膝をつく。
床へ手をつくと、冷たいタイルが掌の下で震えていた。施設全体が、まんじの呼吸に合わせて脈打っている。
赤い照準が、俺の背中へ集まった。
「終わりか」
まんじは巨大な武器を肩へ担ぎ、見下ろすように立っている。
その背後には、白い鉄格子があった。
格子の奥で、白い人影が両手を押し当てている。声は聞こえない。けれど、その掌だけは確かに、まんじの背中へ向けられていた。
俺は拳を握り直す。
まだ立てる。
膝へ力を込めて立ち上がると、胸部装甲から細かい破片がこぼれた。青白い光が弱々しく明滅し、内側の損傷を隠せずにいる。
まんじは俺の装甲を見て、小さく鼻を鳴らした。
「前よりは頑丈になったみてぇだな。だが、それだけだ」
「何が言いたい」
「お前の強さは、結局お前だけのものだってことだ」
ゼッツダークネスの赤い複眼が、細くなる。
「夢の中で見たんだろ。あたしの記憶を」
黒い粒子が、まんじの装甲から立ち昇る。
「だったら分かるはずだ。人間ってのは、どれだけ守ろうとしても、必ず奪っていく生き物だってな」
粒子が床へ落ちると、そこだけタイルの色が変わった。
まるで古い傷跡のように、黒く染まっていく。
「教祖様は、人間の夢を守ろうとした。なのに、人間は教祖様を利用した。自分達の欲望のために、夢を歪めて、汚して、最後には檻の中へ閉じ込めた」
まんじの声が、仮面の奥で低く響く。
「それが人間の罪だ。罪ってのは、犯したら終わりじゃねぇ。犯した側が忘れても、犯された側にはいつまでも残る。夢の中で繰り返され、少しずつ形を変え、やがて誰かを食い尽くす」
俺は黙って聞いていた。
フィジカムの装甲が、まんじの言葉を拒むように警告音を鳴らす。それでも、俺は構えを解かなかった。
「万津、お前も見たはずだ」
まんじが一歩、踏み出す。
「奪われる側の痛みを。守れなかった側の悔しさを。それでもなお、人間は奪うことを止められねぇ。なら、そんな人間の夢を守ることに、何の意味がある」
天井から、黒い粒子が雪のように降り始めた。
一粒ごとに、誰かの叫び声が混じっている。
裏切られた。
騙された。
奪われた。
もう二度と、信じない。
それらはすべて、この施設の中でまんじが浴び続けてきた声だった。教祖を守るために戦い、それでも押し寄せる悪意を止められなかった時間が、粒子の一つひとつに閉じ込められている。
「人間の罪は、終わらねぇ悪夢だ」
まんじが立ち止まる。
「目を覚ましても、別の誰かが同じ罪を犯す。なら、いっそ夢のまま眠らせてやるのが救いってもんだろ」
赤い複眼が、俺を射抜いた。
「教祖様は、それに気づいたんだ。だから、ご自分から檻の中へ入られた」
俺は、拳を握り直す。
青白い光が指の隙間から漏れ、床へ落ちる黒い粒子をかき消した。
「まんじ」
「何だ」
「お前は、それで救われたのか」
ゼッツダークネスの肩が、わずかに揺れた。
「教祖が檻に入ったから、人間の罪は止まったのか。奪われる痛みは消えたのか。お前の中で繰り返されてる悪夢は、終わったのか」
「黙れ」
「終わってないだろ」
俺は一歩、踏み出す。
膝が軋み、胸部装甲から警告音が響く。それでも、もう一歩。
「お前はまだ、鉄格子の前で武器を握ってる。誰かが近づくたびに、奪われる悪夢を思い出して、前より強くなってる」
「黙れと言ってる!」
まんじが武器を振り上げる。
黒い衝撃波が床を走り、俺の足元のタイルを粉々に砕いた。破片が頬をかすめ、仮面の端を削る。
それでも、俺は止まらない。
「人間の罪が悪夢だって言うなら、俺はその悪夢ごと抱えて進む」
「何だと」
「罪は消えない。奪ったことも、奪われたことも、犯した側も犯された側も、全部が夢の中に残り続ける。それは、お前の言う通りだ」
俺は胸の前で、拳を握る。
「でも、それだけじゃない」
フィジカム・インパクトの装甲が、青白い光を放つ。
「罪を覚えてるから、もう奪わないと誓える。奪われた痛みを知ってるから、誰かを守れる。悪夢を見たから、目を覚ました時に強くなれる」
懐の空白のカプセムが、熱を帯び始めた。
白い粒子と黒い光が、透明な器の中で激しく混ざり合う。
「俺は、人間の罪から目を背けない。犯してきた過ちも、奪ってきたものも、全部抱えたまま、それでも誰かの夢を守るために戦う」
俺はまんじをまっすぐ見据えた。
「それが、俺の強さだ」
カプセムが、俺の掌の上で光り始める。
白と黒が混ざり合った粒子は、やがて一つの形を結び始めていた。透明な器の中で、二つの光が螺旋を描きながら昇っていく。
まんじは、動かない。
鉄格子の奥で、白い人影が両手を胸の前で組んだ。
天海が、小さく息を呑む。
「万津君…それって…」
カプセムの光が、地下空間全体を白く染める。
『――――』
まだ名を持たない力が、沈黙の中で静かに脈打っていた。
俺の手の中で、カプセムが脈打っている。
白と黒の粒子が螺旋を描きながら、透明な器の中で一つの形を結んでいく。さっきまで空白だった表面には、今、深紅の刻印が浮かび上がっていた。
それは見覚えのある紋章だった。
まんじが、言葉を失っている。
「なんで、てめぇが…」
ゼッツダークネスの赤い複眼が、俺の掌へ釘付けになっている。彼女の声からは、さっきまでの余裕が消えていた。代わりに浮かんでいるのは、純粋な困惑だ。
俺はカプセムを持ち上げる。
光を受けて、深紅の刻印が脈打つ。それは罰を意味する紋章。本来なら、敵を断罪するための力。
けれど、今このカプセムから感じるのは、別のものだった。
「パニッシュカプセム…」
天海が息を呑む。
「教祖様が使ってたカプセムじゃないっすか! なんで万津君がそれを?」
真宮寺も目を細め、拘束具の鎖を静かに握り締めている。
「興味深いネ。本来なら仮面ライダードォーンの変身に使われるカプセムを、ゼッツドライバーが適合させたのか。いや、適合させたのではなく…」
「教祖様のカプセムだぞ!」
まんじが叫ぶ。
彼女の装甲から、黒い波紋が一気に広がった。施設全体が低く唸り、赤い照準が一斉に俺を狙う。
「どうしててめぇみたいな異教徒が、教祖様の力を…!」
「俺にも分からない」
正直な答えだった。
ただ、鉄格子の奥であの人が口を開いた瞬間、カプセムが呼ばれたように震え始めた。白い粒子と黒い光が混ざり合い、透明な器の中で一つの意志を持ったかのように動き始めた。
「でも、分かることが一つだけある」
俺はカプセムをゼッツドライバーへ翳す。
「この力は、誰かを罰するためのものじゃない。誰かを守るために、罪を背負うための力だ」
「ふざけるな!」
まんじが床を蹴る。
黒い装甲が一直線に迫り、巨大な武器が頭上から振り下ろされる。さっきまでなら、その一撃を受け止めるだけで精一杯だった。
けれど、今は違う。
俺はカプセムのボタンを押し込む。
深紅の光が、指の隙間から溢れ出した。
「変身!」
『アドバンス!』
ドライバーがカプセムを呑み込む。中央機構が回転し、さっきまで青白かった光が深紅へ染まっていく。
『メツァメロ! メツァメロ!』
まんじの刃が、俺の頭上まで迫っていた。
『グッドモーニング! ライダー!』
ドライバーの回転が最高速に達する。深紅の光が俺の全身を包み込み、フィジカム・インパクトの青白い装甲を内側から塗り替えていく。
『ゼ・ゼ・ゼッツ! パニッシュ!』
衝撃波が走った。
まんじの武器が、深紅の光に弾かれて跳ね返る。彼女は体勢を崩し、数歩後退した。
光が収まっていく。
俺の装甲は、さっきまでとは全く別の姿に変わっていた。
黒い強化被膜を基調に、銀色の装甲が全身を覆っている。複眼は鮮やかなマゼンタ色に輝き、鋭い龍の眼を思わせる形状へと変貌していた。額から頭頂部へ伸びる装甲は、龍の角や牙のように尖っている。
胸部のドライバーには、パニッシュカプセムが深紅の光を放ちながら収まっていた。全身を走るマゼンタ色のエネルギーラインが、龍の鱗を思わせる模様を描いている。
そして、俺の背後には――巨大な龍が、浮かんでいた。
マゼンタ色の半透明な身体。胴体は太く、鱗の一枚一枚が意志を持つかのように脈打っている。長い尾が空間を静かに揺らし、二つの眼はまっすぐまんじを見据えていた。
『ゼッツ・パニッシュ』
ドライバーの音声が、静かに響く。
地下空間が、深紅の光に染まった。
「なんだ、それは…」
まんじの声が震えている。
「教祖様のパニッシュカプセムが、なんでそんな姿に…」
俺は自分の手を見下ろす。
握った拳からは、青白い衝撃波ではなく、深紅の龍の鱗が浮かんでいた。力が全身を駆け巡っている。
それは、誰かを罰するための力じゃない。
誰かを守るために、自分が罪を背負う覚悟。
敵の罪を打ち砕くのではなく、敵が背負ってきた苦しみごと抱きしめる力。
「まんじ」
俺は拳を握り直す。
背後の龍が、低く唸った。
「お前が背負ってきたもの、今度は俺が受け止める」
「…減らず口を」
まんじが武器を構え直す。けれど、さっきまでの圧倒的な威圧感はない。代わりに、彼女の装甲の表面で黒い波紋が不安定に揺れていた。
「てめぇなんかに、あたしの何が分かる!」
「分からなくても、受け止める」
俺は一歩、踏み出す。
龍が俺の動きに合わせ、長い身体をくねらせた。
「それが、この力の意味だからだ」
鉄格子の奥で、白い人影が静かに微笑んだように見えた。