ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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悪夢 Part5

黒い装甲の拳が、俺の胸元をかすめた。

 

空気を裂く音だけが遅れて耳へ届く。躱したはずの右肩から、壁まで衝撃が抜けていた。白い隔壁が大きくへこみ、赤い警告灯がチカチカと瞬く。

 

「どうした、ゼッツ」

 

まんじが踏み込む。

 

「避けてばかりじゃ、教祖様には届かねぇぞ」

 

ゼッツダークネスの腕が、鞭のようにしなる。右、左、そして下段から跳ね上げる三連撃。俺は後退しながら腕部装甲で受け流すが、一発ごとに青白い火花が散った。

 

フィジカム・インパクトの装甲が、蓄積した衝撃を警告する。

 

もう限界だ。

 

それでも足を止めるわけにはいかない。俺が下がれば、背後の三人へ彼女の拳が届く。

 

「万津君!」

 

ゴン太の声が、赤い照準の網をくぐって飛んでくる。

 

天海は監視装置の配線を追いながら、何かを掴みかけては首を振っている。真宮寺は拘束具の鎖を引きずったまま、壁面の蝶の紋章を指でなぞっていた。

 

三人とも変身していない。

 

それでも逃げずに、それぞれのやり方で突破口を探している。

 

「よそ見とはいい度胸だ」

 

まんじの膝が、俺の腹部へ突き刺さる。

 

息が詰まった。

 

青白い装甲の隙間から、黒い衝撃が内側へ染み込んでくる。肋骨の奥で、細かい亀裂が擦れ合う感触があった。

 

俺は二歩下がり、片膝をつく。

 

床へ手をつくと、冷たいタイルが掌の下で震えていた。施設全体が、まんじの呼吸に合わせて脈打っている。

 

赤い照準が、俺の背中へ集まった。

 

「終わりか」

 

まんじは巨大な武器を肩へ担ぎ、見下ろすように立っている。

 

その背後には、白い鉄格子があった。

 

格子の奥で、白い人影が両手を押し当てている。声は聞こえない。けれど、その掌だけは確かに、まんじの背中へ向けられていた。

 

俺は拳を握り直す。

 

まだ立てる。

 

膝へ力を込めて立ち上がると、胸部装甲から細かい破片がこぼれた。青白い光が弱々しく明滅し、内側の損傷を隠せずにいる。

 

まんじは俺の装甲を見て、小さく鼻を鳴らした。

 

「前よりは頑丈になったみてぇだな。だが、それだけだ」

 

「何が言いたい」

 

「お前の強さは、結局お前だけのものだってことだ」

 

ゼッツダークネスの赤い複眼が、細くなる。

 

「夢の中で見たんだろ。あたしの記憶を」

 

黒い粒子が、まんじの装甲から立ち昇る。

 

「だったら分かるはずだ。人間ってのは、どれだけ守ろうとしても、必ず奪っていく生き物だってな」

 

粒子が床へ落ちると、そこだけタイルの色が変わった。

 

まるで古い傷跡のように、黒く染まっていく。

 

「教祖様は、人間の夢を守ろうとした。なのに、人間は教祖様を利用した。自分達の欲望のために、夢を歪めて、汚して、最後には檻の中へ閉じ込めた」

 

まんじの声が、仮面の奥で低く響く。

 

「それが人間の罪だ。罪ってのは、犯したら終わりじゃねぇ。犯した側が忘れても、犯された側にはいつまでも残る。夢の中で繰り返され、少しずつ形を変え、やがて誰かを食い尽くす」

 

俺は黙って聞いていた。

 

フィジカムの装甲が、まんじの言葉を拒むように警告音を鳴らす。それでも、俺は構えを解かなかった。

 

「万津、お前も見たはずだ」

 

まんじが一歩、踏み出す。

 

「奪われる側の痛みを。守れなかった側の悔しさを。それでもなお、人間は奪うことを止められねぇ。なら、そんな人間の夢を守ることに、何の意味がある」

 

天井から、黒い粒子が雪のように降り始めた。

 

一粒ごとに、誰かの叫び声が混じっている。

 

裏切られた。

 

騙された。

 

奪われた。

 

もう二度と、信じない。

 

それらはすべて、この施設の中でまんじが浴び続けてきた声だった。教祖を守るために戦い、それでも押し寄せる悪意を止められなかった時間が、粒子の一つひとつに閉じ込められている。

 

「人間の罪は、終わらねぇ悪夢だ」

 

まんじが立ち止まる。

 

「目を覚ましても、別の誰かが同じ罪を犯す。なら、いっそ夢のまま眠らせてやるのが救いってもんだろ」

 

赤い複眼が、俺を射抜いた。

 

「教祖様は、それに気づいたんだ。だから、ご自分から檻の中へ入られた」

 

俺は、拳を握り直す。

 

青白い光が指の隙間から漏れ、床へ落ちる黒い粒子をかき消した。

 

「まんじ」

 

「何だ」

 

「お前は、それで救われたのか」

 

ゼッツダークネスの肩が、わずかに揺れた。

 

「教祖が檻に入ったから、人間の罪は止まったのか。奪われる痛みは消えたのか。お前の中で繰り返されてる悪夢は、終わったのか」

 

「黙れ」

 

「終わってないだろ」

 

俺は一歩、踏み出す。

 

膝が軋み、胸部装甲から警告音が響く。それでも、もう一歩。

 

「お前はまだ、鉄格子の前で武器を握ってる。誰かが近づくたびに、奪われる悪夢を思い出して、前より強くなってる」

 

「黙れと言ってる!」

 

まんじが武器を振り上げる。

 

黒い衝撃波が床を走り、俺の足元のタイルを粉々に砕いた。破片が頬をかすめ、仮面の端を削る。

 

それでも、俺は止まらない。

 

「人間の罪が悪夢だって言うなら、俺はその悪夢ごと抱えて進む」

 

「何だと」

 

「罪は消えない。奪ったことも、奪われたことも、犯した側も犯された側も、全部が夢の中に残り続ける。それは、お前の言う通りだ」

 

俺は胸の前で、拳を握る。

 

「でも、それだけじゃない」

 

フィジカム・インパクトの装甲が、青白い光を放つ。

 

「罪を覚えてるから、もう奪わないと誓える。奪われた痛みを知ってるから、誰かを守れる。悪夢を見たから、目を覚ました時に強くなれる」

 

懐の空白のカプセムが、熱を帯び始めた。

 

白い粒子と黒い光が、透明な器の中で激しく混ざり合う。

 

「俺は、人間の罪から目を背けない。犯してきた過ちも、奪ってきたものも、全部抱えたまま、それでも誰かの夢を守るために戦う」

 

俺はまんじをまっすぐ見据えた。

 

「それが、俺の強さだ」

 

カプセムが、俺の掌の上で光り始める。

 

白と黒が混ざり合った粒子は、やがて一つの形を結び始めていた。透明な器の中で、二つの光が螺旋を描きながら昇っていく。

 

まんじは、動かない。

 

鉄格子の奥で、白い人影が両手を胸の前で組んだ。

 

天海が、小さく息を呑む。

 

「万津君…それって…」

 

カプセムの光が、地下空間全体を白く染める。

 

『――――』

 

まだ名を持たない力が、沈黙の中で静かに脈打っていた。

 

俺の手の中で、カプセムが脈打っている。

 

白と黒の粒子が螺旋を描きながら、透明な器の中で一つの形を結んでいく。さっきまで空白だった表面には、今、深紅の刻印が浮かび上がっていた。

 

それは見覚えのある紋章だった。

 

まんじが、言葉を失っている。

 

「なんで、てめぇが…」

 

ゼッツダークネスの赤い複眼が、俺の掌へ釘付けになっている。彼女の声からは、さっきまでの余裕が消えていた。代わりに浮かんでいるのは、純粋な困惑だ。

 

俺はカプセムを持ち上げる。

 

光を受けて、深紅の刻印が脈打つ。それは罰を意味する紋章。本来なら、敵を断罪するための力。

 

けれど、今このカプセムから感じるのは、別のものだった。

 

「パニッシュカプセム…」

 

天海が息を呑む。

 

「教祖様が使ってたカプセムじゃないっすか! なんで万津君がそれを?」

 

真宮寺も目を細め、拘束具の鎖を静かに握り締めている。

 

「興味深いネ。本来なら仮面ライダードォーンの変身に使われるカプセムを、ゼッツドライバーが適合させたのか。いや、適合させたのではなく…」

 

「教祖様のカプセムだぞ!」

 

まんじが叫ぶ。

 

彼女の装甲から、黒い波紋が一気に広がった。施設全体が低く唸り、赤い照準が一斉に俺を狙う。

 

「どうしててめぇみたいな異教徒が、教祖様の力を…!」

 

「俺にも分からない」

 

正直な答えだった。

 

ただ、鉄格子の奥であの人が口を開いた瞬間、カプセムが呼ばれたように震え始めた。白い粒子と黒い光が混ざり合い、透明な器の中で一つの意志を持ったかのように動き始めた。

 

「でも、分かることが一つだけある」

 

俺はカプセムをゼッツドライバーへ翳す。

 

「この力は、誰かを罰するためのものじゃない。誰かを守るために、罪を背負うための力だ」

 

「ふざけるな!」

 

まんじが床を蹴る。

 

黒い装甲が一直線に迫り、巨大な武器が頭上から振り下ろされる。さっきまでなら、その一撃を受け止めるだけで精一杯だった。

 

けれど、今は違う。

 

俺はカプセムのボタンを押し込む。

 

深紅の光が、指の隙間から溢れ出した。

 

「変身!」

 

『アドバンス!』

 

ドライバーがカプセムを呑み込む。中央機構が回転し、さっきまで青白かった光が深紅へ染まっていく。

 

『メツァメロ! メツァメロ!』

 

まんじの刃が、俺の頭上まで迫っていた。

 

『グッドモーニング! ライダー!』

 

ドライバーの回転が最高速に達する。深紅の光が俺の全身を包み込み、フィジカム・インパクトの青白い装甲を内側から塗り替えていく。

 

『ゼ・ゼ・ゼッツ! パニッシュ!』

 

衝撃波が走った。

 

まんじの武器が、深紅の光に弾かれて跳ね返る。彼女は体勢を崩し、数歩後退した。

 

光が収まっていく。

 

俺の装甲は、さっきまでとは全く別の姿に変わっていた。

 

黒い強化被膜を基調に、銀色の装甲が全身を覆っている。複眼は鮮やかなマゼンタ色に輝き、鋭い龍の眼を思わせる形状へと変貌していた。額から頭頂部へ伸びる装甲は、龍の角や牙のように尖っている。

 

胸部のドライバーには、パニッシュカプセムが深紅の光を放ちながら収まっていた。全身を走るマゼンタ色のエネルギーラインが、龍の鱗を思わせる模様を描いている。

 

そして、俺の背後には――巨大な龍が、浮かんでいた。

 

マゼンタ色の半透明な身体。胴体は太く、鱗の一枚一枚が意志を持つかのように脈打っている。長い尾が空間を静かに揺らし、二つの眼はまっすぐまんじを見据えていた。

 

『ゼッツ・パニッシュ』

 

ドライバーの音声が、静かに響く。

 

地下空間が、深紅の光に染まった。

 

「なんだ、それは…」

 

まんじの声が震えている。

 

「教祖様のパニッシュカプセムが、なんでそんな姿に…」

 

俺は自分の手を見下ろす。

 

握った拳からは、青白い衝撃波ではなく、深紅の龍の鱗が浮かんでいた。力が全身を駆け巡っている。

 

それは、誰かを罰するための力じゃない。

 

誰かを守るために、自分が罪を背負う覚悟。

 

敵の罪を打ち砕くのではなく、敵が背負ってきた苦しみごと抱きしめる力。

 

「まんじ」

 

俺は拳を握り直す。

 

背後の龍が、低く唸った。

 

「お前が背負ってきたもの、今度は俺が受け止める」

 

「…減らず口を」

 

まんじが武器を構え直す。けれど、さっきまでの圧倒的な威圧感はない。代わりに、彼女の装甲の表面で黒い波紋が不安定に揺れていた。

 

「てめぇなんかに、あたしの何が分かる!」

 

「分からなくても、受け止める」

 

俺は一歩、踏み出す。

 

龍が俺の動きに合わせ、長い身体をくねらせた。

 

「それが、この力の意味だからだ」

 

鉄格子の奥で、白い人影が静かに微笑んだように見えた。

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