ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
「よう、万津。生きてたか」
基地の扉をくぐった途端、そんな声が飛んできた。俺は重たい足を引きずりながら、パソコンが並ぶ部屋の中央へ進む。壁際には見慣れた端末が並び、ケーブルが床を這っている。蛍光灯の白い光が、徹夜明けの目にやけに沁みた。
伊達鍵が、椅子の背にもたれかかって手をひらひら振っている。左眼のアイボゥが、赤い光をちらりと点滅させた。彼の隣では、最原終一が帽子のつばを気にしながら端末を覗き込んでいる。
「そりゃあ、まあ」
俺は空いている椅子に腰を下ろした。背もたれに体重を預けると、身体のあちこちから悲鳴が上がる。警備省の深層世界から戻って数日。まんじとの戦いで受けた傷は、まだ完全には癒えていなかった。
「何せ、教団の幹部連中と連戦だったからな。よくその歳で耐えたよ」
伊達がにやにや笑う。
「よくその歳でって、伊達さんと十も変わらないと思いますけど」
最原が顔を上げ、真面目な顔で訂正を入れる。彼の前の端末には、才囚学園の事件記録が表示されていた。休憩中も資料を読み込んでいるあたり、超高校級の探偵は伊達とは違って勤勉らしい。
「細かいことはいいんだよ。大事なのは、十代の若者と三十路のオッサンじゃ回復力が違うってことだ」
「伊達、自分でオッサンって言いましたね」
「言ったよ。否定しねぇ。その代わり、俺には人生経験ってやつがある」
伊達は椅子をくるりと回し、俺に向き直った。口元に、何か企んでいるとき特有の笑みが浮かんでいる。
「で、だ。人生経験豊富な先輩として、後輩の万津に聞いておきたいことがある」
俺は眉をひそめる。
「嫌な予感しかしないんですけど」
「そう言うなって」
伊達は机に肘をつき、身を乗り出した。左眼のアイボゥが、カメラの絞りを調整するように細くなる。
「万津、お前、どんな女がタイプだ?」
俺が口を開く前に、最原が咳き込んだ。
「伊達さん!」
「なんだよ最原、喉に何か詰まらせたか」
「違います! なんで突然そんな話を!」
最原の帽子が、勢いでずり上がる。彼は慌ててつばを掴み、深くかぶり直した。耳の先が、ほんのり赤くなっている。
「疲れてる後輩を労わるなら、もっと別の話題があるでしょう」
「これが男同士の最高の労わり方だよ。なあ、万津」
「俺に振らないでください」
伊達は机を叩いて笑った。
「真面目だなあ、お前らは。でもな、最原。お前がそうやって話を逸らすってことは、図星があるんじゃないか?」
「図星って、何の話ですか」
「お前のタイプの話だよ」
最原の指が、キーボードの上で止まる。
「お前のタイプは、おそらく赤松楓だ」
伊達が、したり顔で言い放った。まるで被疑者のアリバイを崩した刑事みたいな口調である。実際、彼は刑事なのだから、その言い方も当然なのかもしれない。
「なっ…!」
最原が椅子から立ち上がりかける。
「ほら、図星だ」
「違います! 赤松さんは、ただの友達で!」
「ただの友達に、そんなに慌てるかね」
「伊達さんが変なことを言うからです!」
最原の声が裏返っている。帽子の下から覗く頬は、もう完全に赤かった。彼は何か言おうとして口を開き、閉じ、結局うつむいて帽子を深くかぶり直した。
「それに、赤松さんは…その…」
「その?」
「…僕なんかよりも、もっとふさわしい人がいると思います」
蚊の鳴くような声で、最原が言う。
伊達はニヤリと笑ったが、それ以上追及はしなかった。彼はこういう加減を知っている男だ。からかいすぎると相手が本気で落ち込むラインを、ちゃんと見極めている。
「ま、そういうことにしといてやるよ」
伊達はくるりと椅子を回し、今度は俺に向き直る。
俺は内心で身構えた。最原の話で煙に巻かれている間に、この話題が自然消滅すればいいと思っていたのだが、どうやら伊達の標的は最初から俺で、最原は前座に過ぎなかったらしい。
「で、話を戻すぞ。万津、どんな女がタイプだ?」
「戻さなくていいです」
「遠慮するな。年長者への情報提供だと思え」
「どういう捜査なんですか、それ」
俺がげんなりしていると、それまで黙っていたアイボゥが口を開いた。
「伊達、万津の返答を待つまでもなく、分析は完了しているわ」
「お、さすが俺の相棒。で、誰だ?」
伊達が身を乗り出す。最原も、好奇心を抑えきれない様子でちらりと視線を上げた。
「待ってください、アイボゥさん」
俺が制止しようとするが、彼女は構わず続ける。
「過去の深層世界における言動、視線の動き、声の調子、会話時の心拍数、瞳孔径の変化。それらを総合的に分析した結果――」
赤いレンズが、俺をまっすぐ見据える。
「万津が最も強い好感を示している相手は、月夜野日菜よ」
部屋が、一瞬静まり返った。
伊達が、口笛を吹く。
「へえ。あの謎解きマニアのオペレーターちゃんか。意外だな、万津。お前、もっとこう、クールな大人の女性が好みかと思ってた」
「分析結果に間違いはないわ。伊達、あなたと違って私の仕事は正確なの」
「うるせえな、俺だって仕事は正確だ」
「冗談の精度が、とは言ってないわ」
「言ってるようなもんだろ、それ」
伊達とアイボゥの掛け合いが始まるが、俺の耳には半分も入ってこなかった。アイボゥの言葉が、頭の中で反響している。
日菜。
確かに、彼女がPsync装置を操作するときの真剣な横顔や、謎解きの話になると目を輝かせる様子は、印象に残っている。脱出ゲームの定石を早口で説明し始める癖や、失敗したときに「ヤバいッス」と素直に認める素直さも。
「…まあ、否定はしませんけど」
俺がぼそりと呟くと、伊達が大げさに拍手をした。
「お、ようやく認めたな!」
「でも、そういう伊達さんはどうなんですか」
俺が反撃に出ると、伊達は肩をすくめた。
「俺はいいんだよ。俺の恋愛話は、国家機密だからな」
「単に言いたくないだけでしょう」
最原が冷静にツッコミを入れる。いつの間にか、彼の顔色も元に戻っていた。
「そういう最原こそ、さっきの赤松さんの話…」
「それはもう終わった話です!」
「終わってないだろ、全然」
俺は椅子にもたれかかり、天井を見上げる。疲れはまだ取れていない。身体の節々が痛む。けれど、こんなふうに他愛ない話をしていると、少しだけ気が楽になる。
教団の幹部たちとの戦いで、俺は多くのものを見た。奪われる痛みも、守れなかった悔しさも、罪を背負って生きる覚悟も。それらは確かに、俺の肩に重くのしかかっている。
でも、それだけじゃない。
ここに戻ってくれば、いつもの連中がいる。下らない話で笑い合い、からかい合い、それでも困ったときは手を貸してくれる。
それが、俺が守ろうとしている日常なのだと、改めて思う。
「で、万津」
伊達が再び口を開く。
「今度、日菜ちゃんと脱出ゲームでも行ってきたらどうだ。謎解きついでに、二人っきりで――」
「伊達さん」
「冗談だよ、冗談」
彼は立ち上がり、俺の肩を軽く叩いた。
「でも、休むことも仕事のうちだ。しばらくはゆっくりしてろ。次の案件が来る前に、体力戻しとけよ」
「…そうします」