ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
「休憩をする前に少し良いか」
テコの声は、パソコンのスピーカー越しでも冷たく響いた。
「テコ、何時の間にか」
「お前のおかげで協力関係になった後に、何時の間にかな」
「えぇ」
それを聞いて、俺はどう判断したら良いのか考えていると、テコはそのまま話を続ける。
「とりあえず、今は僕達が戦うべき敵に関してだよ」
「敵って、天使の奴らの所か?」
「そうだね、正確にはNAIXだね」
「NAIX?」
「そう、あいつらは今の世界を偽物のシミュレーションだと考えてるんだ」
モニターの向こうで、出たのは解説の為の図解図だろう。
「世界に異常や混乱を発生させれば、現実の外側へ脱出できる。そんな馬鹿げた主張を本気で信じてる連中さ」
「宗教じみてますね」
俺は基地の椅子に腰掛けたまま、腕を組む。まだ身体の節々に疲労が残っているが、テコの説明を聞き流すわけにはいかなかった。
「宗教というより、絶望の副産物だね」
別のウィンドウから、犬神の声が割って入る。白亜の調停者は、法務省の執務室らしき場所でステッキを弄びながら、薄い笑みを浮かべていた。
「今の世界が超高校級の絶望によって危機的状況にある。その事実が、NAIXみたいな極端な思想を生み出す土壌になってるんだよ」
テコが鼻を鳴らす。
「非合理的な発想だ。シミュレーションから脱出したいなら、システムを解析して脆弱性を突くべきだ。無差別に混乱を起こすなんて、素人の発想だよ」
「素人だからこそ、危険なんだ」
犬神がステッキをくるりと回す。
「で、本題はそこじゃないんだろう? テコくん」
「ああ」
テコの細い指が、キーボードを叩く。俺の前のモニターに、新しいウィンドウが開いた。そこには、不気味な紋章と共に「TC-PERGE」という文字が表示されている。
「TC-PERGE。有機ナノマシン型の感染物質だ」
テコの声が、ほんの少しだけ熱を帯びる。自分の専門分野の話になると、この天才児は無意識に饒舌になる癖があった。
「感染者に幻覚、認識障害、異常行動、神経損傷を引き起こす。感染力は極めて高く、空気感染も接触感染も可能。潛伏期間は個人差があるが、発症すればまず助からない」
「バイオテロ用の兵器か」
「それだけじゃない」
テコが首を振る。
「NAIXはこれを『解放の鍵』と呼んでる。TC-PERGEに感染して発症すれば、シミュレーションの外側が見えるんだそうだ。つまり、幻覚症状を現実の知覚だと思い込んでる」
「狂ってるな」
「狂ってるよ。でも、狂ってるからこそ厄介なんだ」
犬神がステッキを机に置き、身を乗り出す。普段の気怠げな雰囲気が消え、その瞳には犯罪者を追う調停者の鋭さが宿っていた。
「TC-PERGEは既に、いくつかの区画で散布が確認されている。感染者の数は、今のところ数十人。だが、拡散速度を考えると、数日中に数百人規模になる可能性が高い」
「教団の警備省は何をしてるんです」
「してるさ」
犬神は肩をすくめた。
「ただ、NAIXの連中は巧妙でね。教団の監視網をかいくぐって、地下施設や廃棄区画に潛伏している。しかも、彼ら自身がTC-PERGEを体内に埋め込んでるらしい」
「自爆テロと同じ発想か」
「そういうことだね。捕まえようとすると、体内のナノマシンを散布して自滅する。死体からも感染が広がるから、始末に困る」
俺はモニターを見つめながら、拳を握る。
まんじとの戦いで、罪を背負って生きる覚悟は決めた。けれど、今度の敵は罪も罰も関係ない。ただ、世界を偽物だと決めつけ、破壊することが解放だと信じている。
「万津くん」
犬神が、俺の名前を呼ぶ。
「君には、NAIXの調査に協力してもらいたい。もちろん、危険は承知の上でね」
「断ると思ってますか」
「思ってないよ。だから、最初から本題だけを伝えた」
犬神の口元が、わずかに緩む。
テコは興味なさそうに眼鏡を外し、レンズを拭き始めた。
「僕は技術面でのサポートをする。TC-PERGEの解析と、対抗手段の開発。君は現場で、感染者の対応とNAIXの追跡を頼む」
「分かりました」
俺は立ち上がる。
身体の疲れはまだ残っている。けれど、座っている場合じゃない。偽物の現実から逃げ出したい連中のせいで、本物の日常が壊されていくのを、黙って見ているわけにはいかなかった。
「万津くん」
犬神が、最後に言う。
「NAIXの連中は、自分たちの行為を『目覚め』だと思ってる。だから、罪の意識なんて欠片もない。君のやり方が通じる相手じゃないかもしれないよ」
「それでも」
俺はモニターを見据える。
「誰かが止めなきゃいけないなら、俺がやります」