ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
真宮寺是清の声は、刑務所の面会室からでも相変わらず穏やかだった。
「僕の姉は、それはもう素晴らしい女性だったんだヨ」
モニターの向こうで、彼は拘束具の鎖を静かに弄んでいる。服役中の身でありながら、その立ち居振る舞いには以前と変わらぬ品があった。黄色がかった瞳が、遠い記憶をなぞるように細められる。
「彼女はね、どんな人間の中にも美しさを見つけることができた。僕が民俗学に興味を持ったのも、姉の影響なんだヨ。人間の営みの裏側に隠れた、言葉にならない美しさを教えてくれたのは彼女だった」
「ほう、それは素晴らしい姉御だな!」
丑寅幽玄が、パソコンのスピーカー越しに豪快な声を響かせる。保健省最高幹部は今日も胸元を大きく開けた和服姿で、画面いっぱいにその巨体を映していた。
「だが、妹の可愛さってのは別格だぞ! うちの妹はな、小さい頃から体が弱くてよ、いつも病院のベッドの上で窓の外を見てたんだ。それでな、ある日『お兄ちゃん、外の空気ってどんな匂いがするの?』って聞かれてな…」
「おや、それは興味深いエピソードだネ。病室という閉じられた空間から外の世界を想像する。人間の想像力が最も純粋に発揮される瞬間の一つだヨ」
「そうだろそうだろ! それでな、俺が外の空気の匂いを教えてやったら、妹は『お兄ちゃんの説明はいつも大げさだね』って笑いやがってなあ!」
「ふむ、しかしその『大げさ』という評価こそが、かえって彼女のあなたへの信頼を示しているネ。正確な情報よりも、兄の言葉を楽しむことを選んだ。なんと美しい姉弟愛だろう」
「分かってるじゃねえか真宮寺! お前、見かけによらず話が分かるな!」
「僕は見かけ通りだヨ。常にね」
俺は天海蘭太郎と顔を見合わせた。
天海はいつもの軽い笑みを浮かべているが、その目は明らかに「どう収拾つけるんすかこれ」と訴えている。俺も同じ気持ちだった。
「真宮寺くんのお姉さんと、丑寅さんの妹さん、方向性は違うけどどっちもすごいっすね…」
天海がなんとか相槌を打つ。その声には、無理やり会話をまとめようとする苦労が滲んでいた。
「ところで天海くん」
真宮寺が、静かに矛先を変える。
「君には兄弟がいるのかい? 君の人間性には、長男でも末っ子でもない、独特の距離感があるネ」
「え、俺っすか? いやあ、兄弟はいないっすよ。いたら面白かったかもしれないっすけど」
「そうか。それは残念だネ。兄弟という関係性は、人間の成長において非常に重要な観察対象なんだが」
「真宮寺、お前は妹の話を聞きたいか?」
丑寅が身を乗り出す。
「妹が初めて自分で歩けるようになった日のことを話すと、多分三時間はかかるぞ」
「それは素晴らしいネ。ぜひ聞かせてほしい」
「よしきた!」
俺は、そっとマイクをミュートにした。
「万津くん」
天海が、同じくミュートボタンを押しながら小声で言う。
「これ、何時間続くと思うっすか」
「考えたくない」
「ですよね」
二人で同時にため息をついた。
モニターの中では、丑寅が身振り手振りを交えて妹の初歩行を語り、真宮寺がそれを「実に興味深いネ」「人間の発達段階における重要な転換点だヨ」と真剣に聞いている。刑務所の看守らしき人影が、背景で困惑したように立ち尽くしていた。
天海が、微かに笑みを浮かべる。
「でもまあ、悪くないっすよね。こういう時間も」
「そうだな」
俺はミュートを解除した。
「――それでな、妹が転んだ時に最初に呼んだのが『お兄ちゃん』じゃなくて『痛い』だったんだよ! 兄より痛みを先に認識したってことだ! これがどれだけ感動的か分かるか!」
「分かるヨ。痛みの自己認識は、自我の確立における最初の一歩だ。君の妹はその瞬間、世界に対して自分という存在を宣言したんだネ」
「そう! そういうことだ真宮寺!」
天海が、こっそり俺に親指を立てた。どうやらこの自慢合戦は、まだしばらく続くらしい。
モニターの向こうで、丑寅が豪快に笑いながら新しい缶ビールを開けた。
「家族ってのはよ、一緒にいる時間の長さじゃねえんだ。どれだけ相手のことを考えてるか、それだけだ」
その言葉に、真宮寺が静かにうなずく。
「同感だネ。僕と姉は、長く離れ離れだった。でも、彼女が僕の心の中にいた時間は、物理的な距離とは無関係だったヨ」
「そうだそうだ! うちの妹もな、病室から出られねえ時期が長かったが、俺が仕事してる間もずっと妹のことを考えてた。それが伝わってたから、あいつも頑張れたんだ」
丑寅が、缶を掲げる。
「だから万津、お前もだ。お前が誰かを想う気持ちは、必ず届く。届けることを諦めんな」
真宮寺が、鎖を鳴らしながら微笑んだ。
「君は、僕達の絆を確かめるためにここへ来たわけではないのだろう? でも、結果的にそうなっているネ。不思議なものだヨ」
天海が、軽い調子で口を挟む。
「家族の話って、なんでこんなに盛り上がるんすかね。俺、兄弟いないのに、なんかちょっと羨ましくなってきたっす」
「天海くん、君は今この場にいる全員と、もう家族のようなものだヨ」
「そうか? 真宮寺、お前も大概甘いな」
丑寅が笑う。
「だが、悪くねえ。刑務所の中と外で、こんな風に話ができるんだ。俺達は確かに、繋がってる」
俺は、その言葉にうなずきかけて、ふと気づいた。
そうだ。
真宮寺は、刑務所にいる。
それは当然のことのはずなのに、あまりにも自然に会話が弾んでいたせいで、その事実が一瞬、頭から抜け落ちていた。
彼は服役中だ。
才囚学園で起こった事件の責任を取って、今も拘束具をつけて、鉄格子の向こうで生きている。外の世界には出られない。この会話が終われば、彼はまた独房へ戻る。
なのに、彼の声はいつもと変わらない。
むしろ、外にいる俺達を気遣うような余裕さえあった。
「真宮寺」
俺は、思わず呼びかけていた。
「なんだい、万津くん」
「お前は、それでいいのか」
彼の黄色がかった瞳が、モニター越しに俺を見つめる。
「『それ』とは、具体的に何を指しているのかな?」
「刑務所にいることだ。外に出られないことだ。俺達が好き勝手に動いてるのを、画面越しに見てるだけで――」
「万津くん」
真宮寺が、静かに遮った。
「僕はね、自分の選択に後悔はないんだヨ。罪を犯した。その報いを受けている。それはとても単純なことだ」
「でも」
「それにね」
彼の声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「こうして君達が、画面越しでも会いに来てくれる。それは、僕にとっては贖罪の一部なんだヨ」
丑寅が、缶を机に置いた。
「真宮寺…」
「君達が外で戦っている。その姿を見せてもらえるだけで、僕は自分の罪と向き合い続けられる。人間の美しさを、観察し続けられる」
彼は、鎖を持ち上げて見せる。
「だから、心配はいらないヨ。僕はここで、僕のやるべきことをやっている」
俺は、拳を握った。
真宮寺の言葉は、嘘ではない。彼は本気で、自分の罪を受け入れている。それでも、俺は――俺達は、彼が外にいないことを、心のどこかで寂しく思っている。
「真宮寺」
俺は、彼の目をまっすぐ見つめた。
「お前が出所したら、また一緒に戦おう」
彼は少しだけ驚いたように目を見開き、それから、仮面の下で微笑んだ気がした。
「それは、楽しみだネ」