ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
目を開けると、そこは白かった。
いや、正確には白とグレーしかない世界だった。
足元には無機質なタイルが無限に続いている。壁も天井も、どこかのオフィスビルや病院の廊下のような作りだが、ドアも窓もない。ただひたすらに平行線が交差しているだけだ。
「……ここが、ソムニウムか」
俺は自分の掌を見下ろした。
現実世界で感じていた身体の重みはない。ゼッツドライバーは腰にあり、装甲こそ展開していないが、変身に必要な準備は整っている。隣には最原が立っていた。彼もまた、ノクスドライバーを腰に巻いたまま、鋭い目つきで周囲を警戒していた。
「変ですね」
最原が呟く。帽子のつばを指で押し上げながら、彼は足元のタイルを踵でコツコツと叩いた。
「今までのソムニウムとは、雰囲気が違います」
同感だった。
俺がこれまで潜ってきた深層世界は、もっとカオスで、もっと個人的な場所だった。対象者の記憶やトラウマが反映された歪な遊園地だったり、血塗れの教室だったり。それが「夢」だ。無意識の海から拾い上げられた、その人だけのゴミ溜めだ。
だが、ここは違う。
個性がない。
何もない廊下。何もない壁。色彩は限りなく乏しく、空気は死んでいるようでいて、微かに電子的なノイズが混じっている。
「これっていうのは……」
俺は視線を巡らせた。
「個人の夢じゃないってことか」
「ええ。NAIXが散布したTC-PERGEによって、感染者たちの脳波が強制的にリンクされている。ここは誰か一人の深層心理じゃない。全員の無意識がごちゃ混ぜになって、均質化された場所……そう考えるのが自然です」
最原が冷静に分析する。探偵らしい論理立てだ。
俺は無意識に拳を握りしめた。
均質化された夢。それが意味するのは、「迷子になりやすい」ということだ。道標となるトラウマも欲望もない。ただただ白い霧の中を彷徨うようなものだ。
「静かすぎるのも気になります」
最原が声を潜める。
「普通のソムニウムなら、もっと無秩序な音や幻影が見えるはずなのに、ここには……」
その時だ。
遠くの方から、カツン、と足音が響いた。
俺と最原は同時に身を固くした。
俺たちの足音じゃない。もっと乾いた、硬質な音だ。
「誰かいるのか?」
俺が声を張り上げる。だが、返事はない。
ただ、白い霧の向こう側で、何かが蠢いたような気がした。
「……万津くん」
最原がノクスドライバーに手をかけたまま、俺の背中に張り付くようにして囁く。
「気をつけてください。ここは敵地です。それも、物理的な敵じゃない。もっと質の悪い……『認識』そのものが敵になる場所かもしれません」
「分かってる」
俺はゼッツドライバーに手を添えつつ、ゆっくりと歩き出した。
不気味だ。
これまでの敵は、欲望や絶望という分かりやすい感情で動いていた。だがこいつらは違う。「現実なんてない」と断定し、全てを虚構で塗り替えようとする盲信者たちの夢。
「行こうぜ、最原。迷宮の入り口だ」
「ええ。真実は必ず見つけ出します」
白い廊下の奥へ、俺たちは足を踏み入れた。