ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
「解脱、ですか」
時雨の言葉が、白い霧の中に溶けていく。
彼女の紫色の瞳は、揺るぎない確信に満ちていた。それは信仰ではなく、もっと冷徹な事実としての確信だ。
「ええ。この世界は偽り。人々はデータに縛られ、意味のない苦しみを背負わされている。それらを解放するには、世界の外側へ脱するしかないのです」
彼女は手を差し伸べた。その指先は白く、冷たい。
「あなたたちも感じているはず。この世界の綻びを。矛盾を。理不尽を。それは全て、偽りの世界が生んだバグに過ぎない。……さあ、共に外側へ行きましょう」
ヒメルがフワフワと浮きながら、時雨の肩に乗る。
「そうそう! あたしたちが導いてあげるから、安心して初期化されなさいよ! 痛いのも苦しいのも、全部チャラなんだから!」
ミコトルが眼鏡の位置を直すように、顎の髭を撫でる。
「強制的な解脱は、一時的な苦痛を伴うかもしれません。しかし、それは偽りの痛み。真の平穏への通過点に過ぎません」
俺は、胸元のゼッツドライバーを強く握りしめた。
こいつらの言うことは、ある意味で正しいのかもしれない。
現実は理不尽だ。罪は消えない。奪われた者は報われない。俺達は泥まみれになりながら、それでも足掻き続けるしかない。
でも。
「断る」
俺の声が、白い廊下に響いた。
「俺達の痛みも、罪も、絆も、全部偽物だって言うのか? お前らには、そう見えるかもしれない。だが、俺には本物だ。俺が感じたことも、俺が守ろうとしたことも、全部本物なんだよ!」
最原が、俺の隣で帽子のつばを強く握りしめた。
「僕も同意見だ! 君たちは世界を偽物だと言う。でも、僕はこの世界で真実を探してきた。君たちの言う解脱は、ただの逃避だ! 現実から目を逸らして、全部初期化することが救いだなんて、認めない!」
俺と最原の声が、白い霧を切り裂く。
時雨は、困ったように微笑んだ。その表情は、理解できない子供を見る母親のようで、余計に苛立たせる。
「残念ですね。あなた方はまだ、シミュレーションの呪縛から逃れられていない」
彼女が小さく頷く。
その合図だった。
「ちっ、話通じないなんてつまんないの!」
ヒメルが、甲高い声で叫ぶ。
彼女の頭上の輪が激しく明滅し、背中の羽根が展開する。その身体が、光に包まれた。
「ヒメル、準備を」
ミコトルが静かに告げる。
彼の背中のリュックから、灰色の装飾が伸びる。その手には、赤いカプセムが握られていた。
光が弾ける。
ヒメルの姿が変貌する。
フワフワした少女の姿が消え、その腰には無骨なバックルが現れた。ノクスドライバーに似た、だがどこか歪なデザインの変身ベルト。胸元には不気味な紋章が浮かび上がる。
ミコトルの姿も変わる。
スーツの生地が剥がれ落ち、灰色の装甲が身体を覆う。手にした赤いカプセムが、心臓のように激しく脈打っていた。
「時間切れだよ、あんたたち!」
ヒメルが、バックルに手をかける。
「あたしたちが初期化してあげる! 文句言わずに、スクラップされな!」
ミコトルが赤いカプセムを掲げる。
「これは慈悲です。偽りの痛みから、あなた方を解放する」