ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
ソムニウムの中で夢現と対峙しながらも、俺の意識の半分は現実世界へと引き裂かれていた。
まんじたち終天教団の五人は奮戦している。だが、NAIXの軍勢は蟻のように湧き出し、物理的な限界が見え始めている。いくら個の戦闘力が上でも、弾薬もエネルギーも無限じゃない。このまま押し切られる。テコの冷徹な計算が頭の中でリフレインする。
『2時間32分』
くそっ、そんな時間はない! 俺たちがここで夢現を倒す前に、現実側が崩壊する!
その時だ。
視界のノイズ――ソムニウムと現実が混濁して生じた空白の裂け目から、一人の男が走っていくのが見えた。
希望ヶ峰学園長、苗木誠。
「苗木学園長!? どこへ行くんですか!」
俺は思わず叫んでいた。
彼は屋上へ続く階段を駆け上がっていた。だが、その足取りはおかしい。ふらつき、壁に手をつき、時折苦しげに頭を抱える。TC-PERGEだ。あれだけのウイルスを吸い込んでいるのだ。幻覚が彼を襲い、認識障害が彼の視界を歪めているはずだ。
それなのに、彼は止まらない。
「うぐっ…ぁあ…!」
呻き声が聞こえる。いや、聞こえるはずがないのに、ソムニウムを通じて彼の苦痛がダイレクトに伝わってくる。
彼は屋上の扉を蹴破った。強風が吹き荒れる屋上。そこから見下ろせるのは、NAIXによって蹂躙される学園と街。絶望的な光景だ。
だが、苗木学園長は腰元にあるものへ手を伸ばした。
カプセムだ。
いや、正確にはカプセムを装填したドライバー。
「まさか…変身する気ですか!? その身体で!」
俺の問いかけに答えるように、彼はドライバーを掲げた。顔面は蒼白で、脂汗が滲み、目は虚ろだ。ウイルスに侵食されながらも、その瞳の奥だけがギラギラと燃えている。
カチリ。
彼の手が、カプセムを回す。
『エンフォース…』
微かな起動音。だが、それだけじゃない。彼の手の中でカプセムが発したのは、灰色の光ではなく、歪んだ虹色のノイズだった。
『テコ! あれはなんだ!?』
俺は通信回線へ怒鳴る。
『…馬鹿な』
テコの声が震えていた。冷静な彼にしては珍しい動揺。
『苗木学園長は…白昼夢の力を利用するつもりです』
「利用するって、どういうことだよ!」
『TC-PERGEによる認識障害。「これは夢だ」「これは偽物だ」という強制的な暗示です。彼はそれを逆手にとっている。「既然這是夢,那就能改變(これが夢なら、変えられる)」…極限状態での自己暗示により、ウイルスの侵食をバグとして認識し、自身の幸運と願望を増幅させようとしている!』
狂ってる。
いや、それこそが希望なのか。
苗木学園長の手の中で、カプセムが激しく回転する。
ウイルスによる侵食と、自らの希望による書き換え。二つの相反する力が彼の中で衝突し、火花を散らしている。
「やめろ、苗木学園長! 身体が持たない!」
俺はソムニウムの壁を叩く。届かない。届いてほしい。
だが彼は聞こえないふりをして――いや、聞こえていても止まるわけがないと教え込んだのは俺たちだ――ニヤリと笑ったように見えた。
「希望は…未来から来るんじゃない…!」
彼の声が風に乗って届く。
「今ここから…作るものだぁぁぁッ!!」
ブォンッ!!
歪んだ虹色の光が屋上から奔流となって噴き上がり、NAIXの軍勢を飲み込んでいく。
見ていられなかった。
ソムニウムの狹間から見下ろす現実世界。希望ヶ峰学園の屋上で、苗木学園長が苦痛に身体を折り曲げている。TC-PERGEが彼の神経を焼き、認識を歪め、現実を悪夢に塗り替えようとしている。
それでも、彼は立ち上がった。
「苗木学園長…やめろ…お願いだ、死んじまう!」
俺の声は届かない。そもそもここは夢の世界で、現実の人間に語りかけることなどできないのだ。分かっている。分かっているのに、叫ばずにはいられなかった。
歪んだ虹色の光が、屋上を包み込む。ウイルスの幻覚と、彼の希望の衝突。二つの矛盾が火花を散らし、時空そのものを歪ませていく。
「うあああああああっ!!」
彼の絶叫と共に、世界が弾けた。
空気が震える。空間が割れる。
歪みの裂け目から、最初に飛び出してきたのは、銀色に輝く拳だった。
「うおおおおおっ!」
筋骨隆々の大男が、NAIXの兵士を一撃で粉砕する。見覚えのある顔だ。
かつてのコロシアイで死んだ女性――大神さくら。いや、彼女はすでにこの世にはいないはずだ。
次々と、裂け目から現れる。
超高校級のプログラマー、不二咲千尋。
超高校級の格闘家、大神さくら。
超高校級の暴走族、大和田紋土。
かつてのコロシアイで命を落とし、あるいは生き延びてなお戦い続けた、希望ヶ峰学園七十八期生たち。彼らが「今」、この戦場に立っている。
「これは…」
俺は戦慄く声で呟いた。
「白昼夢、だ。苗木学園長の…」
『ええ。白昼夢でしかありえません』
通信越しに、テコの声が震えている。
『TC-PERGEは「これが夢だ」と暗示をかけるウイルス。今の彼はそれによって「死んだはずの仲間たちが生きている」という方向に認識を歪められています。しかし、それだけじゃない。彼自身の強烈な願望が、その認識を固定化している。彼は、過去の光景を「現実」だと錯覚し、そのパワーを現実に引っ張り出しているんです』
「馬鹿な…ウイルスを利用して…認識を逆手にとったっていうのか…」
ソムニウムの狹間から見下ろす戦場で、死者たちが戦っている。
彼らは単なる幻じゃない。苗木誠という「希望」そのものが生み出した、過去と現在を繋ぐ奇跡の架け橋だ。
「先輩…先輩がた…ッ!」
最原の声が、嗚咽に震える。
「先輩」達。
彼らが、今この場に蘇っている。幻だとしても、その姿はあまりにもリアルで、あまりにも頼もしかった。
「生きてる…のか?」
俺の問いに、教祖は静かに首を振った。
「いいえ。これは彼の白昼夢、TC-PERGEの感染者だからこそ為せる奇跡です。苗木学園長の認識にしか、彼らは存在していない。時間稼ぎに過ぎません」
でも、それでいい。時間さえ稼げれば、俺たちが現夢を倒せれば、この奇跡は無駄じゃない。
屋上の上で、学園長は血を吐きながら、それでも笑っていた。
「みんな…待たせたね。力を貸してほしい。今この時だけ…過去の希望を、今の希望を守るために!」
彼の言葉に応えるように、死者たちが咆哮を上げる。
希望ヶ峰学園の校章が、彼らの胸で光っていた。