ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
「認めない…認めませんッ!」
夢現が叫んだ。その声は時雨のものだったが、同時に違った。まるで何人もの人間が一つの喉を通して叫んでいるかのように、声が重なり合い、不協和音を奏でて空気を震わせる。
彼女の身体から、どす黒い赤い光が噴き出した。白昼夢の力が暴走を始めている。左右非対称だった装甲の継ぎ目から火花ではなく、粘ついた黒い霧のような粒子が漏れ出していた。粒子は床に触れた瞬間、シュウウと音を立てて空間を溶かし始めている。
「私の理屈が…私の現実が…こんなものに…!」
「時雨! 落ち着け!」
俺は叫ぶが、彼女の瞳はもう俺を見ていなかった。虚ろな視線が空間を彷徨い、見ているのは自分の内側に広がる恐怖だけだ。
「ヒメル! ミコトル!」
時雨が両腕を広げ叫ぶ。その声は懇願ではなく、絶対的な命令だった。いや、命令を超えた強制的な接続命令だ。
「私に力を! 今すぐ! 拒否は許さない!」
「なっ…!」
スピーカー越しにヒメルが甲高い悲鳴を上げるのが聞こえた。
「やめろ時雨! あたしたちを取り込んだら制御できなくなる…!」
「うるさい! 私はあなたたちを創ったのです! 私の一部に過ぎないあなたたちが、私に逆らう権利など…!」
時雨の左手が、ヒメルの歪なドライバーを掴む。右手がミコトルの赤いカプセムを握り潰す。
バキッ、パリーン。
ドライバーが砕ける音。カプセムが割れる音。二つの「天使」が断末魔のような悲鳴を上げながら光の粒子となり、時雨の身体へと無理やりねじ込まれていく。
「ぐっ…ああッ!!」
時雨の絶叫が世界を震わせた。空間そのものが悲鳴を上げ、足元のタイルが放射状にひび割れる。
(まずい…!)
俺は本能的に後退った。背筋に冷たいものが走る。あれはただの吸収じゃない。自分の構成要素である「天使」を燃料として使い、白昼夢の力を限界まで引き上げようとしている。制御なんてできるわけがない。制御不能の自爆行為だ。
夢現の装甲が、内側から弾け飛んだ。
紫と黒の破片が宙を舞う。その下から現れたのは、もはや仮面ライダーと呼べる代物じゃなかった。
左半身が異様に膨張している。覚醒の側。ヒメルの力を取り込み、暴走した「起きている」部分だ。赤い筋肉のような有機組織が装甲の表面を覆い、ボクボクと醜い脈動を繰り返している。肩からは触手のような突起が何本も伸び、鞭のように蠢きながら獲物を探している。
右半身は逆に萎縮していた。ミコトルの力を無理やりねじ込まれた「眠っている」部分。灰色の結晶が皮膚のように張り付き、所々が砕けて中から毒々しい紫色の光が漏れ出している。
頭部の左右非対称はさらに極限に達していた。左目は大きく見開かれ、虹彩がギアのように回転しながら狂気的な光を放っている。右目は完全に潰れ、黒い液体が涙のように流れ落ちていた。
「あ…ああ…あははッ!!」
笑い声が響く。だがそれは時雨の声じゃない。ヒメルの高い声とミコトルの低い声と時雨の冷たい声が、同時に鳴り響く地獄の合唱だ。
「これが…これが究極の白昼夢…! 現実も夢も何もかも私の中に溶けていく…!」
異形化した時雨の周囲で、世界が歪み始めた。
白い壁がドロリと溶けた。床が波打ち、天井に浮かんだ巨大な赤い月がさらに膨張し、今にも頭上に落ちてきそうだ。空間そのものが彼女の白昼夢という名の胃袋に飲み込まれていく。
「万津くん! 来るよ!」
最原が叫ぶのと同時に、触手が襲ってきた。
ドガッ!
俺はブレイカムゼッツァーで横薙ぎに払う。触手は斬れた。だが、断面からすぐに新しい肉芽が芽吹き、再生していく。切り口から飛び散った紫色の液体が床に触れると、シュウウと音を立てて空間を腐食させ始めた。
「再生するのかよ…!」
「止まらない! 止まらない止まらない止まらないッ!!」
時雨の声が反響する。いや、三つの声が同時に叫んでいる。精神が統合されていない。時雨もヒメルもミコトルも、それぞれの意志で一つの身体の中で暴れまわっているのだ。
触手が四方から襲い来る。俺は剣を旋回させて防御するが、数が多すぎる。一本を弾けば三本が迫り、三本を斬れば五本が背後から絡みついてくる。
「ぐっ…!」
左腕に触手が巻きつき、締め上げられる。骨が軋む音が装甲の内側から聞こえる。エージェンドリームの防御力をもってしても、この出力には耐えきれない。手首が痺れ、剣を支える力が削がれていく。
「万津!」
教祖がブレイカムドォーンを大剣モードで振り下ろし、触手を断ち切る。解放された左腕に感覚が戻る前に、俺は剣を握り直し反撃に転じようとした。
だが、その隙を突いて時雨本体が突っ込んできた。
左半身の筋肉組織が脈動し、右拳が赤い光を纏って俺の胸元へ突き出される。避ける間もない。ゼッツドライバーに直撃した。
「がはッ…!」
衝撃が内臓を揺さぶる。肋骨がきしむ音と共に肺の空気が喉から押し出された。俺は後方へ弾き飛ばされ、白い壁を突き破って転がった。壁の向こうもまた歪んだ空間が広がっている。逃げ場がない。
「万津くん!」
最原がミッドナイトシャドウの影で触手を拘束しながら、俺の元へ駆け寄る。だが影はすぐに侵食され、黒い霧となって消え去った。
「能力も通じない…!」
「彼女の中のヒメルとミコトルが、私たちの能力を解析しているのです」
教祖が二人の間に立ちはだかり、ブレイカムドォーンで迫る触手を一本また一本と払い続ける。その足取りは微塵も乱れていないが、状況は悪化の一途を辿っていた。
「元々あの二人は万津君のエクスドリームカプセムを奪った存在です。夢への干渉能力に長けている。それを時雨が取り込んだことで、白昼夢の無効化能力がさらに強化されています」
「じゃあどうすんだよ! 何も通じないんじゃ倒せない…!」
俺は壁から身体を引き剥がし、立ち上がる。胸部装甲に亀裂が走り、七色の光が傷口を塞ごうと明滅していた。息を吸うたびに、肺に針のような痛みが走る。
「いや、一つだけある」
教祖が静かに言った。彼は剣を構え直し、異形と化した時雨を睨み据える。
「彼女は暴走している。三つの意志が一つの身体で共存しようとしている。ならばその綻びを突くのです」
「綻び…?」
「三つの意志がぶつかり合う瞬間。その一瞬だけ、世界は『現実』に戻る」
教祖はブレイカムドォーンを正眼に構え直し、俺と最原を交互に見た。
「万津君、最原君。三人で同時に攻めます。私が右半身ミコトル側を引きつけます。最原君は左半身ヒメル側の触手を抑えてください。そして万津君…」
教祖の複眼が俺を射抜く。
「真ん中の時雨本人を叩いてください。三つの意志が分断された瞬間、彼女の核へ届く一撃を」
「分かった」
俺は剣を握り直す。七色のエネルギーラインが、俺の覚悟に呼応して鮮やかに輝きを増した。
「やるぞ最原!」
「ええ! やるしかない!」
最原がブレイカムバスターを構え直す。