ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
「了解だ、教祖!」
俺はブレイカムゼッツァーを逆手に持ち替え、低く身構える。足元では、床のひびから紫の瘴気が立ち昇り、呼吸のたびに胸の奥がざらつくようだった。視界の端では、教祖が大剣を肩に担ぎ、異形と化した時雨へ向き直る。その後方、最原は片膝をつき、ブレイカムバスターを杖のように支えながら、ただ静かに敵を凝視していた。
(今の最原は、探偵の目をしている)
俺は唇の内側で呟いた。あの細められた瞳は、才能だの力だので戦う人間のものじゃない。事象を観察し、矛盾を読む者の顔だ。
「行くぞ、腕を止めるなよ」
教祖が低く言うと、二人で同時に地を蹴った。
真っ先に動いたのは触手の群れだった。異形の左半身――ヒメルを取り込んだ暴走部位から、赤い筋が鞭のようにしなり、空気を裂いて殺到する。一本一発が、さっきまでと比べものにならないほど速く、重い。
「らァッ!」
教祖が一歩踏み込み、大剣を横薙ぎに払う。ドピュッと紫の血が飛沫く。断たれた触手が床に落ちて痙攣するが、見る間に断面から肉芽が吹き出し、新しい触手が生まれていた。
「4秒…いや、3秒半か」
最原の声が、小さく戦場に混ざる。俺は剣で迫る触手を斬り落としながら耳を澄ます。
「万津くん、右膝! 声が大きくなるのは、左の触手が伸びた直後です! 次、来る!」
その声に、俺は反射的に右膝を引いて重心を落とす。瞬間、耳元を掠める甲高い声――ヒメルの残滓が叫ぶのとほぼ同時に、左から触手が三本、喉元へ突き刺さるように伸びてきた。
「っぶねえ…!」
地面を転がって回避し、石柱を砕いた触手の先端を横目に見る。最原の言った通りだ。音の重なる瞬間を注意していれば、ぎりぎり反応できる。
「だが、外すこともある! 私の経験では、ヒメル側の触手は反射的なものだ。動きが読めても、誘いに乗るな」
教祖が言い、後方から触手を払う。最原はその言葉に「はい」と短く返し、視線を逸らさない。
攻防は続いた。教祖と俺が交互に打って出ては、触手の雨に退がる。反撃すればするほど、敵の再生は速まり、空間の腐食も進む。けれど、最原はわずかな変化を拾っていた。
「触手の再生周期と攻撃軌道が一致しています。右肩の萎縮した部分――ミコトル側が震えた時、再生が一瞬遅れます。あそこです」
「任せろ」
教祖が短く答え、大剣を振り下ろした。右肩を守るように伸びる灰色の結晶が砕け、白昼夢の粒子が漏れる。
「今の一撃で計算が合った…!」
最原が叫ぶ。
「後退してください! あと9秒後に、左半身の攻撃が止みます。まだです。今は下がって! …5秒! 4秒! 右です!」
一瞬早く動いた俺の頬を、触手の熱風が掠める。風切り音がした瞬間、俺は左へ跳んでいた。最原の予測から半テンポ早い。だが、教祖がすかさず大剣を回し、死角から伸びた触手を断ち切った。
「惜しい。外した分、私が補った」
「すみません…!」
「上出来だ。続けろ、最原」
教祖の声に、最原は「はい!」と力強く応え、青ざめた顔のまま前方を睨む。
(あいつ、笑ってるのか? いや、集中しすぎて表情がないのか)
俺は口元を歪め、剣を握り直す。数秒の沈黙が、戦場に痛いほどの緊張を走らせた。
「――綻びが生まれます」
最原の声が、低く鋭く響く。
「あと2秒。時雨の身体の中で、ヒメルの意志が押し戻されます。ミコトルの眠りの側と同調し、一瞬だけ制御が途切れます。…1秒!」
最原が叫んだ瞬間、世界がわずかに止まった。空気が、音が、光が、呼吸のリズムが一斉に狂うのを俺の五感が捉える。
異形の身体が、びくりと痙攣する。
「今だ!!」
最原の声に、俺と教祖は同時に動いた。
教祖がブレイカムドォーンを振り上げ、大気ごと引き裂くように駆ける。右半身側から回り込み、ミコトルの結晶ごと胴体を大きく薙ぐ。一方、俺は足音を殺し、地面を這うように突っ込んだ。意識はすべて、時雨の胸の中心――崩れた装甲の奥で、まだ鼓動する「核」へ向けられている。
「お前の、現実ごと、終わらせてやるッ!」
間合いの内側。異形の両の瞳が、ぐるりとこちらを向くのが見えた。だが、体は動かない。三つの魂が、同時に主導権を掴もうと絡み合っている。
(今なら、届く)
俺のブレイカムゼッツァーが、七色のエッジを光らせて空を切った。教祖の斬撃も、同じく核へ向かって突き進む。
二つの刃が、時雨の身体の中心を挟み込むように、白昼夢の最深部へと振り下ろされた。