ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
ブレイカムゼッツァーが核へ食い込む瞬間、手応えがあった。
だがそれは俺が望んだ「断ち切る」感覚じゃなかった。
ズリッと刃が滑る。七色のエッジが時雨の核――脈打つ赤い光の塊にひびを入れたが止まらない。傷口から黒い粒子が噴き出し、まるで生き物のようにひびを内側から塞ごうと蠢いている。刃先が微かに振動し、俺の掌に痺れるような抗拒絶反応が伝わってきた。
「効いてない…!」
物理的な破壊力では足りない。俺の剣は届いた。だがこの核は「現実」で出来ている。俺たちの「夢」を否定する絶対的な現実で。どれだけ力を込めても、現実の壁を物理で砕くことはできない。
なら、やることは一つだ。
「万津くん、何をする気です!」
最原の声が背後から届く。俺は答えない。答える余裕なんてない。全神経が剣先と核の接触面に集中している。
俺は剣を核から引き抜かず、さらに深く突き立てた。刃が肉に食い込む鈍い感触が腕を駆け上がる。
ドライバーのエクストリガムを連打する。指先が震えるのも構わず何度も押し込む。エージェントカプセムに込められた七色の光が、ブレイカムゼッツァーを伝って核へ直接流し込まれていく。
「うぐっ…!」
時雨の異形が悲鳴を上げた。三つの声が重なった絶叫が白い空間を震わせる。俺の腕からドライバーを通じ剣を通り核へ。エージェントカプセムに封じ込められた仲間たちの想いが、白昼夢の核へ直接注ぎ込まれている。
まんじの守りたいという意志。テコの真実を解き明かしたい知性。丑寅の仲間を庇う熱血。黒四館の言葉への信仰。犬神の調停への執着。苗木の希望。それらが一筋の奔流となって、時雨の核の中へ雪崩れ込んでいく。
「やめ…やめなさいッ! 私の現実が…!」
時雨の左目が激しく明滅する。拒絶反応だ。黒い粒子が暴れ狂い俺の剣を弾き返そうとする。腕に激痛が走り指先が痺れていく。まるで血管に酸を流し込まれているような焼けるような痛み。エージェントカプセムの光が弾かれ始め、七色の粒子が散っていく。
「くそっ…流し込め…!」
俺は歯を食いしばり剣を押し込む。だが一人の力じゃ足りない。黒い粒子が俺の腕を侵食し始めエージェントカプセムの光が弾かれていく。指の感覚が遠のいていく。
その時、左肩に温かい重みが乗った。
「僕がいます」
最原だ。彼は俺の左肩に手を置きノクスドライバーの出力を全開にして力を分け与えている。影が剣を伝い核へ流れ込む。最原の掌から伝わる体温は冷たく震えていたがその意志だけは鋼よりも硬かった。
「探偵として、真実を一つ見つけました。あなたの現実は、一人の現実じゃない。そこにあるのは孤独だけだ」
「黙れ…!」
「孤独な現実なんて、現実じゃない! 僕たちが証明してやります!」
最原の影が黒い粒子とぶつかり激しい火花を散らす。漆黒の影と深淵の黒が拮抗し接触面から白い火花が弾ける。だがそれだけじゃまだ足りない。粒子が押し返し始め、最原の影が削り取られていく。
右肩にも重みが加わる。
「万津君、私もいます」
教祖だ。血に濡れた右腕を無理やり動かし俺の右肩に手を置く。傷口から血が溢れ教祖の指が俺の装甲を赤く染めていく。ブレイカムドォーンを地に突き立てその力をエージェントカプセムへ注ぎ込んでいた。
「悪夢を背負うと言ったのは私です。あなた一人に背負わせはしない」
教祖の悪夢の力が紫の閃光となって流れ込む。黒い粒子が触手となり三人に襲い掛かるが教祖がそれを片腕で抑え込む。傷ついた右腕が悲鳴を上げているのが俺にも分かった。
「ぐっ…!」
教祖の傷口から血が溢れる。顔面は蒼白 yet 歯を食いしばるその表情には一片の迷いもない。だが彼は退かない。
「万津くん、急いでください! 私の腕は長く持ちません!」
「ああっ…!」
三人の力がエージェントカプセムを通じて核へ雪崩れ込む。希望の赤、守護の蒼、武力の黄、言霊の水、調停の紫、科学の白。そして教祖の悪夢の紫と最原の影の黒。
全ての色が混ざり合い白い光となる。七色が溶け合い一つの純白の輝きへと昇華されていく。それは虹が白くなったような光で、どんな色彩よりも眩しくどんな闇よりも温かかった。
「いや…いやぁぁッ!!」
時雨の異形が崩れ始めた。左半身の赤い筋肉組織が溶け右半身の灰色の結晶が砕け散る。黒い粒子が白い光に塗り替えられていく。三つの声が重なる絶叫がやがて一つの時雨の声に戻り、それもまた悲鳴から嗚咽へと変わっていく。
「これは…私の…現実が…」
「これは現実だ、時雨」
俺は剣を握りしめたまま叫ぶ。
「俺たちの現実だ。お前の孤独な白昼夢なんかじゃない!」
核が砕けた。
白い光が爆発的に広がり白昼夢の世界全体を飲み込んでいく。歪んだ壁が溶け赤い月が砕け腐食した床が白い光に覆われていく。空間の隅々まで光が行き渡り偽りの現実が剥がれ落ちていく。
ドォォンッ!!
最後の爆発が響き渡った時そこにはもう白い廊下も赤い空間もなかった。
ただ白い光の中に俺たちが立ち時雨が倒れている。
彼女の異形は完全に消え失せていた。紫のタートルネックにボブヘア。顎の辺りで切り揃えられた髪が静かに揺れている。底の見えない紫色の瞳だけが虚ろに天井を見つめている。あの不気味な輝きは消えただの疲弊した一人の女性の目がそこにあった。
時雨兎紀子。元の姿に戻っていた。
俺は膝から崩れ落ちる。ブレイカムゼッツァーが手から滑り落ちカランと乾いた音を立てた。全身の力を抜くと同時に遅れてくる疲労が波のように押し寄せてくる。
「終わった…のか?」
最原が膝をつきながら訊く。その声は震えていたがそれは恐怖の震えじゃない安堵の震えだった。
「ああ…少なくともここの白昼夢はな」
俺は荒い息を吐きながら答える。肺の奥がまだ焼けるように痛い。
だがまだ終わっていない。現実世界での影響。時雨の身柄確保。やるべきことは残っている。
教祖が血に濡れた右腕を押さえながら静かに言った。その声は穏やかだが力は確かだった。
「万津君。彼女を確保してください。…生きたまま」