ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
銀髪の少女が俺の手首を引っぱる力は思いのほか強かった。まるで現実のように質量を持っている。
「あのっ、あなたは一体!というよりも、この悪夢って」
「むっ、意識がはっきりしているのか、このソムニウム世界で」
俺達が走っていると、彼女は俺の顔を見つめてくる。
「どっどうしてだ?」
「このソムニウム世界に入った対象者はほぼ意識を曖昧になるはずだが。なんだって、夢の中だからな」
彼女はそう言ってきた。
だけど、俺には分からない。
ソムニウム世界というのは何だ?
そう思った瞬間だった。
背後から足音が聞こえてくる。
「逃げようとするな」
それは黒い軍服を来た人物達だった。
こちらに近づこうとしてくる。
「アイボゥさん。これは」
「話は後だ。とりあえず、一旦その場所に飛び込むぞ」
「えっ、ちょっ」
アイボゥさんにそう言われて俺は混乱してしまう。
そもそも俺達は建物を走っているのだ。
その中にあるエレベーターに入ると言われても躊躇してしまう。
だが、追い込まれている。
彼女の言う通りにするしかない。
そう思い、俺は彼女と一緒にエレベーターに乗り込む。
扉が閉まり、降下していく。
「取り敢えずはこれで逃げ切る事が出来るであろう」
そう言いながら彼女は安堵のため息を吐いた。
「あのっ」
「大丈夫だ。今から私の分かる範囲で説明をする。とりあえず、自己紹介だけはしておく」
彼女はそう言って微笑みながら右手を出してきた。
「私はアイボゥ。警視庁特殊捜査班『ABIS』に所属する伊達鍵の左目に収まっている眼球型の高性能AIだ」
「眼球型って」
俺は目の前の彼女の姿を見て思わず戸惑ってしまう。
だってアイボゥさんを一言で言うなら『少女』だ。
とてもじゃないけど眼球型AIというより。
「まぁ、本来ならばこうして侵入する方法として、色々とあるが、今はそれよりも君を無事に現実世界に送り届ける事が最優先だからな」
「現実の世界って、俺、今何が起きているんですか?」
「・・・君は、絶望のビデオを見せられた」
「絶望のビデオ?」
アイボゥさんの口から出てきた言葉。
初めて聞くものだった。
「まぁ、その情報はかなり機密だからな。簡単に言えば、そのビデオを見ると超高校級の絶望になってしまうという代物だ。本来のターゲットは、君がスマホを落とした女性だ。けれど」
「俺が運悪くそのビデオを見てしまったという事ですか」
「そういう事だ。まぁ、それだけで絶望は起こらない」
「じゃあ何故」
「ビデオを見た人物は夢の中にナイトメアが生まれる。そのナイトメアは夢の世界、ソムニウム世界を悪夢に変える。そしてナイトメアに完全に支配された人物は超高校級の絶望になってしまう」
「そうなのか?」
まるで分からないが。
「まぁ、ソムニウム世界は夢の世界だからな。深層心理で徐々に変わっていくのをイメージだな。とにかく。ここから」
エレベーターは下降を続ける。鉄格子越しに見える外の景色は崩れゆく校舎だった。壁面が剥がれ落ち、階層ごとに内臓のような配管が露出している。
「あの……」
「静かにしていろ」
アイボゥさんは警告するように鋭く言い放つ。彼女の瞳が赤く点滅し始め、周囲をスキャンするように動いた。
ゴォン――
突然、凄まじい衝撃がエレベーターを揺さぶった。床が傾き、備品がガラガラと滑り落ちていく。
「やはり追いつかれたか……!」
アイボゥさんが歯噛みする。
ドアが歪みながら開き始める。隙間から現れたのは先程の怪人。銃口付きの左腕が脈打つように膨張し、内部で何かが蠢いている。リボルバー式の目から黄金の閃光が漏れた。
「もう逃げる意味はないな?」
怪人が嗤う。指先がトリガーのように屈折し、甲高い唸りが響く。
「まずいッ!」
アイボゥさんが叫ぶ間もなく、爆炎が迸った。溶解した鉄が雨のように降り注ぎ、俺たちを焼く。
熱い。身体が溶ける。皮膚が爛れる。
(……痛くない?)
違和感。灼熱の海に投げ出されながらも肉体にダメージがない。代わりに精神を締め付けるのは絶望そのものだ。
「無駄だ。ここは夢……つまり貴様の心が創った地獄だ」
怪人が近づく。左腕の砲門が俺の頭部を捉えた。
「さぁ絶望しろ」
鼓膜を直接打ち砕くような銃声。弾丸が額を貫通する寸前――
「これが、絶望」
目の前にいるナイトメアの言葉に、俺は。
「駄目だ!それ以上は!」
「無駄な事を」
アイボゥさんの声が聞こえる。
けれど、確かに無駄な事だと理解する。
だって。
「この程度で、絶望なんてしてられるかよ」
「・・・なんだって」
俺の言葉にナイトメアは初めて動揺したように見えた。
けれど、俺の言葉は変わらない。
「俺は何度だって死にかけた!何度だって絶望しそうになった!だけどな!!俺は今も生きている!だったら、こんな所で絶望してられるかよ!!!」
「貴様っ何を」
ナイトメアは、そのままゆっくりと後ろに下がる。
「・・・どうやら、我々は彼をかなり甘く見ていたようだ」
アイボゥの声が重なる。
「彼は、絶望的な状況で何度も死にかけながらも生きてきた。それでも変わらない善性は異常と言える。だからこそ、人を絶望させるナイトメアを前にも変わらなかった」
「・・・現実では、様々な分野ではきっと彼は弱いかもしれない。けれど、彼の不運が、彼をここまで強くした。この精神ならば、あれも使えるんじゃないのか」
「そうだな」
アイボゥの言葉に疑問に思う。
すると。
熱気が消えたわけじゃない。鉄の雨は容赦なく降り続けている。だが肉体の損傷を遥かに凌駕する"何か"が俺を支えていた。恐怖の欠片もないわけではない。だがそれさえも踏み越える"生への執着"――これが俺の"不運"の本質なのかもしれない。
「不可能だ……」
ナイトメアが後退する。銃口が震えている。初めて見る狼狽だ。
「絶望ビデオを視聴してなお……ソムニウム世界でここまで自我を保つなど……!」
アイボゥさんが呆然と呟く。その姿が淡く透けかけていた。
「システムエラー……想定外の精神エネルギー値を検知……対象者……耐性形成……?」
ブレインリンク・アイボゥの思考が露呈する。だがそれよりも重大な事態が進行していた。
「待て……まだだ……!」
ナイトメアが再び左腕の砲塔を構える。今度は六連装全てのリボルバーが高速回転を始めた。眩い光が渦巻く。あまりに暴力的な圧迫感。
「"……全弾斉射ァ―――」
刹那――
視界が白に染まった。
激しい振動と衝撃。体勢を保つので精一杯だ。
「終わりだな……」
瓦礫の中から低い笑い声が聞こえる。煙が晴れると、そこには未だ仁王立ちするナイトメアの姿があった。砲塔からは硝煙が漂い、地表は深く抉れている。明らかに致命的レベルの破壊力だ。にも関わらず俺は――
「……あれ?」
立っている。
焦げ跡ひとつない制服。腕時計の針は逆回転を止めないままだが機能的には問題なし。痛みどころか衣服すら汚れていなかった。
「なんだ……これ……」
胸元に違和感がある。何か重いものが引っかかっている感じ。手を伸ばして触れてみると――硬質な感触。ベルトだった。
「えっ……いつの間に」
見慣れないデザインだ。左肩から斜め掛けされるようなチャンピオンベルト型で、中央部には円筒形の装填スロットが設けられている。表面には複雑な回路模様が刻まれており、微かに青白い光を放っていた。
「ゼッツドライバー……」
背後から聞こえた声に振り返る。アイボゥさんが再び半透明化せずに佇んでいた。表情には驚愕と確信が交錯している。
「夢の世界で戦うためのアイテムだ。普通の対象者ならそもそも発現しない。だが……お前の中の精神エネルギーが起動させたんだろう」
「これが……夢と戦う武器?」
「正確には"戦うための入口"だ。そして鍵となるのはこれだ」
アイボゥさんが虚空から小さな物体を取り出す。掌に乗るほどのカプセル。よく見るとガシャポンカプセルに酷似しているが材質は明らかに精密な合金だ。表面には無数の量子コードが渦巻いている。
「カプセム……"夢を叶える力"が封入されている。装填口に入れれば戦闘用のゼッツへ変身可能だ」
ナイトメアが再度歩み寄ってくる。今度は銃火器ではなく拳を握っている。近接戦に切り替えたらしい。
「小賢しい玩具だな……それで何ができる?」
「絶望を貫く力だ」
アイボゥさんが不敵に笑う。同時にドライバーの中央スロットが明滅を始めた。カプセムを受け取る。
「覚悟はあるか?一度変身すれば後戻りはできないぞ」
俺は迷わなかった。
「覚悟も何も、当然出来るさ。なんだって、この世界ならば、俺は無敵のエージェントだからな…!」
それと共に、俺はカプセムを受け取る。
黒い霧が立ち込める中、ナイトメアの影が不気味に歪んでいる。左手の砲塔が火花を散らしながら再充填を開始していた。
「くだらん……子供騙しのおもちゃに命乞いか」
嘲笑を遮るようにカプセムを冷静にゼッツドライバーに装填する。
『インパクト!』
機械的な合成音声が響き渡る。ベルト中央のスロットがガシャンと閉鎖。側面から伸びてたレバーに押す。
『メツァメロ! メツァメロ!』
「I'm on it……変身!!」
「何っ……!?」
ナイトメアの声に緊張が滲む。構わずにカプセムを回転させる。
『グッドモーニング! ライダー!』
胸郭部分の黒霧が解けると緑色の腹筋模様が鮮烈に浮かび上がる。腹部から肩まで幾何学的文様が刻まれるにつれ、赤い血管状ラインが全身に枝分かれしていく。
両腕両脚の関節部が金属音と共に拡張し、エネルギーケーブルが露わになった。
『ゼ・ゼ・ゼッツ!』
頭部を包んでいた黒霧が炸裂。徐々に瞳は赤く染まっていき——
『インパクト!』
二つの赤い眼球が妖しく点灯した。
装甲全体に緑色の蛍光パターンが走り、背中のユニットが大きく旋回する。
「な……何者だ貴様は!」
ナイトメアが後ずさる。かつて絶望の具現だった怪人が明らかに動揺していた。
目の前に立つのは紛れもなく"異形の戦士"。漆黒の装甲に縦横無尽に走る赤線。緑色の腹筋模様はまるで彫刻刀で刻まれた英雄像のようだ。燃える二つの赤眼が威圧的に光る。
「俺は……」
声帯に詰まるような新鮮な感覚と共に言葉が溢れる。
「ゼッツ、仮面ライダーゼッツ」