ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
『窓辺の向日葵』のオープニングは牧歌的だった。夕暮れの郊外町並み。坂道を登る少女が花屋の前で立ち止まり、黄色い花を買う。BGMは穏やかなピアノ。こんな日常の一コマからどんな教訓を得られるのか……。
画面が切り替わる。
赤と黒のチェック模様が浮かび上がった。
〔パンッ〕
銃声。
次の瞬間、少女の額に赤い花が咲いていた。
「……っ!?」
喉が乾き切った。何が起きた? 花瓶? 血痕? 目の錯覚?
椅子の肘掛けを握りしめる。掌が冷たい。汗なのか震えなのか分からない。
スクリーンいっぱいに血飛沫が広がる。白い制服が瞬く間に朱に染まる。カメラワークは過剰にゆっくりで、残酷な一瞬を丁寧に映し出す。
「……こんなの……映画だろ……?」
独り言が洩れる。理性で否定しようと必死だった。なのに記憶が疼く。
破壊と再生。境界の曖昧さ。
赤と黒の画面が唐突に戻ってきた。
「おーっはよーございまーっす!」
陽気な声が降ってくる。
画面の中心にはアニメ調の人形が鎮座していた。
視界が歪んだ。
俺の肩に手が置かれた。零だ。
「……平気かい?」
彼女の声は慈雨のように沁みた。吐息がかかりそうで届かない距離。睫毛一本一本がはっきり見える位置。でもその優しさが逆に恐ろしい。
「なんで……こんな……」
言葉が喉で詰まる。思考が追いつかない。
スクリーンがフラッシュバックするたびに鼓動が早まる。耳障りな電子音が頭蓋骨に突き刺さる。これは映画のはずなのに……。
「大丈夫?」
零が俯いたまま尋ねる。その声は確かに温もりを帯びていた。まるで幼児を寝かしつける母親のような……。
「ああ……ただちょっと……」
俺は言葉を濁す。手が震えてる。膝頭の上で指が絡み合う。握り締めすぎて爪が食い込んでいるのに気付いたのは、血が滴って初めてだった。
「映画のせい?」
零が覗き込んでくる。片目だけが星屑を閉じ込めた水晶玉みたいに澄んでいて、もう一方は濃霧に覆われた湖畔のように憂鬱だ。
「いや……これは映画だし……」
「本当?」
彼女の眉尻が下がる。嘘を見抜かれたくない。なのに嘘が通じない確信がある。
「俺の頭の中でさ……記憶と想像が混ざって……区別できなくなってる」
ぽつりぽつりと吐き出すたびに胃袋が収縮する。
「分かるよ」
零が椅子の隙間を埋めるように身を寄せる。香水の香りじゃない。遠い昔に嗅いだ石鹸水みたいな清潔感。それが逆に罪悪感を煽る。
「わたしもね、よく混乱するの」
彼女の声にかすかな湿り気を感じたとき、喉が詰まった。
「現実と夢の境目がぼやけちゃったり……大切な人と幻覚の境界線を見失ったり……」
まるで自分の心を読み取られているようだった。こいつは俺のトラウマを知ってるんだろうか。
「でもね、このままじゃ駄目だと思うんだ」
急に声色が変わる。水面に氷塊を落としたみたいに冷徹に。
「もし人類がこのまま生き延びたとしても……結局同じ地獄を繰り返すだけでしょう?」
「何を言って……」
「考えてみて。わたしたちの生きてきた世界は常に暴力と欺瞞で満ちてる。それなのに希望を持つためにまた他人を利用してしまう」
彼女の頬に浮かぶ微笑が不気味だった。慈愛に満ちているのに底知れぬ絶望を湛えている。
「だから……一度全部終わらせてあげるのが慈悲じゃないかしら」
思わず胸元を押さえた。心臓が肋骨を突き破りそうだった。
「優しい死なんてない」
絞り出すように拒絶した。でも……
「ほんとうにそう?」
零の両手がそっと包み込むように俺の指先を取った。思ったよりも華奢な感触。爪は短く切られていて清潔だった。
「あなたもわかってるんでしょう?」
「そんなことはない!」
叫びかけて唇を噛んだ。痛みで自制を取り戻そうとしたけれど無駄だった。
スクリーンが再び赤くなる。
パンッ――銃声が破裂する。
彼女が静かに呟いた。
「わたしなら……痛みのない終わり方を選べるのに」
その囁きは祝福であり呪詛だった。耳介に吹き込まれた甘美な誘惑の毒霧。
俺は無意識に彼女の手首を掴んでいた。折れるほど強く。なのに彼女は微笑む。
「ごめんなさい……脅かすつもりはなかったの」
零の瞳が潤んでいた。嘘泣きじゃない。本当に哀しみが揺れている。
「ただ……怖かったでしょう?」
手のひらを裏返し、傷ひとつない指紋を見せつけるように押し当ててくる。
「私だって怖いものがある。だから……一緒に」
この申し出は罠だと思った。甘くて危険な蜜。それでも―
俺は、その手を自分の胸に手を当てた。
その時。
「っ」『メツァメロ! メツァメロ!』
聞こえた声。
同時に、俺は全てを理解した。
それと共に、俺は零の手を突き放した。
「・・・あんたは一体」
「・・・目覚めちゃったんだね」
そう、俺はようやく思い出す事が出来た。
「ここはソムニウム世界だったっ」