ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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始まり part5

「・・・うぅぅ」

 

頭痛がする。

 

その感覚に襲われながらも、ゆっくりと瞼を開けた。

 

「えっ、何、ここ」

 

俺が待ち受けていた光景。

 

頭痛がする。ずきりと刺すような痛みを抱えながら、ゆっくりと瞼を開けた。視界に飛び込んできたのは……真っ白な天井だった。薬品の匂いではない。無機質な清潔さを強要するような消毒液とカーペットの埃が混じった匂いが鼻腔を刺激した。

 

「えっ……ここは……?」

 

声が出たことにまず驚いた。喉が砂漠のように乾燥している。喉を湿らせようと唾を飲んだが、粘っこい液体が口内でねばつくだけだった。無理やり声を絞り出す。

 

「俺は……戦ってたはずじゃ……」

 

目の前には白い長方形の机。その表面は年季の入ったプラスチック製で、細かい擦り傷が無数に刻まれている。机の向こうにはもう一脚、同じデザインのパイプ椅子が置いてあるだけだ。壁も床も白一色。唯一異なるのは天井中央の蛍光灯だけで、冷たい青白い光が四角い室内を均等に照らしている。

 

「尋問室……?」

 

反射的に呟いた言葉に自分で震えた。映画やドラマで見たことがあった。被告と検察官が向かい合う薄暗い部屋。あるいは警察署の取調室。窓ひとつない密閉空間だ。ドアは一つ。錆びた取っ手が鈍く光っている。背後の壁には換気口らしき細長いスリットがあるだけ。まるでカプセルホテルの一室みたいに狭い。

 

「なんで……俺がここに……?」

 

記憶を辿ろうとすると頭痛がさらに激しくなる。ナイトメアとの戦闘は終わったはずだ。あの黒い怪物を蹴り飛ばし、「zzz」の印を刻んだ瞬間を確かに覚えている。だがその後が思い出せない。ソムニウム世界の崩壊も見ていない。気づけばこの殺風景な部屋にいた。

 

「夢じゃ……ないよな?」

 

椅子から立ち上がろうとしたが、足元がふらついた。膝に力が入らない。まるでゼッツ変身後の副作用のように全身の神経が痺れている。

 

机の端に何かが貼り付けられているのに気づいた。小さなビニール袋に入ったガシャポンカプセルだ。インパクトカプセム。間違いなくあの戦いで使った武器の一部だ。

 

「やっぱり……夢じゃなかった」

 

だが周囲の状況はむしろ夢より不気味だった。壁紙は新しいはずなのに所々が黄ばんでいる。壁際には証明写真用のような古ぼけたライトがブラケットに固定されており、点灯していない。薄暗い蛍光灯の下ではその存在感が余計に異様だ。

 

ドアの上の天井には防犯カメラのようなレンズが無感情に光を放っている。いや、まさか本当に監視カメラなのか?首筋に冷たい汗が伝った。

 

「何のために俺をここへ……?」

 

答えはない。代わりに廊下から微かな足音が聞こえた。ぎぃぎぃと軋む靴底の音。近づいてくる。心臓が肋骨の内側で暴れる。逃げ場はない。ただ白い部屋の真ん中に立ち尽くすしかない。

 

ドアノブがゆっくりと回った。ぎぃ、と金属的な音が狭い室内に反響する。隙間から差し込んだ廊下の光が床に細い線を描いた。

 

「……」

 

ドア枠に立つシルエットがゆっくりと室内へ滑り込む。足音すら最小限に抑えている。プロの動きだ。

 

「意外と意識がしっかりしてるね。もっと混乱してると思ってたけど」

 

逆光で顔は見えない。だがその声には聞き覚えがあった。鋭くて冷徹な中にほんの少し皮肉が混じった口調。

 

「霧切……響子?」

 

名前を呼ぶと、彼女はぴたりと足を止めた。白い制服の袖を撫でつけながらゆっくりとこちらへ向き直る。

 

「座らせて貰うわ?」

 

霧切の声は氷のように冷たい。僕は無意識にパイプ椅子へ尻を落とす。ガシャンと金属が軋む音が耳障りだ。

 

「さて」

 

霧切は机の向こう側の椅子を引き寄せ、華奢な腰を沈めた。

 

「あなたには色々と聞きたいことがあるの」

 

真正面から僕の目を覗き込んでくる。鋭い眼光は獲物を逃さない猛禽類を思わせる。

 

「その前に確認したいんだけど」

 

「……なんでしょうか?」

 

「あなたの名前は?」

 

「万津莫です」

 

短い沈黙。

 

「万津くん。絶望って言葉の意味を知ってる?」

 

唐突すぎる問いに言葉が詰まる。

 

「……絶望? もちろん知ってますが」

 

「具体的には?」

 

「希望が無い状態とか、未来が閉ざされた感覚とか……そんな感じだと思います」

 

霧切は小さく頷く。

 

「一般的な認識ね。でも私たちにとっては少し違う」

 

彼女はポケットから一枚のカードを取り出した。黒地に金の文字で【江ノ島盾子】と印刷されている。

 

「この人は?」

 

僕が問うと霧切は即座に返す。

 

「あなたが見た絶望ビデオの制作者よ。彼女自身が超高校級の絶望であり、世界に絶望を撒き散らした張本人」

 

胃の腑がひゅっと冷たくなる。

 

「あなたが見たビデオによって、あなた自身が絶望になる可能性があった」

 

「俺が……絶望に?」

 

「そう。でも結果的にそうならなかったようね」

 

彼女の視線が机の上に置いたインパクトカプセムを一瞥した。

 

「質問を変えるわ。あなたはなぜ自分が絶望しなかったと思う?」

 

難しい質問だ。答えを探すうちに胸元にあった感触が蘇る。あのとき手にしたベルトの重み。全身に漲った力。

 

「多分……逃げなかったからかもしれません」

 

霧切が眉をひそめた。

 

「どんな絶望的な状況でも最後まで抗おうとした。それが僕に染みついた習性みたいなものです」

 

自分でもどこか可笑しいと思った。

 

「ふぅん」

 

彼女は興味深そうにペンを指で回す。

 

「面白いケースね。普通なら絶望ビデオを見せられたら思考停止するものなのに」

 

「……普通じゃないってことですか?」

 

「いいえ。あなたはすごく特別なのよ。おそらくあなたの中には"絶望に対する抗体"が出来ていたんだわ」

 

霧切の言葉が妙にしっくり来た。

 

「もしかしたら過去の経験が影響しているのかもね。例えば……」

 

彼女の瞳孔が鋭く光る。

 

「あなたが今まで何度も死にかけたというエピソードについて詳しく教えてくれないかしら?」

 

思わず喉が鳴った。なぜそれを?

 

「知ってるんですね……」

 

「噂話程度には。でも事実ならぜひ聞きたいわ」

 

僕は自分の不運体質を簡潔に語った。幼少期からの事故・事件の数々。どれも九死に一生を得た話ばかりだ。

 

話を終えると霧切は深く息を吐いた。

 

「なるほど……」

 

彼女は突然立ち上がると僕の横を通り過ぎて背後のホワイトボードに何かを書き始めた。

 

「絶望ビデオの効果は"人生における絶望を見せつけ、超高校級の絶望にする"こと。でもあなたの場合……」

 

チョークの粉が宙を舞う。

 

「諦める前に常に立ち上がって来た。その積み重ねがあなたの精神に耐性を作ったのね」

 

振り向いた霧切の顔には珍しく笑みが浮かんでいる。

 

「結論。万津莫くんは超高校級の絶望にはならない」

 

僕は胸を撫でおろした。

 

「あれ、それだったら、その」

 

「ゼッツドライバーね、そうね、気になるようだから、それを含めて、説明しないとね」

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