ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
扉の向こうは静寂だった。埃っぽい消毒剤の匂いが鼻腔を刺す。白い天井、無機質な壁。窓からは雨粒がガラスを伝うのが見えた。これは病院の一室だ。
ベッドが一台。その傍らに蹲る影。
「クク……」
嗚咽のような笑い声が微かに聞こえた。見慣れない白衣の少年がベッドに顔を埋めて泣いている。その背中はあまりにも小さく、脆く見えた。
「姉さん……姉さん……ごめんなさい……」
俺の足元でまんじが息を飲む音が聞こえる。
「これが真宮寺是清の……子供時代か」
少女の啜り泣きに混じって、ベッドの上の人物がか細い声を上げる。
「是清……私は大丈夫だから……泣かないで」
枯れ木のような腕が布団の下から伸びる。指が震えながら少女の髪を梳こうとする。その動きさえ億劫そうだ。
「私はあなたの笑顔が好き……だからお願い……」
少女――幼い真宮寺は顔を上げた。涙に濡れた頬を拭うこともせず、姉の手を握り返す。
「……ククッ。そうだね姉さん。私が泣いたら意味がないよね」
その笑顔が痛々しい。
「私はいつも笑顔でいるべきだからね。だって僕は姉さんの弟なんだから」
彼女の背筋がピンと伸びる。まるで鎧を纏うように。
「姉さんは私にとって世界そのものなんだ。だから他の誰であろうと姉さんを傷つける輩は許さない。例えそれが同士討ちであったとしても」
窓の外の雨音が激しさを増す。それはまるで彼女の心を打ちつける嵐のようだ。そして俺は理解した。
これが彼の“基点”だ。姉を守るという絶対命令が歪み、果てには殺人すら正当化してしまう狂信の始まり。
「ケッ……なるほどなぁ」
まんじが後ろで鼻を鳴らす。
「これがヤツの根っこか。シスコン極まれりってやつだな」
俺は何も答えられなかった。ただ、かつての少年が虚ろな目で天井を見つめる姿だけが鮮明に焼き付いていた。
映像が途切れた。
白昼夢から醒めたように、世界が現実の冷たさを取り戻す。
俺の拳は、まだ震えていた。
「……そうか。あいつは最初から、姉さんしか見てなかったんだな」
呟きは雪原に吸い込まれていく。真宮寺是清。あいつの世界はあまりにも狭すぎた。閉鎖的な家庭環境と病に蝕まれた姉。その中で育まれた保護欲は歪な形にねじ曲がり、行き場を失って他者への憎悪へと変換された。そしてナイトメアは――その憎悪の塊だ。
「ククッ……面白いモンを見せてくれたねぇ」
いつの間にか背後に立っていたまんじが、肩を竦める。
「哀れなシスコン野郎が、世界の全てを呪い始める様ってのはこうも醜いモンかい。まさにバケモノの誕生だねェ」
「……俺は、どうすればいい?」
「アァ? そんなモン決まってんだろ」
まんじは腰に手を当て、ニヤリと犬歯を見せる。
「あのデカブツの中心をぶっ潰せ。そうすりゃヤツの歪んだ“価値観”も多少は修正できるかもしれねェ。その後のことは……まあ、アイツ次第ってヤツさ」
「……修正、か」
確かにナイトメアは、真宮寺が抱える最大の矛盾そのものだ。あの怪物を倒すことなく彼を救う方法など存在しないだろう。