ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
足音がしない──
それがまず異常だった。
人工照明が点滅する廊下の先、俺は肩越しにそちらを振り返る。影が一つ。いや、影にしては“形が整いすぎて”いた。白衣にもスーツにも見えない、どこか“死後の礼服”めいた服装。
そして、静かに歩み出た男は微笑みもしないまま言った。
「……君、だね。ここの“夢”を乱しているのは」
世島犀人。
その名に聞き覚えがなくても、俺は本能で理解した。
──この男は危険だ。
「近づくな。お前、普通の人間じゃないだろ」
「普通、ね。うん……そう言われるのは、慣れてるよ」
犀人は首をわずかに傾け、まるで顕微鏡を覗く研究者のような目で俺を観察してくる。その視線は“人の表情を見る”のではない。
──データを見る目だ。感情より先に数値を測っている。
「ゼッツ。あれは興味深い能力だ。夢と現実の境界に干渉し、自身の構造まで変質させる……可能性が高い」
「どこでそれを──」
「知ろうと思えば、知れるさ」
その声は笑っていないのに、どこか満足げだった。
俺の喉がひくりと緊張する。
背中を汗が伝う。
犀人はポケットに手を入れ、
“わざと見せつけるように、ゆっくりと”取り出した。
黒と銀の筐体。
中心部に橙のラインが走る、禍々しいベルトデバイス。
それは、俺が使っているゼッツドライバーと似た物。
「あんた……それは」
「証明してあげるよ、僕が“普通じゃない”ってことを」
犀人は、今、ptpにベルトを当て、カチリと装着した。
空気が変わる。
この夢世界の“重心”が、男に向かって傾いていく。
まるで空間が彼を中心に回転し始めたみたいだった。
「やめろ、世島犀人……!」
警告の声など、まるで最初から届いていなかった。
犀人は胸元をゆっくりと引っ掻く。
黒い拡散波のような粒子がベルトに吸い込まれていく。
低く響く音声。
『イレイス』
視界が一瞬だけ暗転し──
次の瞬間、白いモヤが犀人の身体を包んだ。
「擬装──」
モヤが渦を巻き、男の輪郭を吸い込み、
背景へと“溶けて”いく。
ベルト以外の存在が消える。
風が逆方向に吹き込むような虚無が広がる。
『インヴォークナイトシステム』
残った空間からゆっくりと“誰か”が歩み出る。
金属音でも、呼吸音でもなく──
それは“死んだはずの鎧が動いている”ような音。
半透明の影の騎士が、色を得て、実体を帯びる。
胸が橙に光り、複眼が淡く点灯し、
黒と白銀のスーツが完成していく。
最後に、背中から蝶の残光が散った。
『イレイス』
立っていたのは、
──ノクスナイト。
生者とも死者ともつかぬ、無機質で不気味な影の騎士。
犀人の声が、機械的に歪んで響く。
「さあ、俺。
君が“見るべき恐怖”を…正しく、教えてあげる」
俺は奥歯を噛みしめた。
敵意が冷気のように肌を刺す。
──これはただの敵じゃない。
ゼッツとは別の“夢の異物”だ。
そして。
これが、世島犀人との本当の戦いの始まりだった。