ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
眠りに落ちた瞬間、世界が歪んだ。音も色もひしゃげ、次に気づいた時、俺はどこか見覚えのない廊下に立っていた。
白いはずの壁は薄汚れ、蛍光灯は不規則に点滅している。胸の奥に熱のようなざわめきが走る。——ここは、苗木さんが語ってくれた“あの場所”だ。
希望ヶ峰学園で行われた、コロシアイ学園生活。
足が勝手に動き、教室へと踏み込む。そこには机が散乱し、まるで嵐が通り過ぎた後のようだった。黒板には無残に赤い文字で書かれた「オシオキ」。喉が乾く。話で聞いただけでも十分すぎる惨劇だったのに、こうして視界に広がるそれは、想像以上に胸を締め付けた。
音がした。振り返ると、誰かが机の影で泣き崩れている。顔は見えない。でも分かった。——これは“記憶”だ。苗木さんが走り抜けた絶望の残滓。
瞬間、場面が暗転し、次の景色が流れ込む。
裁判場だ。円形の壇上。向かい合う生徒たち。憎悪と疑念と恐怖が入り混じった視線が飛び交い、その空気に思わず息を飲んだ。怒鳴り声がこだまし、誰かが机を叩く音が響く。
「そんなわけないだろ! 俺は——!」
「嘘をついてるのはどっちなの!?」
声が刺さる。誰かが追い詰められていく。誰かが壊れていく。苗木さんはこんな狂気の場で、友達を、希望を、必死に守っていたのか。
胸が苦しくなる。
そして、また場面が切り替わった。
薄暗い廊下。血の跡。誰かの悲鳴。誰かが倒れ、誰かが震えている。殺された仲間の名前を呼び続ける声が耳に刺さる。耐えきれず、俺は目をそらした。
でも、意識の隅に苗木さんの声が浮かぶ。
——「僕は今でも、あの頃を引きずってる。でも、それでも前に進めるって知ったんだ」
あの優しい言葉の裏に、こんな地獄があったのか。
そして最後の場面。苗木誠が一人、暗い部屋で壁に寄りかかっていた。震える手を握りしめ、歯を食いしばり、それでも前を見ていた。
「……希望は、絶望になんか負けない」
小さな声。だけど、強くて……痛いほど真っすぐだった。
その瞬間、胸に熱が走った。俺は思わず手の中のカプセムを握る——夢の中なのに、確かな重さを感じた。
気づけば涙が滲んでいた。
苗木さんはこんな地獄の中で“希望”を掴んだ。その欠片が今、俺の中に届いている。
だったら——俺も。
「……負けてられねぇよな、こんなの」
呟いた途端、視界が白く弾け、夢の世界がゆっくりと消えていった。
……はっ、と息を吸い込んだ瞬間、天井が視界に広がった。
見慣れた医務室の白。静かな空気。さっきまで肌に張りついていた冷たい絶望の残滓は——気づけば、どこにもなかった。
「……あれ、俺……?」
身体を起こすと、わずかにシーツがこすれる音がした。壁の時計を見ると、針はほんの10分しか進んでいない。夢にしては濃すぎる。でも、長い時間を彷徨っていたような疲労が胸に残っているはずなのに、不思議と軽かった。
むしろ——胸の奥に、小さく温かい火が灯っている。
苗木さんから渡されたカプセム。あれを通して覗いた“絶望の底”。そこに立っていた彼の背中。あの強さ。
思い返すだけで、胸が締めつけられる。でも、不思議と怖くはなかった。
「……そっか。あれを見ても、まだ俺は……」
震えていない。呼吸も乱れていない。むしろ、心が静かに澄んでいる。
あの地獄の記憶を乗り越えて前を向いた苗木誠が、俺に託したもの。その欠片が確かに、今の俺を支えてくれている。
「大丈夫だ。今度は……ちゃんと立てる」
ベッドの縁に手をつき、ゆっくりと足に力を入れて立ち上がる。
恐怖は確かにそこにあった。死にたくないという本音も、消えてはいない。
だけど——それでも進める。
百田が待っている。伊達さん達も戦っている。俺が行くと信じてくれている。
だったら、答えないと。
扉の方へ歩き出しながら、俺は小さく息を整えた。
「……もう、大丈夫だ」
その言葉は誰に向けたものでもなく——けれど確かに、俺自身を前へと進めてくれた。