蝶屋敷ができるまで   作:デスカラス

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何番煎じか分かりませんが劇場版見たら書きたくなりました。



その一 陽だまりの少女

 

 

「お前に頼みたい事がある……」

 

 まだ肌寒さが残る秋の早朝。

 

 余裕があれば散歩にでも出かけようと思えるほどの晴天に恵まれた何気ない朝に、そんな晴天を覆い隠すほどの大男がとある屋敷を訪ねていた。

 突然の訪問者に、屋敷の主たる少女は玄関先で涙を流しながら佇む大男に思わずギョッと目を見開いた。七尺は超えるであろう巨体は少女の身長の倍近く、じゃらじゃらと数珠を鳴らしながら手を合わせる姿は側から見れば随分と素っ頓狂な光景だった。

 

 しかし、恐る恐る大男を見上げると、見知った顔が自分を見下ろしている事に気づいた少女は、柔らかな笑みを浮かべ迷う事なく屋敷の中へ招き入れた。

 

「おぉ、いらっしゃい行冥(ぎょうめい)くん。君が訪ねてくるなんて珍しいね」

 

 独特な間延びした口調と穏やかな気配。

 半年前の()()()()から変わらぬ少女の様子に、行冥と呼ばれた男もまた笑みを浮かべた。

 

草加(くさか)も息災で何よりだ」

「うん、息災も息災。超息災すぎて日課のお昼寝もままならないよ〜」

 

 そう朗らかに笑う少女。

 草加と呼ばれた少女もまた、相変わらず涙脆い同期をの様子を歓迎していた。行冥が入れるよう戸を全開まで開き、彼の大きな手を取る。

 

 岩のように大きな手を握るあまりにも小さな手は、かつて自分が育てた子供たちを思い起こさせ──行冥はその記憶をすぐに胸の奥へと仕舞い込んだ。

 そもそも、記憶が確かなら目の前の少女は既に十六。子供と呼べるような年齢でもあるまい。

 

「まぁ、立ち話もなんだしとりあえず上がりなよ。お茶ぐらいなら出せるよ〜」

「すまない……」

「わぁ、またそうやってすぐ泣くんだから。ほら入って入って! 最近うちに遊びにくる猫ちゃんたちの話をしてあげるから! よ〜し、お茶も良いやつ出しちゃうぞ〜」

 

 戸に頭をぶつけないよう屈みながら敷居を跨ぎ、行冥はパタパタと屋敷の奥へと向かう草加を見送った。

 

 心なしか、その小さな背中から放たれる気配はどこか高揚しているように感じた。

 

 

⚫︎

 

 

 客室へと通された行冥は草加から湯呑みを受け取り、畳に敷かれた座布団へゆっくりと腰を下ろした。

 ほんのり温かい湯呑みからは微かながら茶葉の香りを感じる。

 

「あ、私好みで薄味にしてあるけど大丈夫かな? もっと濃いのが欲しかったら遠慮なく言ってね」

 

 元は自身が断りもなく訪ねてきたのだ、文句などあろうはずがない。

 

 対面の草加も腰を下ろしたことを確認し、行冥は湯呑みを口に運んだ。味は薄めだが、上品な苦味が仄かに鼻を抜ける。草加の言う通り、確かに「良いやつ」なんだろう。

 

 お互いゆったりとお茶を楽しみながら、静かに時が過ぎる。

 

「行冥くんが『柱』になってもう半年も経つんだね。柱になった感想はどうかな?」

「私はまだまだ未熟の身……しかし、お館様のご期待に応えるため、この身を捧げて責務を全うするつもりだ」

「あはは、生真面目な行冥くんらしいね。ま、私の方がほんのちょびっと先に柱になったんだし、分からないことがあればいつでも聞いてね〜」

 

 盲人の行冥でも、目の前の少女が得意げに胸を張っているであろう事は想像がつく。

 自分を『行冥くん』と呼ぶこの小柄な少女が、岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥にとって歴とした数少ない同期なのだから、人は見かけによらないとはよく言ったものだ。

 

 草加紫織(しおり)──それがこの少女の名。

 

 年齢は行冥より三つ下でありながら鬼狩りとなった時期は同じ。

 どこか気の抜けたようなおっとりとした性格は、とても鬼狩りの剣士とは思えない。

 

 しかし、こうして向かい合ってお茶を飲む時間は、行冥にとっても数少ない気の抜ける瞬間だった。今この時は、鬼狩りとしてではなく一人の友人として草加と話す事ができる。

 

「ふぅ……で、今日は何も世間話をしに来た訳じゃないんでしょ?」

 

 だが、今日ばかりは鬼殺隊・岩柱の悲鳴嶼行冥としてこの場にいる。

 

 対面の草加も行冥のただならぬ雰囲気を感じ取っていたのか、普段ならもう少し続けていた雑談を早々に切り上げ、真剣な眼差しで行冥を見つめている。

 

 お互い『柱』の身。

 ただでさえ柱の欠員が多い現状、草加と腰を据えて話す機会はそうそう訪れない。行冥もまた姿勢を正し、改めて意識を草加へと向けた。

 

「あれは半年ほど前の事だ……()()()()()が鬼の襲撃に遭った。私が駆けつけた時には既に親は食い殺され、遺されたのは幼い姉妹だけだった」

「それは……」

 

 何かを言いかけて口を噤む草加。だが、彼女が言わんとしている事は行冥も理解していた。

 

 残念ながら、それは鬼殺隊では特段珍しくもない話だった。

 

 人間は鬼の前ではあまりに無力──抵抗する間もなく食われるしかない。本来なら一家全滅のところを行冥が姉妹だけでも救ったのだ。

 

 だが、それが幸運だとは二人は口が裂けても言えない。

 

 ()()()()()の辛さも、二人は痛いほど知っている。

 

「遺された姉妹は隠により遠縁の親戚まで届けられ、私も二度と会わないだろうと思っていたのだが……」

「まさか……」

「お前の想像通りだ。姉妹は隠から私の所在を聞き、半年かけて再び私を訪ねたのだ」

 

 行冥自身、最初は激しく罵倒されるものだと思っていた。

 

 なぜもっと早く助けなかったのか、なぜ両親だけが殺されなくてはならなかったのか、なぜいっそ両親と死なせてくれなかったのか。

 

 いずれの言葉も、行冥が今まで実際に投げ付けられた言葉だ。

 

 しかし、この姉妹は違った。

 

 両親の葬儀を終えてから、わざわざ感謝を伝えるために行冥を訪ねたのだ。隠から行冥の居場所を突き止め、山奥で身を隠すように暮らす彼の家を見つけ、頭を下げた。

 

 両親を失ったばかりの子供とは思えない強かさ。

 

 そしてその強さは、これ以上関わるまいと姉妹を冷たくあしらい続けた岩柱の心すら揺らした。

 

「二人は私に告げたのだ。これ以上自分たちと同じ悲しみを背負う者が現れぬよう鬼狩りになりたい、と」

「……もしかして行冥くんはそれに頷いたの?」

 

 草加から初めて非難するような視線が突き刺さる。

 

「……私は二人に試練を与えた。二人の身の丈をも超えるほどの岩を動かせば願いを聞き入れると。無論、まだ幼い姉妹では到底成し得ぬ事だ」

 

 それは行冥から姉妹への精一杯の拒絶だった。

 

 彼女たちには鬼狩り以外に生きる道がある。

 伴侶を見つけ、子をなし、その寿命を全うする選択ができる。

 

 だが、行冥は姉妹の覚悟を見誤っていた。

 

 任務でしばらく家を空け、戻った頃には岩は動かされていた。姉妹は知恵を使い、互いを助け合い、無理難題とも言える行冥の試練を乗り越えてみせた。

 

 悲鳴嶼の拒絶を真っ向から跳ね除けたのだ。

 

 それでも姉妹を拒絶する事もできただろう。無理やりにでも親戚の元へ送り返し、一切の関係を断つこともできたはずだ。

 

 だが、行冥にはそれができなかった。

 

「私にはあの二人の覚悟を踏み躙る資格が無い」

「…………」

「だから頼む、草加。あの二人を鍛えてやっては貰えないだろうか」

 

 両手を畳につけ、行冥はその大きな頭を下げた。

 

 先ほどまで草加から感じていた穏やかな雰囲気は、いつの間にか消えていた。体の芯を凍てつかせるほどの冷ややかな視線が全身に突き刺さる。

 

「名を胡蝶(こちょう)カナエと胡蝶しのぶと言う。どちらも聡明で、並々ならぬ覚悟を持って私を訪ねてきたのだ。必ずや立派な鬼狩りになると私の誇りに賭けて誓う」

 

 頭を下げたまま、声を荒げて懇願する行冥。

 

 彼自身、自分が無茶を言っている事は重々理解している。特に目の前の少女にとって、自分が今あまりに残酷な願いを告げていることなど百も承知だった。

 

「……なんで私なのさ。育手なら沢山いるでしょ。それこそ、元水柱の鱗滝さんとか元鳴柱の──」

「上背のある姉のカナエならばそれでも何とかなるだろう。だが、妹のしのぶはあまりに華奢だ……今のままでは鬼の頸を斬るなど到底不可能。だからこそ、お前の力が必要なのだ」

 

 顔を上げた行冥は、その白濁とした両目を真っ直ぐ草加へと向けた。

 

「同じく華奢の身でありながら鬼の頸を斬るまで至ったお前以上に、適任となる者はいない」

「…………」

 

 息が詰まるような静寂が場を支配する。

 

 ほんの刹那であるはずの静寂が、永遠に思えるほど引き伸ばされる。

 目の前にいるはずに草加から感情が読み取れない。果たして今彼女が抱いているのは怒りか、失望か、悲しみか……。十二鬼月をはじめ数多の凶悪な鬼と退治した行冥も、この時ばかりは固唾を呑む。

 

「はぁ……」

 

 やがて草加が深い深いため息を吐き、彼女から漸く感情が読み取れた。

 

 それは行冥の予想に反し……呆れだった。

 

「参ったなぁ。大切な同期に己を賭けてまで頼み込まれるなんて、断れるわけないよ」

「っ! なら──」

「ただし、君には一切口出しさせないよ。私は私のやり方でやらせて貰うから」

「……ありがとう、恩に着る」

「あぁもう! またそうやって泣かないでよ……君にそこまで言わせるなんて、二人はさぞ優秀なんだろうね〜」

 

 いつもの調子を取り戻した草加に、感激のあまり行冥は再び涙した。

 数珠を持った手を合わせ、じゃりじゃりと姉妹の幸運を祈る。

 

 そんな行冥の姿に苦笑しながらも、草加もまた自身に好奇心が芽生えているのを否めずにいた。

 

 あの岩柱にここまで言わせる姉妹とは、どういう人物なのだろうか。

 

 すっかり冷めてしまった茶を飲み、ホッと一息つく。

 

「まぁ、こんな広いだけの屋敷に一人暮らしというのも寂しかったし丁度良かったよ。これから賑やかになるなぁ」

「……その事で、一つだけ私にも懸念点がある」

「んー?」

「それは……お前の生活能力の無さだ」

「ぶふっ!? けほっ、けほっ! い、いきなりなんてこと言うの!」

 

 あまりにも予想外すぎる言葉に飲んでいたお茶を吹き出す草加。

 しかも生活能力が『低い』のではなく『無い』と来た。

 

 心外と言わんばかりにジト目を向ける草加だが、行冥は至極真面目に指摘しているつもりだった。

 

「この客室以外の部屋の戸は硬く閉じられていたが、まともに掃除もしていないのだろう」

「うぐっ……!」

「中庭も雑草が生い茂り」

「ひゅっ……!」

「廊下は埃が舞い」

「…………」

「お館様から柱の名を授かった者の屋敷とは到底思えぬ」

「ひぃん……」

「柱たるもの、せめて自分の身の回りぐらい気にかけろ。このままでは下の者に示しがつかん」

「もうやめてよぉ……」

 

 血も涙も無い行冥の指摘に、今度は草加が涙を流しながら頭を抱えた。この男は周りの者には心優しく慈悲深い人格者でありながら、なぜか草加にだけ辛辣になる傾向がある。あまりの不条理に草加は更に涙した。

 

 だが、ここまで言われて黙っていられるほど、草加紫織という少女は甘くない。

 

 勢いよく立ち上がり、今までずっと放置されていた自身の日輪刀を手に、ビシッと行冥へ指を突きつけた。

 

「そこまで言うなら見せてあげるよ! その気になれば掃除なんてすぐできるんだから!」

「そうか。では今日の正午にここへ向かうよう二人には伝えておく」

「……へっ?」

「それならば、言伝を伝えに私も戻らなくては。すまないが草加、私はこれで失礼する」

「ちょいちょいちょい待ってよ悲鳴嶼行冥くん。勝手に失礼されると困るんだけど」

 

 ゆっくりと立ち上がろうとする行冥を止めようと草加は肩に手を置くも、お構いなしとばかりに行冥は立ち上がる。まるで夏の風鈴のように行冥の肩でフラフラと揺れるも、この男にとっては障害にすらならない。

 

 ズルズルと崩れ落ちる草加を背に、行冥は静かに告げた。

 

「南無阿弥陀仏……」

「それは誰に向けての念仏だぁ!」

 

 背中に突き刺さる恨めしそうな視線を浴びながら、行冥は草加の屋敷を後にした。

 

 

 

「……カナエ、しのぶ。君たちならきっと、草加の心も動かせるだろう。あの時、私の心も動かしたように……」

 

 

 

 





⚫︎大正コソコソ話

屋敷に来る度にあまり的確にダメ出しする悲鳴嶼に、紫織は「こいつ実は目見えてるんじゃね?」とたまに疑うようになった。

悲鳴嶼さんが柱になったのは8年前と判明していますが胡蝶家の惨劇がいつだったかは未確定だったので、本作では柱就任と同時期にしました。
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