蝶屋敷ができるまで   作:デスカラス

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その二 花屋敷

 

 

 

 悲鳴嶼にボロクソに私生活をダメ出しされ、あの大男が屋敷を後にするのを見送った直後。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

 屋敷の主こと草加紫織は雄叫びを上げていた。両手にそれぞれビチャビチャに濡らした雑巾を握りながら、一心不乱に屋敷中を駆け抜ける。

 

「悲鳴嶼行冥めぇ……人を私生活がだらしないダメ柱みたいに言いやがってぇ! 目にもの見せてやるぅ!」

 

 紫織は激怒した。

 かの盲目の鬼狩りを見返してやらねばならぬと決意した。

 

 紫織には悲鳴嶼のように他人の気配を読み取る事はできぬ。

 けれども他人の呆れるような視線に関しては人一倍に敏感であった。肝心の悲鳴嶼は盲目のため視線もクソもないが。

 

 だが、悲鳴嶼の指摘も一理どころか全面的に正しいと言わざるを得ない。むしろ毛ほども反論できないせいで紫織はここまで荒れている。

 

 この広大な屋敷には主人である紫織以外は誰も住んでいない。

 

 他の隊士や継子(つぐこ)どころか世話係の隠すらおらず、小さな少女一人で独占しているような状態だった。ある意味気楽とも言えるが、それは紫織が想像すらしていなかった弊害を産んだ。

 

 それは、使う部屋が実質的に限定されるということ。

 

 今の彼女の生活範囲では使うのは自室と客室、そして備え付けの稽古場ぐらいだろうか。要するに、他の部屋の掃除を日頃からする意味が無い。

 

 元々が私物をそこまで持たないため散らかっている訳ではないが、それでも埃や汚れは溜まる。また、中庭も大して拘りを持っていないためこちらも荒れ放題。かつてこの屋敷を建てた先代が植えたという桜の木の周りは雑草で地面が見えないほどだった。

 

 故に、まず初めに紫織は自身の日輪刀を手に雑草を根こそぎ切り裂いた。

 

 全集中の呼吸の型すら使い、鬼の頸ではなく雑草を次々と切る姿にはあの悲鳴嶼も呆れたように首を振っていた事だろう。しかし当の本人はそんな事などつゆ知らず、見渡しの良くなった中庭と桜の木を満足気に眺めていた。これは次の春が楽しみだ、と。

 

「ふぅ、後もう少しッ……!」

 

 そして冒頭に戻り、紫織は普段の虫も殺せなさそうなのほほんとした笑顔を消し、鬼気迫る表情で屋敷中を動き回っていた。草刈り開始からここまででおよそ四半刻。伊達に柱を名乗っていないと言わんばかりの快進撃だった。

 

「──終わったぁ!」

 

 最後の部屋も隅々まで拭き終わり、紫織は縁側で大の字になって倒れ込んだ。掃除程度で息が上がるほど軟弱ではないが、精神的にかなり疲れたような気分だった。

 だが、その表情は端から端まで満面の笑み。

 

「あはは、どうだ行冥くん。私だってやればできるんだぞ!」

 

 天井を見上げながら脳裏にあの盲目の大男の顔を思い浮かべる。今の屋敷を見ればきっと彼も驚く事だろう。実際は見えないのだが。

 

 しかし、思いの他掃除が早く終わったせいか、正午までまだしばらくは時間があるようだった。我を忘れているようできっちりと測っていた紫織は、悲鳴嶼が屋敷を出てからまだ半刻程度しか経っていないのが分かる。

 

 秋の涼しい風に揺らされ、中庭に聳え立つ桜の木がガサガサと音を立てる。寒すぎず暑すぎず、一年で一番快適と言ってもいい気温。

 

「ふぁぁ……まだ時間あるし、ちょっとぐらい良いよね……」

 

 必然的に避けられない睡魔に襲われ、紫織はそのままゆっくりと瞼を閉じた。数秒もしないうちに意識は暗転し、夢の世界へと旅立つ。

 

 悲鳴嶼の知らせを受けた姉妹が予定より大幅に早く屋敷へ向かっていることなど知るはずもなく。

 

 

⚫︎

 

 

「しのぶ、この屋敷で合ってるわよね……?」

「悲鳴嶼さんに書いて貰った地図通りに来たし、多分ここだと思う……」

 

 どこか不安げに目の前の大きな屋敷を見つめる姉へ『しのぶ』と呼ばれた小柄な少女はゆっくりと頷いた。手に持った和紙には達筆な文字で道のりが描かれており、屋敷や地形の特徴は一致する。やはり間違いないとしのぶが頷くと、姉──カナエはあまりにも大きすぎる屋敷に思わず息を呑んだ。

 

 『お淑やか』が服を着て歩いていると言えるほど普段から頼り甲斐がある姉だが、この時ばかりは緊張するのも無理はないとしのぶは隣で密かに苦笑する。

 

 二人にとっても今の状況は朝の時点では想像もしていなかったものだった。

 

「立派なお屋敷ね……悲鳴嶼さんのご紹介する育手の方って事は、かなり格式が高い方なのかしら……」

「上等よ。どれだけ厳しい人でも、絶対に鬼狩りになってやるんだから!」

 

 朝、何の説明もせず出かけた悲鳴嶼を見送って僅か半刻後。

 久しぶりに二人だけで終えた朝餉の片付けをしている最中に悲鳴嶼は帰宅すると、戻ってくるや否や一枚の地図をしのぶへ押し付けた。

 

──ここにある屋敷へ向かえ。お前たちの育手はそこにいる。

 

 そのまま一息つく間もなく任務へ出かける悲鳴嶼を、姉妹はしばし呆然と見つめた。

 

 確かに育手を紹介するとは言っていたが、果たしてこれは紹介と言ってもいいのだろうか。一切説明する気も見せずに一人勝手に任務へと赴いた悲鳴嶼の姿は、まるで再開したばかりの頃の冷たく素っ気無い彼ではないか。

 

 ここ数日で少しばかりは悲鳴嶼行冥という男と親しくなれたと感じていた姉妹にとって、そのあんまりな態度にどこか寂しさを覚えた。

 

 だが、それでも悲鳴嶼は約束を果たしてくれた。

 

 鬼狩りになれるかは、あとは自分たち次第。

 

 門を越え玄関の前まで来たカナエは大きく息を吐き、先ほどから心拍数が増すばかりの心臓を落ち着かせる。妹は既に覚悟を決めた眼差しで隣を立っているのだ──姉の自分が怖気付く暇などない。

 

 意を決して玄関に備え付けられた糸を握り、呼び鈴を鳴らした。

 

「…………あれ?」

 

 だが、待てど待てども屋敷の中から誰かが出てくる様子は無い。人の気配どころか物音一つすらも聞こえない、廃墟と見違えてしまうほどの静寂が場を支配していた。

 

 今度はしのぶが恐る恐る呼び鈴を鳴らすも、返ってくるのは変わらず沈黙ばかり。恐怖心や緊張感が薄れ、段々と苛立ちが自分の中から湧き上がってくるのをしのぶは感じた。

 

 戸に手を掛けると、幸いにも鍵は掛かっていなかったのかなんの抵抗も無くガラガラと音を立てて開いた。

 玄関から見えるのは奥深くまで続く廊下のみ。意を決し、しのぶは声を上げた。

 

「すみません! 悲鳴嶼さんからのご紹介で来ました! 誰かいませんか!?」

「ちょっと、しのぶ!? いくらなんでも──」

 

 思わずギョッと隣の妹を見つめるカナエだが、しのぶは意に介さずそのまま草履を脱ぎ捨て屋敷の中へと進み始めた。

 カナエも慌ててしのぶの後を追うも、内心は穏やかではない。これから世話になる予定の育手の屋敷へ無断で入るなど、一発で破門にされてもおかしくはない。

 

 だが、しのぶはそんなこと知ったことではないと言わんばかりにそのまま床板を踏みしめた。

 

「し、しのぶ? 姉さん、流石に勝手に入るのはまずいと思うなぁ……」

「悲鳴嶼さんに話を聞いてるはずなのに居留守使う方が悪いのよ! 全く、やる事が陰湿だわ!」

 

 苦笑する姉を横目に、しのぶは不快感を隠そうともせず吐き捨てた。

 

 わざわざ悲鳴嶼が朝から出かけて話をつけてきたのだろう。なのにこんな仕打ちなど、姉妹だけでなく悲鳴嶼の面子も潰すような暴挙だ。

 

 あの悲鳴嶼さんの面子を潰すなど言語道断!

 一言文句を思いっきり言わなければ気が済まない!

 

 既に闘争心を露わにしたしのぶは何人にも止められない。

 ようやく長い廊下を抜け、いざ家主の部屋へ突撃しようと覚悟を決めたしのぶと、そんなしのぶの様子に目を回しながらも追いかけるカナエ。

 

 怒りが蓄積され続けたしのぶに漸く待ったをかけたのは、廊下の先に広がっていた光景だった。

 

「わぁ、立派なお庭! ねぇ見てしのぶ! あそこで蝶が集まってるみたい! とっても綺麗ね……」

 

 思わず声を上げるカナエにしのぶも頷いた。

 

 まるで切りたてのように草は揃えられ、中央には立派な大木が周りを見守るように聳え立っている。また、縁側の近くにはいくつか植えられた花も見られ、花と花を行き交うように数匹の蝶が舞っている。

 

 特別派手な装飾や演出はないものの、姉の言う通り侘び寂びを感じる綺麗な庭だった。

 

「あら? ねえしのぶ、あそこに誰かいるみたい」

 

 しばし庭の美しさに目を囚われていたしのぶだが、姉に袖を引かれてようやく、縁側に人の気配を感じた。

 

 視線を向けると、そこには一人の少女が眠っていた。

 

 まるで灰を被ったような色素の薄い髪は腰まで届き、どこかあどけなさの残る表情で気持ち良さげに寝ている。鬼狩りの証である黒い隊服ではなく、その髪とよく似た灰色の浴衣の上から藤色の羽織を掛け布団代わりに被っていた。

 

 体格からするとおそらくカナエと同年代であろう少女だが、この屋敷に仕えている使用人だろうか。口を開けて涎を僅かに垂らしながら眠る姿は間抜けながらもどこか愛らしさ感じる。

 

 自分の中に僅かに残った毒気が抜かれるしのぶだが、少しばかり困惑している彼女の横をスッと風が駆け抜けた。

 

「ちょ、姉さん、何してるの!?」

 

 気がつけばカナエは少女の頭を正座した自分の膝の上に乗せ、まるで仔猫を撫でるような優しい手つきで少女の頭を撫でていた。

 

 瞬く間にあの体勢まで持っていく姉の身体能力は相変わらずだが、その抜群の運動神経のあんまりな使い道に思わずしのぶは頭を抱える。

 

「こんな硬い床の上で眠らせるなんて可哀想でしょ?」

「そんな『当たり前でしょ?』って顔しないで! 見ず知らずの子を勝手に──」

「こら、大きな声出さないの。この子が起きちゃうわ」

「姉さんはその子の何になろうとしてるの……。第一その子、姉さんと同年代じゃない」

「ふふふ、でもこんなに可愛らしい顔でお昼寝してる姿を見てしまうと、地元の子供たちを思い出すわね。みんなお利口さんで元気だったなぁ……」

「あぁ、姉さんの悪い癖が始まった……」

「だって……最近しのぶは全然甘えてくれないんだもの。姉さん寂しかった」

 

 頬を膨らませて自分を見つめるカナエに、しのぶは思わずため息を吐く。

 

「私ももう十歳よ? 姉さんに甘えるような年頃でもないでしょ」

「ねえしのぶ、この子の髪とても柔らかくて気持ちいい」

「現実逃避しないで。世の弟妹はいつかは姉離れするものなの」

 

 およよと泣くフリをするカナエを他所に、しのぶは深いため息を吐きながら未だに眠り続ける少女へと視線を向けた。カナエの膝枕を心地よく感じているのか、にへらと笑みを浮かべている。

 

(……何か気に入らない)

 

 まるで姉を取られたようで、少し気に食わない。

 

 気がつけばしのぶも姉の隣で少女の頬をツンツンと突いていた。

 押すたびにまるで大福餅のような柔らかさを感じるが、それが余計に憎たらしく感じる。

 

──姉さんの膝の上は私の特等席だったのに……。

 

「ふふふ、そんなに可愛い顔しないで」

「姉さんは黙ってて!」

 

 図星を突かれた頬を赤く染めるしのぶに、カナエはやれやれと首を振る。

 

「それにしても、しのぶがこれだけ騒いでるのにこの子全然起きないわね」

「まるで私だけ暴れてるみたいな言い方しないでくれる? 言っておくけど、見つけるや否や膝枕し始める姉さんも大概だから」

 

 だが、カナエの言う通り二人は特に声を抑えることもせず普段通り喋っているが、少女はいまだに膝枕の状態から起きる気配はない。カナエの膝が心地良いのか、むしろ眠りは深くなっている様子だった。

 思わずツンツンと頬を突く力が強まる。

 

「玄関も鍵がかかってなかったし、この子無防備すぎない……?」

 

 カナエに撫でられ、しのぶに突かれ、されるがままの状態の少女にしのぶは思わず呟く。

 それに悲鳴嶼邸を出てからしばらく経つが、もうそろそろ正午に差し掛かろうという時間帯だ。昼寝にしても起こさなければ──。

 

「──んみゃ?」

 

 と、その時。

 

 丁度しのぶの指が頬に沈み込んだ瞬間、少女の目がパチリと開いた。今まで起きる素振りすら見せていなかった少女の突然の覚醒に、しのぶは思わず目が合った状態で固まってしまう。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 三人の間で沈黙は流れる。

 否、カナエだけは変わらず優しい手つきで頭を撫でながら微笑ましいものを見るような眼差しで固まる二人を眺めている。こんな状況でも動じない姉に少し引きながらも、しのぶはゆっくりと指を少女の頬から離した。

 カナエとしのぶ、二人の姉妹を交互に見つめた少女は、漸く状況を理解したのか、にへらと笑みを浮かべた。

 

「……君たちが噂に聞く姉妹かな? あはは、寝ちゃってたみたいでごめんね〜。正午に来るって聞いてたから軽くお昼寝でもしようと思ってたんだけど、もしかして寝過ごしちゃった?」

 

 ゆっくりと身を起こした少女は乱れていた浴衣を手直しすると、掛け布団代わりに使っていた藤色の羽織に袖を通した。

 

 随分とのんびりした人だとしのぶは思った。

 見知らぬ女の子に膝枕されていたというのに、苦笑するばかりで動揺した様子は見られない。危機感が無いというか、二人をまるで警戒していない。

 

 だが、いつまでも見つめ合っているわけにもいかない。

 

 バツが悪そうに苦笑する少女にカナエは慌てて頭を下げた。

 

「ごめんなさい! でもそれなら安心して、多分私たちが早く来すぎただけだと思うから! 私は胡蝶カナエ。隣が妹のしのぶ。今日からこのお屋敷でお世話になります」

 

 頭を下げる姉に釣られ、しのぶもまた同じく頭を下げた。

 

「うん、宜しく〜。早速だけど、お屋敷を案内するね。色々と使える部屋と使えない部屋があるから、まずはそれを覚えて貰うところから始めよっか」

「あ、それならまずこのお屋敷のご主人に挨拶したいんだけど、今どちらにいらっしゃるのかしら?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 カナエの言葉に少女は目を丸くして首を傾げた。

 だが、少女のその反応に逆にカナエとしのぶも首を傾げた。

 

 これから世話になるのだから、当然主人への挨拶は真っ先に済ませるべきだ。なのに目の前の少女は質問が理解できないと言わんばかりに疑問符を浮かべ、三人揃って首を傾げる羽目になった。

 

 腕を組んで考え込む少女はやがて何か合点がいったのか、ポンと手を叩いた。

 

「もしかして行冥くんから何も聞いてない感じ?」

「「行冥()()?」」

 

 『行冥』といえば悲鳴嶼の下の名前だったはずだ。

 

 十九歳という若さで柱まで上り詰め最近では鬼殺隊最強とまで噂されている悲鳴嶼行冥を、この少女はあろうことか呼び捨てにした。礼儀も知らぬ無礼者なのか、あるいは……。

 

 脳裏に浮かぶ最悪の可能性に、姉妹は冷や汗を流した。

 

「きっと行冥くんなりの考えがあって黙ってたんだと思うけど、全部丸投げされるのはちょっと困るかなぁって……あはは」

 

 言葉を失う姉妹を他所に少女は苦笑しながらも佇まいを正し、なぜか震え始めた姉妹へ向き直り、無情にも告げた。

 

 

「鬼殺隊・花柱()()の草加紫織です。一応この『花屋敷』の主人をやらせて貰ってるよ〜」

 

 

「花……柱……?」

 

 その言葉を呟いたのは果たして姉妹のどちらだったのか。

 

 柱。

 鬼殺隊の中でも最大で九人しか存在しない、鬼狩りの頂点。つまり目の前でのほほんと自分たちに笑いかけるこの小柄な少女は、あの悲鳴嶼と同じ立場に君臨する剣士。

 

 目を見開いて紫織を見つめるカナエとしのぶの脳裏に浮かぶのは、この屋敷に着いてからの自分たちの行動。

 

──屋敷に無断で立ち入る。

 

──あろうことか休憩中の柱を叩き起こす。

 

──それに気づくこともなくまるで同年代の少女のように接する。

 

「「大変申し訳ございませんでしたっ!!」」

 

 胡蝶姉妹が揃って美しい土下座を即座に披露したのは言うまでもない。

 

 

 

⚫︎

 

 

 

「先ほどは大変失礼致しました、花柱様! まさか花柱様がこんなにお可愛らしい、じゃなくて愛らしい、じゃなくて、えっと……」

「姉さん???」

 

 あわあわと目を回しながらトチ狂ったことを言い始める姉を必死で宥めながら、しのぶは床に額を埋め込む勢いで頭を深々と下げた。

 普段はしっかり者の姉だが、予想外の事態になると途端にこうしてポンコツになる時もあるから油断できない。この天然で何人の健全な男子を虜にしてきた事か……。

 

「待って、屋敷に入ろうって言ったのは姉さんじゃなくて私なの! だから罰を与えるなら姉さんじゃなくて私にして!」

 

「別に気にしてないってば。そもそも何一つ説明してなかった行冥くんが全部悪いんだから、彼の事は後で厳しく叱っておくよ。めっ!って感じで」

 

 そんな初々しい姉妹に苦笑しながらも、紫織の矛先は脳裏に浮かぶ盲目の大男へよ向けられていた。掃除の件も含めて今度きっちりケジメを付けさせるつもりだ。

 

「しかし、悲鳴嶼さん……岩柱様から、柱は夜間の緊急任務が多いとお伺いしています。その影響で昼夜が逆転されているお方が多い事も。花柱様も──」

「ああ、それなら大丈夫、私は別に寝不足とかじゃなくてお昼寝が趣味なだけだから。ほら、こんなに良い天気なのにお昼寝しないなんて勿体無いと思わない?」

 

 ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべながら、紫織は縁側から空を見上げた。雲一つ見当たらない快晴から陽の光が差し込み、暖かい陽だまりを作っている。未だ肌寒さが残る季節とは思えないほどの居心地の良さに、カナエとしのぶも思わず強張った表情を緩めた。

 

 見れば見るほど、目の前で朗らかに笑うこの少女が鬼狩りとは思えない。どこかの田舎町の町娘と言われても違和感がないぐらい、荒事とは無縁そうな雰囲気を醸し出している。

 

 なんというか、とても緩い。

 眺めているだけで心が休まるようだ。

 

「あ、それとさっきも言ったけど私はあくまで()()の柱だから、そんなに畏まったりしないでね。行冥くんと同じ感じに接してくれていいよ。あと、できれば名前で呼んでくれる方が嬉しいかなぁって思ったり……」

 

 最後は視線を泳がせて弱々しく呟く紫織に、カナエとしのぶは互いを見合うと、クスリと笑みをこぼした。頑張って友達を作ろうとしている女学生のような様子に、柱だからと必要以上に緊張していた先ほどまでの自分達が可笑しく思えてくる。

 

 どうやら緊張していたのは自分たちだけではなかったようだ。

 

「ごめんなさい、私もしのぶも少し緊張してたみたいです。これからも宜しくお願いしますね、紫織さん」

 

 名前で呼ぶカナエに、紫織は花が咲いたような笑顔を浮かべてはにかんだ。

 

「うん! じゃあ早速だけど、着いてきて」

 

 雰囲気を和らげた胡蝶姉妹を背に、小柄な背中がパタパタと歩き始める。

 

 屋敷の案内は、意外にも丁寧なものだった。

 

 稽古場や事務室、台所や風呂場など、主要な設備を一つ一つ説明しながら見て回っている。どうやらこの屋敷は随分と部屋の数が多いようで、まるで小さな旅館のようだった。父も母も多忙で旅行とは縁がなかった胡蝶姉妹は、初めて見る大きさの屋敷にどこか目を輝かせている。

 

「ここって元々は鬼殺隊専用の孤児院みたいに使われててね。鬼に家族を奪われて行く宛もない子をここで預かったりしてたの」

 

 「今は私しか住んでないけどね」とどこか哀愁を漂わせて付け加える紫織に、カナエは悲しげに目を伏せた。

 

 この屋敷は本来、親を失い天涯孤独の身となった子供が世話になるべき場所だ。遠縁の親戚がいながら、それを捨ててまで鬼狩りになろうとする自分たちが来るべき場所ではない。

 

 言いようのない罪悪感がカナエの心に重くのし掛かる。

 

 だが、そんな罪悪感も気づいてか、紫織は慌てて言葉を続けた。

 

「でもこれも私の先生──先代主人までの話だから気にしないで。少なくとも私が花柱代理になる前から、孤児を引き取った事は一度も無いよ」

「あの! さっきから気になってたんだけど、花柱()()ってどういうことなの? 悲鳴嶼さんみたいな普通の柱とは違うの?」

 

 空気が沈み始めた姉を見て、しのぶは慌てて話題を変えた。

 当の本人は気落ちしているカナエに気づいていないのか、しのぶの問いにも特に戸惑うことなく答えた。

 

「私は名目上は花の呼吸を使う柱だから花柱になるんだけど、私の使う花の呼吸は先代と比べるとお世辞にも極まったとは呼べないお粗末なものでね。だから柱に任命された時、しっかりと花の呼吸を使える隊士が出てくるまでの数合わせとして『代理』になるよう、私が希望したんだー」

 

──お館様には強く反対されたけど。

 

 花柱襲名の際に浴びせられた、穏やかでありながら芯の通った強かな声を思い返して、紫織は心の中で深いため息を吐いた。あの時は生きた心地がしなかったが、それでも頑なに首を縦に振ることを拒否した。

 

「今の鬼殺隊はいわば世代交代の真っ只中なの。柱も何人も引退して、柱になる条件を満たしてたのが私と行冥くんだけだった、それだけの事。きちんと花の呼吸を継承してくれる子が出てきてくれたら、私は喜んで柱から降りるよ。だから期待してるね──」

 

 くるりと胡蝶姉妹へ振り返る紫織。

 

「君たちの内どちらか、あるいは二人とも、私なんか蹴り落として立派な花柱になってくれるのを」

 

 笑みの裏に隠された有無を言わせぬ威圧感に、カナエとしのぶもまた力強く頷いた。

 

 

 




⚫︎大正コソコソ話⚫︎

育手と聞いていたのにまさかの柱を紹介され、実は内心キレてる胡蝶姉妹。同じく全部自分で説明する羽目になって内心キレてる紫織。後々三人は、次に悲鳴嶼さんが来た時三人でツンツンしまくると決意している。
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