・転生したけど何か質問ある?
自分がポケモン世界に転生したことに気づいたのは7歳くらいの時だった。
それまでの自分が漠然と感じていた違和感を明確に自覚し、自分が転生したことを理解したのは、ちょうど学校の授業でポケモンについての授業を受けていた時のことだ。
ポケモン、ポケットモンスターはこの世界で人間にとって存在するのが当たり前の生き物であり、街中に野生のポケモンが迷い込んでくることだって別に珍しくないし、なんだったら家にポケモンがいる、という子供だってたくさんいる。
だからこそトレーナースクールではない普通の学校でも子供の内にポケモンという存在についてある程度の学習をすることは当然と言えた。
そうして習ったことを1つ1つノートへと書き取りながらふと思ったのだ。
―――なんか聞いたことある気がする。
そんな漠然とした既視感のようなものを感じながら授業を受けて、さらに次の授業で実際にポケモンと触れ合うことになった時、見たことの無いポケモンについての知識が頭に浮かびあがってくる。
皆が無邪気にポケモンと触れ合っている横で呆然としたら浮かび上がる知識を飲みこみ続けて、そうしてその全てを理解した時、笑みが浮かんだ。
ポケモンだ、目の前にポケモンがいる。
そのことに気づいて、多分クラスの中で一番はしゃいでいたと思う。
何故か知らないことを知っている、そんな矛盾をこの時ボクは全く気にしていなかった。
そして授業の最後のほうでポケモンバトルをしてみたい子たちを先生が募った。
ポケモン同士を戦わせるポケモンバトルは世界中で人気の競技である、大半の子供たちは興味があると手を挙げた。
そうして始まったポケモンバトル大会。
まあ使えるポケモンも子供が使うレベルに合わせられていてなんだったら『たいあたり』や『ひっかく』だけのレベルの低いやり取りだったのだが、その中でもボクと……もう1人の子はちょっと格が違った。
自分でもわけが分からなかったが、ボクは自分に割り振られたポケモンが何ができて、何が得意で、何が不得意、そういうことを何故か理解していて自分のポケモンがやりやすいように動かすことができた。
対してもう1人の子は普段はクラスでも目立たない大人しい子。無口で、無表情で、遊びに誘ってもあんまり興味が無いといった反応を返しているので自然とクラスの中で埋没してしまっている子。
別にいじめられているというわけではないのだが、誘っても乗ってこないとクラスの中でも交流が徐々に減っていき、最終的に他人から興味を持たれていない影の薄い子というイメージだった。
そんな子が今はどうだろう、ポケモンバトルが性にあったのか、無感情で動くことの無かった表情は笑みが浮かんでおり、ポケモンとまるで一心同体と言わんばかりのシンクロ具合でバトルに勝ち上がっていた。
そうして何度かバトルをして、最終的にボクとその子の戦いになった。
結果だけを言えばボクの勝ちだ。
ただしそれは相性勝ちといっていいのかもしれない。
何せボクの使ってたポケモンがサンドなのに対して、その子の使っていたポケモンはピカチュウだったのだから。
そうしてピカチュウが倒れた時に、ふとボクは気づいた。
―――ああ、そっか、ここポケモンの世界だったんだ。
まるでバトルに勝ったことで何かの機能が解放されたかのように、それまで不明瞭だったものが一気に明確になった気がした。
* * *
前世の記憶というものはほとんど無いが、ポケモンというゲームをやっていた知識はある。
そのせいか分からないが、転生したことを自覚した後も正直何か変わったということはあまり無かった。
というのもプレイヤー時代のボクというのはだいたい今のボクと同じような性格をしていたらしい。
どんな人格だったかとかそういう知識はないが、どんなプレイをしていたか、の知識はあるのでそこから考えるとおおよそボクがやりそうなことをやっているので多分そうなのだろう。
だからボク自身の生活は何も変わっていない……かと言われれば少しだけ異なっていて。
あの日最後にバトルしたピカチュウ使いの子。
クラスでも目立たない地味なあの子。
無口で、無表情で、他人に興味なんて無いと言わんばかりの態度だった子に何故か懐かれた。
相変わらず無口で、無感情で、ボク以外の他人に興味なんて無いと言わんばかりの態度だが何故かボクにだけは話しかけてくる。
多分切っ掛けはバトルに勝ったことなのだろうと思うが、突如豹変といっていいほどのレベルで変わった態度に多少困惑したがそれもしばらくすればすっかり日常となっていて。
元よりボクだって友達は多くなかったせいかいつからか、とことこと後ろを突いて来るその子のことをまあいいか、と受け入れていた。
まあボクはその子と違って別に人付き合い自体は悪いわけでは無かったが。
ただ自分がどうしようも無く異端なのは自覚しているので、深く付き合うことはしなかった。
これに関しては前世の記憶に目覚める前からのことであり、こればかりはもう生来のものだから仕方ないと思うしかない。
……まあ簡単に言えば『女装癖』みたいなものがボクにはある。
正確には異なるのだが、まあ周囲から見れば多分同じなのだろう。
人付き合いの良さや、容姿の良さでクラスから弾かれるようなことは無かったが、それでも他人から見て変なのだろう自覚はあるので深く付き合おうとするならば……友達になりたいと思うのならばそこに寛容な人間でなければならなかった。
そういう意味でボクに懐いてきたその子はボクにとって実に仲良くなれそうな存在だった。
―――恰好? 別に良いと思うけど、似合ってるし。
ボクの服装を見ておかしくない? と問うてみれば無感情な口調でそう答えるその子は多分寛容というよりは無関心だった。
寛容という言葉は結局受け入れがたいものを受け入れているだけだ。だから受け止め切れないものは受け入れられない。
無関心は最初からどうでも良い。受け入れるか否か、その裁定すら無い。
多分その子はボクがどんな格好をしていてもよほどマナーに反したものでは無い限り気にしないのだろう。
だから簡単に似合っている、なんて言える。
それはそうだろう。ボクは自分の容姿が優れていることを自覚しているし、何よりその容姿が中性的……いや寧ろ女の子寄りであることを自覚しているからこそこんな格好をしているのだから。
女装だって結局、今の自分に一番似合っている服装を選んだだけなのだから、似合っているのは当然のことだ。
そう、だからこそボクはその子とこの先も長く付き合っていられる。
ボクの恰好を見て、受け入れるのでも無く、あるがままに受け止めてくれる存在。
それはきっと母親を除けば初めての人間だったから。
* * *
ボクの住んでいる街は『マサラタウン』という。
プレイヤーなら名前でピンとくるかもしれないが、カントー地方でゲームでも最初の街だ。
ゲームでは家が3件しかない限界集落だし、アニメでも広大な地域に家がぽつぽつとしかない田舎町といった感じだったが、現実には人口3万程度のそれなりの規模の街である。
正確には一言に『マサラタウン』と呼んでいてもその中にいくつかの地区があり、それぞれの地区で3千~4千人程度の人が住んでいて、それぞれの地区に学校などがある。
ボクの住んでいる地区はその中でも『マシロ地区』と呼ばれる多分マサラタウンでも一番人の多い地域だろう。何せ近所にオーキド博士の研究所があるのだから。
当然ながらボクが通っている学校もこの『マシロ地区』の学校であり、家から徒歩20分ほどの場所にある。
学校には6歳からの子供が通うことになるのだが、卒業するタイミングが10歳と12歳の2パターンあり、簡単にいうと進学するか否かで別れる。
10歳で卒業するのは『ポケモン保有資格』の取得が10歳からであり、将来的にトレーナーになりたい、なろうと思っている子供は10歳で卒業することになる。
ただし一言にトレーナーといってもゲームのようにポケモンバトルをメインに添えているわけではなく、定義的には『ポケモンを使った業務に携わる人間』の総称だ。
例えば引っ越し業でゴーリキーに手伝ってもらったり、土建屋でワンリキーに地面を固めてもらったり、或いはポケモンセンターや警察などもひっくるめてポケモンを扱う職業全般を『トレーナー』と呼ぶ。
その中でもバトルをメインとする『ポケモントレーナー』になりたい子供は10歳になった後、そのまま旅に出たり、或いはもう2年追加でトレーナーズスクールに通ったりする。
逆にそれ以外の子供は12歳まで学校で勉強し、さらに上の学校に進学することになる。
ボクに関して言えば10歳で卒業してそのまま旅に出ようと思っている。
前世において旅というのはそう簡単なことではないのだが、この世界において『正規トレーナー資格』を持った人間はポケモンセンターなどの施設の利用が無料になり、その中には食堂や宿泊施設などもあるので前世よりずっと旅しやすい環境がある。
本気でポケモントレーナーを目指す子はポケモンスクールに通うことが多いらしいが、ここで覚えることと言えばタイプ相性とか状態異常の種類だとかゲーム時代だと割と前提レベルの知識らしいので別に通う必要性は無さそうだった。
それにポケモントレーナーのことを聞きたければ母さんに聞けば良い。
ボクの母さんは元はイッシュ地方でリーグトレーナーをやっていたこともあるエリートトレーナーであり、家にはかつての手持ちだったポケモンが多くおり、母さん自身もバトルに造詣が深いので教師役としては適役だった。
因みに現在ボクはポケモンを所持していない。
基本的にポケモンの所持は10歳になってからという常識がある。
別に破ったからと言って罰則があるわけではないが。
あとポケモンを4体以上『保有』するのには法律的罰則がある。逆に言えば3体までは常識の問題でしかない。
なのでゲームのように明らかに10歳未満だろうという子供がポケモンを持ってバトルを仕掛けてくること自体はまあ別に違法ではない。
まあそういうわけで今はまだポケモンを持っていないが、いずれ正規トレーナー資格を取ればポケモン博士から初心者用ポケモン……いわゆるプレイヤー的にいうならば御三家をもらえるのでそれが初めてのポケモンになるのが一般的だろう。
ゲームだとカントー地方のポケモン博士といえばオーキド博士しか聞かないが、実際には色々な街に複数のポケモン博士がいて、リーグと提携して初心者用ポケモンの配布を行っている。
因みにオーキド博士もだがゲームでいた『レッド』だとか『グリーン』だとかそういういわゆる『原作キャラ』という人物たちはすでに旅に出ているらしい。
ゲーム知識を思い出してから気になって調べたのだが、どちらも2年程前に旅にでてすでに『殿堂入り』しているのだとか。
ボクたちが旅に出る3年後を考えればすでに金銀のストーリーすら終わっているだろうし、すでに事件の終わった平和な旅になりそうだった。
* * *
・せっかくだからボクはこの怪しい館を選ぶぜ
暗い夜空を眺めながらベッドで横になる。
赤のニットセーターをパジャマに着て横になれば少し暑かったので薄手のタオルケット1枚をかけて目を瞑ればまだまだ子供の体はあっという間に眠くなっていく。
そうして意識が闇に落ちていき……。
「えっと、ここ……どこかな?」
周囲を見渡すがどことは知れない森の景色。
見上げた空は夕闇から夜へと移り変わる紫色に染まっている。
まるで現在地を理解できるようなヒントは無かった、があからさまに入ってこいとアピールするかのように目の前に建つ屋敷の入口がゆっくりと開く。
外観はすでに相当に古びており、あちらこちらに蔦が生えており年季を感じさせる。
窓を通して見える室内の様子は真っ暗であり、まるで外界と遮断されているかのようでもあった。
「うーん、不気味だなあ」
どうしてこんなところにいるのか、全く記憶にない。
最後に思い出すのは自室のベッドに寝転がって眠ろうと目を閉じた瞬間。
「連れ去られた……っていうのは無さそうかな?」
寝る前に着ていたパジャマから普段からちょくちょく着ている比較的性差の出ない短パンにシャツに短パンから肩へと延びるサスペンダー。
さすがにパジャマからこれに着せ替えられたのならば起きると思うので可能性としては……。
「夢とか?」
ベッドで寝ていたら気づいたらここにいたのだから、それが一番それっぽい気がする。
それにしては意識がはっきりとしているが。
試しに手を抓ってみるが普通に痛かった。
「やっぱ夢じゃない?」
どちらにしろ他にできることも無さそうなので、目の前の屋敷に入ってみることにする。
危なくないか? と問われれば否定はできないが、かといってじゃあ後ろの森に入るのか? と言われるとそれはそれで何がいるのか分からず怖い。
外で待っていれば、と思わなくも無いがそれで何か変わるかと言われると分からない、としか言いようがないし、外で待っていても何も来ない、という保証もない。
結局何も分からないのだから動いても動かなくてもあまり変わらないのだ。
だったらまだ行動していたほうが健全だろう。
そうして屋敷に一歩踏み入れた、瞬間。
ぼっ、と屋敷のあちこちにあった壁掛けの蝋燭に火が灯る。
ただし普通の火じゃなく……何故か紫色の炎だ。
「あーやしー」
思わずジト目になって呟くが、かと言ってビビッて逃げようにも振り向いた瞬間に扉が閉じてしまった。
ドアノブを捻るが全く動く気配は無い。
「ガチホラー展開じゃん」
そう言いつつ心のどこかで余裕があることに驚く。
何故だろう、ホラー展開だと自分でいっていて何故か怖さがあまりない。
「……しかたないね」
声に出しつつ、歩みを進める。
まるでこちらに来い、と言いたげに暗い屋敷の中で次々と蝋燭に火が灯って道を示していく。
そうして蝋燭の炎に導かれるままに屋敷の中を歩いて行き、やがて通路の奥にあった部屋の1つにたどり着く。
周囲に他に部屋などは無いし、扉のすぐ傍にある蝋燭に火が灯っているので間違い無くこの部屋の中なのだろう。
「なんだか不思議な気分だなぁ」
ここまで来て怖さより妙なワクワクがある。
期待感、とでもいうのか。
そう、期待だ。
今ボクは何かを期待していた。
自分でも分からない何かを、それでも確かに心が期待していた。
「……行こう」
一つ深呼吸して、扉を開く。
古い屋敷らしく妙に重い扉をそれでもゆっくり開いて行き、そうして中へと入る。
そこにあったのはごく普通に部屋。
古びたベッドがあって、埃を被った机が1つ。
壁際には本棚があって分厚い本が並んでいる。
そうして。
「……ボクを呼んだのはキミかな?」
目の前にふわふわ浮かぶ蝋燭のようなソレを見やりそう問いかけて―――。
「もし?」
可愛らしい鳴き声が返ってきた瞬間。
「……うん?」
目を覚ます。
気づけば先ほどまでの古い屋敷はどこにも無く、自室のベッドの上、そして窓からカーテン越しに差し込んでくる朝日。
「えっと……夢?」
思わず出てきた言葉に、意識がようやく現実を認識する。
夢、ただの夢。妙に現実的だったが、それでもただの夢だったのか、と内心で安堵したのか、それとも落胆したのか、自分でも良く分からない。
それでも夢は夢と処理しながら思わず頭を掻いて……。
「もし!」
ふにゃり、と妙な感触がした。
「ん?」
ついでに頭の上から聞こえて来た声に向けて両手を伸ばし、その手が何かを掴む。
そっと手の中のソレを傷つけることの無いように優しく降ろして視線の位置まで持ってくる。
そうして視界に入ったソレを見やり。
「ヒトモシ?」
「もし!」
呟いた言葉に手の中のソレ……ヒトモシが楽しそうに手を上げて鳴いた。
* * *
・さてはオリ主だなオメー???
夢から目覚めたと思えば夢の中で見たポケモンが現実に出てきた。
何を言っているのか分からないと思うが、ボク自身何を言っているのか分からない。
だが目の前で起こったことをそのまま説明するのならばそうとしか言いようがないのだから仕方ない。
比較的自身に懐いた様子のヒトモシを頭に乗せたまま母さんの元に向かえば、目を丸くしてそれからボールを渡してきた。
ボールを受け取ると、それを差し出すより先にヒトモシがひょいと手の中に降りてきて、そのままボールの先端のスイッチに触れる、そのまま捕獲された。
ボールに入って一度も揺れなかったのだがどれだけゲットされたがっていたのだろうか。
全く抵抗されなかったどころか自分から喜々としてゲットされに行ったヒトモシに、母さんが不思議そうに首を傾げ、どこで見つけてきたの? と問うてくるが、こちらとしては夢の中、としか答えようがなく、案の定何を言っているのかと問われるのかと思っていたのだが予想外に母さんが驚いた様子で自室に走っていく。
それからしばらくして戻って来た母さんがボクに見せたのは『Cギア』と呼ばれる通信装置の一種らしい機器……の試作品。
なんかそんなの聞いたことがあるような……。
過日に蘇ったばかりの記憶の片隅に引っかかる何かを感じながらそれが何かと問うてみれば、この通信機器の機能の一つに『ポケモンの夢の中』に関するものがあるらしい。
ポケモンの夢の中……というワードに記憶の検索が引っかかって即座に思い出す。
ポケモンドリームワールド、第五世代に存在したゲームの通信機能を使ったミニゲームのようなものだった覚えがある。
確かにあれもポケモンの夢の中に入ってみたいな内容だったが、それを現実に持ってくるのにハイリンクという特別な施設……というより土地が必要だったはずなのだが。
というかこれだって『ポケモンの』夢の中に入ることができるのであって、『夢の中で』ポケモンと出会う機能とはまた別の話だと思うのだが……けれど何が違うのかと問われればどうなのだろう?
とにかく母さん曰く、最近使った覚えは無いが、それでも過去に実験的に使ったことはあるらしいので、もしかしたらこの機能のせいかもしれないとのこと。
ヒトモシ自身に何か問題があるようにも見えないし、何よりも自分からボールに入ってくるくらいに懐かれているのだから、そのままゲットしておけば良いとのことだった。
本来10歳までは不必要に持たせるべきではないが、これほどまでに懐いているのならば寧ろ引き離すほうが可哀そう、という判断になるらしい。
まあそんなわけで、10歳を待たずしてポケモンをゲットしてしまったのでヒトモシを頭の上に載せたまま学校へ向かう。
因みに学校にポケモンを連れてきていいのかと言われると別に良い。何故ならポケモンの世界だから。理由になってないが、何故かこれが通る。
ただし頭の上に引っ付くヒトモシは学校では目立つ。
アニメのピカチュウのようにこのヒトモシ、どうにもボールに入りたがらないのだ……最初は自分から入った癖に。
前世の記憶を思い出したことで、授業の大半がすでに既知の知識となってしまってはいたが、それでもサボるような真似はしたくないので真面目に授業に取り組んでいるのだが、そうしていると頭の上でヒトモシが退屈そうにしているのだ。
静かにできないならボールの中に入るか家にいるかしてもらうと言っているので騒ぎ出したりはしないのだが、周囲をきょろきょろと見ているので他の生徒たちだって集中できない。
このままだと怒られそうだったので膝の上で寝かしつけて授業をやり過ごすのだが、休憩時間になるとあっという間にクラスの子供に囲まれた。
ヒトモシというカントー地方では珍しいポケモンに皆興味津々のようだった。
その中でも最近友人になったボクに懐いてきたその子に関しては特に反応が強かった。
ボクの袖を掴んだままじっとボクを見つめるその子の目がこう言っている。
―――自分もポケモンが欲しい、と。
まあ実際そんなこと言われても困る話だ。
別にボクだって捕まえようと思って捕まえたわけでも無いのだから。
けれどまあ無下にするのもどうかと思うので、母さんにボールをもらって一緒に近場の草むらに向かう事にする。
え、マナー?
あれはまあ子供が無責任にポケモンを捕まえて御しきれないなんてことが起きないようにするためのものだし、多分大丈夫でしょ。
この間の授業でのポケモンバトルを見れば分かるが、あの子には確実に才能がある。
ポケモンに好かれる才能、ポケモンを従える才能、ポケモンと共に戦う才能、つまりトレーナーとして天賦のものを持っている。
そんなあの子がポケモンに対して無責任になるなんてことは無いだろうし、大丈夫だろう。
それをちゃんと納得させたからこそ、母さんもボールをくれたのだ。
というわけで、イソノーポケモン探しに行こうぜ。
* * *
「……誰?」
いつも通りの無感情な黒い瞳がボクを見つめる。
マサラタウンの周辺は広大な自然が広がっているわけだが、そっちは人の手が加わっていないので迂闊に立ち入ると危険だ。
なので基本的に子供でも安全に歩ける北側の道路を抜けていくことになる。
「イソノって誰?」
「ところでどんなポケモンが良いの?」
「……イソノって誰?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ピカチュウ」
ピカチュウかあ、と困惑しながら呟く。
残念ながらマサラタウン周辺でピカチュウは生息が確認されていない。
もしかすると人の手の入っていないところにいたりする可能性も無いわけでも無いが、公式的にピカチュウは『トキワの森』周辺が生息地だ。
ゲーム時代のマップを考えるならトキワシティは隣街なので別に行って来れば良くない? と思うかもしれないが、マサラタウンですらゲーム時代の1000倍は広大なのだ、トキワシティまで子供の足で片道3日といったところか。
「諦めよう……ボクたちにはまだ早すぎたんだ」
「…………」
ジト目の視線を躱しながら道を歩いていると、傍にあった草むらが揺れる。
お、コラッタかポッポでも出てくるか、と身構えボールを構え。
「ピカ?」
飛び出してきた黄色い体に驚愕する。
ぴょこんと草むらから飛び出したその姿はまさしく今探すことを諦めたはずのピカチュウそのものだった。
びっくりし過ぎてボール片手に動けないボクを見て、ピカチュウが悪戯めいた笑みを浮かべ。
「ピカ!」
飛び上がり手の中のボールを尻尾で弾く。
そのまま浮かび上がったボールをキャッチしようとして……。
「ん」
まるで導かれるかのようにあの子の手元にボールが落ちてくる。
その手の中のボールを一瞬見つめ、目の前で首を傾げるピカチュウへと視線をやり。
「ピカ!」
その一瞬の間にピカチュウが走り出す。
咄嗟にあの子が突き出した手の中のボールをすり抜けて、そのままその背後に去って行こうとして……。
「もし!」
ぴたり、と足を止める。
いつの間にかボクの傍から離れていたヒトモシがピカチュウから
まるで体が硬直したかのように動かなくなったピカチュウを見やり、叫ぶ。
「投げて!」
「……!」
ボクの声に反応して投げられたボールは何故か動かないピカチュウを真芯に捉え、ピカチュウがボールの中に吸い込まれていく。
かたり、かたり、かたり、と三度揺れ動き……かちん、と音がして捕獲が完了した。
「…………」
「…………」
数秒、場を沈黙が支配する。
元より無口なあの子はともかくボク自身、事態の急展開に頭が追いついていなかった。
やがてボクよりも早く混乱から立ち直ったらしいあの子が草むらに転がるボールを拾い、軽く投げれば中からピカチュウが飛び出す。
「ピカピ?」
「……ん」
不思議そうにあの子を見上げるピカチュウに、しゃがみこんで目線を合わせたあの子がそっと手を差し出す。
ん、の一言にけれどよろしくの意味を込めたのだろうことは何となく分かるが、もうちょっと言葉に出しても良いんじゃないか、ボクがそんなことを思っていると少しだけピカチュウが考えた風に小首を傾けて。
「ピカ!」
にっこりと笑みを浮かべてその手を取って可愛らしく握手する。
良く分からないが何故か通じ合えているらしいのは分かったので、ひとまず安堵する。
そうして。
「アカリ」
あの子の名を呼べば早速仲良くなったピカチュウを肩に載せながらあの子が振り向く。
ピカチュウを肩に載せ佇むその姿に何故か既視感を感じたような気がしたのだが、多分気のせいだろうと思いつつ。
「やったね」
「ん」
そんなボクの言葉に、短く、けれどいつもよりもずっと感情の入った声でたった一言呟き、頷いた。
* * *
―――完全に理解した。
そうボクはこの時ようやく理解した。
本来ならばマサラタウンにいるはずの無いピカチュウが何故かいて。
ちょうどその時、偶然にもボクたちがポケモンを探しに普段は持たないモンスターボールを片手に道を歩いていて。
そうしてピカチュウと偶然にも出くわすその可能性は一体いくらだろう。
答えはあり得るはずがない、だ。
しかもゲットしたのがボクのような転生した元プレイヤーを除けば学校で一番と言って良いほどにトレーナーの才能のありそうな子供。
その子が学校で使っていたピカチュウと同じ種族を欲したその日に先のように出くわす。
どう考えてもこれは普通じゃない。
普通なら起こり得ないことが起こるのだから、それはきっと普通じゃないのだ。
だからこそボクは理解したのだ。
転生者たるボクの7歳の子供からすれば膨大とも言える知識をフル活用してようやくたどり着いた答え。
それは、あの子……アカリの正体。
原作……ゲームの中にあんな子はいなかった。
ここは……この世界はゲームではないけれど、現実だけれど。
だからこそ起こり得るその可能性。
そう。
前世を思い出す中で出てきたピッタリな表現で言うならば、アカリ、あの子は―――。
「さてはオリ主だなオメー???」
主人公に他ならない!!!