さてはオリ主だなオメー???   作:水代

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ある日森の中熊さんに出会った

 

 

 ・男の子? 女の子?

 

 

「ヒマワリって器用だね」

 

 少し調子外れな鼻歌を歌いながらすいすいと縫い針を動かす。

 その手つきは慣れたもので、手縫いのはずなのにみるみる間に衣服が出来上がっていく。

 思わず感心の声が出てしまったが、そんなボクの誉め言葉にヒマワリが苦笑する。

 

「昔からこういうの細かい作業だけは得意だったんですよ。ボク」

「だけ、なんてものじゃないよ。本当にすごいって」

 

 彼女のいう昔、というのがきっと他の人たちが思うよりもずっと昔なのだろうことを察する。

 昔取った杵柄というやつだろうか、或いは本当に本職だったのかもしれない、なんて想像してみる。

 特技を褒められて照れくさそうにしているヒマワリだったが、その手つきは淀みない。会話している間にも手は動き、針が進んでいく。

 そうして一通り縫い終わり、最後に余った糸をそれ用の鋏でパチンと切れば。

 

「これで完成ですね」

「おぉー!」

 

 ヒマワリが自信作とばかりに笑みを浮かべて両手で広げたのは白のリボンと黒のフリルが各所に飾られた黒いワンピースドレスだった。

 とても自分と同じ歳の子供が作ったとは思えない出来栄えに、先程の本職説がボクの中で真実味を帯びてきたくらいだ。

 そうしてヒマワリが皺にならないようにとワンピースを綺麗に伸ばしながらハンガーにかける。

 それから視線を先程から黙って部屋にあった漫画本を読んでいるもう一人の少女へと向け。

 

「アカリちゃーん」

「アカリ~?」

 

 ヒマワリに合わせてアカリを呼ぶと、アカリが一度漫画からこちらに視線を向け……そうしてヒマワリが手に持った衣装を見て、また視線を落とした。

 興味が無いというより厄介事に巻き込まれたくないという一心が見え隠れするその様子にヒマワリと顔を合わせ嘆息する。

 

「まったく。もうちょっとこう、お洒落とか興味持ってくれないかなあ」

「アカリちゃん、ポケモンに関することには興味津々って感じなんですけど、自分のことになると途端に無頓着になりますよね」

「もう10歳なんだからさあ。カントーだと一応成人なんだし……自分で言ってて違和感凄いね」

「あはは、ボクたちって昔の価値観が残ってるせいか、その辺の価値観の差異がすごく違和感ありますよね」

 

 同じ部屋にアカリがいるせいか、素直に前世というワードは口に出し辛いヒマワリが迂遠な物言いをするが、まったくだと頷く。

 だが10歳ともなれば思春期を迎えてもおかしくはないし、基本的に男性より女性のほうが成熟は早期に始まるのでアカリの年齢を考えればその辺に興味を持っても良いと思うのだが……。

 

「アカリのお母さんとかもちょっとくらいお洒落しても良いんじゃない? って色々着せたりしてるんだけどいつまで経ってもスカート嫌がるんだよねえ」

「恥ずかしい、とかじゃなくて動きにくいっていうのがなんとも……」

 

 基本的にアカリは性差から来る羞恥心というものが欠落しているような気がするが別に常識が無いわけではない。

 なので下着や裸を他人に見せることは良くない、ということは知っている。アカリのお母さんの必死の教育の成果でその辺りはなんとか詰め込んでいる。因みに何故かボクもその辺は教えた……いや、ボク一応男なんだけどなあ。

 アカリは偶に男女の区別がついていないのではないかと思うくらい性差に頓着しないが、それでもスカートを履いて大股歩きをするようなことはないし風呂上りに下着で歩き回るようなことも無い。

 でも本心としては走りたいし、一々スカートを気にするのも邪魔くさい。ひらひらした服装とか邪魔だし、派手派手しいのは好かないので柄はシンプルなほうが良い。だから基本的にパンツルックを好むし、だからスカートは嫌がる。だから女の子らしい服は好かないし、自分で選ぶと黒とか白とか単色のティーシャツばかり選ぶ。

 

「せっかくヒマワリが可愛い服作ってくれたのになあ」

「ならリンドウくんが着ます?」

「良いの? じゃあ試しに着てみようかな」

 

 さすがに何年も友達付き合いしていればヒマワリもボクの女装癖については理解している。

 ただまあさすが転生者というか。まあそういうのもありますよね、くらいで流してくれているのは本当にありがたい話だった。

 それでもヒマワリはボクが男だということを理解はしているのでアカリと違ってそこはちゃんと区別している。

 そういうわけで誰も使っていないらしい隣の部屋を借りてささっと着換えを済ませて部屋に戻る。

 

「どうかな?」

「あ、やっぱり可愛いですね。良かった、思った通りにできてる」

「うん、やっぱりヒマワリ凄いよ。着心地もばっちりだし、フリルとリボンの装飾もすごく可愛い」

「あはは、ありがとうございます。もし良かったらその服はリンドウくんにあげますよ」

「え、良いの!?」

「はい、作っても他に着てくれる人もあまりいませんしね。所詮趣味の産物ですけど」

「すっごく嬉しいよ! ありがとう、ヒマワリ!」

 

 心の底からの絶賛にヒマワリが気恥ずかしそうに頬を掻く。

 それから一緒になってこの服につけるアクセは何がいいかとか、メイクするならどんな風にするかとかしばらく喋り続け。

 ふとヒマワリに確認しようとしていたことを思い出す。

 

「そういえば、この間もメールで言ってたけど、やっぱり今って」

「え、あ、ああ……そうですね。やっぱりおじさん忙しいみたいで、1ヵ月くらいはトキワジムは閉鎖しているみたいです」

「そっか。最初のジム戦、と思ってたけどやっぱり後回しになりそうだね」

「どうもロケット団の活動が活発になっているみたいで、カントーの他の街でも大分問題になっているみたいです」

 

 ロケット団。

 未だにその名を聞くことに違和感があった。

 

「もう何年も活動していて、ずっと前から問題視されてるのにまだ組織が続いてるんだね」

「はい、捕まっているのも下っ端ばかりでボスどころか幹部格の名前すら分かっていないらしいですよ」

「そうなの?」

 

 確かに妙な話だ。

 だってロケット団という組織はゲームでもアニメでも漫画でも出てくるし、幹部の名前だって出てくるのだ。

 転生者たちがいるのにその辺が未だに分かっていないなんてこと本当にあるのだろうか?

 

「いや、でも原作と同じ組織とは限らないのか……だってボスからして違ってる可能性が高いわけだし」

「そうですよね。おじさんもちょくちょくうちに来ますけど会社の運営にジムの経営、それにうちに来てる頻度なんかも考えるとロケット団を運営してる暇なんて無い気がします」

「となると本格的に情報が足りないよね」

 

 一応怪しい人物の目星みたいなものが無いわけではないのだが。

 

「原作再現委員会ね。旅に出たら会うこともあるのかな?」

「さあ? どうなんでしょう。ボクも調べてて知りましたけど、実際に見たことは無いですし」

 

 ロケット団、転生者先輩方。

 考えることは思ったより多いのかもしれない。

 

 そんなことを考えながらしばらくヒマワリと話しているとふとヒマワリがボクの後方に視線を向ける。

 その視線を追ってボクもまたそちらを向けば先ほどまで黙々と漫画を読んでいたアカリがこくりこくりと船を漕いでいた。

 そんなアカリを見やり、苦笑してもう寝ましょうか、と告げるヒマワリに同意して布団を借りてアカリを寝かしつける。それからボクも寝ようと隣の部屋へと行こうとしてぐっと引かれるような感覚に視線を映せば……布団の中で眠るアカリがボクの服を掴んで放さない。

 どうしようかとヒマワリと話し合うが仕方ないのでアカリの隣に布団を敷いてボクも眠ることにする。

 

「なんかごめんね」

「まあいいんじゃないですか? まだ10歳ですし」

「……そうだよね、ボクたちからすればまだ10歳なんだよね」

 

 10歳で成人なんていう感覚に未だに慣れないボクたちのそんな呟きもやがて寝息に変わっていき。

 

 重くなる瞼が段々と閉じていき―――気づけば朝だった。

 

 

 * * *

 

 

 ・何ごとも予定通りにはいかない

 

 

 朝の4時半。

 

 まだ朝日が昇るかどうか、という早い時間に目を覚まし、起き上がる。

 昨晩人の服を掴んで眠っていたはずのアカリはいつの間にか体を丸めて眠っていた。

 猫みたいで可愛いなと思いながらもその肩を揺すってアカリを起こす。

 まだ完全に覚醒していない意識の中で眠気に目を擦りながらアカリが体を起こす。

 

 時計を見やり、まだ4時半だと気づくとまた布団に潜ろうとするのを阻止していると騒がしかったのかヒマワリのほうまで起こしてしまう。

 騒がしくしたことを謝りながらアカリを着がえさせるように頼む。

 まだ朝早い時間ではあるが、子供の足でトキワの森を抜けようと思うならもうそろそろ出発しなければならない。

 まだ眠いと呟くアカリに、遅くなると今日は森でキャンプすることになるよ、と言えばそれでも良いと眠そうにこくりこくりと頭を揺らすアカリ。

 

 ―――お風呂入れないけど良い?

 

 その言葉にアカリがぴたり、と動きを止める。

 当然ながらトキワの森の中に宿泊施設なんて無いので荷物の中からキャンプセットを出すわけだが、さすがに風呂なんて無いので森でキャンプするなら今日はお湯で体を拭くくらいしかできない。

 だがさすがのアカリも一日森を歩いた上にお風呂でさっぱりすることもできないままに寝るなんてできないと諦めて目を覚ます。

 まあアカリはお母さんの影響か何気に綺麗好きだしそうなるだろうな、と分かっていたので話題を切りだしたわけだが、とにかくアカリがボクが部屋にいるのに全く気にせず着換え始めようとするのでそそくさと隣の部屋で着替えて荷物をまとめる。

 

 そうして旅支度を終えるとまだ眠い目を擦るヒマワリに見送られながらヒマワリの家を出た。

 

 トキワシティのファ〇マで朝食を買って済ませ、街を出て北に2時間ほど歩くと少しずつ景色の中にまばらながら木々が増えてくる。

 以前にも言ったがトキワの森は広大ではあるがニビシティまで直通の林道が切り開かれているのでそこを真っすぐ歩いて行けば大人の足で6時間……子供の足でも10時間くらいあればたどり着く。

 真っすぐ歩いているはずなのにそれだけの時間がかかるというあたりがこの森の広さを証明しているが、とにかく今から歩けば夜になる前には森を抜けることができる、とは思う。

 

 まあそれも森の中で何も無ければ、なんだけど……。

 

 ゲームでもそうだったがトキワの森はトレーナーが多い。

 正確にはさっさと森を抜けたい正規トレーナー*1に勝負を吹っ掛けてくるアマチュアが多い。

 要するに単純に趣味でポケモンを探しに森に入ってきて、捕まえたポケモンでちょっと勝負を吹っかけてやるぜ、みたいな人たちだ。

 

 ゲームだった時はそういうゲームだったから、とスルーできるがリアルになるとポケモンバトルってポケモン同士を戦わせる割と野蛮な競技なのでは? という疑問が日本人的感性だと沸いてきたりするのだが実際にはポケモンバトルはポケモンにとってスポーツ感覚らしく『ひんし』状態になるのも疲れて動けない、くらいのものらしい。

 アニメにおいて主人公のことをスーパーマサラ人なんて呼んでいたりしたが根本的にこの世界の生物*2は前世と異なり強靭らしい。

 だから10歳の子供が地方一周の旅に平然と出ることができるわけだ。

 

 そういうわけでこの世界割とゲーム時代みたいに目と目があっただけで気軽にポケモンバトルを吹っかけてくる。

 まあ当然ゲームと異なり勝負を断ることはできる。

 先も言ったが『ひんし』とは疲れた、くらいのものだ。ゲームならば『げんきのかけら』等を使うか、ポケモンセンターに行かなければ治らない。

 だが現実ならしばらく休んでいれば治る。体力(HP)もすっかり戻ってまたバトルできるようになる。

 でも考えてみて欲しい、何度も連続してバトルしてその度に『ひんし』になっているとすれば、それは短期間に何度も動けないくらに疲労状態に陥ることと同義だ。

 どう考えたって体調に影響が無いわけが無い。

 

 そういうわけでポケモンバトルをする時は自分のポケモンのコンディションなどは重要になってくる。

 ゲームのように数字で全てが決定される世界ではないのだ。ポケモンだってその日の体調というものがある。

 まあ話を戻すが、そういうアマチュアトレーナーを一々相手にしていると今日中に森を抜け出せなくなるので基本的には吹っかけられてもバトルは無しの予定だ。

 

 それから野生のポケモンの問題もある。

 トキワの森はポケモンの楽園だ。マサラタウン周辺の森も色々なポケモンが生息していたが、トキワの森は規模がさらに大きい分もっと多様なポケモンが住み着いている。

 そういうポケモンを道すがらゲットしながら行きたいわけだが、当然ポケモンの中には大人しいものもいれば攻撃的なものもいる。

 アニメでもよくあった怒ったスピアーの集団に襲われる、なんてのがリアルにあり得るのがこの森だ。

 そういうわけで周囲をよく見て野生のポケモンにも注意しなければならない。

 

 なんてことを道中でアカリに何度か話していたわけだが……。

 

 くいくい、とアカリに袖を引かれ、何かと尋ねればアカリが森のほうを指さす。

 何かあるのか、とそちらへと視線を向けてみれば。

 

 ―――体のあちこちが傷ついて倒れ伏すピチューの姿があった。

 

「アカリ! バッグから『きずぐすり』取って」

「うん……ピカチュウ」

「ぴっか!」

 

 ボクが駆け出し、ピチューの様子を見るのと同時にアカリがピカチュウに指示を出して周囲の警戒をさせながらバッグを漁り、『きずぐすり』を取り出してこちらに渡してくる。

 受け取ったそれをピチューに2度、3度と中身が無くなるまで振りかけると傷口に染みるのかピチューが苦しそうに呻く。

 

「大丈夫だからね、大人しくしようね」

 

 少しだけ手を止めてピチューが落ち着くのを見てバッグから包帯とガーゼを取り出し、さらに数度『きずぐすり』を噴霧したガーゼを傷口に当てながら上から包帯を巻いていくと、薬が効き始めたのか少しずつ痛みが落ち着いてきたらしいピチューの表情が和らぐ。

 

「リンくん……」

「大丈夫そう、かな。少なくとも命にかかわるほどじゃない」

 

 トレーナー試験の中にポケモンの怪我の手当の仕方などもあったのである程度その辺の知識はある。

 呼吸も正常だし表情もかなり穏やかになっている。ポケモンの回復能力を考えれば数日内には完治するだろうと思う。

 

「でも素人判断だし、しっかりポケモンセンターで見てもらうべきかもしれない」

 

 残念だが今日は森に行くのは諦めてトキワシティに帰るべきだろう。

 そんな判断をし、アカリが頷いたその時。

 

「……チュ」

 

 ボクの手の中でピチューが目を覚ます。

 ゆっくりと、その目が開く。まるで今の自分の状況が分かっていないかのようにぼんやりとした瞳が焦点を結び……。

 

「ッ! チュ!」

「ちょ、大丈夫? 全身傷だらけなんだから、無理しちゃダメだよ?」

 

 はっとなってピチューが飛び起きる。同時にその全身に痛みが走ったのかがくん、と力が抜ける。

 慌てて手の中のピチューを優しく抑えるがピチューがもがくようにじたばたと暴れる。

 

「だから落ち着いてって、ダメだってば」

「チュッ!」

「あっ」

 

 暴れるピチューをどうにか落ち着かせようとするのだが、一瞬力を込めてしまいピチューが痛みに悶える。

 しまった、と手の力を緩めた直後、するり、とピチューが手の中を抜け出して地面に転がり落ちる。

 まだ全身が痛むだろうに、それでも構わずピチューが必死に走りだし、ボクたちが止める間も無く森へと消えていく。

 

「あーもう、あんな傷だらけで! アカリ、行こう」

「……うん」

 

 こっちの制止もまるで聞かず走りだすピチューに頭を掻きながらアカリと共に走りだす。

 幸いにしてと言って良いのか分からないが怪我のせいで足が鈍っていたピチューはすぐに見つかった。

 だが普通に止めようとしても止まらないだろうし、さてどうしようか、と考え。

 

「ピカチュウ」

「ぴか? ……ぴか!」

 

 ボクが何かを思いつくより先にアカリがピカチュウに声をかける。

 一瞬なになに? と不思議そうに首を傾げたピカチュウだったが、すぐにアカリの意図を理解したのか走りだす。

 そうして素早くピチューの目の前に回り込み。

 

「ぴか! ぴかぴか!」

「ピチュ? ピチュー!」

 

 四つん這いになって尻尾で自分の背を示し、乗ってけよ、みたいな表情でピチューを見やる。

 ピチューも突然現れたピカチュウに驚いた様子だったが、自分で走るよりずっと早いだろうと理解したのか、同じ種族だけあってすぐに警戒心を解いた様子でその背に乗った。

 なるほど、その手があったか、とボクが感心しているとピカチュウがこちら……というよりアカリのほうを向いて。

 

「ぴか!」

 

 じゃ、ちょっくら行って来るぜ。みたいな顔して片手を挙げて挨拶をすると即座に猛スピードで森の奥地へ向かって走り出した。

 

「ちょ、ちょっと!? なんで行っちゃったの? アカリさん??」

「……予定外だった」

「アカリさん???」

 

 

 * * *

 

 

 ・怪我の理由

 

 

 ピチューを乗せたピカチュウを追って森の奥へ奥へと進んでいく。

 背中に怪我をしたピチューを乗せているのでそれほどスピードは出せないと思うのだがこちらも10歳児だからか追っても追ってもその姿は見えてこない。

 

「というかボクたちこれ大丈夫? どんどん林道から逸れてるけど戻ってこれる?」

「……多分?」

 

 曖昧だなあ、とは思うが追わないという選択肢も取りづらい。

 怪我したピチューのことも気になるし……アカリのピカチュウ? あの世界観間違ってるようなチート生物は多分放っておいても勝手に帰って来るだろうから大丈夫。

 しかしながら先ほどからピカチュウの走っていった方向へと進んでいるのだが全く追いつく様子が無い。

 もし途中で進路を変えられたりしていると本気で合流できなくなってしまうのだが……。

 

「……リンくん」

「ん、何? って、これ……」

 

 アカリに呼ばれ足を止める。そうしてアカリが示す方向を見やればそこには木の幹に焦げたような跡があった。

 しかも真新しい、つい最近……どころかさっきできたばかりというくらいに熱を放っている。

 よく見てみればそれは見慣れた痕跡だ。火ではなく雷撃による焦げ跡……恐らくアカリのピカチュウが付けた目印だろうか。

 

「ここで進路を変えたってアピールかな?」

「……多分、あそこにもある」

 

 見渡せばもう2,3か所ほど焦げ跡があった。

 どれも本気で技を放ったような感じではなく、表面を電撃で焼いたくらいの文字通りの印。

 それが森の奥へ奥へと導くようにあるのだからこちらに進めということだと思う。

 

「行ってみよう」

「うん」

 

 足場の悪い森の中をアカリと2人で奥へ奥へと走っていく。

 そうしてさらに10分くらい進んだ頃に。

 

 ―――アァァァァァァァ!!!

 

 遠くから何かの叫び声が聞こえる。。

 反響して分かりにくくはある、だが森で確実に何か起こっているのは分かる。

 そして進むほどにそれへと近づくように声が大きくなっていくことも。

 

 急いだほうが良いかもしれない。

 アカリと顔を合わせて頷き、さらに走る。

 

 そうして進んだ先に見えたものは―――。

 

「あれは……」

「……見たこと無いポケモン」

 

 茶色の毛皮に手足の鋭い爪、そして何より特徴的なお腹に描かれた丸い模様。

 

「リングマ?!」

 

 カントーに生息していないとされるはずのポケモンだった。

 少なくともトキワの森で見かけたなんて情報一度も無いはず。

 本来こんなところにいるはずの無いポケモンがどうしてここにいるのか。

 

 いや、それは後で良い。

 

 問題はリングマの前に立ちふさがるアカリのピカチュウ。そしてその後ろにいる先ほど手当したばかりの包帯が巻かれたピチュー。そのさらに後ろにいる数匹のピチューやピカチュウたち。

 明らかにリングマが襲い掛かろうとしてそれをピカチュウが守ろうとしているシチュエーション、だが。

 

「なんで?」

 

 真っ先にそんな疑問が出てくる。

 先も言ったがここはリングマの生息域ではない。

 リングマの本来の生息域はシロガネやまの周辺であり、確かにトキワの森とは地続きではあるがセキエイ高原を挟んでいる分ちょっと遠すぎる。

 つまりこのあたりはリングマのナワバリではないし、あのリングマがこの辺りの『ヌシ』ポケモンという可能性も低い。

 とするならリングマが何故わざわざナワバリでも無い場所で戦っているのかが分からない。

 これが他のポケモンに襲われて、とかなら分かるがどう見てもあのピカチュウやピチューたちとリングマとの力関係は一方的だ。

 

 つまりこの状況はナワバリでも無い場所で何故かリングマが一方的に襲い掛かっているということになる。

 

 なんで?

 

 その疑問が尽きない。

 だが状況は思考を待ってくれはしない。

 そうこうしている間にリングマが動きだして―――。

 

 ―――ばちばちアクセル!!

 

 それより早く、速く、閃光がごときスピードでピカチュウがリングマを貫く。

 確かにあのリングマはちょっとこの辺りのポケモンとは思えないほどに強く見える。

 推定だがレベル換算で40前後だろうか。トキワの森において人が踏み入れる範囲でそこまで強力なポケモンは出てこないが故に文字通り段違いな強さを持つのだろう。

 

 だがアカリのピカチュウはそれを軽々と上回る。

 

 天才(主人公)天性(6V)の奇跡のような組み合わせが毎日のようにバトルを続け、研鑽を積み続けてきた結果はあの強大なリングマをまるで赤子も同然がごとくに叩きのめす。

 絶対的なスピード差にリングマの攻撃が空転し、対してピカチュウの攻撃は全て急所を撃ち抜く。

 

 ほんの30秒にも満たない短い攻防で、あっという間にリングマが膝を折り……。

 

「―――グマアァァァァァァァァ!!!」

 

 ()()()()()()

 

 野生のポケモンが、自らの『ひんし』の危機に瀕して、にも関わらず倒れることを拒否する。

 

「やっぱりおかしいよ」

 

 思考が口を突いて出る。

 おかしい、どう考えても合理的じゃない。

 いっそ不条理ですらある。

 

 ゲームとは異なり、野生のポケモンというのは基本的に『ひんし』になりそうなら逃げだすのだ。

 野生環境の中で戦うこともできないほどに弱ってしまえば一方的に襲われることを知っているが故に、基本的に野生にポケモンとはどんな時でもいくらか余裕を残しておく。

 本当に『ひんし』になるまで戦うのは往々にして逃げ場が無い時、つまりナワバリを奪われそうになるなど追い詰められた時だけだ。

 

 だが先も言ったがこの領域がリングマのナワバリの可能性は低い。

 そしてリングマがピカチュウ、ピチューたちを襲う理由も思いつかない。

 

「だったらなんでそこまでして戦っているの?」

 

 分からない。分からないが。

 

 必死の形相でアカリのピカチュウを睨むリングマは重い体を引きずりながら、決して敵わないことを理解しながら、それでも一歩も引かないという姿勢を見せている。

 恐らくこのままでは本当に死ぬまで戦う気かもしれない。

 

 ポケモンだって生物なのだ。

 

 当然ながらダメージを抱え過ぎれば命の危機に瀕する。

 ゲームにおいて『ひんし』になったポケモンはHP0、つまりそれ以上戦闘はできない。

 これはポケモンの生態機能の一つであり、命の危機に瀕した際に体を縮小して敵から身を隠す能力その発動のライン……のさらに手前だ。

 アニメでもそうだが『ひんし』になっても目を回して気絶するだけで強制的に縮小機能が働くことは無い。

 つまり『ひんし』状態とはこれ以上やると命に関わるからここで戦闘は止めろ、という体側のストッパーなのだ。

 

 だがゲームでもそうだが『トレーナーを悲しませまいとHP1で持ちこたえた』みたいな精神論で『ひんし』は回避できる。

 要するに意思でストッパーをかけている本能をねじ伏せているのだ。

 だがそれは当然だが体がこの辺で止めておけよ? と言っているラインを超えてしまう行為だ。

 一度や二度ならば問題無いかもしれない。

 

 だが三度、四度と積み重ねていけばその先に待っているのは……死だ。

 

 アカリだってそれは分かっている。

 だからピカチュウに攻撃を控えさせている。

 だがリングマはそんなこと知ったこと無いと言わんばかりに襲い掛かって来る。

 結果的に背後にいるピカチュウやピチューを守るためにもピカチュウは迎撃せざるを得ない。

 

 それを繰り返せば―――。

 

「……ごめんけど、それはダメだよ」

 

 今日で助かったのかもしれない。

 なにせ、本来の予定ならば今日はトキワの森でいくらかポケモンを捕まえる予定だったのだ。

 

「ボール買っておいて良かったよ、ホントに」

 

 ピカチュウの反撃がリングマを押し返す。

 その攻撃でリングマが『ひんし』になりそうになり―――意思の力でそれを押しとどめる。

 

 だがその一瞬、自らの体を持ち直すことに必死になるあまりのほんの一瞬の意識の隙。

 

 そこを突いて背後からボールを投げる。

 

 赤と白のツートンカラーに彩られたボールがリングマの背を捉え―――。

 

 光と共にリングマがボールの中へと吸い込まれていく。

 

 そうして。

 

 かたん、とボールが揺れた。

 

 加減しながらリングマを抑えていたピカチュウが荒く息を吐いた。

 

 かたん、とボールが揺れた。

 

 下手をすればポケモンを殺していたかもしれないという事実にアカリが肩を震わせた。

 

 かたん、とボールが揺れた。

 

 揺れるボールをその場の全員が固唾をのんで見守る中。

 

 かちん、とボールが音を鳴らした。

 

 

 

*1
資格試験を受けて正規トレーナー資格を持った人のこと。要するに真面目にジムバッジ集めてる側のトレーナー。

*2
ポケモンだけでなく人間も




いきなりの転勤からの引っ越しコンボでしばらく更新止まってましたが、今日からまた再開です。
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