・暴走の原因
リングマの入ったボールを拾いながら大きく息を吐く。
アカリのほうを覗き見ればほっと安堵している様子。
良かった……自分のポケモンが、自分の指示が、ポケモンを殺しかけていたなんて下手すればトラウマになるところだった。
改めてボクが行くべきだったと思う。ボクのポケモンならもっと安全にリングマを止めることができたはずだ。
ピカチュウがすでにリングマと対峙していたから、なによりリングマが『ひんし』を拒否して対峙し続けるなんて予想もしていなかった。
先も言ったが野生のポケモンが『ひんし』状態を堪えて戦い続けるというのは尋常なことじゃない。
それは文字通り命がけの行動なのだ。
だがナワバリを奪われそうになっているわけでもない。
自分より手強い相手から逃げられないという状況でもない。
そんな状況で何故命がけで戦うのか、普通に考えておかしい、はっきりいって異常だ。
つまり何か原因があるはずなのだ。
リングマが襲った理由が、ピカチュウやピチューたちが襲われた原因が。
幸いにしてアカリのピカチュウはリングマから群れを守ったことである程度信用を得たらしく、どうにかコミュニケーションは可能なようだった。
群れのピカチュウやピチューたちからアカリのピカチュウが話を聞き、それをアカリが何となくのニュアンスで意訳することでどうにか得られた情報としては。
半分納得、半分疑問といったところか。
まずどうしてリングマが群れを襲ったのか。
いや、そもそもどうしてリングマがトキワの森にやってきていたのか。
ボクの推測も多分に含まれているが、恐らくこういうことだと思う。
大前提としてリングマ……とその進化前のヒメグマも含めたこの系統のポケモンは冬になると冬眠する。
リングマの分類が『とうみんポケモン』なんてつけられているので知っている人もそれなりにいるが冬が近くなると冬眠前に空腹を満たすために山などで餌を求める。
この時が一番狂暴性が増している時期なので最も危険と言われるのだが、そうしてしっかりと蓄えた後に冬の間は巣穴の中で冬眠し、春になると目覚めてまた活動を始める。
のだがどうやら親であるリングマより先に子供のヒメグマのほうが先に目覚めてしまったのだろう。そしてヒメグマは親の目覚めを待たずにふらふらと歩き出した。
まあもしかしたら長い眠りの中で寝ぼけていたのかもしれないが巣穴から少しばかり遠くまで歩いてしまった。
そこでどうやらこの群れの中にいるピチューに出会ったらしい。
そのピチューというのがどうやら森の入口で怪我をしていたあのピチューらしく、ピチューと出会い仲良くなったヒメグマがふらふらと森までついてきてしまった。
そして後から目覚めた親のリングマが子供がいないことに気づき慌てて子供を探して歩き回った。
どうやって見つけたのか……多分匂いか何かだと思うのだが、とにかくこの森までやってきた親のリングマは森でピチューたちと遊ぶヒメグマを見つける。
それで合流してじゃあ帰るか、となっていれば平和のままに終れていたはず、なのだが……。
それを邪魔したのが突然その場に乱入してきた黒い服の人間たちだ。
どうやら3人くらいいたらしく、そいつらがいきなりヒメグマとピチューたち何匹かを網か何かで捕まえた挙句に怒るリングマに何かの薬品を浴びせたらしい。
薬品の影響かリングマは錯乱して一番近くにいたピチューに襲いかかり、驚いたピチューだったがリングマを群れと引き離すために森の入口のほうへと逃げ出した。
だがやがて追いつかれて攻撃を受けて傷だらけで動けなくなり、動けなくなったことでピチューから興味を失ったリングマが群れのほうへと走り出す。
そしてその少し後にボクたちがやってきて……という流れだったらしい。
つまりリングマがあれだけ暴れ回っていたのは、文字通り正気じゃなかったから、ということか。
問題はヒメグマたちを連れて行った男たち。そしてリングマが浴びせられた薬品の影響か。
恐らく男たちのほうはポケモンハンター……いや、黒い服と言っていたのでロケット団かもしれない。
アニメなどでもボールではなく網などの罠でポケモンを捕まえる描写があったが、通常ボールでポケモンを捕まえるとその時点で『誰が捕まえたか』というのが記録として残る。
ボールが壊れても地方ごとに共用のデータサーバーのほうにそういう記録が残るので違法業者などはボールを使わないことが多いらしい。或いはそういう記録の残らないボールというものが技術力の高い犯罪者の間で製造、流通されているという噂もあるが、だいたいはボールを使わないらしい。
やってることを考えれば確実にこの類の人間たちだろうことは予想できるし、そこに黒い服という特徴を加えるとロケット団の可能性が高いように思う。
それからリングマが浴びせられた薬品だが……。
恐らくポケモンを『こんらん』状態に陥らせるような類のものだと思う。
いや、これに関してははっきりとしたことは言えない。ボクだって所詮そういう知識に関しては素人なのだから。
ただ話を聞いた限りでは『こんらん』状態……それもかなり重めの症状だと思う。
ゲームでは『こんらん』というと1種類しか存在しなかったが、現実では『こんらん』状態にも深度のようなものがある。
浅い『こんらん』ならZA式のような歩行が怪しくなる知覚、或いは肉体の感覚のズレなど。
中度の『こんらん』になると元のゲームのようなわけも分からず自分を攻撃してしまうこともある、精神或いは認識の錯乱。
そして重度の『こんらん』状態に陥ると先ほどのリングマのように認識どころか理性までおぼつかなくなり命の危機に瀕しようと無自覚に暴れることになる自意識の喪失、或いは本能の鈍化。
重度の『こんらん』状態とは人に例えるならば『薬物中毒』の末期症状のような状態だ。
そして重度の『こんらん』状態はポケモンに後遺症を引き起こす可能性が高く、だからこそ意図的に引き起こすことは法律的に禁止されている。
というか普通にやってて重度の『こんらん』状態になることなんて無い。
それこそ『さいみんじゅつ』と『あやしいひかり』を併用してほんの少しの間そんな状態になることもある、くらいだ。
それだって数秒もしない内に解けてしまう。ポケモンの回復力はそのくらいに高い。
それがこれだけの長時間暴れ回っていても、アカリのピカチュウにあれだけ攻撃されても……外部刺激を受けて解除されないなんてどれだけ深く陥っているというのか。
しかもそれを薬物で引き起こす、なんてはっきりいってとんでもない重罪であり、同時にとんでもなく常識外れな効果だ。
少なくともボクはこの世界で今まで生きていてそんな効能の薬があるなんて聞いたことが無い。
父さんの職業的に一般家庭よりポケモンのそういう資料が家に多いがそれでも、だ。
―――誰に渡せば良い?
モンスターボールで捕獲したことでリングマはひとまず暴れることを止めた。
だがリングマが浴びた薬物が抜けたわけではない。今もリングマは症状に侵されているのだ。
多少のことならポケモンセンターに連れて行けば良いかもしれない。だがここまでやばいことになっているリングマが普通に医療機関で治療できるものだろうか?
特にポケモンセンターは基本的にポケモンの傷の治療が主な役割であり、精々治療できて風邪とかその辺のよくある病気くらいまでだろう。
薬物による影響を治療できるなんてそれこそ専門機関でしか……うん?
あ、と声が零れた。
アカリが何事か、とこちらに視線を向けるのにも構わず、ボクはスマホを取り出して番号を押す。
発信ボタンを押してコール音が2度、3度と響き。
やがて通話へと切り替わったスマホに向けて、口を開く。
―――オーキド博士。助けて欲しいことがあります。
* * *
・こねずみちゃんのいじっぱり
スマホからの操作でリングマのボールをオーキド研究所へと送る。
朝早くからの電話だったがどうやらすでに起きていたらしいオーキド博士への電話は無事繋がり、事情を説明すると早速リングマを送るように言われた。
幸いにして研究所の設備ならばある程度の治療は見込めるらしい。ただ使われた薬品が不明なので完治できるとまでは言えないらしいが。
それでも今のところボクたちが知る中で一番の宛てはオーキド博士しかない以上、博士に頼るしかない。
とにかくリングマに関してはこれで良い。
これ以上ボクたちにできることはないし、後は博士たちに任せるしかない。
だからボクたちがやらなければならないことは……。
「アカリ」
「ん……」
自分の口から出た声音が随分と冷めていることを自覚する。
けれどそれに驚くことも無くアカリが短く頷いた。
多分、気持ちは一緒だ。
「ここで引くなんてあり得ない」
「……潰す」
「そうだね……こんなの、許せるはずがない」
端的な、けれど情感の籠ったアカリの言葉を肯定する。
「……ああ、本当に」
胸糞悪ぃな。
「っ」
喉元まで出かかった言葉を咄嗟に飲みこむ。
今何を言おうとしたのか、自分でも戸惑うくらいにするっと出て来た、のだが同時にそれが自分の言葉であるということに驚愕する。
少なくとも今の自分では使わない言葉だったにも関わらず自分の言葉として自然と出て来た。
つまりそれは―――。
「……いや、今はそれどころかじゃないか」
今重要なのはそんなことではない。
「アカリ、ピカチュウやピチューたちにその人間たちがどこに行ったのか、或いはどこにいるのか、分かるか聞いてみて」
「うん」
そう大切なのは、今回の事件の犯人を確実に追い詰め、捕らえることだ。
「……絶対に逃がさない」
怒りはある。
確かにボクの腹の底にぐつぐつと煮えたぎるような怒りが存在する。
でもそれだけじゃない。それもある、がそれだけじゃない。
「振りかけただけでポケモンを重度の『こんらん』状態に落とす薬なんてどこで手に入れたのかな? まだ他にあるの? そんなもの持ってるやつ、このポケモンが必須の社会で放置できるはずがない」
最悪の場合を考えて博士にリングマを渡すと同時にジュンサーに連絡はしてもらうように頼んだ。
間違い無く一発指名手配レベルの行為だが、もしボクたちがピチューを見つけなければ、或いはリングマを捕獲しなければ……誰も知らないままにポケモンが1匹、野生の中で死んでそれでこの一件は闇に葬られていたかもしれない。
この一件はあまりにも悪意的過ぎる、そしてそれを引き起こした人間を……例え新人トレーナーであろうと、これからポケモンと深く関わっていく人間として絶対に放置なんてできるはずが無い。
今ここで捕まえる。
そうしなければこのまま逃げられるかもしれない。
それだけは絶対に避けなければならない。
だから。
「アカリ」
「ん……案内、してくれるって」
アカリの視線の先を追えば、森の入口で手当てをした包帯を巻いたピチューの姿が。
まだ傷も治っていないその姿は正直痛々しい。
それでも。
「キミで良いの?」
「ピチュ!」
絶対に自分が行く、と言わんばかりの強い眼差し。
強い意志の籠った瞳に、何言っても譲らないんだろうな、と思わされる。
「……じゃあ、頼むよ。アカリ」
「ん、わかってる」
先ほどのようにピカチュウが背を向け、そこにピチューが乗る。
「攫われたのはヒメグマだけじゃない……ピチューたちもだ。確か『でんき』タイプのポケモン同士なら互いに電波を飛ばしあってある程度の位置は掴めるはずだよ」
「ピチュ!」
「うん、頼んだ……キミが頼りだ」
電波を飛ばすだけならばアカリのピカチュウにだってできるのだろうが、相手が本当にここの群れのピチューたちかどうか、それは同じ群れのこの子にしか分からない。
なにせトキワの森にいるピチューは別にここの群れだけではないのだから。
ピチューは基本的に電気の扱いが上手くないという説明が図鑑にあるが、読んでいる限り強力な電気を発することができない、というニュアンスの説明なので電波を飛ばすくらいならできると思う。
ピチューの飛ばす電波である程度の場所を絞る。
そうしたらアカリのピカチュウが尻尾を立てて気配を探る。
これで相手の居場所を探っていく。
そうして居場所を見つけたら……ボクのポケモンの出番だ。
* * *
・いつもいつも悪いことばっかり企んでそうなやつら
―――なあ、上手い儲け話があるんだが聞かないか?
タマムシシティの路地裏のバーで飲んだくれていた2人に声をかけたのがその白い服を着た男だった。
男たちはいわゆる半グレ*1の一員であり、大都市タマムシの路地裏でひっそりと通りかかる他都市からの観光客などを相手に恐喝からのバトルを吹っかけ、素人相手に無理矢理に賞金を奪うカツアゲじみたやり口をシノギとしていた。
本格的なバトルを知るプロ相手に勝てるほどの腕も無いが、ズブの素人に負けるほど弱くも無い。そんな中途半端なバトルの腕前で日々を凌ぐ、そんな毎日。
それでもタマムシという大都会にあってそれは案外上手くいっていた。
つい最近までは……。
当然ながらカントーで五指に入る大都市タマムシシティにおいて治安の悪化は見逃せないものであり、だからこそ彼らも分をわきまえて行動していた。
奪うにしても通常の正規トレーナーの賞金額に留めたし、あからさまな金持ちや子供は相手にしない。
少しばかりハメを外した観光客から多少の
だからこそ今日まで彼らは見逃されていた。
ロケット団は奪うことを躊躇しなかった。
奪う時は徹底的に奪ったし、何より見境も無かった。
あっという間にタマムシにおける規制は強まり、彼らのような半グレ者も見逃されることなく、シノギを失った。
日々すり減っていく金。
明日どうなるのか、どうするのか、どうすればいいのか。
そんな不安な毎日。
男たちが酒に走ったのもまた一つの帰結だった。
そんな男たちの前に一人の男が現れる。
男の誘いに、男たちは躊躇った。
どう考えても怪しい。
男たちは半グレだ。社会的にいえば犯罪者。でも誰かを殺しただとか、大金を盗んだだとか、そんな取返しのつかないほどの犯罪を犯したわけでも無い。
犯罪者と一言に括ってみてもその中の小物。それが男たちであり、だからこそそんな男たちが生き残るためにはわきまえることが重要だった。
以前だったら絶対に乗らない怪し気な誘い。
こんな怪しい誘い、こんなヤバイ気配のする誘い、自分たちのような半端者がどうにかできることではない。
以前ならばそうわきまえていた。
けれど。
―――良いぜ……乗った。
そう告げたのは、そう答えてしまったのは。
明日をも知れぬ不安からか。
或いは、ロケット団のせいで居場所を奪われた鬱憤からか。
とにかく男たちはその誘いに乗ってしまった。
その結果が。
「……まさかこんなことになるなんてなあ」
目の前に並ぶ檻の中に閉じ込められたポケモンたち。
ピチューはカントーでも人気のポケモンピカチュウの進化前であり、ピチュー自身も人気が高い。
だがその人気と反して生息域はトキワの森、或いは無人発電所周辺と限られており、しかも個体数が少ないのか警戒心が強いのか滅多に人前に出てくることが無い。何気に珍しいポケモンだ。
さらにその隣の檻に入ったポケモン……ヒメグマを見る。
頭部の月模様が特徴的であり、そのヌイグルミのような愛らしい外見から一部のマニアの間で非常に人気が高いポケモンだ。
だが親であるリングマが非常に狂暴かつ凶悪であり、その捕獲は困難を極めるため好事家の間でその値は天井知らずなポケモンでもある。
元より男たちの目的はトキワの森のピチューたちであったのだが、偶然そこに迷い込んでいたヒメグマがいたのは男たちにとって僥倖だった。
いや、本当にそうだったのだろうか。
ポケモンの売買。
それ自体は合法だ。実際、ポケモンショップというものがこの世界にはあってそこではポケモンが金銭で売買されている。
だがそれはあくまでそういう資格を持った人間が、一部のポケモンを繁殖させ売買しているのであって、野生のポケモンを無理矢理捕まえて売買することは普通に違法。それもかなりの重罪である。
今まで男たちがやってきたカツアゲなんて子供の児戯にも思えるような重犯罪を自分たちが犯しているという事実に男の背が震える。
本当にこのままで良いのか?
そんな疑問が脳裏に過る、だがそんな疑問はあまりにも遅すぎる。
すでに自分たちはピカチュウ、ピチューの群れを襲い、ヒメグマたちを無理矢理捕まえ、親だろうリングマに
ことが成功すればしばらく遊んで暮らせるほどの金が手に入る。
その事実がまた男の目を眩ませる。
そして同時にその罪は男ではない、別の誰かが負うことになる。
「……はは、良いザマだぜ」
嘲るように呟いたその言葉は果たして誰に向けたものなのか、男自身にも分からない。
あれほど鬱憤を溜めていたはずの
あの白い服の男が言ったのだ。
―――今このカントーではロケット団というポケモンマフィアが悪名を轟かせている。この服を着ていれば我々の行いも全てロケット団の仕業となるのさ。
ロケット団のせいでシノギを奪われた男はその言葉に笑った。
どんな悪い行いも全部ロケット団のせい。ロケット団こそが全ての諸悪の根源。
なんて都合が良い悪役だろうか。
そうだ、擦り付けてやれば良いのだ。
ロケット団のせいで男はとんでも無い迷惑を被ったのだから。
ロケット団のせいで男は生活を失ったのだから。
だから。
生活を取り戻すために行う全てを悪事をロケット団に擦り付けてやれ。
そんな暗い復讐心が男の内で鎌首をもたげた。
男たちの計画は上手く行っていた。
ヒメグマを捕まえたことを考えれば計画以上に上手く行ったとすら言える。
だから。
だから。
だから……。
こんなことになるなんて、思いもしなかったのだ。
「縛り付けろ、
どこからか声が聞こえたと思った直後。
* * *
・キョウチクトウ
それは森の片隅にひっそりとあった。
一言でいうならば運送用のトラックだ。
こんな森の中に似つかわしくない随分と大きなトラック。
ピチューとピカチュウの両者が探り当てた捕まったピチューたちの居場所がここだった。
「……ビンゴだ」
トラックの周囲を探れば傍にはいくつもの小型の檻があり、中には数匹のピチュー、そしてヒメグマが入れられていた。
間違い無く捕らえられたポケモンたちだ。
そしてその傍には男が1人。
「他の2人はどこかな」
「……近くにはいない」
話によれば3人の集団とのことだが、今隠れているこの木陰から探った範囲では1人しかいないようだった。
だがあそこには助けるべきポケモンたちがいる、とすると。
「……どうしたものかな」
「助ける?」
「……あと2人どこに行ったのかそこが問題だよね」
あのポケモンたちを助けることも大事だが、こんなことをやった犯人を捕まえることも大切だ。
今あの男を捕らえてポケモンたちを解放した場合、残り2人に逃げられる場合がある。
それはダメだ。ここで3人、確実に捕まえる必要がある。
だがどこにいるかも分からない相手を探していつまでもあの檻の中のポケモンたちを放っておくわけにもいかない。
傍にトラックがある……いつ搬送が始まってしまうのかも分からないのだ。
だから。
「アカリ……ボクが行く。隠れて誰か来ないか見張ってて」
「……ん、わかった」
「それとピチューは一緒に来て。あいつらの仲間じゃないってキミがいれば証明になる」
「ピチュ!」
「リンくん、気をつけて」
分かってる、と頷きながらボールを片手に掴み。
「行くよ……」
すっと木陰から飛び出し、走り出す。
男がこちらに気づくより早くボールを投げ。
「縛り付けろ、シャンデラ」
放たれたボールから飛び出したポケモン……いざないポケモンシャンデラがシャシャと笑い、同時に男の足元の影がぐにゃり、と蠢き形を変えあっという間に男を縛り上げる。
シャンデラ……2年前はまだランプラーだったボクの唯一だった手持ちだが、元トレーナーだった母さんが持っていた『やみのいし』を使って進化した。
当然ながらヒトモシの時より、ランプラーの時より、その力は遥かに強大だ。
特性も『かげふみ』のままだが、同じ『かげふみ』でも進化するごとにその力は段違いに増す。
昔は一瞬足を止めさせるのが精いっぱいだった、だが今や大人一人あっさりと捕らえ、身動き一つできなくさせるくらいの力がある。
「な、なんだお前……子供? なんでこんなところに」
突然拘束された男が戸惑い、そしてこちらに気づく。
だが今はそんな反応に構っている暇はないと檻へと向かう。
当然ながら全てに錠がかかっている。ちらり、と男を見やるが鍵を持っている様子は無い。
「……檻の鍵は?」
「は? 何をいって」
「鍵は?」
「言うわけないだろ、くそ、なんだこれ……解きやがれ、ちくしょう」
一瞬、ほんの一瞬だけシャンデラの炎で囲って蒸し焼きにしてやれば素直に喋るかな、なんて思ってしまったがその思考は内に沈めておく。
素直に鍵を探しても時間がかかるだけだろう……だったら。
「シャンデラ……錠の部分だけ溶かせる?」
「シャシャ!」
けらけらとシャンデラが笑い、くるくると回転しながら檻へと近づいき、直後にぼっ、と錠が炎上してやがてぐずぐずに溶けて落ちる。
一つ、二つと次々と檻の錠を溶かして回るシャンデラを横目に檻を開けていく。
中にいたポケモンたちは……まあ当然ながら突然現れた
「もう大丈夫だよ、ボクたちはキミたちの仲間のピチューと一緒に助けに来たんだ」
先程までボクの肩に隠れていたピチューがひょっこり顔を覗かせる、すると途端に檻の中のピチューがぱぁと顔を明るくし飛び出してくる。
最後に錠を焼き切られた檻からヒメグマが顔を覗かせる。
ボクが近づくとヒメグマも怯えた様子でこちらを見つめ。
「キミの親は無事だよ、すぐに会えるからね」
そんな言葉にヒメグマもまた表情を明るくして―――。
「アッレェ? なんで檻が開いてるんですかねぇ」
声が聞こえた瞬間にばっと振り返る。
いつからそこにいたのか、1人の男がこちらを見つめていた。
白い服……そう、白衣のようなそれを着た男。顔は黒いベールのような布を被っているので分からないが多分男。
それと銀にも似た白い髪が、狂気的としか言いようのない瞳がベールの隙間から見える。
そうしてふと気づく、先程まで表情を明るくしていたピチューたちやヒメグマが怯えた表情でボクの後ろに隠れているのを。
「困りますねぇ、勝手に人の物を漁ってくれては」
だから。
「人の物? 野生のポケモンだよね?」
後ろ手にシャンデラに指示を出す。
「アンタだな、リングマに妙な薬浴びせたのは」
やれ―――。
「おや? おやおや? そこまでご存知でし―――」
虚空に溶けるように姿を消したシャンデラが男の背後からふっと現れ。
その両の手に宿した炎を叩きつけようとして。
「■■■■■」
ぼそり、と男が一瞬何かを口にした瞬間、
「……は?」
「いけませんねぇ。人の話は最後まで聞け、と親から習いませんでしたか?」
全くこれだから子供は、と両の肩を竦める男だったが、こちらはそれどころではなかった。
今何をした? という疑問。そして今何か妙なものが見えた、という思い。
危険を察したのかシャンデラもまたふっと消えてこちらに戻って来る。
「子供にしては妙に強いポケモンですねぇ。色々知られてしまいましたし」
―――ここで消しておきますか?
何の温度感も無い瞳に射抜かれて、ボクの背筋が凍る。
恐ろしい。素直に言えば恐怖している。
男の声には何の熱も無い。邪魔された怒りだとか、今攻撃された屈辱だとか、そういう熱が一切ない。
だが同時に冷たさも無い。消しておくなんて言っておきながら殺意も無く、害意も無い。
なのにどこまでも本気だと分かる、分かってしまう。
本当に何の感情も無く、道端に邪魔な小石があったので蹴っ飛ばしたくらいの感覚で人一人を殺そうとしているという事実をダイレクトに伝えてくる。
やるしかないか。
恐ろしい、けれどこんなやつをアカリと対峙させたくない。
その思いできっと男を睨みつけ。
「お、おい、アンタ! 助けてくれ!」
ボクの背後で、影に縛られていた男が味方が来たと喚き始める。
しまったな、あいつとっとと縛ってトラックに押し込めておくべきだったかも。
そんな後悔をボクが抱き始めたのを他所に、白衣の男がちらり、と影に縛られた男を見やり嘆息する。
「お留守番もできませんか。役に立ちませんねぇ。まあ良いでしょう、えぇ、仕事を依頼したのは私ですから、えぇ、えぇ! 解放してあげましょう」
呆れたような男の視線が、言葉と追うごとに徐々に楽しそうに変わっていく。
そのことに嫌な感覚を覚えたボクが一歩下がる、と同時に。
「■■■■■」
男が再びぼそり、と呟いた瞬間
男の背後から再び触手が現れてこちらに何かを投げつけてくる。
「っ!」
自身の中の直感に従って全力でそれを回避するが、当然ながらそれはボクの後ろにいた男へと飛来し。
「な、なんだこ、ぐむぅ……」
大口を開いた男の口内へとそれが飛び込んでいき、直後に男ががくり、と脱力する。
一体何が? それを目の前の白衣の男に問う前に背後で縛られた男がびくり、と痙攣し始めて。
「あぁ……ああああああがががががああああああああああああ!」
獣のような声をあげながら男が途端に暴れ始める。
同時に先ほどまでがっちりと男を縛っていたはずの影がみちみちと軋み始めていた。
それは明らかに先程より力が強くなっていることを意味していて。
「お、お前、何やって……」
「ほうほう……筋肉に膨張が見られますねぇ。ただしやはり理性が失われるのは難点でしょうか、それから……」
思わずばっと白衣の男のほうを見やると、男は痙攣する男をまるで実験動物か何かのような視線を見つめぶつぶつと呟いていた。
あまりにも今更だがこの男、やばすぎる。
同時に得体が知れなさ過ぎる。
さっきから何をやっているのか、まるで理解できない。
ただ一つ分かることは、この男を野放しにすることは絶対にヤバイことになる。
最早無傷で捉えようなんて甘い考えは止めた。
最悪生きていれば良い、そう割り切る。
―――こいつを絶対にアカリに近づけたくない。
あの純粋な子にこんなヤバイやつを見せたくなかった。
だから。
「シャンデラ!!」
ボクの意思に呼応するかのように、シャンデラがふわりと現れその頭上に巨大な火球を生み出す。
「『かえんほうしゃ』!」
人に撃ったらやばいだろう一撃だが、恐らく先ほどのように何がしかの手段で防がれる。
それを前提にしたシャンデラの全力の炎が男へと伸びて行き。
「……仕方ありませんねぇ」
―――■■■■■
男がその名を呼んだ瞬間。
否、ベールではない。
それはべールなどでは無かった。
それはポケモンだ。
「……お前、嘘だ、まさか」
ボクはそれを知っている。
この世界では初めて見たかもしれない、だが前世の記憶でそれを知っている。
「ウツロイド……?!」
技と技のぶつかり合いによって小さく爆発が起こる。
そうして土煙によって白衣の男が一瞬見えなくなり。
「……ほう? ほうほう? これを知っている?」
土煙の向こうから声が聞こえた。
「おかしいですねぇ? 普通知らないはずなんですが……ああ、そういうことですか、分かりました」
けらけら、と男の笑い声が響いてくる。
「キミ、
聞こえた声に一瞬思考が止まる。
「ふふ、ふふふ……まさかこんなところでご同類に出会うとは。いやはや奇遇奇遇」
それでも声は止まることなく響き。
「それではこんなところで消してしまうのも惜しいという話。ふふ、ふふふふ、折角の出会いなのです、名乗らせていただきましょう」
そうして。
「ロケット団のキョウチクトウと言います」
―――以後お見知りおきを。
土煙が晴れたその時、男の姿はどこにも無かった。