・ホワイトアウトの戦場
「行くわよ、
「頼んだよ、ピチュー」
「ヘァッ!」
「ぴちゅ!」
こちらの初手はピチュー、対して相手はヒトデマン。
まあ『みず』タイプのジムなので当然だが、相性は良い……良いのだが。
「セオリー通り『でんき』タイプで来たわね! けど弱点を突けば勝てるなんて甘い考えしないでよね! フィールドを泡で包んじゃいなさい!」
「ヘァ!」
先手を取ったのはヒトデマン。
その動き出しの早さはさすがジムリーダーの手持ちというべきか、レベルこそ抑えられているがしっかりと訓練されている。
カスミの指示に従い、ヒトデマンがくるくると回転しながら四方八方に『バブルこうせん』をまき散らし始める。
ふわふわと浮き上がる泡がフィールドのあちこちに四散するがこちらへの直接的な攻撃ではないらしく、ピチューへのダメージは無い。
だがこれが無駄な行動なわけがない、つまり何か意味があってのこと……。
「ピチュー! まずは足を止めるよ!」
「ぴちゅっ!」
こちらの指示にピチューが即座に動き出し、急速にヒトデマンへと接近すると両の頬から電気を発しながらその頬をこすりつける。
「ぴちゅ!」
「ヘァッ!?」
『バブルこうせん』をまき散らすのに集中していたヒトデマンが『ほっぺすりすり』を受けて小さなダメージを受けると共にその体が『マヒ』する。
ヒトデマンの足を削がれたことにカスミが表情を崩すが、すぐに笑みを浮かべる。
「やるじゃない! バッジ2個目あたりの子ってみんな攻撃の威力重視するんだけど……その辺、アンタはちゃんと先まで考えてるみたいね」
でも、とカスミが不敵に笑い。
「これはどうするのかしら?」
舞い踊るように両手を動かし、パフォーマンス。そして最後にぱちん、とその指を鳴らすと同時に。
「ヘァ!」
「っ!」
「ちゅっ!」
眩い光が浮き上がる泡に乱反射してフィールドが光輝に包まれる。
思わず手で目元を隠す、だが時すでに遅く真っ白に染まってしまった視界、直後に光は収まるが焼き付いた白が視界から消えない。
「ピチュー! 大丈夫?!」
「ぴ、ぴちゅ!」
フィールド端にいるボクですらそうなのだ、フィールドの中央にいたピチューはさらに強烈な光を浴びてしまったことだろう。
そんな心配に声に、返って来たのは戸惑いの声。ピチューの視界も完全にやられている。
「『フラッシュ』ってこんなやばい技だったっけ」
ようやく視界が戻り始めて来たが、それでもまだ半分以上は白で埋め尽くされ、戻って来た色もぼんやりと滲んでいる。
「チャンスよ! 行っちゃいましょう! My Steady!」
「ヘァ!」
突然失われた視界に大きな隙を曝してしまっているピチューを狙い打つようにヒトデマンが攻撃を開始する。
放たれる『バブルこうせん』がピチューを吹き飛ばし、さらにフィールドを泡で埋め尽くしていく。
「ぴちゅっ」
「ピチュー! 大丈夫? まだやれる?」
「ぴ、ぴちゅ……ぴちゅ!」
ようやく見えてきた視界の中でダメージを負うピチューの姿が見えてくる。
しかも『バブルこうせん』の追加効果でピチューの全身が泡塗れになっている。
これではあっちこっちが滑ってしまって機敏な動作は期待できそうにない。
折角『まひ』で相手の足を奪ったのに、こちらの足も奪われてしまった。
状況的には大分不利に傾いたと言える……ふむ。
「けど、まだまだ……だよね、ピチュー」
「ぴちゅ!」
「ふふん、良いわ。この光の中から私たちを捉えてみなさい!」
「ヘァ!」
ぶるぶると頭を振って気合を入れなおすピチューを見やる。
体感でだいたい残りHP半分くらいといったところか……さすがにもう一発直撃を受けたら不味いかもしれない。
まあもう一度直撃すれば、だが。
「ピチュー! ボクが合図したら目を閉じて!」
「ちゅ!? ぴちゅ!」
「あまいあまい! あんまーい! その程度のことで対策できたと思っているならおおあまよ!」
カスミが不敵な笑みを浮かべ、再び舞い踊るようなパフィーマン、最後にぱちん、と指を鳴らす。
その合図にヒトデマンが再度浮き上がり、直後にその全身から光が放たれる。
「今だ!」
「ちゅっ!」
光がフィールドを覆い隠すのと同時にボクはピチューへと合図を出して目を瞑る。
だがその程度でこの光輝から逃れることはできない、といわんばかりの強烈な光が瞼ごしに視界を焼く。
今必要なのは想像すること。
人もポケモンもよく見ているると必ず動き方に癖がある。
気づかないくらい些細かもしれない、だが確実にそれはあり特に意識していない時、それはひょっこり表に出てくるものだ。
カスミは、そしてヒトデマンも、ボクたちの視界を潰したと思っている。
それは事実だ。だが視界が無いからこそそこに警戒心が欠如する。
そもそも目の無いヒトデマンならともかく、同じ人間であるカスミもまたあの光を直視すれば目を焼かれる。
だから踊るような動きでそっと自然に視界を隠す。
勿論それだけで完全に遮ることはできない、だが同時に目を閉じていれば光をほとんどカットしてすぐに視界が戻ってくる。
それが分かっているのだからこちらも同じように目を覆えば良い、と思うかもしれないが露骨に隠せばカスミだって目つぶしが効いていないことがすぐに分かる。
当然その後の攻撃は慎重になるだろう。
だが隠さなければ、ボクもピチューも完全に視界がやられた、そのことを理解すれば。
動きの中に自然と癖が出てくる。
「ボク、そういうのは良く気づいちゃうんだよね」
毎日のようにアカリとあのピカチュウを相手にしているせいか、自然とそういう能力が身についてしまっていた。
そんな呟きと共に脳内でヒトデマンの動きが自然とトレースされる。
その位置が、角度が、ピチューの位置と照らしあわされ。
「ピチュー! 右手を真っすぐ突き出して、その方向に向かって全力!」
「ぴ……? ぴちゅ! ちゅ~!!」
まだ見えない白い闇の中、想像の世界をなぞるように指示を出せば、ピチューが勢いよく電撃を放つ。
まだ未進化故の『でんきショック』だが、気持ちだけは『10まんボルト』でも放つかのように。
そしてその意気に応じてか、通常よりも大きくバリバリという音が響いて。
「ヘ……ヘア?!」
直後、ヒトデマンの悲鳴が聞こえたかと思うと、やがて戻ってきた視界の中。
―――フィールドの中央で全身を痺れさせ倒れ伏すヒトデマンの姿があった。
* * *
・ジムリーダーであるということ
―――今どうやって当てたのかしらね?
『ひんし』となったヒトデマンをボールに回収しながら思考を巡らせる。
正直あのフラッシュ戦法はそこまで攻略の難しいものではない。
なんだったら合図を出しているのだからそれを読んで目をしっかりと覆い隠せば良い。
まあそれはそれでこちらが見えていないということなので、その時はこちらの指示無しに攻撃をするようにヒトデマンに言い含めてあるのだが。
そもそもヒトデマンが『視覚』で周囲を感知していないからこそできる荒業だが、同様にそもそも目が無いポケモン、或いは視覚に頼らず感知ができるポケモンならこんなもの大して意味はない。
つまりこの戦法で最も揺さぶろうとしているのはトレーナーのほうだ。
例えポケモンのほうが無事でも、人間であるトレーナーは基本的に目を潰されて正常ではいられない。
特にこちらの手持ちに制限の発生する相手のバッジ数の少ない段階では相手トレーナーもだいたい新人、ないし未熟なことが多いので余計にだ。
リーグ公認のジムリーダーの役割とはジムに挑戦するトレーナーの実力、資質を見極めバッジを与えるに値するか否かを試すことにある。
だからこそジムリーダーとは最終的に攻略されなければならないが、同時にジムに挑戦するトレーナーの前に立ちはだかる超えるべき壁とならなければならない。
ハナダジムはそういう意味では少しばかり難易度が高いジムである。
何せジムリーダーのカスミの方針が『一度負けさせておいて攻略法を考えさせる』というものだから。
『バブルこうせん』と『フラッシュ』の併用による視界潰しは先ほども言った通り、攻略法はいくつもある決して攻略難易度の高い戦法ではない。
だがまだ公式戦になれない未熟なトレーナーからすれば突然の初見殺しに焦り、対処法など簡単には思いつくものではない。
そうやって相手のペースが乱れている間に一方的に敗北を押し付ける。負けたトレーナーはバトル後に少しずつこの戦法の対処法を思いつき、次のジム戦でそれを試す。
トレーナーとして上へ行けば行くほど必要となる『トライ&エラー』、それを教えるのがカスミのジムリーダーとしてのやり方だ。
だからこそたった一度見せただけでこの戦術が破られたのは正直意外だった。
同時に問題だったのは『どうやって破ったのか』だ。
先も言ったがジムリーダーは挑戦者を試す立場、言い換えれば『試験官』なのだ。
何をされたのか分かりませんでした、なんて言えるはずがない。
まあそれでもあてずっぽうに撃ったら当たりました、なんて可能性は低くはあっても皆無ではないのだが。
―――指示は聞こえていたわね。あの声には明確な意思があった、つまりある程度の確信を持って技を指示していたってことよね?
ヒトデマンが『フラッシュ』を放ったということは相手が目を隠していないということ、確実に視界は潰されている。例え目を瞑っていてもその程度でやり過ごせるような技ではない。
とすると見えていない状態でヒトデマンの位置をかなり正確に把握し指示したということになる。
初手で多少ダメージをもらっていたとはいえヒトデマンがあの一撃で倒れたということは直撃……それも急所に近いところに当たったのだろう、そんなもの適当に撃って当たるようなものではない、何よりヒトデマンだってむざむざ直撃を許すわけがない。
カスミとて昨日今日にジムリーダーになったわけではない、それなり以上の数のジム戦をこなしているし、その経験の中で考えれば可能性はいくつか浮かんでくる。
だがそれをまだバッジ1個の新人がやったというのは無理がある……というのは固定概念だろうか。
別にバッジを持っていないトレーナー全てが弱いというわけではないし、新人トレーナーの全員が未熟というわけではない。
トレーナーになること自体は10歳からでも、ポケモンと交流することは……それこそ生まれた瞬間からでもできるのだから。
「……そうね。試してみようかしら」
手にしたボールをホルスターに戻す。
本当ならばスターミーを出すつもりだった、だが気が変わった。
多分スターミーで同じようなことをしても同じように対処される気がするから。
カスミのポリシーである『攻めて攻めて攻めまくる』とはつまり絶えず状況を変化させること。
相手が追い付かないほどに状況を変化させ続け、対応力で勝つ。
それがカスミのやり方だからこそ、ヒトデマンのフラッシュを使った戦法が破られた時点で同じようなスターミーを出すという選択肢は無くなった。
となると残った選択肢はそう多くない。
特に本気のバトルではないジム戦で出せるポケモンとなると片手で数えることができるくらいで。
だから。
その中から一つ選び、ボールを握る。
「今度はそう簡単に倒せると思わないことね!」
握ったボールを構え―ーー投げる。
「さあ、出番よ!
投げたボールから飛び出した色鮮やかな体色のポケモン、アズマオウが勢いのままにプールへと飛び込んでいく。
そうして文字通り水を得た魚がプールの中を『すいすい』と泳ぐその姿を見やりながら、ふっと笑みを浮かべ。
「この水のフィールドでこの子に勝てるかしら?」
不敵なほどに啖呵を切った。