・※本気で心当たりが無い時の反応
甘い香りに誘われるがままにマラサダの屋台に向かうとすでにどこもかしも人でいっぱいだった。
カントーに住んでいてアローラのお菓子を食べることのできる機会など滅多にないものだから、どうやらクチバの外から大勢の人がやってきているらしい。
屋台などは回転率が良いからまだマシなほうで、店舗のほうで食べようと思ったら1時間待ちくらいは覚悟させられそうなほどの人が並んでいる。
「これは……お店は諦めようか」
「……うん、そうする」
元より人ごみというのが得意ではないアカリは見るからにげんなりしている。
手持ちのポケモンたちもなんでもいいから一刻も早く食べたい、といった感じで騒いでいるので宥めつつ一番人が少なそうな屋台に並ぶ。
屋台の店員が手際良く注文を取り、手早く客をはけさせていくのを見やりながら、さすがに屋台で1時間待ちは無さそうだと安堵する。
それでもボクたちの前に20人くらいはずらっと並んでおり、ボクたちの番がやってくるまでに15分くらいはかかりそうだった。
その間飢えた獣みたいにカチカチと歯を鳴らすピィの口にキャンディーを突っ込み、ダラダラとヨダレが止まらない様子のピチューの口元を拭いながら待っているとようやくボクたちの番がやってくる。
人間用サイズの通常のマラサダをいくつか、それからポケモン用サイズの大きいマラサダを人数分……じゃまるで足り無さそうなのでピィの分は3つと一緒に売られていたドリンク類を買い人ごみを抜けて適当なベンチに座って早速みんなで食べてみる。
「……甘いねえ」
「ん……美味しい」
「珍しいね、アカリがそんなこと言うの」
前世のそれと同じなのかどうか、食べたことが無かったので分からないが、この世界におけるマラサダは簡単にいえば砂糖をまぶしたドーナツだ。
中にはたっぷりのクリームが詰め込まれており、どうやらボクたちが食べたのはイチゴ……っぽい味の何かの果物*1を使ったクリームらしく、控えめな甘味の中にまろやかな酸味があってドーナツの甘さを良い感じに抑えてくれていた。
「カロリーすごそう」
「……ん?」
控えめといってもクリーム自体も甘いし、ドーナツを揚げるのに油を大量に吸っているだろうし、さらにそれに砂糖もまぶしてあるのだ。
とんでもないカロリー量なのは間違いないし、さすがに1個食べたら十分かな。
アカリもその辺気にしないと気づくとぶくぶくと……太らないだろうなあ。
ボクが思うに全力でやるバトルのカロリー消費が高すぎる。
毎度毎度バトルが終わった前後はお菓子などの補食必要とするくらいにはポケモンバトルは激しく消耗する。
だからトレーナーやっててぶくぶくと太るのって逆に難しかりかったりする。
「いや、すっごいよこれ……半分でかなりお腹いっぱいだよ」
「甘い物は……別腹」
「アカリ、気に入ったの?」
「ん……」
珍しくよく食べているアカリ。
アカリは基本的に食にこだわりの無い子であり、好き嫌いも無い。
いや、本当に『好き』も『嫌い』も無いのだ。
だから何を食べても文句は言わないが、何を食べても満足そうにすることも無い。
そんなアカリが珍しく興味を惹かれているというのは実に珍しいことだった。
「……まあアカリだけじゃないみたいだけどね」
何もかも食らい尽くすといわんばかりの気迫でマラサダを食べ尽くし、さらにまだ足りないと今日の分のお菓子に齧りつくピィはまあいつものこととして、珍しくピチューも一心不乱にマラサダに齧りついているのはちょっと驚いた。
もしかして甘い物好きだったのかな?
購入する時にピチューがこれが良いと選んだのはあまいマラサダこと『アマサダ』だ。
確かゲームだと性格ごとに好みの味があったはずだが……まあ現実なら味の好みなんて人それぞれ、ポケモンそれぞれだ。
普段からピィなどにあげているお菓子なども食べていると思うのだが、それでも明らかに食いつきが違う。
というか名前からしてボクたちが食べているやつよりさらに甘い……と考えると、ピチューって実は相当な甘党なのでは?
「ぴちゅ~♪」
「幸せそうだね、キミ」
「ピチュ!」
満面の笑みで返事をしながら最後の一かけらを食べる。
そうしてもう手元に何も無いことに気づき、愕然とした表情でこちらを見つめる。
「え、まだ食べたいの?」
「ピチュ~」
「いやいや、ピィじゃあるまいし」
「ぴちゅ……ぴちゅ~」
「うっ」
切なそうな声音でこちらにすり寄って来るピチューに強く出れずどうしようかな、と視線を彷徨わせていると近くに屋台があることに気づく。
しかもちょうど人入りが少ない……あれならちょっと行って買ってこれるかなあ。
「じゃああっちのパンケーキ食べる?」
「ぴちゅ~!」
「ピ?! ピィ!」
仕方なく追加で買って来るか、と嘆息した矢先、耳ざとい暴食の権化が即座にやってきて自分にも寄越せと騒ぎたてる。
分かった、分かったと騒ぐピィを抑えながらアカリにちょっと行って来ると告げてピチューとピィを連れて屋台に向かう。
甘い匂いがするからお菓子系なのは分かっていたが、どうやらこちらはパンケーキの店らしく、アローラパンケーキというのが売られているらしい。
たしか……アニメのほうで出てたやつだっけ? と曖昧な記憶を手繰り寄せながら屋台に並ぶ。
幸いほとんど人がいなかったのですぐにボクたちの番になる。
ぱっと見た感じ、普通のパンケーキより少し厚みがあるかな? といった感じ。
ボクはもう大分お腹いっぱいなのだが少しだけ味見したくはある。
ということで1枚買って後でアカリと分けることにする……残ったらまあピィなら食べてくれるだろうし。
それからピィの分は何枚にする? と尋ねれれば10枚とか返すのでさすがに止めろと半分の5枚に。
ピチューは3枚が良いらしいがその小さな体に本当に入る?
いや、同じことはピィにも言えるのだが、ピィの場合……うん、多分胃袋がカビゴンだから。
まあ最悪食べきれなかったらピィに頼もう、とこの手のことに関しては無駄に信頼が高いピィに視線を向けながらパンケーキを購入。
そのままアカリたちのところに戻ってピィとピチューに買ってきたパンケーキを分けると早速2匹ともかぶりついていた。
「アカリ、1枚だけ買ってきたけどちょっと食べる?」
「……ちょっとだけ」
まあなんだかんだいってアカリもやっぱり先ほどのマラサダでかなりお腹が膨れていたのか本当に一口だけ要求するので一口分にカットして……そういや1人分しかフォーク無かったなと気づく。
少し考えてしまったが……まあいいか、と頷いて。
「はい、あーん」
「あーん」
ひょい、とその口の中に放り込む。
ついでにボクも食べてみようと再び一口大にカットして口をつける。
思ったより厚みあるなこれ、とそんな感想を抱きながら口の中に広がる甘味に舌鼓を打つ。
パンケーキといえばハチミツとバターがかかっているイメージだが、これにかかっているのはどうやらヨーグルトソースとベリー系のジャムだろうか。
さっぱりしていて思ったよりあっさりと食べることができた。
「……まあもうお腹いっぱいだからいいや」
「ん……」
「ピカチュウもどう?」
「ぴ~か~ちゅ~♪」
ついでにもう一口分カットしてアカリのピカチュウにも差し出すとピカチュウが頬を抑えて笑みを浮かべている。
3人……じゃなくて2人と1匹で一口ずつ食べたがまだまだ残ったそれをピィにあげようとパンケーキの乗った皿を手にし。
突如、眩い光が目を飛び込んで来た。
「え?」
「ん?」
「ピカ?」
何事、とそちらに視線を移せばピチューの全身が光に包まれていた。
てんてん♪ てんてん♪ てんてんてんてーん♪
というゲーム時代のBGMが脳内再生されながら見守っていると徐々にピチューの体躯が大きくなっていき。
「ピカチュ~♪」
鳴き声と共にピチューがピカチュウに進化した。
「ピチュー……じゃなかった、ピカチュウ、進化してくれたんだ」
「ぴか!」
ピチューの時よりもぐんと大きくなった体躯で元気に応えるピカチュウの姿に表情が綻ぶ。
ピチューは確か『なつき進化』*2だったはずだが、この短い間で条件を満たすとは……やっぱ初期の好感度が良かった気がする。
それから日々のトレーニングもそうだが、先日のジム戦でジムリーダーのポケモンを1体倒しているのも良い感じに経験値になったようだ。
「あと……これだね」
荷物からニビシティで手に入れた『かみなりのいし』を出す。
「キミが探し当ててくれたこれ……早速使っちゃう?」
「ぴか! ぴかぴ!」
進化したばかりだが特に問題無いとピカチュウが元気に返す。
残念ながらボクのピカチュウはアカリのピカチュウのように相棒ピカチュウではないので普通のライチュウに進化してもらうつもりだ。
『でんきだま』の補正が受けられなくなるが、全体的な能力値はライチュウのほうが高いし、何より安定感がある。
ピカチュウ自身が否と唱えない以上は遠慮する必要も無し、と早速『かみなりのいし』とピカチュウに押し当てる……と同時にその全身が光に包まれる。
再び進化の光が放たれ、ピカチュウの体がさらに大きく成長していく。
ピカチュウをワンサイズ大きくしたような体躯に長い尻尾の先は大きく広がり、何より頭の耳が丸みを帯びて……ん???
「あれ? なんか……あれ?」
「ん……?」
「ぴか?」
何か違和感。
それに気づいたのかアカリとピカチュウも首を傾げる。
ライチュウの耳ってもっと尖ってたような……。
困惑するボクを他所に進化の光が収束していき―――。
「ら~い♪」
想定よりちょっと褐色がかった肌色をしたライチュウがそこにいた。
「え……えぇ……???」
ピカチュウよりも大きな体躯、長く先端が広がった尻尾。
そして大きな耳。
ライチュウである。
それは間違いない。
ただし。
耳の先端は丸みを帯び、普通よりも広がりの大きな尻尾の上に両足を置いて。
―――何よりふわふわと浮かび上がっているが。
「……なんで???」
いや、というか。
アローラライチュウだこれ。
「……なんで???」
思わず2度呟くくらいには頭の中を『?』が埋め尽くしていた。
* * *
・まだ出会っていない誰か
気を失うような眠りから目覚めてみれば、ゆらりゆらりと揺れる薄暗い場所にいた。
どうしてこんなところにいるのか、記憶をたどって見れどまるで覚えがない、覚えがないが心当たりはあったので仕方ないと切り替えた。
暗かったがどこに何があるのかのなんとなくの把握はできていたので今いる場所が密閉された場所だということも理解する。
そこから出ることできそう無かったので仕方ないと再び目を閉じて壁に体を預ける。
そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。
半分閉ざした意識の中でがこん、と音が聞こえた。
即座に意識を覚醒させると薄っすらと光が差し込む。
どうやら密閉が解除されたようだ、そのことを理解して体を起こす。
直後に誰かがこの場所に入って来ているのを理解しすぐさまに身を隠す。
そのまま近くにあった箱の中に隠れるとどたどたと足音が聞こえた。
どうやらたくさんやってきたらしいが、この箱の中なら多分バレないだろうと再び目を閉じる。
しばらくそうしていると隠れている箱が持ち上げられて運ばれているようで揺れが強くなった。
そのままどこかに運ばれ、降ろされ……そうして待っていればやがて誰も居なくなる。
周囲に誰も居ないのを確認し、ひょっこりと箱から顔を出せばどうやらどこかの建物の中らしい。
とはいえ部屋の入口は普通に開いており、そのまま誰にも見つからないように建物を飛び出し―――。
そこに広がる見知らぬ光景に……言葉を失った。
どうしよう?
どうするべきか?
思考がまとまらないままにずんと頭を重くなる。
ぐるぐると頭の中で何かが渦巻いて溢れ出しそうになるのを必死に留めながら……そうして意識が薄れていく。
再び目を覚ました時、どこかの路地裏で倒れていた。
足元に転がったきのみを見つけ、それが齧りかけであることに気づく。
またやってしまった、そのことに頭を抱え。
ぐう、と鳴いた自らの腹。
視線は齧りかけのきのみへと移り。
「……にゃ」
背に腹は代えられない、とそれを手に取る。
空腹が罪の意識をあっさりと消し去り夢中になって食べ尽くす。
そうして空腹が満たされると再び罪悪感が頭を過る。
―――どうしよう。
考えども答えは出ない。
アローラ民「ライチュウがどうしてアローラだとリージョンフォームになるのか? さあ? パンケーキでも食べたんじゃない?」