・踊らない大走査線
雑踏をかき分け、クチバの街中を走り抜けていく。
アカリと別れた直後から始まった騒動は加速度的にその規模を増しており、逃げ惑う人の波はまるで壁のようにボクたちの行く手を阻んでいる。
「ライチュウ!」
「ライライ!」
先ほど進化したばかりのライチュウがそのサイコパワーでボクたちの体を浮き上がらせて建物の屋根へと乗り移らせる。
それから周囲を見渡しながら、頭の中から響いて来る声がなんとなく大きく聞こえる方向を探し、見つけると再度サイコパワーで下に降りて走り出す。
ボクの後ろをついて来るライチュウをちらりと見やるとその尻尾をサーフボードの代わりにしながらサイコパワーで器用に宙を泳ぐようなその姿、まさかの進化であり、全く予想もしていなかった結果だが、まさかまさかで進化したその日に早速の大活躍である。
なんだか運命的なものすら感じるが、だとするなら頭の中に響くこの声もまたそうなのだろうか?
―――助けて、と。
―――苦しい、と。
―――嫌だ、と。
何度も、何度も声が聞こえる。
否、それを声と呼ぶには音を伴っていない。
けれどまるで頭の中に直接響いて来るようなそれをボクには声と表現することしかできなかった。
再び立ちはだかる人の波。
なまじ物産展のせいで各地から人が集まっていただけに逃げまどう人の数は尋常なものではなかった。
ライチュウの力を借りながらそれでも少しずつ、少しずつ、声が聞こえるほうへと進んでいく。
「……アカリ、大丈夫かな」
あの男を追って行ったアカリのことを思うと、苦々しい気持ちになる。
本当ならボクが行きたかった。少なくともアカリを1人で行かせるなんてことしたくなかった。
―――リンくんは、やること、ある……よね。
頭の中に響く助けを求める声。
アカリにこれから話そうと思っていたはずのそれを、直前までのボクの態度からアカリは見抜いていた。
―――やるべきこと、やろ?
それを、その声を助けることを、アカリはボクのやるべきことだと言った。
助けを求める声が聞こえたのなら、それはボクがやるべきことなのだと。
そうしないときっとボクが後悔するから、と。
―――これは、私がやること、だから。
あの男を追うことは、あの男を止めることは、アカリがやることだ、とアカリ自身がそう決めた以上それをボクは止めない。
ボクはアカリを心配はするが、けれどボクはアカリの保護者ではない。アカリの友達であって、アカリを守るべき立場の人間ではない。
ボクとアカリは友達で、旅の仲間で、対等な関係だから。
だから止めない、止めはしない……心配はするけど、すごく心配してるけど。
けれど同時にボクはアカリを信じている。
トレーナーとしてのアカリの天才性を、ライバルとしてのアカリの強さを、そしてなによりアカリとピカチュウの絆を信じているから。
「……ボクはボクのやれることをやらないとね」
そうじゃないと、あの男を任せたアカリに顔向けできない。
「ライチュウ!」
「ライラーイ!」
往来激しい路地をライチュウの力で上を通り抜ける。
大通りを逸れて裏路地へと抜けていくと徐々に人の数が減っていき、代わりに建物へと何かを重いものを叩きつけたような凹み、或いは一部崩れた跡、そんなものが増えていく。
「……すごい威力だね」
街中で暴れている割に人間が騒ぎを起こしている感じではない、ということは野生のポケモン……だが街中でそんな凶悪なポケモンがいればいくらなんでももっと早く騒ぎになっていてもおかしくはない。
となると……
具体的に何が起こったのか、見たのか少しだけだが建物も窓ガラスが全部吹き飛んでいたし、別の建物は屋上の一部が倒壊していた。
恐らくそんなことが街中のあちこちで起きている。
被害の範囲がどこまで広がっているかは分からない、だがこの港湾地区のあちこちで悲鳴と怒号が聞こえるのだからかなりの広範囲なのは間違いない。
ボクはてっきり複数のポケモンが暴れているのかと思っていた、だがこの痕跡を見るかぎりそれは間違いなのかもしれない。
「多分エスパータイプのポケモンだ」
カントーならケーシィ系統かスリープ系統か……或いはバリヤードやルージュラか、分からないがこの破壊跡は恐らく『
そう考えるとずっと頭の中に響いて来るこの声は恐らくそのポケモンの『
「……しまったな。もっと早く気付くべきだった」
頭の中に直接声が響いて来るなんてまさにそれだ。テレパシーに気づければもっと手っ取り早く見つける方法もあったのに。
いや、まだ遅くはない……まだ手遅れじゃない。
「ライチュウ」
「ライ?」
「この辺で強力なサイコパワーを探ってみて」
「ライラ~イ!」
お任せ~と言わんばかりにとんとん、と胸を二度叩いたライチュウが目を閉じ神経を集中させ始める。
同時にじんわりと、ライチュウからサイコパワーがまるで空間へと滲むように発せられるのが感じ取れる。
「ラ~イ? ライラ~イ……ライ! ラ~イ♪」
しばらくその大きな尻尾を右に左に振り子のように揺らしながらライチュウが目を閉じていたがやがて見つけた、と言わんばかりに大きな鳴き声と共に目を見開く。
こちらに視線を向けるライチュウに一つ頷けば、ライチュウがボクの手を取って強力なサイコパワーで浮き上がる。
すぐに屋根の上に登った先程と異なりそのまま宙をゆらゆらと進んでいく。
だがあまり速度が出ていない……当たり前だがライチュウはその特性もあるようにサーフボードのような尾の乗ってサーフィンでもするかのように宙を泳ぐのが本来なのだ。
こうやってサイコパワーで引っ張っていくのは不得意なのは仕方ないのかもしれない。
「ちょっとストップ……えっとこれ巻いてくれる?」
そう言って荷物からロープを出してライチュウの胴に三度、四度と巻いていく。
そうして反対端を持って準備を整え、ゴーサインを出した途端にライチュウが先程とは比べ物にならない速度で宙を滑りだし、それに体が引っ張られながらボクもまた宙へ浮いた。
ゴォ、と耳元で風を切る音がうるさいほどの速度でけれどライチュウは路地裏を軽快な動きでこちらに負担の無い範囲でのドリフトを繰り返しながら曲がり角もあっさりと曲がっていく。
そうして何度目かの曲がり角を曲がった先、薄暗い路地裏でぼうと光を放ちながら浮かび上がる小さなポケモンがいた。
ピィのような桃色の体色に、ピィと同じくらいの大きさの小さな小さなポケモン。
その時ボクはあのジュンサーが何故ピィについて尋ね、そのトレーナーであるボクにあれほどしつこく問うてきたのかようやく理解する。
「……キミがボクを呼んだのかな?」
問いかける言葉に、けれど返って来る言葉は無い。
ただじっと、静かに目を閉じ、まるで瞑想するかのように黙して浮かび上がるだけのそのポケモン。
本来こんなところにいるはずが無い、そのポケモンの名は。
「ニャスパー」
それも色違い。
ボクも初めて見たけれど、その体色とサイズ感だけを特徴として抜き出せば確かにピィと誤認するかもしれない。
本来カントーには生息するはずが無い……主な生息地はカロスのほうのポケモンだ。
だがここはクチバシティ。カントーで1、2を争うくらいには外との交流の多い町だ。恐らく他地方からの船に乗って来たのだろう。
それがトレーナーに連れて来られたのか、はたまた積み荷に紛れてやってきてしまったのかは分からないが。
「……どうすべきかな」
目の前のニャスパーはまるで呼吸すら止めたかのように静かに目を閉じている。
だが街での騒動は収まらず、何より頭の中に響く声はどんどん大きさを増している。
一体何をどうすればこんなにも悲痛な声をあげることになるのか、
「試してみる、べきかな?」
呟きながら片手に空っぽのボールを持つ。
ニャスパーが野生のポケモンならば、ボールでゲットすれば力は抑え込むことはできると思う。
あとはポケモンセンターなりオーキド研究所なりで見てもらうことができれば……。
だがボールを投げて素直に入ってくれるだろうか?
何よりこのパンパンに膨らんで弾ける直前の風船のような気配に対して刺激を与えることは正しいのだろうか?
恐らくボクが感じているこれはニャスパーが放つサイコパワーの片鱗だ。
ライチュウが道中何度もボクを浮かせてくれていたので何となく分かる。
それにニャスパーというポケモンは内に秘めたサイコパワーを抑えるために必死になっている、という図鑑説明があったはずだ。
推測だがあの男がしたのはそのサイコパワーの抑制を緩めたこと……或いはさらに力を増大させ暴走させた、だろうか?
こうして間近で見ていれば分かるが、ニャスパーにはまだ意識がある。
意識があっても力を抑えきれずにいる、というのは実情だろうか。
実際ここに来るまでも騒動は起きていても大きな被害のような無いように見えた。
路地裏を通る時も破壊の痕跡は多くあったが、それで怪我をしたりした様子……流血の跡などは見なかった。
つまり今ニャスパーは暴走する力を必死に抑え込んでいる……いや、抑え込もうとしても抑えきれないからなんとか被害が出ないように方向性を定めている?
そこにボールを投げる、という行為がどれほどの危険性を生むか予想できない。
だが頭の中に聞こえる悲鳴染みた声がどんどん大きくなっている。つまりニャスパー自身の限界も近づいている。
「……一番確実な手は、あるけど」
簡単なことだ。
ポケモンを『ひんし』にすれば良い。
ボクの目の前に浮かぶ、ただ必死に自分の力を抑えようとして無防備な姿をさらにこの小さな体に一撃叩き込めば、あっさりと『ひんし』にできる。
『ひんし』になればポケモンはもう戦うことはできない。自分ですら抑え込むことのできない力も強制的に遮断される。
「やだなあ」
例えそれが確実な手だとしても、この子は被害者だ。
あの男に……人の悪意によって加害者に仕立てられた被害者だ。
例えそれが確実な解決だとしても、それをボクは救ったと言いたくはない。
いや、あの時のリングマのように『ひんし』を堪えて暴れられる可能性があるとすると本当にこれを確実な手をするかも疑問だ。
となると考えるべきは……。
「そもそもなんでこんなことになってるんだろう?」
ニャスパーに恐らく何かをして今の状態になっている、というのは先程も思いついた。
問題は何かされたとして何で暴走しているのだろう?
例えばサイコパワーの増大が原因なのだとするならそれを抑えることが暴走の抑制に繋がるのだろうか?
サイコパワーを抑える……ゲーム的に考えるなら『とくこう』を下げる?
「ピィ」
ボールを投げる。
飛び出してくるピィを見やりながら考えるが、はっきり言って賭けではある。
ただ無駄に多芸過ぎるピィのことなのでもしかしたら、という思いはあった。
だから。
「『ないしょばなし』」
「ピィ~」
ボクの指示にピィが分かったとニャスパーの傍により……その耳元でぼそぼそと何かを語りかける。
途端、ニャスパーの表情が崩れ始める。
元からして無表情な種族なのだが、それでも口元や眉根など感情が現れそうなところが僅かに動きを見せる。
それから何度かピィに『ないしょばなし』をさせる。
この技は1手番使って相手の『とくこう』を1段階下げるというゲーム時代だと使いどころがあまりない技だったが、ダメージを与えずに能力値を下げるという今の状況にはぴったりな技だった。
そうして繰り返し『とくこう』を下げ続けると大分余裕が出て来たのかニャスパーが荒く呼吸を始めた。
頭の中の声も徐々に弱まってはいる……が、何故か消えては無くならない。
浮き上がっていたニャスパーが地面に降りたつ、だが頭を抱えて苦しむような様子を見せる。
効果はあった……だが根本的な解消になっていない。
「何だろうこれ……何が起きてる?」
ゲーム的なロジカルで語るなら後は『状態異常』と『状態変化』だろうか?
他にもなくは無いが、他の要素は『天候』や『フィールド』といった環境的な問題なのでポケモン単体で完結する要素と考えるとあとはそれくらいしか思いつかない。
「状態異常なら……これか?」
バッグから『なんでもなおし』を取り出してニャスパーに使用してみる。
だが効果があった様子はない。
「状態変化って……どうやって解消すればいいんだろう?」
『フェイント』などの特定の状態変化を解除する効果を持つ技はあるが、状態変化を全て解除する効果などゲームのポケモンには存在しなかった。
勿論状態変化の類だと確定したわけではないが、試せない以上それを否定もできなかった。
どうする? その言葉を頭の中で何度も繰り返して……苦しむニャスパーから視線逸らしながら何か使えるものは無いか、視線を彷徨わせていると。
「……そうだ」
ニャスパーを見て警戒する様子のピィを見てふと思いつく。
『なんでもなおし』が効かない、ということは『状態異常』ではない、だとすればこちらから『状態異常』にすることができる。
そして『ひんし』ではなくてもほとんど全ての行動ができなくなる状態異常というものが存在する。
「ピィ! 『うたう』」
「ピ? ピィ~♪」
一瞬『なんだっけそれ』みたいな表情をしたピィだったが、すぐに思い出したかのように子守唄のようなゆったりとしたメロディーを歌い始める。
いや『うたう』ってピィが低レベルで覚える技のはずなんだけど、というツッコミが一瞬頭に過ったが今はそんな場合ではないと頭を振って思考をかき消す。
苦痛の表情をしていたニャスパーだが、目の前にいてその声が聞こえないはずも無く、徐々に動きがゆったりとし始め……やがて元通りの無表情のままぽてり、と体を倒し『ねむり』についた。
「今なら行ける、かな?」
ボールを片手にニャスパーに近づき、その体にボールを押しあてる……そのままニャスパーが光となってボールに吸い込まれる。
かたり、とボールが揺れる。
その時になってようやくボクは街が静かになっていることに気づく。
かたり、とボールが揺れる。
路地裏にまで届いていた悲鳴と怒号がすっかり消えて静寂があたりを包む。
かたり、とボールが揺れて。
一歩、足を踏み出し、転がるボールに手を伸ばす、それと同時。
かちん、と音が鳴り、揺れが止まった。
ZAやってもこおの可愛らしさとマチエールさんのえっちさに脳をやられたのは俺だけじゃないはず……。
https://x.com/clamlate/status/2044787592869417169
ちょっとアンケします。