・どう足掻いてもコミュ障
クラスのみんなが人間であり、宇宙人ではないと気づいたのはあの時だった。
生まれて初めて楽しいと思えたあの日。
クラスメートのその子……リン君と戦っている最中に、私はそのことに気づいた。
それ以前、私にとってクラスのみんなは宇宙人だった。
楽しそうに何かを話していて、以前は私もその輪に入ろうと手を引いてくれていた。
でも私にはみんなが楽しそうに話しているそれの何が面白いのか全然理解できなくて。
楽しそうにみんなで遊んでいて、以前は私もその輪に入ろうと手を引いてくれた。
でも私にはみんなが楽しそうに遊んでいるそれの何が面白いのか共感できてなくて。
私って変なんだろうか?
そんな疑問が昔はあった。
だからお母さんに聞いてみた……私って変? って。
そうしたらお母さんはこう言っていた。
―――みんなの楽しいはみんなの楽しさ。アカリの楽しいはアカリの楽しさ。それが違うことだってあるし、同じになることだってあるんだから。アカリが変ってわけじゃないわよ。
よく分からなかった。
楽しいは楽しいじゃないのかな?
でも一つだけ分かったことがある。
―――私は別に変じゃない。
私が変じゃないなら、私が普通なら。
逆に変なのは、普通じゃないのはきっとクラスのみんなのほうだ。
私の楽しいに共感できないみんながおかしい。
でも私は1人だけどみんなはたくさんだ。
誰か1人おかしいならともかく、クラスみんなおかしいなんてことあるかな?
その時に気づいたのだ。
あいつらみんな人に化けた宇宙人なんだ。
だから私と楽しいって気持ちが違うんだ。
きっと人間は私1人だけだからみんなと話が合わないし、みんなと遊んでも楽しいと思えないのだ。
そう納得してからはクラスでは大人しくするようにした。
誰とも話さず、誰とも遊ばず、誰とも関わらない。
宇宙人と喋っても話が盛り上がるわけが無いし、宇宙人と遊んだって笑えるはずが無い。
あの日までは私は本気でそんなことを思っていた。
授業でのポケモンバトルをしていて心の底から楽しいと思った。
人生で一番楽しいと思えるくらいに、心の底から笑うことができた。
そうしてふと周囲を見た時に、みんなも同じように笑っていた。
初めてのポケモンバトルに四苦八苦しながら、それでも楽しいと笑っていた。
あれ?
心中で疑問が沸いた。
なんでこの宇宙人たちは私と同じことを楽しんでいるのだろう?
そんな疑問を抱えながら何度も戦っては勝った。
そうして最後に戦ったのがあの子……リン君だった。
正直なところ、その時の私はリン君に関してほとんど何も知らなかった。
知っているのは同じクラスの子だということと、リンドウという名前だけ。
何だったらリン君が男の子なのか女の子なのかすら興味が無かった。
だってそれだけで十分だった。
あの子もまたクラスのみんなと笑っている宇宙人だったから。
だから関わり合いになるつもりなんて無かった。
でも今目の前でバトルをしているあの子は、楽しそうだった。
私が心の底から楽しいと思っていることに、同じくらいの熱量で楽しんでいた。
なんで?
そんな疑問がずっと続く。
そうしてリン君と戦って、戦って、戦って。
最終的に私が負けた。
負けて、悔しいなって思った。
そうして顔を上げて。
勝って、嬉しい、楽しいって笑うリン君を見て。
―――ああ、この子は私と同じ人間なんだ。
それに気づく。
同時に授業中に感じていた疑念も解消されていく。
―――みんな人間だったんだ。
ずっと宇宙人だと思っていたみんなは私と同じ人間で、私と同じものを楽しんで、同じもので笑える普通の人でしかない。
ただ好きがズレているだけだったのだ、と気づいた。
自分で今日初めて気づいた自分の好きは随分と狭くて、逆にみんなの好きは広くて。
―――みんなの楽しいはみんなの楽しさ。アカリの楽しいはアカリの楽しさ。
お母さんが言っていた言葉の意味をその時ようやく理解できた。
変なのは私じゃない。
変なのはみんなじゃない。
誰も変じゃない。ただお互いに好きなものもあって、好きじゃないものもある。
それが普通のことなんだって。
その時初めて気づいたんだ。
* * *
それから私は変わった……わけじゃない。
クラスのみんながただの人間であることは分かった。
でもみんなの好きは私の好きじゃない。
好きじゃないことに付き合うのは疲れるし、興味も持てないのに無理に笑って話を合わせるのは退屈だ。
だから私はリン君と一緒にいることにした。
だってリン君はクラスでたった1人、
そうして一緒にいるうちに分かって来ることがある。
リン君はちょっと変な子だ。
いや、変じゃない……普通なんだけど、変わっている子だった。
リン君にはリン君の好きがある。
でもリン君はそれが悪いことみたいに思っている。
悪いことみたいに思っているのにそれでもそれを好きだと言うし、止めようとはしない。
でもどこか後ろめたく思っている。
なんだか不思議だった。
私はリン君が好きなら好きで良いと思う。
そんな私の感想にリン君はありがとうと笑ってくれたけど、でもなんでありがとうって言われたのか分からなかったから首を傾げた。
あとクラスでリン君を見ていて気づいたことがある。
リン君はみんなの好きで楽しそうに笑う。
みんなの好きを話していて、みんなの好きを遊んでいて、楽しいと口にするし、笑っている。
でも本当はそんなに楽しいと思っていないし、そんなに嬉しいとも思っていない。
なんでそんなことをするんだろう?
楽しくないなら、嬉しくないなら話さなければ良いし、遊ばなければ良い。
ふとした時にリン君にそんなことを聞いてみた。
そうしたらリン君が困ったように笑って言ってた。
―――ごめんね、そういう性分なんだ、ボクは。
しょうぶん、ってなんだろう?
なんで謝られたのか、分からない。
でもそれを言うとリン君がまた困ったような顔をするから言わなかった。
聞きたいことがあれば素直に問えば良いと思うのだが、リン君の困った顔を見ると言えなかった。
なんでだろう?
自分でも良く分からないもやもやとした感情を抱えていたそんな頃。
リン君が学校にポケモンを連れて来た。
リン君の頭の上でぴょこぴょこ動く可愛らしい誕生日ケーキの上に刺さってるロウソクみたいなポケモン。
クラスのみんなが大騒ぎでそのポケモンに興味を惹かれている時、私はそのポケモンを連れるリン君を見て。
―――いいなあ。
そんなことを思った。
リン君だけポケモン持ってていいなあって、そんなことを思ったから。
学校が終わって、いてもたってもいられなくてリン君の袖を引いて。
―――私もポケモン欲しいな。
そんなことを思いながら見つめていると、しばらくどうしようかと苦笑いを浮かべていたリン君が仕方ないなあと溜め息を吐いて。
―――イソノーポケモン探しに行こうぜ。
と誘ってくれた。
ところでイソノって誰だろ?
そうして一緒に街の外にまで行って、私が授業で使ったポケモン……ピカチュウをゲットした。
前に授業で一緒に戦った時からずっと欲しかったポケモンだったのですごく嬉しかった。
あと、それから。
―――アカリ、やったね。
多分あの時、リン君に初めて名前を呼ばれた。
ちゃんと私の名前、伝えたのに何故かリン君は中々呼んでくれなかったからなんでだろうって不思議だった。
リン君の名前を聞いた時に、私がリン君って呼んだら。
―――キミ、距離感の詰め方えぐくない?
なんて言ってたけど、どういうことかよく分からないのと同じくらいに不思議だった。
でもリン君が初めて私の名前を呼んでくれた。
そのことを理解すると同時に、どうしてだろう。
少しだけ心が揺れてしまって。
うん、って言うつもりだった返事は、半分になってしまった。
* * *
・家族
家に帰ってお母さんにピカチュウをゲットしたことを伝えると少し驚きながらも仕方ないわね、と迎え入れてくれた。
夕食を食べている時に、ピカチュウの世話をする私を見てお母さんがアカリはお父さんの子ね、と言って笑ったが対称的に私の心はもやもやっとした。
お母さんはどうして笑っていられるんだろう?
私のお父さんはもうずっと帰ってきていない。
少なくとも、物心ついてから私はお父さんの顔を一度だって見たことが無い。
お母さんが言うには私のお父さんはポケモントレーナーとして腕を磨くためにずっと旅をしているらしい。
でも私にとってそれは別に家に帰らない理由にはならないと思う。
そんな私にお母さんはいつも仕方が無い、と笑う。
でもどうして笑えるんだろう。
私は知っている。お母さんがいつも生活のために朝から働きに出ていることを。
私は知っている。お母さんがお父さんがいなくて寂しく思っていることを。
私は知っている。本当はお父さんを追いかけたかったのに私が生まれたからこの街に住まなくちゃダメになったことを。
―――アカリはお父さんの子ね。
お母さんはいつもそう言うけれど、でもいつだってその言葉の裏に寂しさを隠していることを知っている。
―――ねえ、お母さん。私はお母さんにとっていないほうが良いの?
そんな言葉が喉元まで出かかって、けれどいつもそこで止まる。
だってもしも、そうだよって言われたら……私はどうすれば良いんだろう。
だいきらい。
顔も知らないお父さんなんて。
お母さんを悲しませるお父さんなんて。
でも、お母さんはお父さんが大好きだから。
きっとその言葉を口にすればきっとお母さんを困らせるから。きっとお母さんを悲しませるから。
―――アカリはお父さんの子ね。
お母さんはいつだってそう言うけれど。
ねえお母さん。
私は、お母さんの子だよ?
お母さんと一緒のベッドの中で、微睡みに包まれながらそんなことを思う。
きっとこの言葉も、口にすればお母さんを困らせる言葉だから、ゆっくり、ゆっくりと気持ちと共に飲み込む。
―――ああ、リン君に会いたいな。
そうして眠りに落ちる直前、どうしてだろう……そんなことを思った。
明けて翌朝。
ピカチュウの元気いっぱいな鳴き声に目が覚めるとすでにカーテン越しに朝日が差し込んでいた。
ベッドのぬくもりに微睡みながらもお母さんはすでに起きているらしく、ベッドの中は私一人だった。
そのことに僅かに寂しさを感じながらも起き上がり、ピカチュウに挨拶をすれば部屋の外からは朝食の良い香りがしてくる。
途端にぐうーとお腹の音が聞こえたと思ったら、発生源はピカチュウであり、照れくさそうに頭を掻く仕草はどこか人のようだった。
そうしてピカチュウと一緒にお母さんの作った朝食を食べると、お母さんは仕事だからと早くに出て行ってしまう。
それを見送り、食べ終わった後の食器の片付けを済ませながら今日は何をしようかと考える。
今日は学校が休みの日で、一日時間がある。以前までならマサラパークなどでポケモンを見に行ったりしていたのだが、今はピカチュウがいてくれるし一緒にリン君のところに遊びに行っても良いかもしれない。
リン君今日は家にいるかな?
そんなことを考えていると家のインターフォンが鳴る。
誰だろう? そんなことを思いながら出てみればそこにいたのはリン君だった。
朝から遊びに来たのかな? と思ったけど違ったみたいで、ピカチュウの健康チェックをするらしい。
健康チェックって何だろうって思ったけど私たちが学校で受けている健康診断のようなものらしい。
要するにピカチュウが元気なのかどうかを調べるから一緒にオーキド研究所に行こうとのこと。
私はお医者さんじゃないし、ピカチュウが病気だったりしても分からないだろうからオーキド博士に診てもらえるならきっとそのほうが良いんだろうとリン君と一緒にオーキド研究所へ向かう。
……え? オーキド博士が診てくれるんじゃないの?
オーキド博士は忙しいから診てくれないらしい、でも研究所の人は
研究所への道中はちょっと遠い。
学校よりは近いけど、しばらく歩くことになる。
でもリン君とずっとお話できるので全然苦では無かった。
普段なら興味の無い学校での話も、リン君が語るとまるで別の世界のように楽しい。
へえ……クラスで変な喋り方してる子がいたけど、あれってチャンピオンの真似だったんだ。
そんな感想を抱きながら歩いてオーキド研究所に到着する。
リン君のお母さんがすでに受付をしてくれていたので着いてすぐにボールを渡すと30分くらいで終わるから待っていて、と言われたので入口に置かれていたソファーに座って待つ。
リン君とまたお話でもして待とうかと思っていたが、リン君は本棚に並んでいたたくさんの本の中から雑誌のようなものを一冊抜き出してそれを広げていた。
何を読んでいるのかな、と気になったので覗いてみるがなんだかよく分からない同じような服がいっぱい載っていた。
私には良く分からなかったけどリン君には分かるらしく、視線がずっと本に釘付けだった。
声をかけても反応しないくらいには集中しているようだったので、仕方なく私も何か本でも読んでみようと思うのだがオーキド研究所に置いてある本は難しい本ばかりで正直何が書いてあるのか全く分からなかった。
結局私が読めそうなのはリン君の読んでいる雑誌だけのようだったので、雑誌の片側を持って私は別のページを読ませてもらうことにした。
内容的にはバトル関連……というよりはどの街にどんなジムがあって、ポケモンリーグとはどんな場所なのかとかそんなことが書かれていた。
よく覚えておこうとしっかり読み込むことにする。
結局ピカチュウたちが戻って来るまでそうして雑誌を読んで過ごしていた。
―――あと数年で必要になる知識だから。
10歳になると今いる学校はひとまず卒業になる。
正しくはみんなが10歳になった年度が終わった段階で、学校を卒業してトレーナーになることができる。
トレーナーにならずにそのまま上の学年になる子たちもいるし、トレーナーになって卒業、そのままトレーナーズスクールに入る子もいる。
そして私のように旅をしようとする子もいる。
他の地方ではあまり無いらしいけど、カントーでは10歳の子供がトレーナーとして旅立つことはそう珍しいことではない。
私が家から出ればお母さんは自由になれる。そのことを思いついた日から私はずっとトレーナーとして旅立つことを決めていた。
―――リン君はどうするのかな?
マサラタウンでもトレーナーになろうとする子はそれなりにいて、でも実際に旅に出る子というのは随分と少ないらしい。
やっぱり住み慣れた家を出て、故郷から出て、地方を旅をするというのは子供でも分かるくらいに大変なことだから。
ヒトモシのことがあるからリン君はきっとトレーナーになると思う。
でも旅をするのか、するにしても10歳で旅立つのか……分からない。
でもリン君がマサラタウンに残るのならば、ずっと会えなくなるということで……。
なんだか胸が苦しかった。
* * *
・迷った時はレッツポケモンバトル
研究所からの帰り道、ずっと心の中がもやもやしていた。
将来どうなるんだろうとか、今いる友達がいつまでいてくれるんだろうとか、それ以外の色々な不安や悩みが自分の中で渦巻いていて、胸がいっぱいだった。
苦しくて、でも吐き出せなくて、どうすればもやもやが消えるのか分からなくて。
だから帰り道、リン君の袖を引いた。
私の手元にはピカチュウの入ったボールがあって、リン君の持つ鞄の中にはヒトモシの入ったボールがあって。
胸の中のもやもやをどうにかしたくて、リン君にポケモンバトルがしたいと言えば、リン君が周囲を見渡して少し考え込んだ後、私に提案した。
―――なら、うち来る?
リン君の家の裏庭にコートがあるのでそこでやらないか、という話だったので頷く。
リン君とバトルできる。そう思うと先ほどまでのもやもやが綺麗に消え去っていて、今度はそわそわと胸の奥から急かされるような感覚がして。
だからリン君の手を引っ張って走り出す。
そんな私にリン君が困ったように、でも笑みを浮かべて一緒に走りだした。
そうしてあっという間にリン君のお家までたどり着くと家の中に荷物を置いて来るついでにリン君のお母さんを呼んできて審判をしてくれることになった。
なんだか本物のポケモントレーナーになったみたいで、ワクワクする気持ちが強くなる。
コートを挟んでリン君と対峙すると、リン君のお母さんの合図が待ちきれなくてボールを握る手の力が強くなる。
そして開始の合図と共にリン君と互いにボールを投げ合う。
すぐにピカチュウに声をかけて走らせる。
昨日から観察していたのでヒトモシが動きの遅いポケモンであることは分かっている。
逆に昨日のゲットの際の一連のやり取りでピカチュウが素早いポケモンであることも分かっている。
この速度差はピカチュウの大きな強みだ。
それにどんな技が使えるのか授業の際もピカチュウと戦ったのでだいたい分かっている。
けどリン君はそんなこちらの考えを承知しているとばかりに無理にスピードバトルに付き合うこと無くヒトモシの足を止めさせてこちらをゆっくりと観察している。
どれだけスピードを上げてもヒトモシの後ろからリン君が見ているせいで完全に視線を切れない、そのことを理解してすぐに攻撃を仕掛ける。
けれどどうしたって攻撃の瞬間に足が止まることを理解しているとばかりにリン君がヒトモシに指示を出す。
そうして
その事実に僅かに動揺するが即座に押し殺してでんこうせっかによる攪乱を狙う。
勿論先も言ったが後ろからリン君が視線を引いているのでそれを完全に切ることはできない、がタイミングをずらすことはできる。
単純に足が速くなるわけではなく、でんこうせっかが発動した瞬間まるでテレポートしたかのように移動するのだからほんの一瞬だが誤魔化すことはできる。
そうした錯乱のお陰か、ヒトモシが無防備になった瞬間があったのでピカチュウに突撃させる。
だが不発に終わった。
なんで?
そんな疑問が頭を埋め尽くしながら、ヒトモシの体を
その隙を逃さずヒトモシが背後から攻撃、攻撃に驚いたピカチュウが硬直した間に全力の攻撃をぶつけられ、負けてしまった。
―――アカリ、勉強しよう?
困ったように笑うリン君に、負けた悔しさを押し殺しながら私は頷くしかなかった。
ポケモンにタイプ相性というものがあることは知っていた。
だが具体的にと言われると答えに窮する。
実際に教えてもらったタイプ相性は見ているだけで目を回すほど複雑であり、これを覚えておくことが最低ラインだと言われて思わず黙り込んでしまうほどに難解だった。
だからといって投げだすわけにはいかない。
ポケモントレーナーになるためには、それは必ず必要な知識なのだから。
そうしてなんとか18タイプ全てのタイプ相性を頭に叩き込む……いや本当に詰め込まれているかちょっと自分でも自信が無い。
今この瞬間にも中身が零れそうになる頭を気力だけで押しとどめていると。
―――じゃあ次は複合タイプの組み合わせだね。
なんて軽くいうリン君の言葉に、そして単タイプの相性から遥かに数を増した目を回すような数の相性表に思わず机に突っ伏した。
たった今詰め込んだばかりの知識がぽろぽろと転がり落ちていくような錯覚すらしながら、唸っているとリン君が苦笑して立ち上がり、きのみジュースとお菓子をくれたのでそれを詰め込んで気力を回復させながらどうにか起き上がる。
リン君の今日無理に全部覚える必要はないからね、という言葉に甘えながら紙に書きだしたタイプ相性表をじっと見つめながら家路につく。
魔法陣? と思うほどに複雑な模様と化した表に、見ているだけで眩暈がしそうになるがこれもトレーナーになるための一歩だと拳を握って勢いづく。
いつもより早い夕日が差し込む前の帰宅。
帰ってみればまだお母さんは帰ってきていないようで玄関の扉の鍵は閉ざされたままだった。
お母さんに持たされた鍵で扉を開けてピカチュウと共に家の中に入るとしん、と静かな空気が広がっていた。
先ほどまでリン君の家で賑やかに過ごしていただけになんだか急に寂しくなってくるが、もうすぐお母さんが帰って来ると気を取り直す。
何となく静けさが嫌になり、テレビをつけてみるが特に面白そうな番組はやっていなかったのでリモコンを欲しがるピカチュウに渡してリビングのソファに座る。
楽しそうにテレビを見ながらフリフリとリボンを結んだ尻尾がメトロノームのように規則的に振られているのを見ていると思わず欠伸が一つ。
朝からあちらこちらと動き回ったせいか、なんだか途端に眠くなってきてうとうとしているとなんとなく先ほどまでのリン君との家での会話を思い出した。
* * *
「10歳になったら?」
「……ん」
気になるとどうにも落ち着かなかったので思い切ってリン君に尋ねてみたのだが、リン君は少し考えた様子だった。
10歳になればトレーナーになって旅に出ることができる。だが必ずしもそうしなければならない理由も無いし、リン君みたいに頭が良ければ他に選択肢もあった。
「旅に出ようかなって思ってるよ」
けれどリン君はそう言った。私と同じ選択肢を取った。
そのことが嬉しくなって、うんうん、と一人頷いている私にリン君が首を傾げた。
「アカリはどうするの?」
「旅に出る、つもり」
「そっか、一緒だね」
「ん、一緒」
リン君も同じように考えてくれていたのかな、と思うとなんだかむずむずした。
そんな心の疼きを誤魔化すように、質問を重ねる。
「リン君は、目標とか、ある?」
「あっちこっちの街のファッションは見て回りたいね!」
「あ……うん」
いつもよりちょっとだけ語気の強いリン君の勢いに押されていると、リン君が抱えていたピカチュウをそっと降ろすとその尻尾には黒いリボンが結ばれていた。
私のピカチュウの尻尾はギザギザ尻尾なので♂だが、リボンを巻いたその様はとても可愛い。
「ピカ?」
「良いね、ピカチュウ、とっても可愛いよ」
「ピカ!」
「……ん、可愛いと思う」
リン君はこういう着せ替え遊びみたいなのが好きみたいだが、その範疇は自分以外も含まれるらしくヒトモシにお洒落させることができない分、ピカチュウを着せ替えさせて楽しんでいる様子だった。
ピカチュウも満更でも無いのか、可愛いと褒めそやせば照れた様子で頭を掻いている。
「他所の街に行けばもっとポケモンのファッションとかもあるだろうしね、ああ、でもお金の問題があるんだよね、やっぱそうなると強くなってバトルで稼ぐ必要があるのかな?」
呟きながらブラシを片手にピカチュウの毛繕いを始める。
なんだか手慣れている気がするが、リン君のお母さんは元トレーナーであり、リン君のお家にはお母さんの手持ちたちがいるのでその子たちに普段からやっているのかもしれない。
「まあそのくらいだよね……正直これといった明確な目的があるわけじゃないし、精々色んな地方見てみたいな、くらいのモチベーションなんだけど……ああ、でも」
気持ちよさそうに目を細めるピカチュウにリン君が笑みを浮かべてブラシを当てていく。
そして言葉の最後で一度手を止めて。
「どうせならさ、ポケモンリーグに挑戦してみたいよね」
どこか他人事みたいにそう呟き、再びブラシを動かし始める。
「私も……リーグには挑戦、する」
今はまだ予定だけど。
ポケモントレーナーとして大成すればお父さんも諦めて家に帰って来るんじゃないのか、そんな思いが未だに私の中にあって。
「そっか……なら」
そんな私の内心を他所にリン君が不敵に笑って。
「ライバルだね、ボクたち」
「……うん」
告げたその言葉に、私もまた頷く。
同時に毛繕いが終わったのかリン君の手の中から解放されたピカチュウが気持ちよさそうに目を細めながら満面の笑みを浮かべこちらにやってくるので抱き上げる。
「良かったね、ピカチュウ」
「ピカ♪」
ご機嫌な様子のピカチュウにこちらまで笑みが浮かぶ。
そうして一つ決心して顔を上げる。
「リン君」
「んー? どうしたの?」
「あの、あの、ね」
気が急いたせいか少しだけ言葉に詰まる。
言葉を止めて深く呼吸し心を落ち着かせる。
何だろう、とリン君が不思議そうにこちらを見ていた。
「リーグ、挑戦するのに、バッジ、いるよね」
「そうだね、カントーであちこちのジムに行って8つのバッジを獲得しないとリーグに挑戦できないからね」
「その、その……」
一緒に旅をしよう、ってそれだけの言葉を出すのになんだかとても苦労する。
なんでだろう?
「その、一緒に、ね」
「ん-ああ! 一緒にジム巡りする?」
言葉にできなかった部分を推測で埋めて来たリン君の提案に、こくこくと頷く。
自分では気づかなかったけど、リン君曰くこくこく、どころかぶんぶん、だったらしいけど。
それくらいその時の私はそわそわしていて、なんだか落ち着かなくて。
「する、一緒に……旅、しよう」
「うーん、ホントに距離感エグイなこの子……まあ良いか」
なんだか最後にぼそっとリン君が何かを呟いた気がしたけど、一緒に旅ができる、そのことで頭がいっぱいだったこの時の私にはそのことに気づかなかった。
なんか予定より3倍くらいアカリちゃんの感情が重いし、めっちゃコミュ障になってる気がするが……まあ可愛いからヨシッ!
まあもしかしたらそのうちヤンデレ回避パッチが導入されるかもしれない……。