・後始末
ポケモンセンターの柔らかいベッドの上に倒れ込むと、ほう、と大きく息を吐いた。
大変な一日だった、というのが正直な感想。
自分から首を突っ込んだのもあるとはいえ、街中を走り回らされた挙句に間違い無く普段の10倍くらいは頭を使ったせいで肉体的にも精神的にも疲弊していた。
「あぁぁ~」
ベッドに横になった途端に、一気に込み上げてくる眠気に抗うことすらできずに目を閉じる。
真っ暗になった視界、そのまま徐々に意識が……落ちない。
「その前に……確認しとかないと」
今にも落ちそうな意識を必死に引き止めながら体を起こし、部屋に入った時に机の上に投げっぱなしにしていたスマホを手に取る。
暗転した画面を起動させると案の定オーキド博士からメールで連絡が入っていた。
うつらうつらとした意識の中、揺れる指先でなんとかタップしながらメールを開く。
そこに書かれた内容にほっと安堵の息を漏らし、最後の気力を振り絞ってスマホでアラームを設定すると今度こそ何の憂いも無いとベッドに倒れ込み……一瞬にして意識が暗闇に飲まれた。
…………。
……………………。
……………………………………。
ニャスパーを無事にボールに収めてすぐにオーキド博士に連絡を取る。
ニャスパーの症状は恐らく先のリングマと同じタイプの薬物が使用されていると推察できる。
となると先例の現状の確認も含めて専門家に頼るのが最適解だと考えた。
連絡がついたオーキド博士にニャスパーの存在とその症状、それから先のリングマとの関連を絡めた推察を伝えると2匹目となる事例に驚きながらもリングマの状況を教えてくれる。
ヒメグマとはやはり親子だったようでヒメグマの存在が精神の安定に一役買ったようで今はそれなりに落ち着いているらしい、ただしまだ薬の効果が残っているのか不意に暴走しそうになることがあるらしくもう少し経過を見るようだ。
それでも少しずつ症状は時間経過で改善がみられるとのことで少しずつ薬が抜けてきている……つまり効力が永続するような類のものでは無い、らしい。
ニャスパーも恐らく時間経過で症状が改善されていく可能性が高いとのこと。
ただ海外からやってきたポケモンということもあって、一度研究所で診察したほうが良いかもしれないので『ねむり』状態のニャスパーをそのまま送って欲しいとのこと。
すぐに通信システムでニャスパーをボールごと送ると一日以内に結果を送る、とオーキド博士が告げて通話が終了する。
それが終わるとすぐにアカリの元へ向かう。
ニャスパーを追って結構遠くまで走っていたので戻るのにそれなりに時間がかかってしまったが、アカリとも合流する。
あの男と対峙したが、逃げられてしまったこと、途中で同い年くらいの少女に助けられたことなどを教えてもらいながらもアカリの口から飛び出たローザという名前に頭の中で口元に手を当てながら高笑いする赤い髪の少女が過ったが……まあ多分気のせいだろうと自分を納得させた。
とにかくアカリが無事で良かったと安堵していると騒動の直前にボクを職質してきたジュンサーさんと出会ったので呼び止めて今回の騒動についてあらましを伝えた。
海外からのポケモンが暴走していただとか、ロケット団が裏で暗躍していたとか、ただの食い逃げ*1を追っていただけのジュンサーさんの目が飛び出るかというくらいには驚いていたが、それでも何とか納得して後は引き継いでくれるとのことなので本職にお任せしてアカリとポケモンセンターに戻ることにする。
そうして戻って来たのはすっかり夕暮れも近くなった頃。
ボクもアカリも肉体的にも精神的にも疲弊してしまっていたのでとりあえず休んで起きたらまたロビーに集まろう、とそれだけ決めて各々部屋に戻る。
そうして部屋に戻ると荷物を全部机の上に放り投げてベッドに倒れ込む。
それから。
それから……。
それから―――。
…………。
……………………。
………………………………。
スマホから流れるアラームの音に目を覚ます。
「……あ~」
けたたましいというほどではない、だが途切れることなくなり続ける電子音に強制的に意識が戻る。
アラームを止めようと手を伸ばす……だがスマホは机の上だ。
まだ眠気から覚め切らない重い体を動かし、ゾンビにでもなったかのようにベッドの上を這いながら机の上のスマホを取るとアラームを止める。
「……起きよっか」
まだ多少の眠気もあったが、それでもなんとか覚醒した意識でそう呟くと体を起こして目元を擦る。
「あ……お風呂入ってなかった」
ベッドの上でぐっと伸びをしながら服を着替えようとしたところで部屋に戻ってそのままベッドに飛び込んだせいで服も着替えて無ければそもそも汗を流していないことも思い出す。
そうして自覚するとなんだか心地の悪さを覚えてしまって、すぐにシャワーを浴びてさっぱりする。
「もしかしてアカリも……いや、さすがにそれは」
真新しい服に着替えて身も心もすっきりとしたところで途端に不安になってくるのは隣の部屋のアカリのこと。
走り回ったボクとは異なるが、それでもあの男と危険なバトルを繰り広げたアカリも相応に疲れているだろうし、まだ寝ているかも……とは思いつつ、でも着換えもしないで寝てたら……とか色々考えてしまって、どうするか少し悩む。
そうして悩んだ末にもう少しだけ寝かせてあげるかと嘆息する。
起きてきたらまず真っ先にお風呂に入れて着換えさせようと内心で決意しつつ、ベッドに転がりながら今日の事件について何か載っているかとスマホを弄る。
そうしてしばらく調べた結果、どうやら今日の騒動での死者などは無かったらしい……そこは一安心だ。
ただ怪我人は多少いた……まあ街中あっちこっちで建物が突如崩落したのに軽傷が数人となると相当に被害は少なかったと言える。
恐らくニャスパーが必死になって人的被害が出ないように人に危害を加えないように力の放出先を逸らしたのだろう。
あの時、目の前にいるボクに気づかないほどに集中していたのもそのせいなのかもしれない。
それから今回の事件の重要参考人として警察がキョウチクトウを指名手配している。
今回のこともそうだが、トキワの森での件もある。
ポケモンたちに対する薬物の投与に関してはポケモン研究の権威であるオーキド博士のお墨付きもあるし、指名手配するに至るだけの証拠はあるようだった。
ただ調べた限りではロケット団という名前は出てきていない……まあロケット団という名前もあの男が自分で言っていただけだし、他の団員の気配もない。
本当にあの男がロケット団なのかという疑問もあるし、ロケット団という組織が動いている形跡もないので今回の場合、単独犯として見られたようだ。
「ロケット団ねえ……」
万が一くらいで『おつきみやま』や『ハナダシティ』で何かあるんじゃないか、という警戒が僅かにあったのだが特に何も無かった。
ヒマワリから聞いた話ではカントーにおけるロケット団の活動が増えてきているとのころなのだが、実際にはクチバに来るまでにあの特徴的な服装を見かけたのは2年前のトキワでの一件くらいである。
「ちょっと予想外だったよね」
この世界は現実であることは分かっていたことだが、それでもゲームの設定と世界観は基本的に同じだ。
カントー地方にはマサラタウンを始めとしたゲームに出て来た街が確かにあるし、それぞれの街の特色もゲームの設定と同じ、そしてそこに住んでいる人間もゲームに出て来た人間はだいたいそこにいる。
オーキド博士はマサラタウンにいるし、タケシはニビシティのジムリーダーをやっている、カスミもいたし、きっとこのクチバシティのジムリーダーはマチスなのだろう。
そういう類似を上げていくとゲームで起こったイベントというのは『可能性としては起こり得る』ものだということも想像できる。
転生者という変数のせいで色々変わっている部分もあるが、ロケット団がいて、ゲームと同じように活動しているのならばもうちょっと色々な街で見かけてもいいのではないか、と首を傾げるわけだ。
案外ボクの想像している時系列が異なっているという可能性もある。
例えばボクはマサラタウンからレッドやグリーンというトレーナーがすでに旅立っていることから原作における初代以降の時間軸であると認識していた。
だが実際には旅だったレッドやグリーンというトレーナーがゲームにおける初代の主人公とライバルであるという保証があるわけではないのだ。
同じ名前の別人、というあまりにも紛らわしい偶然……という可能性も無くはないし、そうなると実はまだ今の時間軸って初代ポケモン以前という可能性も……まあ無くはない。
もう一つ可能性がある。
というか実はこっちなのではないか、とボクは薄々思い始めていること。
それは―――。
「ロケット団がゲームとは違う組織として成り立っている……とかね」
* * *
ゲームでロケット団と言えば。
初代赤、緑、青版と第二世代金、銀、クリスタル版に出て来た悪の組織である。
トキワジムのジムリーダーサカキをトップとし、複数の幹部、その下に数多くの下っ端で構成させており、社会の裏で勢力の伸ばしポケモンの力で世界征服を目標とする……といった情報が前提としてあり、そこに作品媒体ごとにちょこちょこサカキに実は息子がいたり、とかカントーのジムリーダーがロケット団の団員だったり、とかまたはロケットコンツェルンという会社をフロント企業にしていたり、とかそういうつけたしの情報がある。
だがまあ根本的な話。
ロケット団とはポケモンマフィアである。
ポケモンを武力として用いる裏社会の組織。
これがポケモン原作におけるロケット団という組織の根本だ。
そして原作で起こるイベントの大半はこの前提を満たすために行われる。
初代でいうなら『おつきやま』での活動、ハナダシティにおける活動、シオンタウンにおける活動、タマムシでの暗躍、ヤマブキでの大事件。
全てはロケット団という組織が『ポケモンを武力とする』組織であり、ポケモントレーナーとして強くなるための一番安易な手段……つまり強いポケモンを手に入れる、或いは活動の資金を得る、そういう目的のために起こした事件である。
当たり前のことだが組織が活動するのは組織の存続、そして目的のためだ。
つまりロケット団はロケット団の存続のためにタマムシシティで金を稼ぎ、ロケットコンツェルンを経営し、ロケット団の目的のためにポケモンを奪ったり、人工ポケモンの研究を行ったり、マスターボールを求めてシルフを襲った。
原作においてロケット団がロケット団として活動するその裏にはそうした組織としての明確な目的があった。
翻ってこの世界の……というか現状カントーの各地で暗躍しているロケット団にはその目的というものが見えない。
或いは何か目的があるのかもしれない、だがその目的がどうにも原作のロケット団と同じようには見えない。
原作と同じことをしていないから原作とは別の組織、なんて安直なことを言うわけではないが。
ロケット団が起こしたとされる事件を一つ一つ調べてみると、どうにも組織だって動いているようには見えないのだ。
まるで個々人が別々の目的を持って動いている……そんな風にしか見えない、だからこそ今の時点においてロケット団は正体不明の組織以上の実態が分かっていない。
先も言ったがロケット団を名乗る犯罪者は各地にいて、いくつかその詳細がネットの記事にもなっている。
だが点と点が繋がらない、目的がまるで一致しているようには見えない。
組織の存続のために動いているようには見えない、だが同時に犯罪の裏の組織の目的もまた見えない。
「……なんだろうなあ」
何か引っかかるものがあるのは確かだ。
まるでバラバラな目的な犯罪の数々。
それらを一つで繋ぐロケット団の『目的』。
見えては来ない……だがどこか引っかかっている。
けれど自分でも何に引っかかっているのか分からない。
違和感があるはずなのに、それがどこか分からない。
「もどかしいや」
呟き嘆息する。
同時にがたん、と隣の部屋から聞こえる物音。
おや、と思いながら耳を澄ませばとっとっと、と体重の軽い何か……多分ピカチュウが走り回るような音。
それからとん、とん、という多分アカリの足音。
あとは―――。
ごん
という鈍い音。
「アカリ?!」
即座に部屋を飛び出し、隣の部屋の戸を殴りつけるようにノックする。
数秒沈黙が廊下に流れ……やがてかちゃり、と鍵が開く。
直後にドアが開き。
「ピッカ!」
ドアノブを掴んでぷらーんとぶら下がりながらちょっと呆れた表情のピカチュウと。
「うぅぐ……」
ドアの前で額を抑えながらもんどりうつアカリの姿。
そんな両者の姿に即座に状況を理解する。
「寝ぼけて扉に打ったね、アカリ」
「……いたひ、すごく」
嘆息一つ。
「仕方ないなあ」
多分『いやしのはどう』とか使えるんだろうなあ、と予想しながらピィを呼びに自室に戻った。
次回マチス戦かなあ……。
手持ちポケモンの現在レベルとかあとがきに欲しい?
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いる
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いらない