・森の異変
「良いよ良いよ。やっぱり似合うよ!」
「みゅう♪」
「あーもう荷物置いて来ちゃったの失敗だったなあ、それにうちに帰ればもっといっぱいあるんだけど」
「みゅう?」
「うーんでもこれだけでも十分可愛い! 最高! 写真撮って良い? 持ってないけど」
「みゅう!」
楽しそうだなあ、と内心で呟きながら目の前のポケモンに盗られた缶箱の代わりにリン君が出してくれたキャンディーを口の中で転がす。
火が消えないように時々集めた枝葉を追加して煙を出すくらいしかやることが無いので必然的に楽しそうにやっている2人……否、1人と1匹を眺めているのだが。
―――あのポケモン何なんだろう?
少なくともアカリの知識の中にあのポケモンに関する情報は無い。
リン君が『ミュウ』と呟いていたのが聞こえたので多分そういう名前のポケモンなんだろうけど、聞いたことも無い名前だった。
少なくともマサラタウン周辺でそんなポケモンがいると聞いたことは無いし、あんな姿のポケモンテレビでも見たことが無い。
一つ分かるのは相当に頭の良いポケモンだということ。
先ほどからリン君とまるで会話するかのように相槌代わりに鳴いている……というか恐らくリン君の言葉をしっかり理解して会話しているのだろうと思う。
なにせ大半のポケモンは人の言葉を正しく分かっているわけではない。付き合いの長さなどで何となく伝わるものがあるが、野生の中で生きるポケモンからすれば人の言葉なんて聞いたことも無いのだから学ぶことも無い、当たり前の話だ。
それでも大半のポケモンは人の言葉の裏にある思いを何となく掴む。それに表情や雰囲気などを併せることでだいたいのコミュニケーションは取れる。
だが『ミュウ』は違うように思う。
あのポケモンはリン君の『言葉』をちゃんと理解して相槌を返しているし、リン君が問う言葉の意味もしっかり理解してイエスとノーを返している。
相当に人慣れしているポケモン……にしてはどう見ても野生っぽいし、やはりかなり頭の良いポケモンということになるだろう。
幸いリン君の様子を見るに危ないポケモンというわけではないらしい。
と、いうか。
「むう……」
先ほどから自分のことなど忘れたかのようにミュウに自分の身に着けていた帽子や眼鏡などを着せては楽しそうに笑うリン君を見て頬を膨らませる。
なんとなく邪魔しちゃダメかな、という気持ちと、自分をほったらかして楽しそうにしてるのはズルい、という2つの気持ちがアカリの中で渦巻いていてどちらとも答えを出せずにいた。
答えが出せないままに視線をずらすと焚火の傍で気絶したままのシゲルの姿。
何があったのか知らないが未だに目を覚ます様子も無く、何かにうなされている。
かといってアカリにはどうしようも無いので寝かせておくしかないとまた視線をずらす。
焚火からはもくもくと煙が出ており、森の外からでもこの煙は見えるだろうからきっとオーキド博士たちもこの場所にもうじき気づくだろう。
それは正しい。
事実アカリたちは知らないことだがオーキド博士たちはすでに森へと足を踏み入れてこちらを目指していた。
もう30分もしない内にこの場所を見つけるだろう。
だが1つ気づいていないことがある。
或いは……リンドウは気づいていてもそのリスクを飲みこんだ。
―――森の外からでも気付ける異変は、森の中においても影響を及ぼすということ。
「……ん?」
誰よりも先にそれに気づいたのはアカリだった。
森の奥から響いて来るほんの僅かな揺れ。
「じゃあ次は……うん?」
「みゅう?」
僅かに遅れてリン君も異変に気付く。
ミュウは……何も分かってい無さそうな表情。
けれどそれは多分鈍感だからでは無く、むしろ逆なのだろう。
「アカリ」
「ん……」
リン君の呼びかけに応えてボールからピカチュウを出す。
ピカチュウもまた飛び出して即座に異変を察知し体を低くして警戒し始める。
振動が徐々に大きくなっていく、森の奥から何か来る。
リン君がシゲルを守るように木々の木陰に引きずって隠す。
そうしてボールからヒトモシを出し、異変のする方向へと警戒を促した……直後。
「ニドォォ!」
森の木々が吹き飛んで土煙の向こう側から紫色の大きなポケモンが現れる。
見上げるほどに大きなトゲトゲの巨体がこちらを睨みつけており、もくもくと煙を上げる焚火を見つけるとその大きな手を振り下ろす。
「アカリ!」
叩きつけられた地面が弾けて一瞬にして焚火が消える。
同時に焚火の下で焼けた土が飛んできて咄嗟に両手で身構えると同時にリン君が飛びつくようにして自身を押し倒し、そのまま覆いかぶさるようにして庇う。
「リン君……っ」
「大丈夫、なんとかね」
視線を上げればリン君を守るようにヒトモシが炎を出していた。
どうやらあれで飛んで来た土を防いだらしい。
「アカリは大丈夫?」
「……うん」
「よし、なら聞いて。あれはニドキングだよ。タイプは『どく』と『じめん』。特性で触ると『どく』にしてくる可能性があるから突撃するのはちょっと様子見て」
「……分かった」
『じめん』タイプと聞いて僅かに眉が動く。
ピカチュウの『でんき』技が効かないという時点でアカリにとっては不利な話である。
ならばヒトモシをメインに、と思ってもヒトモシは『ほのお』タイプ、そしてピカチュウは『でんき』タイプ。どちらも『じめん』タイプの技を受ければ大ダメージだ。
「さすがにこんな大ボスクラスは予想してなかったなあ……来てもコラッタとかオニスズメとかその辺だと思ってた」
予想外だ、と頬を掻くリン君だがその表情に暗さは無い。
アカリもまた同じだ。強敵の予感にむしろワクワクのほうが強いかもしれない。
「ねえ、リン君」
「何さ、アカリ」
「楽しくなってきたかも」
「……ふふ、実はボクも」
森で迷ったと理解した時、あんなに怖かったはずなのに。
こうして森で強敵と出くわして……普通に考えれば絶体絶命のピンチのはずなのに。
どうしてだろう……バトルをするのだと思えば、どこまでも楽しくなってくる。
「ニドォォォォォ!」
自分を恐れない2人に、ニドキングが苛立ち紛れに威嚇の声をあげる。
だがそんなものは隙だとでも言わんばかりにアカリも、リン君も即座に動きだす。
「ヒトモシ」
「ピカチュウ」
まずはピカチュウが前に出る。メインの『でんき』技が通らない上にヒトモシはそれほど速度のあるポケモンではないので役割的にはピカチュウが囮になる。
最近覚えたばかりの『こうそくいどう』でスピードを上げていく。ただしこれが使えるのは一回までだ。
当たり前の話だがポケモンの速度自体はまだ上があってもトレーナーがそれに追いつけないければ何の意味も無い。
残念ながら今のアカリでは『こうそくいどう』1回分以上にスピードを正確に把握し、指示を出すのは難しい。
ただ元よりスピードのあるピカチュウだ。たった1回でもとんでもない速度を実現する。
ニドキングはどうやらその大きな体の割に素早いようだが、元より体の小さいピカチュウとの速度差は言うまでもない。
目の前をちょこまかと動くピカチュウにニドキングが鬱陶しそうに手で払うが、そんな鈍い攻撃には当たらないとピカチュウが軽々と避ける。
そのまま攻撃に繋げたいところだが、リン君が言うには特性で触れると『どく』状態にされる危険性があるらしいので攻撃はせずにとにかく攪乱に動く。
「その距離だよアカリ! その距離で釘付けにできればまともな『じめん』技は飛んで来ないから」
リン君がヒトモシに指示を出しながら伝えてくる情報にさらにこの先に動きを考える。
この近距離を維持できれば『じめん』技への警戒はしなくていいらしい。残念ながらリン君のようにアカリはニドキングというポケモンがどんな技を使えるかなんてまだ知らない。この1年でタイプ相性を含めて勉強はしているのだが、それでもポケモンの個々に覚える技なんて学ぶはずもない。
リン君がどうやってそれを知ったのか多少興味はあるが、とにかく分からないなら分からないなりに与えられた情報を素直に受け止める。
重要なのはこの近距離でピカチュウが囮を務めれば『じめん』技が飛んで来ないということ。
ピカチュウとヒトモシ、両方に大きなダメージを与えられるのは『じめん』技だけだ。
こちらが攻撃をしないことを考えればピカチュウに飛んで来る攻撃はスピード差で十分避けれる。
さらにヒトモシに飛んでいく攻撃は『じめん』技でないならピカチュウが迎撃して撃ち落とせる。
つまりフィジカル任せに強引な展開に持ち込ませなければ場を硬直させているだけで一方的に削れるということだ。
そうして考えている間にもヒトモシが青白い炎を生み出してニドキングへと放つ。
目の前のピカチュウに気を取られていたニドキングがそれに気づいた時にはすでに遅く、青白い炎がニドキングへと命中する。
「……ん?」
だがあまりダメージがあるようには見えない。一体今のは何なのだろう? と疑問に思った直後、ニドキングが顔を歪める。
何をやったのか良く分からないが、あの表情からして苦しんでいるのは間違いない。
ならば今がチャンスだ、とピカチュウにさらに指示を出す。
「ぴか!」
ピカチュウが走りながらその姿をいくつもに分裂させる。
『かげぶんしん』によって無数に増えたピカチュウにニドキングが戸惑う。
だがすぐに表情を怒りに染めて両の手に毒をまとわりつかせながらぶんぶんと振り回す。
「『どくづき』だ! 当たると『どく』になるよ。気を付けて」
「……分かった」
すぐにリン君がその技の正体に気づいて教えてくれるのでピカチュウ本体を攻撃の射程の外側に退避させる。
けれど逃げたことで逆にニドキングにそれが察知される。
「ニドォォォ!」
「……ピカチュウ」
「ぴか!」
自らの選択が安易だったことに後悔しながらも『どく』タイプ技という情報から即座にピカチュウに迎撃の指示。
リン君に覚えることを教えてもらった『はがね』タイプの技『アイアンテール』によって『どく』を防ぎながら攻撃を弾く。
相手の技は基本的にこちらも技でしか迎撃できないが、その際にポケモン本体と同じようにタイプ相性が発生するのは知られていることだ。
『はがね』タイプは『どく』タイプを無効化する。つまり『どくづき』は『アイアンテール』で防御すればダメージ無く防ぐことができる。
そしてこちらが攻撃を防いでいる間にもヒトモシが後方で……自らに紫色の釘のようなものが打ち付けているのが見えた。
あれが何かは分からないが、何かの技のエフェクトなのは分かる。同時にニドキングにも同じような釘が背後から打ち付けられているのが見え、同時にニドキングが苦悶の表情を浮かべる。
そしてその技によってとうとう先ほどから自分を苦しめている効果の数々がヒトモシによって発生したものであることニドキングに気づかれる。
「ニドォォォォ!」
「まず、い」
「ぴか!」
ヒトモシへと完全に視線を定めたニドキングが怒声を上げながら近寄っていく。
それを阻止しようとピカチュウが前に出るが、シンプルな体重の差でピカチュウではどうしようも無い。
最早慎重に行っている場合ではないとピカチュウも『でんこうやっか』や『アイアンテール』で積極的に仕掛けに行くが、シンプルにタフさで受け止められて、挙句『アイアンテール』の尻尾を掴まれたまま振り回されて投げられる。
ダメージ自体はそれほどでも無いが、距離を大きく開けられてしまった。もう一度近づこうと走り出すがすでにニドキングはヒトモシの目の前にいて。
「ヒトモシ」
「もし!」
『はじけるほのお』が破裂して炎をまき散らす、多少のダメージにはなっているかもしれないがニドキングが大きく腕を振り上げて。
「ニドォォォォ!」
毒をまとった片手で
そうして拘束したヒトモシをもう片方の手で殴りかかる。
一発、二発と殴られるたびにヒトモシが悲鳴を上げる。
「ピカチュウ……っ!」
「ぴーかー!」
咄嗟にピカチュウに『ばちばちアクセル』を指示する。
電撃をまといながらの高速の攻撃、だが当然ながら『じめん』タイプを持つニドキングにダメージは無い。
だがそれで良い。超スピードによる突進によって間は完全に詰めた。
そのまま『アイアンテール』で足元を打つ。さすがに足への攻撃は無視できなかったのか、ニドキングが追い払うようにピカチュウへと手を振り回すがそれによってヒトモシへの攻撃は止まる。
「ニド……ニドォォ!」
苦し気に息を荒げるニドキングだがそれでもその気迫は揺らがない。
追撃とばかりにさらに『アイアンテール』を放つ。
「ニドォ」
放たれた『アイアンテール』に向かってヒトモシが投げられる。
「ぴかぁ!」
味方を攻撃しそうになったピカチュウが咄嗟に技を止めようとして……その間を狙った『ふいうち』気味にニドキングの拳がピカチュウを撃ち抜く。
吹き飛ばされるピカチュウ、再度間が開けられると同時にニドキングが拳を振り上げる。
ダメージによって動きの遅れたヒトモシへと、渾身の『どくづき』が突き刺さる。
「も、し……」
「ヒトモシ!」
不味い、とリン君が叫ぶがすでに限界と言わんばかりにヒトモシがふらふらと揺れて、倒れ伏す。
ピカチュウもまた手痛い一撃を受けて、息を荒げている。
追い詰められている、その事実に歯噛みしながらもまだ何かないか、と知恵を振り絞る。
そうする間にもニドキングは待つことも無くこちらを睨みつけて……。
「ニド……ォォ」
膝から崩れ落ちる。
それでも倒れはしない、しないがそれほど強烈な一撃を受けたわけでも無いニドキングが何故かすでに限界が近いようだった。
よろよろと立ち上がるニドキング、まだ終わらないと強烈な闘争心を燃やしながら一歩、また一歩とこちらへと近づき。
「アカリ……目を潰して!」
「ピカチュウ」
「ぴっかぁ!」
唯一動けるピカチュウが全身から電気を迸らせながら走り出す。
ニドキングがそれを待ち受けるように立ち止まる。いやもう限界なのかもしれない。
事実ニドキングの動きは鈍っている。だがピカチュウもまたそれは同じ。
故にピカチュウが一歩、ニドキングから飛び退る。
「ニド?!」
「ぴーかー!」
近づかないことに驚くニドキングに、ピカチュウが全身の力を溜めて。
「ちゅー!!!」
渾身の『10まんボルト』を放つ。
『じめん』タイプには無効のはずの『でんき』技を、ニドキングが平然とした表情で受ける。
「そう、それでいい……ヒトモシ!」
「もし!」
ダメージを受けないからと何の抵抗も無く浴びた電撃はニドキングの視界を強烈な光で完全に閉ざす。
だから足元で起き上がったヒトモシの姿に気づくことが遅れた。
「もっし!」
「にどぉ!?」
放たれた紫の光が無抵抗にニドキングを襲い、強烈なダメージを負わせる。
そのダメージはニドキングが体をくの字に曲げて動けなくなるほどであり、最早限界となったニドキングが崩れ落ち……。
「ニドォォォォオォォ!」
それでもまだ、とニドキングが力を振り絞って起き上がる。
「うっそ?!」
「……しつこい」
荒い息を吐きながら、それでも戦うことを止めないニドキングにリン君が驚きに目を見開く。
アカリもまた折れない心にいい加減辟易としていた。
だがニドキングもさすがに限界なのかふらふらと一歩、二歩とたたらを踏むように下がり……。
「にど……」
にやり、と笑んだ。
「あ……しまった!?」
「え?」
その行動の意味を理解したらしいリン君だったが、すでに遅い。
ニドキングがその両の手にエネルギーを蓄え、
「『だいちのちから』だよ!」
「あっ……」
ピカチュウが近くにいて邪魔し続けていたからこそ撃てなかった『じめん』技。
だが数歩分、距離を取ったことですでにそれを邪魔するには遅かった。
地面へと叩きつけられたエネルギーが大地を伝って真っすぐにヒトモシへと向かう。
不味い、それを理解し……選択する。
「ピカチュウ」
「ぴっか!」
『アイアンテール』が地面を伝う巨大なエネルギーを叩く。
目標へとたどり着く前に暴発したエネルギーが爆発してピカチュウを吹き飛ばす。
弱点タイプの強烈な一撃にピカチュウが完全に戦闘不能となり、森の地面を転がる。
「ヒトモシ!」
「もっし!」
だがヒトモシは無事だった。
そしてこれが最後のチャンスとリン君が叫んで……。
「あ……」
「え……」
その姿が徐々に大きくなり、その姿が徐々に変わっていき、そして光が収まった時。
「らんらん!」
ランタンのような姿へと変貌したヒトモシが強烈な力を集約させて。
「ランプラー、『たたりめ』!」
「らん!」
放たれた黒紫色の炎がニドキングを焼き尽くす。
声をあげることもできないままに立ち尽くしたニドキングがそのままばたりと倒れる。
「……たお、した?」
完全に目を回して倒れているので『ひんし』状態なのは分かったが、それでも確かめるように呟いた言葉にリン君が一つ頷き、ほっと一息を吐く。
その直後。
―――ニドキングの全身が光に包まれた。
「え?」
「……?」
見上げるほどに大きなトゲトゲの体がみるみるうちに小さくなっていく。
そうして光が収まるとそこに残ったのは。
「みゅう~」
* * *
・思い出の1枚
騙された、或いは化かされたというべきか……。
2匹のミュウがお互いに顔を合わせて楽しそうに笑う。
どうやら今までのバトルは全てミュウによる
勘弁してよ、と呟くがヒトモシが掴まれた時は本気で背筋が凍ったのだ、それくらい言わせて欲しい。
ただまあ本当に遊びでしかなかったのだろう。だってミュウがその気になればニドキングの状態でも『ねんりき』が使えたはずだ。
『サイコキネシス』もそうなのだが、あの2種の技は
ニドキングはゲーム時代プレイヤーに技のデパートと呼ばれるくらいに多彩な技を覚えたが、それはあくまでも技マシンなどでの後付けした場合であって、ニドキング自身が自力で覚える技というのはそれほどの範囲は無い。
さらに種族値から考えると物理技がメインになるだろうと予想して『おにび』*1で『やけど』*2状態に。
さらにピカチュウが攪乱してくれている内に『のろい』*3で相手を『のろい』状態*4にし、後はピカチュウが時間を稼いでくれていれば勝てる、という状況まで持っていけていたはずなのだが最初から効率良くピカチュウを無視してこちらに『だいちのちから』*5連打されていれば普通に詰んでいたが、まあその辺も含めてミュウが上手いこと加減してくれていた、と考えるべきなのだろう。
最後『たたりめ』*6で押し切れて良かったとほっとする。
「………???」
色々と納得して安堵の息を漏らしたボクとは反対に、今まで戦っていたはずの相手が突如ミュウに変化してしまったことにアカリが戸惑っている。
まあミュウ以外はメタモンくらいしか使えない(ドーブルは除く)準専用技のことなんて子供が普通知っているはずも無いか、と納得する。
メタモンはゲームにおける対戦で特定の活躍があったのとそれ以外の……主に対戦の準備段階の部分であまりにも有名だったのでボクは知っているが、正直身近に所持しているトレーナーがいなければメタモンって割とマイナーなポケモンなのだ。
「アカリ、『へんしん』っていう技があるんだ。文字通り他のポケモンに変身できる。つまり今まで戦っていたニドキングはそっちの青いミュウが変身していた姿だったんだよ」
というか青っぽいミュウって色違いじゃないだろうか、という事実に今更気づく。
そもそも幻と呼ばれるはずのミュウが2体も目の前にいること自体大分おかしいことなのだが。
その幻のポケモンのさらに色違いって激レアだなあ、と思うわけで。
「……カメラ持って来れば良かったなあ」
ツーショット。いや、ミュウ2匹とスリーショット、アカリも入れてフォーショット? とか撮りたかったなあ。
ただ今回のキャンプにカメラは持ってきていない、旅に出る頃になればスマホでも買ってもらえるのかもしれないがまだ10歳にもなってない現状でスマホも無い。つまりこの奇跡のような光景を、絶好のシャッターチャンスを逃してしまっているわけで……もったいないなあ。
「みゅう?」
「みゅう!」
「みゅう?」
「みゅう♪」
目の前で可愛い(ピンク)と可愛い(シアン)が何かを喋っているのだが当然ボクたちには分かるはずも無い。
でも何となく癒されるなあ、と何となく眺めていると。
「おーい! シゲルー! リンドウくん! アカリくん! 無事かあ!」
遠くから声が聞こえて来た。
どうやらオーキド博士が先程までのバトルを聞きつけてやってきたらしい。
「博士、こっちです!」
声の聞こえるほうに返事を返すと森の木々の隙間からオーキド博士と助手の人たち思わしき数人の大人の姿が見えた。
こちらに気づいたのかオーキド博士たちが慌ててやってきて、それから―――。
「なっ、みゅ、ミュウじゃと!?」
「みゅ?」
「みゅ~?」
仲良く並ぶ2匹のミュウを見つけ、大人たちが目を剥いて驚く。
その中に父さんがいるのを見つけて、すぐに駆け寄る。
「あ、父さん! カメラ、カメラ持ってない?」
「え、あ、り、リンドウ! 無事かい? 怪我は?」
「それよりカメラ、カメラ無いかな」
「え、えっと野外撮影用の小型のポラロイドなら……」
「それでいいや、ちょっと来て」
父さんの腕を引っ張ってミュウの前まで連れてくる。
それからカメラを構えるように告げて。
「ミュウ、折角お洒落したんだから一緒に写真撮ろうよ」
「みゅ?」
「みゅう?」
「キミは帽子で、キミは眼鏡ね、うん、可愛いよ。あ、それとアカリもおいで」
「ん?」
アカリと2人父さんの前に立って、その後ろにボクの眼鏡と帽子をかけたミュウたちがふわふわと浮かぶ。
「父さん、撮って撮って」
「え、あ……うん、じゃあ、撮るよ?」
ぱしゃり、とカメラが光って、撮影が終わる。
同時にカメラから写真が1枚出てきて……。
「良い写真撮れたね! ほら、見てみて」
「……ん、良い感じ」
「みゅう!」
「みゅ~♪」
自分たちの写真を見てアカリが何度か頷き、ミュウたちも自分の姿が映っている写真に楽しそうに鳴き声をあげる。
お菓子を食べて、バトルもして、写真も撮って、それで満足したのか、はたまたまた気まぐれか、ミュウたちがそのままふわりふわりと浮かび上がり、螺旋を描くような軌跡で飛びあがる。
「もう行くのかな……じゃあね」
「……ばいばい」
肝を冷やされたりもしたが、なんだかんだで楽しかったので手を振って別れを告げるとミュウたちも一度こちらを振り返り。
「「
一瞬、響いた鳴き声に混じって、声が聞こえた気がした。
* * *
帰ったら大騒ぎだった。
勝手に森に行ったシゲルはそれはもうカンカンに怒られた。
まあアイツ森でポケモンに襲われた挙句にイーブイが『ひんし』で逃げ回らされ、走ってる最中に木の根に躓いて転んでそこから意識が無かったらしい。
多分その時にミュウに助けられたのだろうが、ミュウがいなかったら、或いは気まぐれに助けてくれなければ本当にやばかったかもしれないので仕方ない話だろう。
それはそれとして博士たちの目の前で撮られた思い出の1枚は歴史的研究資料となった。
ボク自身全然そんなつもりは無かったのだが、色違いのミュウが存在していたという事実だけで界隈は騒然としたしこれでワンナウト、さらに2体のミュウが同じ場所にいたということでツーアウト、さらにその2体のミュウを間近でしかもブレも無く撮影しているということでスリーアウトである。
あの場所で何があったのかとかオーキド博士にそれはもう根ほり葉ほり聞かれたり、なんで素直に撮影に応じてくれたのかとかそういうのも聞かれたが、後者に関してはボクも知らない。
単純にそういう気分だったんじゃないのか、と思っている。
一応答えれる範囲では答えたが研究者でも無いボクが答えれることなんて本当にたかが知れているので、あれでどれほど意味があるのか正直分かったものでは無い。
結局キャンプはそれでお開きになったわけだが……色々あったがボクとしては意義のある時間だった。
幻のポケモンに出会えたからとか、ヒトモシが進化したからとか、同じ転生者と知り合えたからとか、色々あるのはあるのだが。
一番大きかったことが1つ。
旅の目的ができたこと。
元よりボクの旅には明確な目的が無かった。
精々都会のファッション見たいな、とか元プレイヤー的にポケモンジムは巡ってみたいかな、とかできたらやってみたいな、くらいの曖昧な目的しか無かった。
けれど今回ミュウと出会ったことで一つ目的ができた。
いや、それを目的と呼ぶには曖昧に過ぎるかもしれない。
けれどそれは明確な指針だ。
ボクが旅をする上での、何をしたいのか、という指針。
はっきり言って、ミュウと出会った時ボクははっちゃけていた。
シゲルとの一連の騒動から森での遭難とあまりにも次から次へと色んなことが起きるから普段なら自制していた部分がしきれていなかった。
トドメとばかりにミュウとのバトルで精神的にも肉体的にも疲れ果て、わざわざボクたちを探しに来てくれた大人を放置して好き放題やっていた。
はっきりいってまともな精神状態の時ならやらなかったことだ。
まだ精神性に幼さの残るアカリの代わりにボクがしっかりしなければ……そう思っていた。
けれど今回良く分かった。
転生したからといって簡単に大人になれるわけじゃない。
結局ボクはまだまだ子供で。
だから。
―――素直に楽しめば良いのだ。
―――我儘にやりたいことを叫べば良いのだ。
―――傲慢に自信を持てば良いのだ。
だからこれを旅の基軸としよう。
母さんからもらった真っ白なノートに手書きで書いた
旅をしながらやりたいと思ったことをやる。
ファッションを楽しんで。
観光を楽しんで。
グルメを楽しんで。
バトルを楽しんで。
ポケモンと遊ぶことを楽しんで。
アカリと旅することを楽しんで。
そうして。
―――
Q.なんでミュウたちこんな大人しいの?
A,お菓子くれて餌付けされた(サファリ式)+バトルして(遊んで)くれた+リンくんちゃんに戦う気も捕まえる気も全く無いから
というわけで次回からようやく旅が始まります。
と見せかけてトキワシティにアカリちゃんと遊びに行く話を番外編として入れよう……かなあ、どうしようかな。
思い付いたら入れます。思いつかなかったら旅が始まります。