プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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白銀命(しろがねめい)


1.白銀命は生きたい

 

目が覚めたときにはそこは病院で、自分はベッドの上に横たわっていた。

 

次に感じたのは全身の痛みだ。まるで拘束具のようにグルグルと身体に巻かれたギプスと包帯のせいで、身動きが取れなかった。

 

「失礼しま……せ、先生! 白銀さんが目を覚ましました!」

 

一人ベッドの上で動かぬ体と格闘していると、病室に入ってきた看護師と目が合った。何やらぞろぞろと騒がしくなり、おそらく医者と思わしき人物がやってくる。

 

「まさかあの状態から回復するとは……その名に恥じぬ、と言ったところかな。よく頑張ったね」

 

名前、自分の名前だろうか。

 

「どうだろう、意識はあるかな? 僕の声は聞こえているかい?」

 

聞こえている。口も首も動かなかったが、自分は目線で返事をした。

 

医者の説明によると、以下の通りである。

 

自分──白銀命は中学受験に向かう途中に交通事故に遭った。そして酷い怪我を負い、ほとんど死に体であったが、加害者側がどうやらやんごとなき人物であったらしい。

 

彼らは一般人の生涯年収を優に超える多額の示談金と、この国における最高の医療を投じ、また自分の肉体の持つ常人より優れた回復力のおかげもあって自分は一命を取り留めた。

 

だが、五体満足とは行かなかったようだ。

 

右目は潰れて摘出、右足は膝より下を切除。右半身には痺れが残り、体中に消えない傷跡が残った。

 

そして何より自分は記憶喪失で、それはこれまでの人生の記憶だけではなく、日常生活に不可欠な一般常識にまで及んでいた。

 

「君がこれから社会に復帰しようとすると、かなり厳しいリハビリと再学習が必要になる。今の君は社会に復帰せず、一生働かなくても生きていけるほどの財産があるけど……君はどうしたいかな?」

 

わからない。記憶を失った自分には判断力も、判断のための価値基準も持ち合わせていない。

 

ならば少なくとも、それを身につける程度にはリハビリも再学習も行おう。それからどう言う人生を送るか決断を下せば良い。

 

そう思った自分は、その日からリハビリと再学習に努めた。

 

片足片目を失い、体の使い方を忘れた自分はさながら生まれたばかりの赤ん坊のようだった。立つことも、食事をすることも、トイレに行くことだって一人でままならない。

 

とんでもない屈辱だった。

 

自分は12〜13歳なのに、おむつが外せないのだ。周りの先生や看護師さんたちは優しく接してくれていたが、実は裏で『お可哀想なヤツ……』などと思われてはいなかっただろうか。

 

え? 自分、このままだと死ぬまで要介護者なの? そんな老人みたいな余生を過ごす羽目になるの?

 

そんなのは断じてお断りである。

 

とりあえずで始めたリハビリと再学習だったが、恥を覚えた後の自分は死に物狂いで頑張った。幸いにも自分は素のスペックが優れていたようで、学習したことはスルスルと定着し、一度出来るようになったことは二度と失敗することがなかった。

 

そうして赤ちゃん卒業、人間入学を目指し訓練して──半年が過ぎた。

 

「先生、皆さん、今までお世話になりました」

 

半年経って、自分──『ボク』は退院できるほどに回復した。はっきり言ってこの回復力は異常と言って良い。

 

常人が10年かけて覚える知識を僅か半年で覚えてしまったのだから。ボク自身もそのスペックには驚いている。記憶を失う前は相当頭が良かったのではなかろうか。

 

「まさかこんなに早く君が退院する日が来るとはね……」

 

「うぅ……白銀さん。退院しても元気でね……」

 

主治医の先生とボクの世話をしてくれた看護師さん、それに院内売店のおばちゃんや清掃員の人、この病院に通院している人、その他病院の近所に住まう人々、エトセトラ……と、ボクがここで知り合った人たちの多くが見送りに来てくれた。

 

いや、多いよ。別れを惜しんでくれるのは嬉しいけれど、そんなに悲しむことじゃないでしょう。多分これからも通院する必要があるから今生の別れでもあるまいし。

 

なおこの半年間。白銀命の努力する姿はこの病院全体に知れ渡っており、また痛々しい傷を負いながらも未だ健在であるその優れた容姿から一種のマスコットと化していた。皆が白銀命のリハビリする姿に勇気づけられていたのであるが……本人はそれに気づいていない。

 

「さてと……何はともあれ退院することができて良かった」

 

ボクは義足のついた足で外へと一歩踏み出す。義足をつけたことで平地なら杖なしで歩くことができるようになったし、利き腕も左に矯正して食事や筆記ができるようになった。知識面においても一般的な中学生が持つ程度の学力、一般常識を身につけたのだ。

 

ようやく人間としての尊厳を取り戻すことができ、ボクはウッキウキで病院をあとにした。

 

向かう先は件のやんごとなき人物が用意した新居だ。一体どんな場所だろうか。

 

 

 

一方、その背後でため息をつく者が一人。それは白銀命の主治医の医者である。

 

「結局。一人称を矯正できなかったか……」

 

『白銀さんは『女の子』なんだから『ボク』じゃなくて『私』が良いと思うよ?』

 

『やだ。先生と一緒が良い』

 

「あんな風に言われちゃったらなぁ……」

 

生まれたばかりの雛鳥は初めて見たものを親だと思い込む。記憶を失い、まっさらなキャンパス状態となった白銀命は周囲の人間を真似ることでいち早く社会復帰を成し遂げたのだ。

 

結果、新生白銀命は所謂ボクっ娘となってしまったのである。

 

容姿端麗、頭脳明晰、そして……身体欠損。そこにボクっ娘まで加われば属性過多である。彼女は中学受験を受けることができなかったため、公立の中学に二学期から編入する手筈となっていたが……出る杭は打たれると言うように、彼女の個性がそこで悪目立ちしないと良いのだが。

 

せめて、彼女が本来受けるはずだった秀知院だったなら、彼女がその個性故に迫害されることもないであろうに。

 

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