「あら、どうしたものでしょうか。私は別にカップル割など必要ないのですが……」
(ドケチな会長がカップル割を使おうとするのは必至。さっさと私に頭を垂れて、『一緒に写真を撮ってくれ』と乞い願いなさい!)
「くっ……」
(割高なラテアート一杯分を節約できれば……! だが、ここで四宮にカップルとして共に写真を撮ろうと申し出ることは、告白も同然ではないか……!)
などと、両者が熾烈な頭脳戦を繰り広げている一方。私は冷めた目で二人のことを眺めていた。
めんどくさ。恥ずかしがっているのか何なのか知らないけど、早く決めて欲しい。フリでも何でも良いから撮ってしまえば良いじゃないか。
と言うか、この人四宮かぐやだよな。黒髪に赤い目、ふとした瞬間漏れる四宮家特有の冷たい視線。秀知院学園の制服。
黄光さんの話だと、常に周りを敵視する氷のような人間で、とても誰かと仲良くするようなタイプではなかったはずだけど……。
「まぁ? 会長がどうしてもと言うのなら? 撮ってあげないこともないですよ?」
すごく楽しそう。もはや別人でしょこれ。あの人、全然内偵できてないじゃん。近侍に手の者を潜り込ませてるとは何だったのか。ホントにそんなんで四宮グループを継げるの……? ちょっと不安になってきた。
「あぁ、俺は撮るべきだと思うぞ。たかだか共に写真を撮るだけで一杯分無料になるのだ。合理的に考えれば撮らない道理はない、だが四宮……お前はそうは思わないようだな。まさか、嘘でも俺と恋人として撮られることが恥ずかしいのか?」
それに、開き直った主張をしているこの男。同じく秀知院学園に通っている生徒だろうか。ずいぶんと四宮かぐやと親しいように思える。
さっきから妙に私に馴れ馴れしいし、何故か私の名前を知っているし……はっきり言って怖い。
だってそうだろう。知らない男が、一方的に自分のことを知っているなんて恐怖だ。
まさか、また刺客か? 四宮家の誰かが懲りずに四宮かぐやとこの男を送り込んできたのか……?
「そうですね……どうせならもっと情熱的に誘って欲しいものです」
「二度同じ手にかかると思ったか、四宮。あまり俺を舐めないことだ。
「チッ……」
いや、ないか。今目の前でアホみたいな言い争いをしているこの二人が刺客だとは思えない。
良い加減見飽きた。さっさと終わらせてしまおう。二人とも、どうやら少し勘違いをしているようだし。
私は睨み合う姿も絵になる二人をパシャリとカメラに収めた。
「な……命ちゃん!?」
「妹さん!?」
「取り敢えず撮らせていただきました。これでカップル割は適応──とはなりませんよ? この写真を壁に飾って宣伝材料にすることまでが条件なので」
案の定、二人は驚きの表情を見せる。どうも写真を撮るまでが条件だと思っていたようだ。ちゃんとメニューに書いてるでしょうに。
『撮影した写真は宣伝のため店内に飾らせていただきます』って。
そもそも、このラテアートとカップル割のシステムは私と石上さんが考えたものだ。
この喫茶店は早坂さんから紹介されたことからも分かる通り、四宮家に連なるものがよく利用する。そのため二階は個室であり、商談や密談の場として用意されているのだ。
よってもともと一般客の利用は少なかったのだが、それだと一階部分が無駄になる。なので私と石上さんは、人を呼び込むための策を考えた。
『喫茶店っていうのは飲み物じゃなくて、場所と雰囲気にお金を払うものだからな。そう言うものを求める層って言えば、やっぱり学生じゃないか。うちの高校もここから近いし、ターゲットにしても良いと思う』
『となると、学生向け……学割とかですかね』
『もう一声欲しいな……』
『石上さんの通う高校……秀知院学園でしたよね。いわゆるお嬢様学校。なら、普通の学生が喜ぶようなありきたりなものが良いと思うんです。タピオカ……は俗っぽすぎるかな。ラテアートとか』
『ラテアートか。それなら写真をSNSに載せて拡散してくれるかも』
『あとは……例えば恋人同士で来てもらって、ラテアートと一緒に写真を撮るんです。そしてその写真で宣伝すれば、デートスポットとしての付加価値をつけられるんじゃないでしょうか。宣伝料として、カップル割引を実装してみる……とか』
『良いと思うよ。そう言うのに飢えてる輩はすぐに飛びつくんじゃないか? 学業よりも恋愛にうつつを抜かすようなやつらって承認欲求も人一倍大きいし。だいたい──』
『どうどう。石上さん、熱くなりすぎです』
という具合に。
「良いんですか? お二人の写真をカップルとして壁に張り付けても」
「絶対にだめよ!」
「駄目に決まってるだろ!」
席はどこも空いてるのにわざわざ外から見えない奥側に座ったことから、二人が一緒にこの喫茶店にきたことを周りには知られたくないのだろう。であれば、今私の手の中にある写真のデータは交渉のカードになりうる。
「この写真を飾らず、しかしカップル割を適用する提案が一つありますよ。聞きますか?」
本来は宣伝料代わりの割引なのだが、今はお金を払ってでも成し遂げたいことがある。このカードを早速使わせてもらおう。
私は二人が神妙に頷くのを確認し、その提案を告げた。
「店内お静かにお願いします。よろしいですね?」
「「すいませんでした」」
さっきからうるさいんだよ。君たち。
ようやく静かになった二人は、カップを片手に書類仕事を始めた。その姿に、既視感を感じる。
あぁ、そうか。石上さんに似ているんだ……。
──今、私の中で記憶していた情報の羅列が、一つの仮定へと繋がった。
石上さんがパソコンで編集している資料、ちらりと見たことがあるが、あれには生徒会資料と書かれていたはず。
石上さん、四宮かぐや、そしてこの男。みんな秀知院学園の生徒会役員か。
呼称から読み解くに四宮かぐやが副会長で、この男が会長……石上さんはこの男について何と言っていた?
『私に似てる』
『兄妹だと思えるくらいに』
『名前は白銀──』
そして今日感じたこと。
『妙に馴れ馴れしい態度』
『そしてなぜか、私の名前を知っている』
石上さんが私の名前を教えた? いや、あの人は秘密を守ると言っていたし、私はこの男との血縁関係を否定したのだ。彼は赤の他人に勝手に名前を教えるような人じゃない。
ならば、もともと知っていたのだろう。いつ知った? 私はこの人のことを覚えていない。ならば忘れたのだ。あの事故よりも昔に会った人物だから。
導き出される答えは自ずと限られた。記憶を失う前の私を知っていて、かつ親しくて、姓が同じ。
それが意味するのは、彼が私の家族……兄である可能性が非常に高いということ。
私に親類縁者はいないと思っていた。誰も見舞いにこなかったから。けど、母親はいた。ならば兄がいてもおかしくはない。
秀知院学園生徒会会長……名は確か、白銀、しろがね……なんとかさん。
私が忘れ、私を忘れた過去と、忌々しい因縁の血筋は思ったより近くにいたらしい。
あぁ、だからか。それが理由か。
二人が仲良く、楽しそうに喋っているのを見ると、妙に腹立たしい気持ちになるのは。
冷房の風が当たり、肌寒さを感じる中。私はただひたすらに時計を眺め、この時間が過ぎるのを待った。
(命ちゃんのバイトが終われば、また話しかけてみるか)
(あの写真……妹さんに頼んだら譲ってくれないかしら)
「もしもし、突然連絡してすみません。今日って迎えにこれますか。はい、はい……そうです、その喫茶店です。はい、ありがとうございます」
心はすれ違うばかり。