プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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14.白銀命は相談したい(下)

 

目を覚ましたとき、私の目の前にはお山が二つあった。

 

「目、覚めましたか?」

 

……そのお山のてっぺんから、藤原千花の顔が覗き込んでくる。どうやら私は膝枕をされていたらしい。

 

「すいません、起きま──」

 

「そんなに顔色悪いのに起きちゃ駄目。しばらく横になっててください!」

 

『めっ!』と言って私の頭を太ももに押し付ける彼女。だが正直ありがたい。まだ正直頭の中がぐるぐるする。

 

「どのくらい気絶してましたか」

 

「んー……30分くらい? 急に倒れたからちょー心配したし」

 

首を反らせば、椅子に頭を乗せてこちらを見つめる早坂愛の姿があった。

 

え、何この男子なら血涙流しながら喜びそうな状況。なんか恥ずかしいんですけど。

 

「お店は……」

 

視界の隅で店長が親指を立てているのが見えた。迷惑をかけてすみません。

 

「ねーねー、命さんってさ。もしかして何か悩みとかあるんじゃないの」

 

唐突な早坂愛の言葉に体が硬直する。

 

「……どうしてそう思うんですか」

 

「うちらギャルにはそーいうのお見通なんだよね」

 

へー、ギャルってすごい。

 

とはならない。彼女は早坂家の人間だから、これは十中八九私から話を聞き出すために適当に言っているだけだ。

 

「でもでも、さっきから顔色悪いし、ため息何度もついてるし、突然倒れちゃうしぃ……何か原因があるなら、聞いてみたいなー……っていうか?」

 

……うっ、図星だ。

 

これはギャルじゃなくてもお見通しなやつだった。適当でも何でもなく当然の推理だね。

 

「うちらあったばかりだけど、新しく友達になったわけだし? 仲良くなる第一歩としてお悩み相談とか良いんじゃない?」

 

お悩み相談ね。

 

私が黄光さんとしたのは、事故について口外し、それによって四宮家に不利益をもたらさないという契約だ。私自身が記憶喪失な件については特段口止めされていない。

 

事故について話さなければ……相談するのもあり、なのか?

 

いや、よくよく考えれば記憶喪失についてはわざわざ隠すようなことでも無かった気がする。以前推定兄と会ったときは、もう関わりたくなかったので冷たい態度をとったが……あれって逆効果だったのでは。現に早坂愛を送り込まれているわけだし。

 

「その症状……命さん、も……もしかして恋煩いですか!?」

 

「違います」

 

よし、相談しよう。何も言わないままだとあさっての方向へ飛び火しそうだ。

 

介抱をしてもらったのだから、あんまり警戒し続けるのも良くないだろう。早坂愛についてはまた後で対処するとして。

 

さて、なんと話したものか。

 

「お二人には、忘れたい記憶はありますか。いわゆる、黒歴史ってやつです」

 

黒歴史。元ネタの作品では、一度リセットされて忘れ去られた人類の歴史のことを言っていたはずだが、ここでの意味だと忘れ去りたい過去のことだ。

 

「詳しくは言えないんですけど、私が悩む原因はそれに近い概念です。せっかく記憶を忘れていたところに、ある日私の過去を知る人物がやってきて、私はそれを思い出してしまった」

「それ以降、思い出したくないはずなのに、妙に自分の過去が気になってしまうんです。挙句の果てには忘れているはずの記憶を中途半端に夢として見るようになって、複雑な感情で頭がいっぱいいっぱいと言いますか。モヤモヤするんですよ」

「どうしたら、このモヤモヤを解消できますかね?」

 

私はそう言い切って二人の顔を伺った。藤原千花はよく分かっていなさそうだ、そして早坂愛は顔を引き攣らせている。

 

「ちょっと待って。つ、つまり命さんって、記憶喪失なの……?」

 

「そうなんですか!?」

 

あぁ、そうか。唐突に記憶喪失だなんて言われればそんな反応するよな。

 

「まぁ、はい。言葉を飾らずに言えばそうですね。理由については語りません。あと、むやみやたらに他人に話したりしないでくださいよ」

 

「じゃあ、さっき倒れたのは?」

 

早坂愛が私に問いかける。

 

「白銀圭の顔をみたことで、私の中で忘れていた記憶の一部が急に蘇ったんです。それで、脳がパンクして」

 

「え? じゃあ命さんと圭ちゃんってどんな関係なんですか? 私たまたま苗字が同じで、たまたま見た目が似てるだけだと思ってました!」

 

そんなわけないだろう。偶然にしては出来すぎだぞ、それは。

 

「さぁ……? すべてを思い出したわけではないので。ただ、私と白銀圭はどうも仲が悪かったみたいです。私は彼女を陥れて、追い出したみたいなので」

 

「追い出した? じゃあ一緒に住んでたってこと?」

 

「思い出した限りではそうですね。たぶん、私と白銀圭は親族だったのではないでしょうか」

 

「生き別れた姉妹ってことじゃないですか! てことは命さんは会長の妹でもあるってことですよね。会長はこのこと知ってるんですか?」

 

「秀知院学園の生徒会長のことを言ってるなら、以前会いましたけど……関わりたくないので突き放しました。私から見たら知らない人でしたし」

 

「ど、どういうことですか。会長は命さんが記憶喪失なのを知らないんですか? 普通家族が記憶喪失になったならすぐ分か──」

 

何かに気がついたらしく、藤原千花の言葉が止まった。

 

「うっわぁ……そういうことですか。圭ちゃんから聞いたことがあります。親がほぼ離婚寸前で別居中だって。圭ちゃんは昔はお母さんのところにいたけど、今はお父さんと会長と一緒に住んでるって言っていたので、えっと……てことは命さんはお母さんと住んで……?」

 

「母は蒸発しました」

 

「んんん???」

 

「はぁ!? なにそれ、ありえないし!」

 

なんだか話がややこしくなってきて、藤原千花と早坂愛が混乱してしまった。

 

「取り敢えず紙に書き起こしましょう!」

 

藤原書記のその一言で、私の人生を少し振り返ることになった。

 

ある程度回復した私は上体を起こし筆を執る。

 

断片的な過去の記憶と、藤原千花の持っている情報を合わせると、以下の通りになった。

 

1.白銀家が父と会長、母と命と圭で別離?

 

2.命が圭を追い出し、圭は父と会長と合流。

 

3.命が記憶喪失に、母蒸発。

 

4.会長と命が再会。すれ違いが起こる。

 

5.命が悩みを抱える。

 

うん、書いてみると酷いな。推定兄には悪いことをしたかもしれん。

 

「あ、あれぇ……ちょっとしたお悩み相談のはずが、白銀家の壮絶な家庭環境を垣間見ることになってしまいましたよぉ……?」

 

「(絶句)」

 

もう私よりも二人のほうが悩んでいるように見えるんだが。

 

え、これ私のお悩み相談だよな?

 

「えっと……なんでしたっけ。命さんは会長に会ったとき、こっぴどく突き放したんでしたっけ」

 

「はい、二度と関わり合いたくないので冷たく接しましたが……これって逆効果ですかね?」

 

二人は顔を見合わせて凄い勢いで頷いた。

 

「当たり前じゃないですか! 私だって姉さまと久しぶりに会って冷たい態度されたらめちゃくちゃ調べますよ!」

 

「うちも妹……みたいな子がいるけど! 記憶喪失になったとしたら放って置くわけないし!」

 

「そこまでですか?」

 

「家族なんだから当たり前です!!!」

 

「家族なんだから当たり前だし!!!」

 

気迫のこもった二人が顔を近づけてくる。ひぇ……怖い。助けて店長……な、泣いてる!?

 

「もう、こうなったらここに会長を呼んで──!」

 

「やめてください」

 

「で、でも……」

 

「本当にやめてください。彼が私に関わろうとする理由は分かりました。けど、私は関わりたくないんですよ」

 

「書記ちゃん、取り敢えずやめてあげよ。それで命さん……その理由はなんなの?」

 

それは……。

 

「過去の自分が今より幸せで、それがどうしようもなく不可逆的なものだとしたら……思い出した瞬間、私は惨めに思うしかないじゃないですか」

 

そうだ、だから私は、過去なんて知らなくて済むように生きようとした。

 

「嫌なんですよ。過去に触れるのは。私の過去を思い出させる人物と関わるのも」

 

けど、だとしたらどうしてこんなに、自分は悩んでいるのだろうか。

 

「……えいっ!」

 

「いたっ……!」

 

突然、藤原千花が私の額にデコピンをかました。

 

「いたいです。なんで急にデコピンを……?」

 

「命さんがアホなことを言ってるからです」

 

あ、アホ……? 私が?

 

「過去を思い出したら、今が惨めに思う? 確かにその可能性もあるかも知れません。正直家庭環境がひどすぎますし……けど、今の命さんは過去から逃げてるだけなんです」

 

逃げてるだけ……?

 

「問題から逃げてばかりじゃ、結局惨めな人生を送るだけじゃないですか?」

 

「……確かに、そうです。けど、それならどうしたら良いんですか? そんなの雁字搦めですよ。過去から逃げても、過去を思い出しても、私は惨めに……いた……っ!」

 

またデコピン! 二回目! 早坂さんにもデコピンされたことないのに!

 

「何も過去を思い出せと言うつもりはありません。けど、ちゃんと向き合うべきです」

 

向き合う……?

 

「手始めに、会長と話し合いませんか? 話し合ってみて……それから決めたら良いじゃないですか。新しい関係を築くのか、距離を取るのか。ちゃんと話せば、会長は分かってくれますよ」

 

「けど……もし、それで記憶を思い出したら……」

 

「それで命さんが悲しい思いをしたら……じゃあ、私が幸せにしてあげます!」

 

『ニパー』っと満面の笑みで恥ずかしげも無く彼女はそんなことを言い放った。

 

「はぁ……?」

 

「あ、じゃあうちも命さんを幸せにするし」

 

「ほらほら、今なら幸せ二倍ですよ! 会長とお話しするだけ、簡単じゃないですか!」

 

簡単……そうだ。簡単だ。四宮家と単身交渉したり、バイトの研修をするよりもずっと。

 

だけど……心理的な……ハードルが……でも……このモヤモヤは解消したいし……。

 

「少し、だけなら……」

 

「ふっふっふー、そう言うと思いましたよ。てことで、もう既に呼んじゃいました!」

 

「……!?」

 

藤原千花がそう言って私の前に差し出したスマホの画面には、推定兄との会話が映し出されていた。

 





『会長、喫茶店で命さんっていう圭ちゃんそっくりな子と会ったんですけど、その子が会長と話したいことがあるそうです』

『15分で行く』、そう返事した次の瞬間、俺は四宮に電話した。

「もしもし四宮か! 藤原ミラクルが発動したぞ!」

『私に任せてください』と自信満々だったが……よもや藤原を使ってみせるとはな!

『え……?(どうして藤原さんが? 早坂は何してるの!?)』
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