「あ、会長が来たみたいですよ!」
心の準備もできぬままに、彼はやってきてしまった。
「数日ぶりだな、命ちゃん」
親しみのこもった視線に居心地の悪さを感じ私は目を逸らす。すると視界には彼の隣にいる女性が目に入った。
「こんばんは、命さん」
四宮かぐや、なんであなたまでいるんだ?
「なんで会長と一緒にかぐやさんまで来るんですか!?」
「それはだな藤原書記。俺が四宮と同盟を組んでいるからだ」
「同盟? なんのですか?」
「白銀命の異常な態度について共に調査する同盟ですよ。彼女について、私も調べたいことがあったので」
げぇ……妙に警戒されてるじゃん。黒服さんに迎えに来てもらったのは失敗だったかなぁ。けど、あのときは推定兄と離れたかったし、仕方ないじゃん。
仮にあのまま付きまとわれたら、足のことだってバレてただろうし。
「むしろ藤原さんはどうして命さんと……?」
「そうだぞ、藤原書記。なぜお前が命ちゃんと一緒にいるんだ」
「それはですね。まず放課後、たまたま友達の早坂さんを見つけたんですよ! それでこっそり後ろをついて行こうとしたらすぐバレちゃいましてぇ」
(早坂ったら。それで藤原さんを巻き込んだのね)
(申し訳ありません、かぐや様)
早坂愛と四宮かぐやが何やら意味深に視線を交わしている。やはり、二人はグルだったか。
「それで一緒に喫茶店に来たんですけど、命さんを見たときに地雷踏んじゃっ……モガッ!」
「ストーップ、書記ちゃん! うちらの話はまた今度で良いし! 今は四宮さんと会長さんのだーいじな話が優先じゃん! ね! ね!? じゃあうちらはちょっと外行っとくから──」
早坂愛は慣れた手つきで藤原千花を拘束し、店を出ていった。
「お、おう……早坂さん、だったか。藤原書記の扱いに随分慣れているが……知り合いか? 四宮」
「ただのクラスメイトですよ」
四宮かぐやはニッコリと仏の笑みでそう嘯いた。
「さて、せっかく場を整えてもらったのだから本題に入ろう。命ちゃん、俺に話があると聞いたが」
そう言って私の対面に並んで座る四宮かぐやと推定兄の二人。
うっ……いきなり来たか。だが、何を話せば良いんだ。
「ふむ……話さないと言うなら、こちらから行かせてもらうぞ。四宮」
「ええ、こちらに」
私が黙っていると、二人はカバンからファイルを取り出した。表示にはマル秘と書かれている。
「俺たちは秀知院学園の生徒会長及び副会長を務めている」
「故に、私たちには秀知院学園の有するさまざま情報へのアクセス権限があります。より円滑な学生自治を促すための制度ですが、私たちは今回はそれを利用させてもらいました」
開かれたファイルには、ずらりと名前が並んでいる。
「これは……」
「──秀知院学園中等部の、二年度前の外部受験者一覧だ。そしてここに、白銀命の名前がある。だが、その結果は……」
ページがめくられる。そこには受験者各位の取った点数と、合格の可否が並んでいた。
名門校として狭き門で名を馳せる秀知院学園だけあって、そのほとんどが不合格と記されていたが、一人だけ高得点により特待生待遇での入学が許されている人物がいた。
白銀圭……全科目9割以上の点数を取っている。そしてその下にあったのが、私の……『白銀命』の名前だった。
「白銀命、不合格。だが点数の記録はない。これは命ちゃんが入試を受けなかったことを意味する。それは、一体なぜだ?」
「たまたま、その日に風邪を引いて、欠席しただけですよ」
「ならば、どうして二次募集に応募すらしなかったのかしら?」
「それは……」
「それは、命ちゃんが受験できる状態じゃなかったからだろう」
四宮かぐやが私にかけた問いに、推定兄が答えた。
そしてページがめくられる。
「これは、俺たちが見つけたとあるブログの一面を印刷したものだ。内容は闘病日記で、そのほとんどが治る見込みのない病を嘆くばかりだったが……三月に入ってからは変化があった」
『最近、病院で良く子供に会うようになりました。名前は命ちゃんと言うそうです。どうにも体の右半分に痺れがあり、毎日過酷なリハビリをしているみたいです。何度転んでも、立ち上がる。そんな決して諦めない彼女の姿を見ていると、自分も勇気がわいてきます』
『命ちゃんと今日、お話する機会がありました。彼女は小学校の上級生が中学生くらいに見えましたが、話してみると酷く幼い印象を受けました。どうも、後遺症で記憶をなくしてしまったみたいです。けれど彼女は全くそのことを気にしておらず、新しい知識に目を輝かせていました。大変なのに、よく頑張っていると思います』
「これ、命ちゃんのことだろう?」
あぁ……そこまで掴んでたのか。なんと言い逃れしたものか。
「違います。名前が同じだけでは?」
「いいえ、白銀命さん。あなたがこの人と同じ病院にいたことは確認済みです。私の兄、黄光兄様の手で、あなたが四宮家管轄の病院に入院させられていたことも」
黄光さん!? ちゃんと私のことは黒塗りにしておいてくれよ!
あ、いや。それだともっと怪しくなるか。
そもそも、私のことを四宮かぐやがこんな真面目に調べようとしてくるなんて想像できないよな。いや、ホントになんで推定兄と組んでるんですかね、あなた。
「命ちゃんと前にあったとき、俺にそっけない態度を取ったのは、記憶を失っていたからなのか?」
「……そうですね。その通りですよ。私は一年半より前の記憶をほとんど覚えていません。あなたが私の何なのかさえ分からない」
ここまで言い当てられては、もう否定する意味もないだろうと思い、私は開き直ってそう告げた。
「すまなかった」
「は?」
予想外なその一言と、目の前で頭を下げる推定兄に私はマヌケな声を漏らした。
「何に対する謝罪ですか、それは」
「命ちゃんが何かに巻き込まれていて、それを知らなかったこと。あの日、命ちゃんが記憶喪失と知らず、馴れ馴れしく接してしまったことを全て謝りたい。俺が悪かった、ごめん」
ド直球に非を認めて謝ってくる推定兄に対し、私はばつが悪かった。
だってそうだろう。この人に謝られたところで、私はどうしたら良いのだ。
「そして、記憶を失ったなら自己紹介が必要だな」
「え、いや必要ないです」
「俺は白銀御行。君の兄で、秀知院学園の生徒会長だ」
「ならば私も自己紹介を。私は四宮かぐや、あなたと関わりのある四宮家の長女で、秀知院学園の副生徒会長です」
ど、どさくさに紛れて四宮かぐやまで割り込んできた。
「よろしくな」
「よろしくお願いしますね」
「よろしくしません。私は、今後あなたたちと関わるつもりなんてないんですよ。四宮かぐやさん。白銀……さん」
「みゆき」
推定兄が訂正するように言い含めてくる。
「白銀さん」
「兄さんでも良いぞ」
もっとありえないだろ。
「白銀なんとかさん」
「そんなに俺のこと嫌いか……!?」
突然そんなことを言って彼は机に突っ伏した。
「あの……さっきから何をしているのですか?」
私にも分からない。
「あぁ、命ちゃんは昔から嫌いなものの名前は覚えないんだよ。はは……辛い……」
記憶を失う前からこうだったのか。あぁ、クソ。こういうちょっとしたことで過去を思わせるの、やめてくれないかな。
自分の過去なんて、想像すらしたくないのに。だからあなたとは関わりたくないんだ。
「とにかく、よろしくはしません。と言うか、もう帰ってくれませんか。十分話は済んだでしょう」
結局、推定……じゃなく確定で兄だと分かった男と話したところで、私の心のもやもやは晴れなかった。時間の無駄だ。そろそろ私のバイト……と言っても今日は座って話すだけだったが、それも終わりだし、帰ってお風呂であたたまりたい。
「いや、まだだ。まだ聞いてないことがある。それさえ聞ければ、命ちゃんと今後関わらないことを認めても良い」
席を立とうとした私を呼び止める。
「ちなみに教えてくれなければ毎日ここに来るぞ」
「なんの脅しですか、それ」
「まぁまぁ、命さん。私も聞きたいことがあるんです。どうかお座りになって?」
そう言って四宮かぐやは私の肩を抑え、無理やり席に座らせた。
仕方がない。これで本当に最後にしよう。私はティーカップに手を伸ばし、耳を傾けた。
「命ちゃん──記憶喪失になった原因はなんだ?」
「命さん──あなたは黄光兄様と、一体どんな関係なのかしら?」
真剣な眼差しを向けてくる二人。
やっぱり、そこに触れてくるか。そこはうやむやだと嬉しかったんだけどな。
「黄光さんは、私の恩人なんです」
私はすでに空っぽのカップを下ろし、乾いた唇でそう告げた。
さて、ハッタリの時間だ。
「中でどんな会話してるんですかねー……えへへ、盗み聞きしちゃいますか?」
「あれれー? そう言えば、書記ちゃんって門限何時だっけ?」
「ほえ? あ、あ、ごめんなさい私帰らないと! 早坂さん、今度結果を教えてくださいね──!」
「ふぅ……後は頼みましたよ。かぐや様、白銀会長」