「昨日の今日でそんなすぐ来ますか……?」
私の目の前には兄と、かぐやさんの二人の姿があった。
「いやまぁ、まだ割引券があるからな。どうせなら使い切ってしまおうと、四宮が……」
「なっ! もったいないと言ったのは会長の方ではありませんか!」
「だが先に割引券を持っていると教えてきたのは四宮の方だろう」
「いや、別にどっちが言い出したとか心底どうでも良いです」
とりあえず奥の席に案内した。今後ここが彼らの定位置になるのだろうか。
「それでその……御行……さん」
「お兄ちゃんと呼んでくれ」
「嫌です。これ、一応渡しておきますね。かぐやさんもどうぞ」
「これは……?」
私が二人に渡したのは今月のスケジュール……というか、シフト表だ。
「その日以外に来ても、私は居ませんから……」
「ほう?」
「あらあら、まぁまぁ」
兄は片目を吊り上げて、かぐやさんは口に手を当ててこちらを見つめてくる。
「なんですか、二人ともニヤケて」
「いや、別に。ただ、俺たちに自分が喫茶店にいる日をわざわざ教えるなんて。なぁ?」
「そんなの、まるで会いに来て欲しいと言っているようなものじゃないですか。ねぇ?」
はぁ!? 性格悪いね二人とも! こっちは親切心で教えてあげてるのにさ。優さんはそんなこと言わなかったぞ。
「な……べ、別に会いに来てほしいとか思ってないですけど。そんなこと言うなら返してください」
その後、二人はからかうだけで返してはくれなかった。普段からそういう人の揚げ足を取るような会話してるの? め、めんどくさ……。
「それで、ご注文は……」
その時、来店を知らせるドアベルが鳴った。
「あれ、会長と四宮先輩じゃないですか」
「石上会計?」
「石上くん?」
やってきたのは優さんだ。やっぱり三人とも知り合いだったか。会計なんだ……まぁ、いつもパソコンで資料と睨み合ってるから納得である。
「よっす、命ちゃん」
「いらっしゃいませ、優兄さん」
「はぁ──!?!?」
突然大声を上げる兄。
「だから兄さんはやめろって……と言うか、いつの間に会長たちと?」
「冗談です、優さん。二人とはつい先日ですね。いろいろありまして。優さんはお二人とは……」
「ちょっと待て、石上。なぜお前は命ちゃんに兄さんなどと呼ばれているんだ。俺なんてつい昨日までなんとかさん扱いだったのに! ことと次第によっては絶交案件だぞ……ッ」
私と優さんの間に入り、まるで犬のように兄が威嚇する。
「ひっ……か、会長が四宮先輩みたいになってしまった!?」
「失礼ですね、石上くん。私はそんな兄呼びを奪われたくらいで絶交なんてしません。まったく……会長のシスコンにも困ったものですね」
なお、後日めちゃくちゃ絶交したくなる模様。
「どうなんだ、石上ィ……!」
「め、命ちゃん助けてくれ!」
「はぁ、御行さん。落ち着いてください。実はかくかくしかじかで……」
まるまるうまうま。
私は兄に優さんとの関係を説明した。道端で死にそうだった優さんと出会い、仲良くなって、私がここでバイトするきっかけにもなったと。
「なるほど……石上。よく命ちゃんにバイトを勧めてくれたな。お前は最高だ!」
「さっきと言ってること違いすぎません!?」
「兄が迷惑かけてすいません」
「いや兄って……命ちゃんにお兄さんはいなかったんじゃ?」
「それを説明すると少し長くなるんですけど……」
というわけでめちゃくちゃ優さんに説明した。
「記憶喪失? 半身麻痺? えぇ……よくそれで生きてこれたなぁ……」
目尻に溜まった涙を拭きながらそう言う優さん。
そして──なぜかその手が私の頭に置かれた。
「はぇ……?」
「命ちゃんは凄いよ、僕だったらとっくにくたばってるはずだからさ……ヨシヨシ」
そして、私の頭を撫でて褒めてきた。
私の生い立ちがよほど琴線に触れたのだろうか……普段の優さんなら絶対にしない行動である。
けど、悪くない気分だ……。
「えへへ……」
「アカ──ンッ!!!」
関西人でもないのにそんなことを隣で兄が叫んだ。
「まずいぞ四宮。このままでは……命ちゃんが石上の妹になってしまうッ!」
「妹ってそんな風に変更できるポジションなんですか、会長」
そんなわけ無いだろう。スポーツ選手じゃないんだから。
「かくなる上は記憶を取り戻してもらうしか……」
「それは絶対嫌です」
それはNO、絶対にNO。
「そ、そんなに嫌か……?」
「今後自然に記憶を思い出すことは……まぁ、あるかもしれません。けど、自分から積極的に思い出そうとすることはありません。これが私のスタンスです、諦めてください」
「僕も命ちゃんの記憶を戻そうとすることに反対です」
「石上、お前まで!?」
「人が記憶を失うのは、心理的要因も大きいんですよ。忘れたいほどのストレスになってるってことです。そんな記憶を思い出させるなんて可哀想じゃないですか?」
「それは、そうだが。しかしストレスがかかるような記憶か……」
「会長、何か心当たりはないのですか?」
その時、また来客を告げる音が鳴った。
「チカっと参上! 命ちゃん、こんにちは……て、えぇ!? なんで皆さんここにいるんですか!?」
「ふ、藤原書記!」
新たな来客は藤原千花だった。秀知院学園生徒会メンバーがなぜか勢揃いである。
「酷いですよ、私だけ除け者にしてみんなで集まってるなんて! どうして誘ってくれなかったんですか!?」
「いや、僕はたまたま鉢合わせただけで……そのことなら会長と四宮先輩に聞いてください」
優さんが華麗に藤原千花の追求を流した。そして彼女の目は自然とかぐやさんと兄へと向かう。
「二人とも、どうして私には何も教えてくれなかったんですか。まさか二人っきりで喫茶店に行きたかったんですか? 会長とかぐやさんの二人っきりで?」
「違うぞ藤原書記、これはだな……」
「違いますよ藤原さん。これには深い事情があって……」
あわあわと慌てふためいて……お可愛い二人だ。他人のことをからかうからそうやって罰が当たるんだよ。
「そう、私たちは命さんに呼ばれたんです。ね? 会長」
「四宮の言う通りだ。俺たちは別にお前を除け者にしたわけではない」
「そうなんですか?」
三人の視線が私へと向く。
おい、私をスケープゴートにするなよ。そんな懇願するような視線を向けても……はぁ、仕方ないなぁ……。
「ソウデスネ」
「え……なんで私は呼んでくれなかったんですか……」
「だって、連絡先教えてくれないまま帰ったじゃないですか」
そのおかげでお礼も言いそびれたし……早坂愛も逃してしまったんだぞ。
「ぐぅ……門限があったんですよ、仕方ないじゃないですか。でも、疑ってごめんなさい。会長、かぐやさん」
「良いのよ、藤原さん」
「勘違いは誰にでもある」
君ら涼しい顔してるけど、貸し一つだからな。覚えとけよ。
「取り敢えず連絡先交換しますか、あとこれ私のシフトです。藤原千花さん」
「千花で良いですよ。やったー! 命さんの連絡先ゲットだぜ! どやさっ!」
ほら見ろ、千花さんは素直で良い子じゃないか。自慢げに連絡帳に加えられた私の名前を見せびらかして……おい、『メーちゃん』ってなんだ。私は羊じゃないぞ。
「ところで、なんの話をしていたんですか?」
千花さんにこれまでの会話の流れを説明する。
「それで、命さんの記憶について話していたんです」
「命ちゃんのストレスになるような記憶ですか。そんなのもうあれしかないじゃないですか。むしろ何で会長はすぐに気づかないんですか、それでお兄ちゃん面とか片腹痛いですよ」
「俺に当たり強くないか。というか、藤原書記には心当たりがあるのか」
「いやまぁ、命ちゃんから直接聞きましたけど……話して良いんですかね、これ」
そう言って千花さんが取り出したのは、昨日私の来歴を記したノートである。
「別に、構いませんよ」
ここにいるメンバーなら、話したって構わない。
「じゃあ言いますけど、命ちゃんの家庭環境って、最低を通り越して地獄なんですよね……」
(藤原千花説明中)