プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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2.白銀命は学校に行きたい

 

「お、大きい……」

 

都内にそびえる大きなマンション。用意されたボクの新居はここのようだ。エントランスから中に入るにはカードキーが必要なようで透明な自動ドアの前でどうしようか狼狽えていると、不意に後ろから声が掛かった。

 

「白銀命様ですね?」

 

「あ、はい」

 

「お部屋まで案内いたします」

 

熟年のお手伝いさんのような雰囲気を醸し出す女性は、そう言ってボクの荷物を持ち、部屋まで案内してくれた。

 

「まずは命様のご快復を心よりお慶び申し上げます」

 

あ、ボクこの人のこと好きだ。件のやんごとなき人物が送ってきた人物だからどんな失礼な人なのかと思い身構えていたのだが、丁寧に挨拶してくれるとは。

 

前に病室にも見舞いに来た黒服の人たちは感じが悪かった。人のことを庶民とか有象無象とか言って見下して、聞こえてないとでも思ってたのだろうか、そもそも態度からして隠せていなかったのに。

 

「あなたも『しのなんとかさん』の関係者なの?」

 

「しの……? 申し遅れました。私、本日より白銀命様をお世話をさせていただきます。早坂政子と申します」

 

そう言って一礼する彼女の所作は惚れ惚れするほど洗練されたものだった。

 

聞けば元は件やんごとなき人物の家系……『しのなんとか家』に仕える侍従だったが、引退を考えていたところたまたまボクのお世話係を探していると知り立候補したらしい。

 

「私に子供はおりませんが、私の又姪が命様と同じ年頃なのです。それを思えば、白銀様のことを他人事は思えず……」

 

なんて言ってくれた。

 

「それから、こちらは白銀様のお母様からお預かりしたものです」

 

そう言うと手渡されたのは分厚い鍵付きの日記帳と、その鍵。そして一通の手紙だった。

 

なんだ。母親、ボクにいたのか。見舞いには『しのなんとか家の青トカゲ』の代理以外来なかったから、天涯孤独だと思っていた。

 

はらりと折りたたまれた手紙を開けば、そこには数行だけの文章が刻まれていた。見本のように整った筆跡からは書いた人物の几帳面さというか、まるで機械のような精確さが感じ取れる。

 

『命へ

 

ごめんなさい

 

あなたを愛しています

 

どうか生きて幸せになってください

 

母より』

 

書かれていたのはそれだけだった。

 

読み終わった手紙をクシャクシャに丸め、壁に投げる。

 

なんと言うか……とても嫌な気分だ。この鬱憤を思い切りこの手紙にぶつけてやりたいけれど、破いたり捨てたりはしたくない。そんな中途半端な感情。

 

結局、投げた手紙を再び拾って広げ、それを元通りにたたんだ。日記と一緒に本棚の隅にでも置いておこう。

 

この日記を読むことはないだろう。ボクの過去には興味があるが……既に失ったものを見ても不幸を知るだけだから。

 

それよりも今は未来のことだ。世の中の中学生は夏休み真っ最中。ボクはそれが明けて二学期から公立の中学へと通うことになるらしい。

 

学校とはどんな場所だろうか。無論義務教育としてボクも初等教育を受けたのだろうが、その記憶はキレイさっぱり忘れている。学校のことは知識としてしか知らない。

 

部活はできるだろうか、運動部は無理でも文化部ならできるかもしれない。友達はできるだろうか、少し遅れての学校生活になるだろうから、自分から積極的に関わりに行こう。あわよくば恋人なんかもできたり……。

 

「早坂さん。ボクが行く学校ってどんなところのなの?」

 

「はい、命様。ご説明いたしますね」

 

そうこうして学校生活への期待を膨らませながら早坂さんと生活をして──半月が過ぎた。

 

二学期開始と同時に中学デビューを果たしたボクの学校生活は──思っていたほど素晴らしいものではなかった。

 

『ちょっと見た目と頭が良いからって調子に乗ってる』

 

『キャラ作りすぎ。必死すぎてイタいわ』

 

『どんくさい、邪魔』

 

『何その継ぎ接ぎの跡。グロいしキモいし、見てるだけで気分悪い』

 

『近づかないで』

 

『話しかけないで』

 

『視界に入るな』

 

『お前学校来んなよ』

 

『ほんと、死んでほしい』

 

嫉妬、疎外、迫害。学校が始まってこの一週間で受けたものはそんなものだ。ほんの一年前まで小学生だった彼らにとって、ボクと言う存在は異物でしかなかったらしい。

 

「……家に、帰らないと」

 

冷たくなった体を起こす。もうどれくらい倒れていただろうか。女子トイレの床は水浸しで、義足だった破片が散らばっている。

 

洗面台を支えに片足で立ち上がれば、鏡にはボロボロの自分の姿があった。右目にはポッカリと穴が空き、虚ろな暗闇が広がっている。

 

「そっか……義眼も取られちゃってたんだ」

 

あれがないと、痛いんだけどなぁ……幻肢痛で。

 

空っぽだから偽物だろうと埋めとかないと、痛むんだ。

 

古いのと新しいので傷だらけの腕を壁に当て、一歩進んだ。セラミックのタイルはやけに冷たかった。

 

「寒い……」

 

寒い、体の芯が寒い。自分の体温すら感じられない。このままだと死んでしまいそうだ。

 

記憶を失っては居るけれど、この寒さをボクは覚えている。これはきっと、死んでしまう前の寒さだ。あのときは冬で、アスファルトの地面がやけに冷たかったな。

 

「あ……」

 

やっとトイレから出られると思ったら、入り口の段差に躓いてしまった。顔から倒れてしまうが、手で防御しようにもどんくさいボクの体は動かない。

 

なんか、もう、良いかな。どうせ事故で死んでいたかもしれない命だし。

 

このまま倒れて、生きることを諦めたら、明日この学校は愉快なことになるだろうなぁ……。

 

なんて走馬灯のように考えていると、誰かがボクの体を支えたみたいだった。

 

「僕の手でよかったら貸そうか?」

 

「……誰ですか」

 

男の人、ジャージ姿だがそのデザインからしておそらく高等部の生徒だろう。ここの学校は中高一貫だ。だとしても、何でこんなところに高等部の男子生徒がいるんだろうか。

 

一瞬嫌な考えが頭がよぎって身構えたが、次の瞬間には彼は自分の上着をボクに被せた。

 

「寒いんでしょ? 被っときなよ」

 

「……ありがとうございます」

 

多分、良い人みたいだ。

 

仮称『良い人』は濡れることも厭わずそのままボクに肩を貸し、保健室まで送ってくれた。ボクはそこで応急処置を受けて、早坂さんの迎えを待つ。

 

看護教諭がしつこく事態を質問してきたが、『後日話します』と一先ず回答を避けた。今は一刻も早く温まりたかった。

 

「……もし君が望むなら、守ってあげるけど」

 

もう遅い時間である。ボクを置いて帰れば何故か律儀に保健室に残った仮称『良い人』はキザっぽくそう言った。

 

……え、怖。

 

理不尽な悪意の後の理由なき善意ってこんなに怖いんだ。もしかして全て演出でボクを陥れるための策だったりする? 仮称『良い人』じゃなくて『黒幕』だった? よく見ればなんか顔が胡散臭い気もするし。助けて早坂さん……。

 

「……流石にちょっと怪しすぎます。どう言うつもりですか。ボクに返せるものなんてありませんけど」

 

「え、あ、ごめん。いやなんて言うかその……過去の後悔、と言うか。昔出来なかったことを今なら……みたいな感覚、と言うか……」

 

「あぁ──ボクを誰かと重ねて同情してくれてるんですね」

 

なるほど、納得した。そういう事ね。

 

「お断りします。守ってもらわなくても、問題は自分で解決するので。それと、その言葉はちゃんとその人自身に送ってあげてください」

 

その後、ボクは一人で早坂さんの迎えを待った。

 

 

 

車のシートに沈むように横たわる。

 

「……この世界は奪うか、奪われるかのどちらかしか存在しないとして」

 

運転席から早坂さんの声がする。いつもの優しい声色とは違う、冷たい声だ。

 

「白銀命はどちら側に立ちますか?」

 

……そんなもの、決まっている。

 

「早坂さん。ボクを──私を強くしてくれませんか?」

 

「……私は死ぬほど厳しいですよ」

 

「一度死んだなら、二度も同じです」

 

人の使い方、情報の使い方、自分の偽り方。学ぶべきことはたくさんある。

 

今回は、私と言う飛び出た杭が打たれた。ならば打たれることがないほど飛び抜けてやろう。学問で圧倒的な差をつけてやれば良い。

 

化粧と演技も覚えよう。私の体には傷跡が多すぎる。身体が欠損していることを悟らせない立ち振る舞いも必要だ。

 

私を攻撃した人間たちは徒党を組んでいて、かつ計画的な犯行を行った。主犯格がいるはずだ。まずはそれを見つけよう。だが、とりあえずは……。

 

「早坂さん。録音機とカメラを買って欲しいんですけど。なるべく小さいの。すぐに用意できますよね?」

 

白銀命は、同じ失敗は二度しない。

 





うわ、ジャージ返すの忘れてた……どうしよ……。
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