8月1日、ついに始まった夏休み、その一日目である!
本来ならば白銀御行と四宮かぐやは互いに自分から誘えない性格が災いし、夏休みに出会うことがないはずであった!
だがしかし!
「四宮、お前も来たのか」
「あら、会長もいらしていたのですか」
そう、この世界線では
それはさておき。
俺、白銀御行は燃えていた。理由は、今日が8月1日だからである。
「四宮、今日は8月1日だな」
「えぇ、そうですね」
「今日が何の日か分かるか」
「夏休み一日目ですね。あとは、花火の日や水の日でもあるそうですよ」
「違うな、四宮。今日、8月1日はな──誕生日なんだッ!」
「はぁ、そうですか。誰の誕生日なのですか?」
「妹たちのだよ!」
既に圭ちゃんの財布には昨夜の0時を過ぎた瞬間に千円札を入れておいた。
故に……残す相手は命ちゃんのみ!
そして俺の財布には直近の日雇いで稼いだ七千円が入っている。離れ離れになっていた7年分の誕生日プレゼントだ。
「……? ……!? どうして教えてくれなかったんですか、会長! 私、何も用意していませんよ!?」
そう慌てるな四宮。お前に妹の誕生日を教えなかったのには深い事情がある。
「すまん。メールで伝えようとしたのだが、書いてる途中に寝落ちしてしまった」
バイトで疲れていたのと、どうにも四宮に送るメールの文面がなかなか決まらなくてな。3時間スマホと睨み合ったあげく、気がつけば朝だったんだな、これが。
ははっ!
いや、マジですまん。もっと前から教えておくべきだったな。
「も、もう……仕方ないですね。次から寝落ちしそうなときは電話してくださいね」
「あぁ、次からは寝落ちする時には電話を……ん?」
それは俺と寝落ち通話をしたいと言うことか!? そんなのはもう告……ッ。
「お店の前でイチャイチャしないでください。お客様」
喫茶店の扉が開け放たれると同時に、命ちゃんのその一言が放たれた。
「イチャイチャなんてしてませんけど!」
「イチャイチャなんてしていないが!」
もしそう見えるのだとしたら、それは四宮の方だ。断じて俺がイチャついているわけではない。
「端から見ればそう見えるんですよ。外、暑いでしょ。入らないんですか?」
そうして店に入ったあと、四宮はアイスティーを、俺はアイスコーヒーを注文した。冷たいコーヒーが熱くなった体を冷やす。
さて……。
「ついては四宮に協力して欲しいことがある」
「また命さんに変なことをするつもりですか。少しは自重してはいかがですか?」
そう言ってジト目で見つめてくる。かわいい……ではなくて、四宮は俺のことをなんだと思っているんだ。
「シスコンです(でも、愛情深いところも良い……)」
それ、照れながら言う事か? だがまぁ、否定はしまい。
「今回ばかりは真剣な問題だ。前回のような横紙破りはご法度だぞ」
「さて、何のことでしょう」
「四宮」
「……わかりましたよ、会長。それほど真剣な悩みなのですね?」
「あぁ、非常に真剣な悩みだ。なんと言っても七年越しのサプライズなのだからな」
「サプライズですか……何か考えがあるのですね。聞かせてください、会長」
いつになく真剣な表情の四宮と、俺の視線が交差した。
「まずはどうにかして命ちゃんの財布を入手したい」
「なるほど、命さんの財布を……」
それを聞いて何故か動きが止まった四宮。
どうした、大事なのはここからだぞ。財布を入手したあとは速やかにお金を入れて、元に戻す。そして何とかしてお金が増えていることに気づいてもらい、命ちゃんの喜ぶ姿を見れるとなお良いな。
ふっ、我ながら完璧ではないか!
「──窃盗じゃないッ!?」
待て、四宮。その携帯でどこに電話するつもりだ。それは勘違い、酷い言いがかりだ。断じて違う。
「妹の財布を盗もうだなんて、どういうおつもりですか……」
「いや、お金を入れようと思って。知らないうちに財布に七千円入ってたら嬉しいだろ?」
「そういうタイプの妖怪か何かですか!? 嬉しさよりも恐怖が先に来ますよ、それ! アホなんですか?」
アホ? この俺がか? 四宮もおかしなことを言うものだな。
「だって財布に七千円入ってたら嬉しいだろう。四宮は嬉しくないのか?」
「私は常に10万前後は持ち歩いているので、誤差にしか思いませんよ……」
クソ、この金持ち!
「そんなに言うなら、四宮ならどうするんだ。俺のことをアホだと言えるくらいだ。さぞ立派な提案を出せるのだろう?」
「妹さんの前の会長と比べれば、例え藤原さんでももっとマシな作戦を思いつきます。ですが、そうですね……」
少し悩んだように、卓上のメニュー表をパラパラとめくっていく四宮。その姿が以前のものと重なり、俺は警戒心を強めた。
まさか、また同じような手で俺を陥れるつもりか? だがそうはさせんぞ。この白銀御行、同じ手には二度とかからん……ッ!
「こちらはどうでしょうか」
そうして四宮が差し出してきたページに描かれていたのは。まるで結婚式に出すような特大ケーキであった。
「アホかお前ッ!?」
「なっ……アホってなんですか! 少なくとも会長よりは良い案でしょう!?」
「いやデカすぎんだろ!? こんなんウェディングケーキじゃねぇか! 誕生日に三段ケーキなんて貰っても食べきれないだろ!?」
そもそもなんでこんなものが喫茶店のメニューにあるんだ。
「しかも値段が……さ、三万弱だと……!?」
「プレゼントは高価で大きいほど良いんじゃないですか! それで思いの大きさも表現するんですよ!」
なんだその寂しい価値観は。貧乏人は愛を語れないとでも言うのか。
「よしんばそうだとしても、それを食べ物でやるなよ! ……だいたいこれ、予約必須じゃないか」
メニュー端に書かれた注意書きを指摘すると、どうも四宮は気づいていなかったらしく目を丸くしていた。
「あら、本当ですね」
「だが……所詮四宮の案などその程度か。俺のことをアホだと言う割には、大した事ないではないか」
「むっかぁ……なんなんですか人がせっかく考えて上げてるのに! じゃあ良いですよ、会長。そんなに仰るなら、命さんに決めてもらいましょう。これは勝負です」
「勝負だと?」
ちょっと挑発してやれば、彼女はそんなことを言い出し始めた。
「私はこのケーキ……は無理ですけれど、普通のホールケーキを買います。会長は会長で命さんにお金を渡す。それで、どちらのほうが誕生日プレゼントとして嬉しかったか命さんに決めてもらいましょう。ちょうどケーキの値段も七千円くらいですし、対等な勝負だと思いませんか?」
なるほど……より命ちゃんを喜ばせた方が勝者と言うわけか。この勝負、兄として引くわけには行かない。
「良いだろう。だが、負けた方は今後アホだと自認することになるぞ。良いのか、四宮」
「あらあら……勝負の前から勝った気でいるなんて。お可愛いこと」
「後悔するなよ、四宮──!」
「会長こそ、謝っても許しませんから──!」
その時、喫茶店の扉が開かれ、鳴り響くドアベルが俺たちの会話を遮った。
「どもー……あれ、会長に四宮先輩じゃないですか」
「おう、石上会計」
「あら、石上くん」
現れたのは私服姿の石上だった。
「二人とも喫茶店行くなら言ってくださいよ、水臭い」
いや、別に除け者にしたわけではなくてだな。そもそも俺たちはたまたま喫茶店で合流しただけで……。
「いらっしゃいませ、優さん」
「ども、命ちゃん。アイスティー1つお願い」
「かしこまりました」
「あとこれ」
石上は持っていた紙袋を命ちゃんに手渡した。
「今日だっただろ。誕生日。おめでとう」
石上に先を越された……!?
「……! あ、開けても良いですか?」
許可を貰った命ちゃんは嬉しそうに紙袋の中身を取り出した。
「ヘッドフォンですか?」
「そ。命ちゃん最近ゲームするようになったから、丁度良いかなって思って。ゲーミング仕様だから通話もできるし」
「けど、結構高かったんじゃ……3万強くらいしますよね。これ」
「普段お茶菓子とかサービスしてもらってる分だよ」
「……じゃあ、次からもっとサービスしなきゃですね」
3万強……! どうする四宮、お前の理論だと俺たちの思いは石上に負けたことになってしまうぞ。
「石上くんに、私が負ける? い、いえ。私の財布には10万円があります、これを命さんの財布に入れてしまえば、私の勝ち……ッ!」
おいこの金持ち! 対等な勝負はどこに行った!? 財布に勝手にお金が入っているのは恐怖じゃなかったのか!?
なんとか四宮を止めなければ──俺の七千円が誤差になってしまうではないか!?
それはNO! 兄的にもNO!
「ま、待てしのみ──」
「けど、嬉しいです。誕生日を祝われたのなんて記憶を無くしてから初めてで……去年のこの頃はまだ病院にいたし、お見舞いに来てくれた人もいなかったので」
……。
「だから、祝ってくれるだけでも最高なんです。ありがとう、優さん」
「フッ……良いって命ちゃん。ごれ゙がら゙毎゙年゙祝゙っ゙であ゙げる゙がら゙………!」
「え、あ、泣かないで……」
……。
「四宮」
「会長」
俺と四宮は顔を合わせる。考えていることは同じだった。
「俺たち、アホだったな……」
「私たち、アホでしたね……」
「はい、ケーキの注文ですね。……え、わ、私に? 誕生日プレゼント、ですか? ……嬉しいです、ありがとうございます。そうだ、ならみんなで食べませんか? そのほうがきっと、美味しいですから」
「ハワイ、到着! こんにちアロハ〜、あ、かぐやさんに送る用に写真を撮っておきましょう!」
一方その頃、藤原千花はハワイ旅行を満喫していた。
果たして彼女の誕生日は命ちゃんに祝われるのだろうか……。