茹だるような日差しの下、私はスタジアムの客席に立っていた。
周囲には所狭しと観客が座っており、そのほとんどが親族や関係者、そして応援団である。
ここは高校サッカー全国大会の会場、それも決勝戦の舞台だった。
うん、別に私はサッカーに詳しくはないけれど、これがすごいことだとは分かるよ。ほとんど無名だったうちの高等部サッカーチームが、こんなところまでやってきたのだから。
ほら見ろ、サッカー部顧問の先生なんか声が枯れそうなくらい叫んでるじゃないか。まぁ、来年の部費がかかっているからか。
観客席からも声援がすごい。
「帝先輩──ッ!」
「今日も素敵です──ッ!」
うん。一部サッカーの応援とは関係ない黄色い悲鳴が聞こえてきたが、気にしないでおこう。
四条先輩の名前が出たとおり、彼は今フィールド上で面目躍如の活躍を披露している。うちのチームの得点はほぼ彼のものだ。
あ、またゴールした。
この無名校のチームが全国の舞台に上がっているのも、偏に彼の実力の賜物と言って良い。
無論、四条先輩以外の選手も彼に引っ張られる形で本来の実力以上に活躍しているみたいだ。現に今、ディフェンスが敵からボールを掠め取った。
そしてボールが四条先輩に回り、シュート──と、見せかけてパス回し。マークされていなかった選手によってまた一点が決められた。
舞台に立つ選手たちは汗だくながらも、皆疲れを感じさせない表情で生き生きとプレイしていた。
羨ましい。私も、できることなら汗水垂らして全力でスポーツとかしてみたかった。
まぁ、今は卑屈になってないで応援しよう。
大声を出して応援するのもなんだか恥ずかしかったので、プラスチックのメガホンを鳴らして吹奏楽部の演奏とともにリズムを刻んだ。
試合が終わったら、四条先輩にお礼を言いに行こう。見ていてとても、楽しい試合だったと。
「……見て、あそこにいるの!」
「……白銀様!? まさかこんなところに!」
おい、いつぞやのお嬢様生徒じゃないか。君ら何でここにいるの?
「白銀様ー!!!」
「こっちです、こっちー!!!」
やめろ手を振るなバカ。私が同級生に様付けで呼ばせてるみたいだろうが!!!
私はその後知らない人のフリができず、一緒に応援する羽目になった。何気に君らと直接話すの初めてだな。
試合は概ね我が方有利に進んでいたが、やはり敵もサッカー名門校。緻密な連携で四条先輩が封じられ、惜しくも敗退する形となってしまった。
敵チームの主将が表彰台で優勝トロフィーを掲げる中で、うちの顧問が血涙を流しているのが見える。
うん、惜しかったな。次にまた試合があれば、応援に来よう。
「白銀さん!」
客席のゴミ回収を手伝い、帰ろうしたその時、私は四条先輩と出会った。
「四条先輩、どうしてここに?」
「たまたま帰るところで見かけてさ。来てくれてたんだ」
「お世話になってますから。応援くらい来ますよ。惜しかったけど、凄い試合でした。先輩ってサッカーとても上手なんですね」
「まぁ、友達とサッカーするためにこの高校に来たからね。練習は人一倍やってるし、冬こそは優勝してみせるよ」
なんで四条家の跡継ぎがこんな公立校にいるのかと思ったけど、そんな理由だったのか。四宮家とは違って、そっちは自由そうだな。
「なら、冬にも応援に行きますよ」
「ありがとう。それで、その……ちょっと話したいことがあって」
「……?」
「良かったら来年俺と……いや、やっぱりこの話はまた今度にするよ」
え、なに。滅茶苦茶気になるんだけど。
「何の話ですか?」
「何の話をしてるのよ?」
「いや別に……あぁ、そう! 良かったら夏の間にどこかに──って、姉貴!? 一体いつからそこに!?」
「えと……どちら様ですか?」
「それはこっちのセリフよ」
先輩の驚き様を見て、私も後ろを振り返る。そこには短めのツインテールで秀知院の制服を着た少女が立っていた。
「あんた、弟とどう言う関係?」
「ちょ……姉さんには関係ないだろ」
はぁ、なるほど。四条先輩のお姉さんだったか。と言うことはこの人は四条家の令嬢。
「先輩のお姉さんでしたか。失礼いたしました。私の名前は白銀命。四条帝先輩と同じ学校の中等部に通ってる後輩です」
「しろがね……?」
「何か?」
「いえ、聞き覚えのある姓だったから……」
兄と同じ高校なんだから、そりゃ聞き覚えくらいあるだろう。
「ところで、帝とはどういうきっかけで知り合ったの?」
「先輩とは、その……」
四条先輩の姉はジロジロと私を舐め回すように観察してくる。まるで品定めしているみたいだ。
「何よ、私には話せないようなことだって言うの?」
「姉さん、もう良いだろ」
「駄目よ。きちんと話しなさい。言っておくけど、帝に取り入ろうとしたってこの私が許さないんだからね!」
いや、お見合いか! もしかして男女の関係だと邪推されてる!? パンピーの私が四条家跡取りととかないから!
だいたい私四宮側だから、仮にそうなったらクソ面倒くさいことになっちゃうよ!!!
「先輩、話しますから止めなくて良いですよ……私と先輩が初めて会ったのは大体一年くらい前のことです。当時、私は学校で虐められていました」
四条先輩は気不味そうに目を逸らし、お姉さんが目を丸くして驚いている。
「そんな私を先輩は助けてくれたんです。それ以来、こうして交流があるんですよ」
「別に手助けした覚えはないんだけどな。ほとんど自分で解決してたし」
それでも、あの時私を支えてくれたあなたの手は、確かに私の生きる熱に繋がったんだよ。
「そういうわけなので、心配しなくても私たちはただの先輩後輩の関係です」
「……そうなの?」
「他になんだと思ったんだよ。だいたい俺が誰と関わりがあろうと、姉さんには関係ないだろ?」
「いや先輩、お姉さんは先輩のことを心配してくれたんですよ。四条家跡取りというレッテルだけ見て先輩に近づこうとする輩は、この世にごまんといるでしょうから」
『でしょう?』と、言って私がお姉さんの顔色を伺うと。
「べ、別に帝の為にやったわけじゃないわ! ただ、四条家の人間として次期当主の人間関係は把握すべきと思っただけよ。あと、その……か、勘違いしてごめんなさい……」
可愛い生き物がいた。
こ、これは……!
パターン青……ツンデレ族です!
まさか、実在していたとでも言うのか!?
今度優さんにも教えてあげよう。日本のツンデレは、まだ生きていると!
「いえ、気にしていません。むしろ家族を気にかけるその姿勢には好感を覚えます。素敵なお姉さんですね、四条先輩」
「え、そうかな? 過干渉で鬱陶しいだけだと思うけど。あと口下手で迂遠な言い回ししかしてこないから面倒くさいし」
「恥ずかしがり屋さんなんですね。可愛いじゃないですか」
むしろ兄弟姉妹でド直球に好意をぶつけてくる方が面倒くさくないか。ちょっと遠回しなくらいが丁度良いだろうに。うちの兄と交換してほしい。
「は──!? この子、滅茶苦茶良い子じゃない! 帝にはもったいないくらいだわ!」
「おい、どういう意味だそれ」
あぁ、やめて。そんなに強く撫でたら髪の毛が暴れちゃう。でも……撫でられることは好きぃ……。
前髪だけは絶対に死守する。
「自己紹介がまだだったわね。私は四条眞妃、四条家令嬢にして正統な四宮の血を引く者よ! そしてこれの姉!」
「おぉ……なんか凄い気がします」
「『これ』ってなんだよ、『これ』って……」
「あなたは良い子だから。まぁ、特別に友達になってあげなくもないわよ?」
プイッと顔を背け、頬を紅潮させながら彼女はスマホをこちらに差し出してきた。
意訳すると友達になりませんかってことかな。うん、たぶんそうだ。さっきから不安そうな目でチラチラ見てきてるし。
分かる、分かるぞ……私にもツンデレの思考が分かる! これ、優さんから貰ったギャルゲーでやったところだ!
「はい、よろしくお願いしますね」
「……! よろしくしてあげる!」
私の連絡先に新たな友達の名前が追加された。えっと……先輩、優さん、千花さん、早坂愛さん、兄にかぐやさんだから、7人目かな? トモダチセブンだね。
「あ、そうだ帝。私サッカー部の人たちに言われてあんたを探しに来たんだったわ。早く行かないともうバス出ちゃうわよ」
「それ先に言えよ!?」
先輩は急ぎ荷物を纏めて去っていった。
「先輩、また学校で会いましょうねー! ……ちゃんと間に合うと良いんですけど」
「そうね。それで……白銀さん?」
「命、で良いですよ。年下なんですから」
ほんとは『命ちゃん』呼びが良い。けど、自分からちゃん付けを要求するのってなんか恥ずかしいし……。
「そう、それじゃあ命。あんたこのあと暇? 一緒にお茶しましょう? てかどこ住み? ラインやってる?」
「聞き方がチャラい男のソレじゃないですか。あとラインはやってないです。……私喫茶店巡り好きなんですけど、この辺でちょっと探してみますか? お店」
「なら私、美味しい日本茶屋知ってるからそこに行きましょ」
「双子の弟がいるって、どんな感覚ですか」
「そうね、特別何とも思わないけど、それはいつも一緒にいるからかもしれないわ。もし帝と離れて暮らすようになったら……それは……ちょっと寂し……ちょ、ちょっとだけよ!? 別にいるのが当たり前で、まるで自分の半身みたいだなんて、そんなこと思ってないんだから!」
「全部口に出ちゃってますよ。眞妃さんって、お可愛い人ですね」
「どう言う意味よそれ!」
いつか、私も向き合わないといけないのかな。
眞妃さんと話してるときの先輩を見てちょっとだけ、ほんのちょっとだけ羨ましく思ったのは……無意識のうちに私が姉に、会いたがっているからなのだろうか。
圭さんって、どんな人なんだろう。
「ヘクシュ!」
「圭ちゃん、風邪引いたのか? 今生姜湯を……」
「は? ウザい」
「心配しただけなのに!?」