八月も終盤となった頃。私、四宮かぐやは本邸に呼び出されていた。
お父様の命令は絶対よ。例え、藤原さんや圭さんとの約束があったとしても……優先しなくてはならない。
「お、お父様──」
「あぁ、いたのか……ご苦労」
けど、障子越しに掛けられた言葉はたったそれだけで、父は顔も見せなかった。
大丈夫、いつもそうなのだから。私は耐えられるわ。
そして父の杖を突く音が遠ざかって……あら、変ね。杖の音が二重に聞こえてくるなんて。
不意に気になった私は、障子から身を乗り出して覗き込んだ。するとそこには。
「あ、どうも」
お父様と並んで歩いている命さんの姿だった。
「?????」
夢かしら?
頬をつねってみたけど、痛みは確かにあるわね。
……。
「命さん!?!?!?」
「あはは、説明したいのは山々なんですけど……ちょっとこれからお話がありまして。また後で会いましょう。早坂愛さんも」
「え、えぇ……あとで聞かせてください」
そう言うと、命さんは小さく手を降って廊下の奥へと行ってしまった。
「え、と言うか早坂。あなた……バレちゃってるじゃない!?」
「……? ……バレちゃってるじゃないですか、かぐや様!?」
「あなたのことよ!?」
かぐやさんと予期せぬ遭遇を果たした私は、この広い四宮家の一室で老人と机を囲んでいた。
「あの、黄光さんは……?」
「黄光のやつは仕事で遅れるそうだ……」
「そうなんですね、はは……」
おい、死ぬほど気まずいって。ふざけんなよあのハゲ、呼び出しておいて遅刻するとか意味不明だろ。四宮家当主──四宮雁庵と二人きりとか地獄なんだよ!!! 周りに黒服さんがいるとは言えさ!!!
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
使用人の人がお茶を出してくれた。よし、これで一息つこう。
「俺はいらん」
「かしこまりました」
「……」
なんでホストがお茶を拒否っちゃうの???
「やっぱり私も……喉乾いてないので」
「俺に遠慮するな、好きに飲め」
飲めないよ! 当主がお茶飲んでないのに目の前でガブガブ飲んでたらヤバいやつでしょうが!?
「……」
「……」
静かだ、さっきから部屋の中には時計の針の音しか鳴ってない。
私はそろそろ限界である。和室で正座をしているので足がしびれてきた。けど……この人の前で足崩すのは無理、そんな勇気ない。
せめて義足外しとけばよかった。
「お前は……かぐやとは仲が良いのか」
「……ッ!?」
黒服の誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
ま、まさか雁庵さんの方からアイスブレイクしてくるとは……これはつまりそういう事だな。
そう──きっと、向こうも死ぬほど気まずいに違いない!
だってそうだよな。雁庵さんからしたら息子に呼ばれてきたのに孫くらいの年齢の小娘と二人っきりなんだもん、気まずいに決まっているよな。
「まぁ……そうですね。私とかぐやさんは、言うなればお茶友ですから」
「お茶友?」
よし、私は賭けるぞ! 実はそんなビビらなくても、かぐやさんのお父さんとして接すれば良いという可能性に賭ける!
私は掛け運は滅茶苦茶良いんだよぉ!!!!
「私もかぐやさんもお茶が好きなんですよ、同好の士と言う奴です。出会ったのも喫茶店でしたし、仲良くなったきっかけの一つはお茶と言う趣味が合ったことでしょうね」
「そうか……あいつは、普段どうしている?」
よし、糸を引いたな。ならば食らえ一本釣り、お前が四宮かぐやの親であり、欠片でも愛があると言うのならば、きっとこの餌に食いつかずにはいられないはずだ。
「写真、ありますけど。良かったら見ますか?」
「……見せろ」
そして私は、大物を釣り上げた。
この夏に揃えたたくさんの写真とともに、私は雁庵さんに思い出を語る。
私の兄が秀知院学園の生徒会長であり、その繋がりでかぐやさんを含む生徒会と知り合ったこと。
私の記憶喪失と言う境遇を憐れんだのか、妙な付き合いが生まれてしまったこと。
「あぁ、当然ですけど彼らに事故のことは話していません。四宮に不利益を及ぼさないと言う契約は破っていませんから」
「あれはお前と黄光の間で結ばれた契約だろう。俺の与り知るところではない」
……黄光さんとは器が違うな。例え私がどんな策を弄そうと、吹き飛ばしてきそうな威厳がある。
「……もう、終わりか?」
「あ、いえ。続けますね」
あれ、なんかだんだんただの可愛いおじいちゃんに見えてきたな。
促されるままに私は話を続ける。
喫茶店で話した他愛もない会話、夏の間にした遊び……かぐやさんに関する話ならどの話でも、雁庵さんは興味を示した。
「ハッ……これが、俺の娘か。そうか、そうか……」
私が全てを話し終えたとき、雁庵さんは笑った。
「黄光のやつ。かぐやは雲鷹みてぇな人間不信で、冷徹な女だと言ってやがったが、まったく当てにならねぇじゃねぇか」
「あぁ、それ私も言われました。黄光さんはかぐやさんの側付きに内通者を置いていて、情報は筒抜けだって」
それが全くの嘘だったわけだが。
「聞いても良いですか。かぐやさんの側付きで本家に内通してる人間って、さっき部屋でかぐやさんと一緒にいた早坂愛さん、ですよね」
雁庵さんは特に反応しなかったが、一人、この部屋にいる人物が僅かに反応した。眼鏡をかけた細身の男性だ。多分、早坂家の関係者なんだろう。
「けど、黄光さんも馬鹿ですよねぇ……よりにもよってかぐやさんの乳母姉妹を内通者に仕立て上げるなんて。雁庵さんもそうだと思いませんか?」
雁庵さんは黙って聞いてくれている。
アイスブレイクは終わりだ。これからはちょっと私の話に付き合ってもらおう。黄光さんもそのために私を呼んだんだろうし。
「早坂愛さんは、私が生徒会と付き合うきっかけになった一人です。かぐやさんに言われて私のことを調べに来たんでしょうね。情報を引き出そうとしてきました」
結局あの日、私は何の対策もせずむざむざと彼女を帰してしまった。だから、あのあとすぐ黄光さんには自分から報告したんだよ。『かぐやさんと仲良くなりました』って。
黄光さんは、そんな報告受けてないって言ってたけど。
「それに乗っかった私は、記憶喪失のことを彼女に相談しました。すると彼女は、憤慨したんですよ。私の、家族に対して」
そう、あの時は確か、こんなことを言っていたな。
「自分には妹みたいな人がいて、もしその人が記憶喪失になったら、放って置くなんてありえないと。家族というものは、それが当たり前なんだと。あのときは気がつきませんでしたけど、彼女が言っていた人ってたぶん、かぐやさんなんだと思います」
もし、本当に彼女が四宮かぐやを裏切っているのだとしたら、こんな言葉が出てくるはずないだろう。
「木曽義仲の乳母兄弟にして配下たる今井兼平は、主君の自害を叶えるために命を賭して戦いました。しかし主君が敵に討たれたことを知ると、馬を飛び降り自らの体を刀で貫き自害した。主従の絆と言うのは、時として血の繋がりを超える。そんなことは平家物語の時代から知られていることです」
そうだ、それくらい昔から知られている当たり前のこと。
「そんな主従の絆を軽視するような人間だから、配下の人たちから大した忠誠を買えないんですよ。言うなれば『カリスマ』って言うものがないんですよね……黄光さんは」
だからこそ。
「だから、あなたは後継者問題を残したままなんですか? 四宮雁庵さん。いや──御当主様?」
(なんか、さっきからあの眼鏡の人めっちゃ震えて……な、泣いてる!?)
早坂正人は、今度娘を死ぬほど甘やかしてやろうと決意した。