私と雁庵さんが対峙する一室は、張り詰めた空気で満たされていた。
「本来であればあなたが一番にすべきなのは、黄光さんと言う後継者を全力でバックアップすることだったのでは」
「小娘、口の聞き方に気をつけろ。これは四宮の問題で、部外者には──」
はいはい、確かに本来の私が四宮家当主に意見するなんて不調法も良いところだ。でもね。
「私、四宮家の関係者ですけど何か? 会社立ち上げて、それの株の過半を持ってるので普通に四宮グループの一員です。末端ですけどね……そして今は黄光さんの代理を務めている」
私はメールの一文を見せた。それは黄光さんからのものだ。
『本邸に来い。オヤジを説得するのを手伝え』
私は黄光さんの協力者であり、そして本人がいないならば今この場において代理人と言っても過言ではない。
「黄光さんに全権を譲ろうとしないのは、彼が当主に相応しくないからですか?」
「……そうだ、あいつには足りないものが多すぎる」
「うーん……嘘ですよね、それ。もしくは事実ではあるけれど、それが全てではない気がします」
足りないものがあるなら、教育が必要だ。けど黄光さんにそんなサポートはない。
「あぁ、むしろこの状況こそが教育なんですか。蠱毒ってことですね」
蠱毒。壺の中に複数の毒蟲を閉じ込め、最後に生き残った生物から強力な毒を作り出す儀式。ようはバトルロワイヤルだな。
「得心がいきました。四宮家の伝統なんですね、これ。ずっと違和感があったんですよ。『他人を頼るな、他人を支配しろ』って教訓……素晴らしいと思います。まさに覇道を行くものに相応しい教育方針だ。平安の頃から四宮家が成長し続けてきたのも納得です」
だけどね。
「なんで一族全員同じ教育方針なんですかね? この教育が許されて良いの、長男だけですよ」
名家の多くは男系長子相続で、長男が家を継ぐ。だから長男にはとりわけ良い環境とよい教育、他者を支配する心構えを教えるものだ。
一方、次男三男は所詮スペアである。長男に何もなければ、彼らの将来は次期当主たる長男の家臣。だから帝王学など絶対に教えてはならない。そんなのを教えてしまったら、下剋上祭りになるだろう。
「四宮家は兄弟同士で後継者争いをさせることで、より強い当主を輩出してきた……この後継者争いは黄光さんにとってテストのようなものですか。そしてそれは他の兄弟たちにとっても同じ」
雁庵さんの沈黙を私は肯定として受け取った。
「旧来の継承法のままじゃ、四宮は潰れますよ」
「……根拠は?」
「あなたです。雁庵さん」
「俺か」
「はい、あなたは四宮家を大きくしすぎました。戦前の四宮家は大きいとは言えど四大財閥のうちの一つ。けれど今では……四条が抜けて弱体化したとはいえ、他の財閥の追随を許さない。そして何より、四宮を目の敵にする四条という敵を生み出してしまった」
昔の四宮は複数ある大企業グループの一つだった。だから内紛状態にあっても、周りから総攻撃を受けず無事でいられた。そして内紛で傷ついた分は、優れた当主が回復させる。そういうサイクルで四宮は成長してきた。
でも、時代は変わった。雁庵さんの手腕で四宮の経済力はぶっちぎりのトップに躍り出た。こんな状態で隙を見せれば……この家は空中分解だな。征服王無きマケドニア、あるいは大帝無きフランク王国と同じ末路を辿ることになる。
「故に、四宮家は否が応でも変革を成し遂げなければならない。例え血を流してでも……ま、そんな話をするために黄光さんはあなたを呼び出したんだと思いますよ」
「……」
さて、あとは黄光さんと雁庵さんに話し合ってもらうだけだな。私の手番は終わり。
「お茶、すごく美味しかったです。それじゃあ」
私は空っぽになった湯呑みを置いて、部屋を後にしようとした。だが。
「待て」
雁庵さんは私を呼び止めた。
「黄光のやつぁ……そんな大それたことを考えるやつじゃなかったはずだ。吹き込んだのは、お前か?」
あぁ、ほんとに……あなたって人は、自分の子どものことを何も知らないんだな。
「黄光さんは凡人です。雁庵さんのようなカリスマもないし、経営手腕もない。そして、それはあの人自身も自覚してる」
「あの人の器は精々会社一つ分で、顔を合わせる部下や社員、家族を守るので精一杯なんですよ。だから、分不相応にも四宮グループ90万もの社員を守ろうとして、苦しんでいた」
「私があの人に教えたのは、あくまで一つの手段。あの人が雁庵さんになろうとしなくても、今ある手札で叶えられそうな一つの可能性。そしてそれを選んだのは黄光さん自身です。私の意思ではありません」
まぁ、いつも会うときにあの人の家族を巻き込み、思考を誘導したのは認めるけど。
「あなたが一番にすべきだったのは黄光さんを全力で支えることだと言いましたね。ならば、二番目にすべきだったのは平凡なあの人を四宮家から放逐することでした。彼を四宮家に縛り付けるべきではなかった──好きな人と別れさせてまで」
この話は黄光さんの奥さんから聞いた話だ。妻に元カノの話をするとは、なんて女々しいやつだろうか。
まぁ、同情はする。彼が当主の座に固執するのは、それが原因なのだろう。
「黄光さんがいなければ、もっと優秀な人間を後継者に据えることもできたでしょう。次男……は論外として、三男の雲鷹さんとか、あるいはかぐやさんだってあり得たかもしれない。だから、黄光さんが身の丈を超えて当主になろうとするのは、あなたのせいなんですよ」
廊下の方から足音が近づいてくる。そろそろ私はお暇させてもらおうかな。本命も来たことだし。
「悪いな親父、商談が長引いてちまって……あ? お前先に来てたのか」
「大遅刻ですよ……そういう訳なので。黄光さんとは、ちゃんと話し合ってくださいね。自分のお尻は自分で拭くものです。それとも、もうオムツが必要ですか? おじいちゃん」
じゃ、バトンタッチです。私は帰るので黄光さん、後はよろしくー。
「いや、お前は四条とのパイプになるんだからいねぇと話に……」
「……黄光、話は聞いている。俺に言いたいことがあるんだろう、入れ」
「……オヤジに何話しやがった!?」
どうぞ、後は親子水入らずで頑張ってください。さてと。
「かぐやさん、お待たせしました。一緒に帰りませんか? 早坂愛さんも」
私は将来の義姉とドライブデートでもしますかね。
「お父様とはどのような話をされたのですか?」
「かぐやさんと仲が良いのか聞かれたので。友達エピソードを話しました。写真付きで」
「え!? そ、そうですか……父はなんと?」
「えっと……『かぐやさんが友達いっぱいで楽しそうで嬉しい』みたいに言ってましたよ」
「絶対にそんなこと言ってませんよね!?」
「ちなみにお二人はなんで本邸に? 今日は千花さんたちと買い物に行くんじゃなかったんですか」
「あのクソ爺がかぐや様を何の意味も無く呼び出したんですよ」
「ちょ、ちょっと早坂……言い方……」
「はぁ……それってあれじゃないですか。娘の顔を見たかっただけでは?」
「そんなはずないわ。お父様は……私に興味なんてないんだもの……」
「(雁庵さん、あなた何したの?)」
残念、何もしていないからこうなっている。