「まぁ、私のキャラについては置いておくとして、命さんには聞いておきたいことがあったんです」
「置いとくんだ」
「置いときます。命さんは、いつから私がかぐや様の近侍だと気づいたんですか。本邸で会ったときではありませんよね。驚いてなかったし」
本邸で会った日の夜、あまりに自然に挨拶されたので、私はかぐや様にツッコまれるまで自分の正体がバレていたことに気がつかなかった。
あのかぐや様にツッコまれるまで!
「あぁ、それは初めて会ったときからです」
「そんなに早くから!? ちなみに、気づいた理由は?」
「それは愛さんが早坂だからですね」
「……すいません、良く聞き取れませんでした」
「愛さんが、早坂だからですね」
「……なるほど?」
どういう事!? 何か哲学的な話ですか!? それとも、私の姓から何か滲み出ているとか!?
「ちなみに愛さんが早坂なので、黄光さんにかぐやさんの情報を流しているのにも気づいてます」
「……なる、ほど???」
なんで私が一番知られたくないことが苗字から分かるの!? まぁ、バレてることはなんとなく分かってたけど! じゃなきゃ黄光様公認で休みなんて言われないだろうし!
「あぁ、ごめんなさい。言葉足らずでしたね。愛さんのことで色々気づいたのは、私も早坂家の人間と関わりがあるからなんです。なので、早坂家については色々知っています」
「そうなの?」
「はい、スパイファミリーなんですよね」
違うし!? ママもパパも使用人だし、私も超能力なんて持ってないよ!
「ちなみに今運転してる私のお世話係の人が早坂家の人です。早坂政子さん」
「……!?」
私は助手席の後ろから斜め前の運転席を見た。老齢の女性、親戚だろうか、心なしかパパに似てる気がする……。
「ね、早坂さん。早坂さんが言ってた又姪って愛さんのことですよね」
「はい。命様。それから、久しぶりですね、愛さん。私はあなたの大叔母です。あなたは覚えていないでしょうけど、小さい頃はあったことがあるんですよ」
「大叔母さん!? あの年始に茶葉やらコーヒー豆やらを大量に送ってくる大叔母さんですか!? 喫茶店の優待券を使い切れないほど送ってくるあの!?」
「早坂さん、そんなことしてたんですか?」
「はい、お正月ハラスメントです」
やめてよ! 消費しきれなくてうちの実家のタンスは茶葉とコーヒー豆でパンパンなんだよ!? 匂いが染み付いて他の収納に使えなくなっちゃってるから! ママが処分にすっごく困ってるから!
「ハラスメントて。なんでそんな事するんですか、愛さん一家が可哀想でしょ」
「私は正人さんから早坂家の敷居を二度と跨がせないと言われて勘当されていますので、その嫌がらせです」
「パパに何したの!?」
「奈央さんとの結婚に猛反対したんです」
「私の存在を全否定してる!?」
大叔母さんが怖い。私、もしかして来るの間違いだった? 大丈夫? 消されない? 黄光さんに用済みって思われたんじゃ……。
「あの時の正人さんの激昂ぶりはそれはもう言葉に表せないくらいで……よほど奈央さんへの深い愛があったのでしょうね」
「パパが……?」
私はパパが怒っているところなんて見たことがない。まぁ、パパは忙しい人だから……ママよりも会うこと自体少ないんだけど。
「えぇ、あの人は愛情深い人です」
「嘘。パパは、冷たい人だよ。私に会いに来てくれることも少ないし……」
「そんなことありません。奈央さんとの婚姻のときも、当主様の後ろ盾を持ってきて地盤固めをしたくらいなんですよ。そんな二人の間にあなたは生まれたのですから……二人の『愛』を疑わないであげてくださいね。愛さん」
「大叔母さん……」
前言撤回。私この人のこと好きかも。
「話を戻しますけど、早坂さんが私の情報を黄光さんに横流ししていたので、私は早坂家が内偵の家系だって知ってるんですよね」
……大叔母さん!? 大叔母さんもなの!? と言うか内偵って早坂家の家業だったの!? 嫌な家業!
「め、命さんはどう思ったの。その……大叔母さんが内通してたことを知ったとき」
かぐや様は私が内通者であることを知らない。知ってしまえば、きっと私たちの関係は破綻してしまう。
一方命さんと大叔母さんの二人は仲が悪いようには見えない。何か参考にできれば……。
「なにも」
「なにも? 気にしてないってこと?」
「別に……ただ、そう言うお仕事なんだと思っただけです。早坂さんは私にとって、ただのお手伝いさん。そもそも裏切られたと思うような親密な関係でも無かったですから……」
あ、ダメだ! 全っ然参考にならないし!
「あ、あの。大叔母さんは……ッ」
私が運転席の方を覗き込めば、後ろめたさと罪悪感でいっぱいな暗い顔をした大叔母さんの姿があった。
「早坂さんだってそうなんでしょ……?」
違うよ! ただのお手伝いさんがそんな苦しそうな顔しないって、これはもう母親の顔だよ!? なんか私が親近感湧くくらい、罪悪感で満ち溢れた顔だよ!
「はい、私は黄光様の手で命様のお世話係に任じられた……ただそれだけの者です」
「……ほらね」
すれ違ってるよ──ッ! 顔、顔を見てあげて! お願いだから気づいてあげて! 自分から許してなんて口を裂けても言えないけれど……償いたい気持ちは本物だから!
「……」
「……」
「あ、あの……二人とも……」
目的地に着くまでの間、私は地獄みたいな空気の車内で過ごすハメになった。
もう、帰してぇ?
「どうぞ、上がってください」
私が連れてこられたのは、どうやら命さんの自宅らしい。
大叔母さんに靴を脱がせて、命さんは壁に付けられた手すりを使って廊下を進んで行く。
かぐや様から、命さんには身体的な障害があることは聞いていた。特別驚きはない。けれど……少し違和感を感じる。
過剰なほどに設置された手すり……半身に軽い痺れがあるとのことだったが、こんなに必要なのだろうか。それに曲がり角や扉の前には、必ずと言って良いほど鏡がある。
まるで、見えない部分を補うかのように……。
「どうぞ、お茶です」
「いただきます。……おいしい」
大叔母さんが出してくれた紅茶は、飲み慣れた味だった。いつも送ってくれる茶葉と同じものなのだろう。しかし淹れ方が良いのか、香りと後味はこちらのほうが上に感じる。
「おいしいでしょ。早坂さんの淹れてくれるお茶は世界一ですから」
「まぁ。お褒め頂きありがとうございます」
ま、ママだって負けてないもん……。
「それで、今日私を呼び出した理由はなんですか? 確かビジネスの話と言ってましたが……」
「そうですね、簡単に言えば──スカウト、ですかね」
彼女の口から出てきた言葉は、予想だにしていなかったものだった。
「うちで働きませんか。愛さん」
私はかぐや様の友達じゃない。
私はかぐや様の本当の近侍でもない。
そして当然、血の繋がった姉妹でもない。
気づいてしまえば、私とかぐや様を結びつけるものなんて何もなかった。
私は……。